弟の過ごしたその日
「次に会う時は、海賊の高みだ」
にっ・・・と笑ってエースは船をあとにしようとした。
その腕をルフィがひきとめる。
「?・・・なんだ?」
「エース、あのな!頼みてェことがあるんだけど・・・・・・!」
彼だけに聞こえるように、ルフィは耳打ちした。
・・・なんだ・・・?
その様子を、ゾロは内心ひどく焦れながら眺めていた。
「・・・ああ、わかった」
「おう、たのんだぞ!」
「よし。じゃあな!」
なにやら意味深な兄弟の会話。
釈然としないまま、ゾロは複雑な気分で小さくなっていくエースを見送った。
それが一ヶ月ほど前の話・・・。
空は素敵に快晴。
まだ夏島のアラバスタが近いので、気温も安定して、暑かった。
今、ルフィは羊の船首の上で必死にお祈りしていた。
それはもう、どのくらい必死かというと、お祈りに熱中しすぎてあっさりとバランスをくずして海に落っこちて、ゾロに助けられていつものように怒られるほどに、必死だった。
「あほか、てめェ・・・なにやってたんだ?」
水をしたたらせながらデッキにあがったゾロは、ルフィの頭を小突いた。
力が抜けてだらりとゾロにもたれているルフィは、『うーーーーーん』と唸るばかりだった。
そして再び羊の船首へ。
びしょぬれのままお祈りをはじめ、しばらくたつとまた海におっこちて・・・。
剣豪殿もまた海にとびこんで・・・・。
・・・同じことを3回ほど繰り返す。
「・・・いいかげん、やめろ」
さすがにゾロも怒るどころか呆れ果て、むりやり羽交い絞めにするとシャワー室にルフィを押し込んだ。
「なにすんだよ!!」
ドア越しのルフィの抗議。
ゾロはため息をつき、そのドアにもたれかかって封をした。
「いいから、体暖めろ。・・・ったく、気楽にばしゃばしゃと海に落っこちやがって・・・」
「うーーーーーーー・・・・」
そんな声もシャワーの水音にまぎれる。
程なくルフィが中からでてきた。
同じようにずぶぬれになっていたゾロが、入れ替わりにシャワー室に入る。
「うーーーーん・・・」
ゾロがシャワーを浴びている間、やはりさっきのようにルフィは唸っていた。
「なにやってんだ、てめェ・・・」
シャワー室をでて、ゾロが一番に言った言葉はそれだった。
いきなり目に飛び込んできた、水滴が滴り落ちる黒髪がひどく魅惑的だった。細いけれどしっかりした体が妙に艶めかしい。
しかし、ゾロはそんなことよりも、まずこいつはどうしてここにいるのかと思った。
ルフィはドアの前で座り込んでいたのだ。
「おう、ゾロ」
『おう、ゾロ』じゃねェよ、服ぐらい着てろよ・・・つーか、体くらい拭いてろ・・・
そんなことを考えつつ、ゾロは自分の体に適当にタオルを巻きつけ、新しいタオルでルフィの体を拭いてやる。
「・・・ったく、お前は・・・」
「むーーーー・・・」
ルフィの行動が突拍子もないことはいつものことだった。
しかし、今日の彼はいつにもまして手がかかる。
一体なにがコイツにこんなことをさせているのだろう・・・と、ゾロは柔らかい黒髪と滑らかな肌の感触を楽しみながらぼんやりと考えた。
これ以上海に落ちられては困るので、ゾロはなおも船首に座ろうとするルフィを抱えて、表のデッキで座り込んだ。
ここならまぁいいか、とルフィもおとなしく背中をあずける。
