塀の中の懲りない面々
『一年を通して風雨の荒れ狂う海域にある小島。北海に浮かぶ孤島にそれはあった。ぐるりを切り立った崖に囲まれ、脱獄は絶対不可能と言われる要塞監獄。建設より十数世紀、未だかつて逃亡を果たした囚人は皆無。そこでは魔法界最凶と言われる看守が昼夜を問わず目を光らせている。どころか、そこに収監された者には柵すらもいらぬと言う。何故なら皆、最後には正気を失ってしまうから。それは悪夢の監獄、アズカバン……。
年がら年中天気の悪いこの島では、鳥の泣く声が聞こえることはめったにない。ところがこの朝はごく珍しいことに、子供の頭程度の大きさでしかない鉄格子の嵌った窓から小鳥のさえずりが聞こえてきて、久々に男は微笑を浮かべた。彼の名はシリウス・ブラック。アズカバン永久虜囚にして史上稀に見る悪逆の徒とされている。が、実際には無実の罪で投獄されたとんでもなく要領の悪い男……もとい、悲劇の青年である。
「今日は晴れか……」
粗末なベッドから起き上がり、シリウスは小さな窓を見上げながら伸びをした。こんな清々しい朝は何ヶ月ぶりだろう。ただでさえ北向きのシリウスの独房からは、めったに晴天は拝めない。ここに収監されて何年も経つが、こんなに良い天気になったのは数えるほどしかなかっただろう。
何一つ楽しみの無い監獄生活ですっかりやさぐれてしまったシリウスだが、おかげで些細なことにすぐ感動するようになった。何たってここはアズカバン。