ゾロは黒髪から漂う石鹸の香りに眩暈がした。
ルフィはなおも何かを必死にお祈りしているようだった。
とりあえず、ゾロは一体なにを考えているのかは聞かないことにした。
・・・というより、そんなことを気にするよりも、自分を押さえ込むほうに必死だったのだ。
どんな一日でも夜が来る。
すでに日は沈み、月が昇っていた。
暑いぐらいだった気温は、徐々に下がっている。
そして今は夕食中。
挙動不審の船長様も、今はいつものように一流コック殿の料理を惚れ惚れするような速さで平らげていた。
「すこしは味わって食え」
と、サンジの蹴りを受けつつ、極上のローストチキンを口いっぱいにほおばる。
「・・・ソース、ついてるぞ」
と、海老のパイ包みを食べる手を休めたゾロに、顔をぬぐってもらう。
「こらっ!それはおれのだ!!」
と、ウソップに怒られながら、生ハムいりのマリネを掠め取る。
「ほんとに子供よね・・・」
と、ワイングラスをかたむけるナミにいわれて、皿の取り合いをやめる。
「みんなで食べるご飯はおいしいな」
と、微笑むチョッパーに、にっこり笑顔をむける。
それはとても楽しいひと時だった。
食後のデザートは、甘さを控えめにした桃のコンポートだった。
料理がいつもより豪華なことに剣豪殿は気がついたのだろうか。
そして夜は更ける。
今日の見張りはゾロだった。
それぞれが眠りについた頃、以外な風の冷たさに眉をしかめながらも、彼は見張り台の上で海を眺めていた。
と、男部屋の入り口が開く。
「・・ルフィ?」
こんな時間に、まさか、また船首にいくのでは・・・と彼を見ていると、目があった。
ルフィは袋を一つ、それと毛布を一枚抱えていた。
そして、ニッ・・・と笑顔を見せると片手を伸ばして見張り台に飛んできたのだ。
ルフィはゾロの腕の中に滑り込んだ。
ゾロは優しげに彼の黒髪を撫でる。
「どうした?」
「しししし、ゾーロっ」
満面の笑顔を見せたルフィは、ゾロの顔を正面から覗き込んだ。
「たんじょーび、オメデトウ」
「・・・あぁ・・・?」
「なんだ、忘れてたのか?今日はゾロの誕生日だろ!」
「そうか・・・すっかり忘れてた」
一人で旅を始めて以来、誰かに誕生日を祝ってもらうことなどなかったから、その日はゾロにとってそれほど重要ではなくて。
前にルフィに話した自分の誕生日を、彼が忘れているのも無理はなかった。
「忘れんなよ」
と、ルフィは苦笑しながら袋を差し出した。
「これ、みんなからのプレゼント」
一人で生きていた自分が、今こうして誕生日を祝ってくれる仲間と旅をしている。
人生なんざ、わからねェもんだ、とゾロは思った。
そして、一人で生きていたときにはめったに使うことのなかった言葉を口にした。
「ありがとな」
なんだかひどく照れくさくて、でもとても心地のよいものをを感じた。
目の前のコイビトは、彼以上の笑顔をみせて『どーいたしまして』と、はにかんだ。
『幸せ』を感じた。
『開けてみようぜ!』とルフィがゾロをせかす。
リボンをほどいて中身を並べる。
ゾロは『・・・らしいモノ、だな』と苦笑を浮かべた。
V.S.O.Pとラヴェルされたウイスキー。
刀の手入れのときに使う綿毛。
しっかりと閉じられた何かの薬壷。
そして一枚の紙切れ。
・・・なんだこれ?
ゾロは紙切れを広げた。
そこにはこうあった。
『私からのプレゼントは、今日の見張りをアンタにしたこと!!』
なんとも彼女らしい贈り物。
手軽で、気が利いていて、そしてなによりお金がかかってない。
「酒がサンジでー、この『ぽんぽん』がウソップだろ?この壷がチョッパーで、ナミはその手紙?」
ルフィがニコニコと聞いてくる。
『・・・みてェだな』と相槌を打ちながら、ゾロは自然にナミの手紙を隠した。
さらに続きが、
『それから、チョッパーのプレゼントを媚薬にしてもらったこと!』
彼女の含み笑いが目に浮かぶようだった。
ゾロはなんだか頭を抱えたい気分になって、ため息をついた。
その息が・・・・・・白かった。
「あっ!!」
ルフィが夜空を見上げた。
つられてゾロも。
「雪だ!!」
「・・・んだと・・・?!」
今日は一日暑くて快晴で、夜になって普通に気温が下がってはいたものの、月がきれいに見えるほど晴れていたはずなのに。
ルフィの言葉どおり、薄曇りの夜空からはらはらと白い粉雪が舞い降りている。
「どうなってんだ、これは・・・?」
呆然とするゾロと対照的に、ルフィはもってきた毛布をばさりとひろげ、再びゾロに巻きついた。
「あったけーーー!!」
抱きついてきた子供の体温をひとつももらすことのない様に、ゾロはとても優しくルフィを包み込む。
「コレ、おれからのプレゼントーーー!!」
腕の中で、ルフィはそんなことをいいだした。
「は?」
「今日な、おれは『雪が降ってくれ!!』って海にお願いしてたんだ」
「一日中か?」
「おう、ずっとだ!」
・・・・・・んなことしてたのか・・・。
「お願いしたって雪なんか降るわけないだろうが・・・・」
ゾロはそういってから、実際降ってしまった矛盾に気がついた。
「ししし、ちゃんと降ったぞ?」
「そうだな・・・」
ほんとにグランドラインというところは・・・。
いや、賞賛すべきはこの少年か。
グランドラインの天候すらも思いのまま。
ゾロは『未来の海賊王』に感服した。
「ゾロと二人で雪を見たかったんだ」
柔らかい笑顔でルフィが話す。
そういえば、二人っきりでルフィの好きな雪を見たことはなかった。
「だから、絶対ゾロに雪をプレゼントしようと思ったんだ」
ゾロは、とても、とても、このコイビトが世界でなによりも愛おしい、とあらためて思った。
「・・・嬉しいか?」
きょとんとして聞いてくるルフィに口付けを落とす。
「ああ、すげェ嬉しいよ」
「しししし」
満足げにルフィは笑った。
「でもな、ほんとはもうちょっと違ったんだ」
すこし残念そうにルフィは続けた。
「なにが?」
「あのな、前にエースが来ただろ?」
「ああ」
ゾロの脳裏に、ルフィと内緒話をするエースの姿が浮かぶ。
「あの時に、エースに一個お願いしたんだ」
なるほど、お願いしていたのか。
ゾロはこっそり安心する。
「『ゾロの誕生日に、ピンクの雪を一緒に見たいから、ばーさんからあの粉もらってきてくれ』って」
「・・・そいつはすげェな・・・」
ゾロは少しエースに同情した。
ちらっとしか見ていないが、あの『くれは』というばーさんは・・・・・・・・・なんというか、すごかったのだ・・・。
逆立ちしても、気安く何かをあっさりくれる人間ではない。
・・・まぁ、無理だったんだろうな。
「でも、エースこないし・・・」
ルフィは首をひねる。
ゾロは雪が散らばるルフィの髪を撫でた。
「あいつも忙しいんだろうさ」
それに・・・・と、
「おれはこれで十分だし」
「ん、そうか!」
やっぱり満足げにルフィは笑った。
「ゾロっ!いいもんみせてやる!」
「なんだ」
ルフィはまゆげをくるりとまるめ、タバコを吸う仕草をして、
「サンジのまねーーー」
吐き出される白い息がタバコの煙っぽく、ルフィ的にグレードアップであった。
ゾロは小さく苦笑し『アホ』とルフィを小突く。
「なんだよーー!似てるだろ?」
すねたようにくってかかるルフィと額を合わせると、ゾロは微笑して言う。
「・・・今は、ほかのヤツはいいだろ?」
「ん、・・・そうか」
かすかに頬が赤いのは、寒さによるものなのか、なんなのか。
ルフィは小さくそう答えた。
今は二人の、二人だけの時間。
「ゾロ、ダイスキ」
「おれも」
剣豪殿お誕生日おめでとう!!というわけで、書いてみたら長くなったと。(爆死)
すごいねルフィ!もうキミ、すでに海賊王だね!(オイ)海はキミのおもうままさ!!(壊)
(能力者は海に嫌われるんじゃ・・・というつっこみはナシで)
まぁ、ゾロとルフィは幸せで、という話になりました
つーか、兄。どうしたの?と思った方(いるのか)、・・・実は兄のこの日の話、ご用意してあります(笑)
モクメラな間抜け(カナリ)話なんで、『それはちょっと・・・・』という方はお気をつけて。 見てみる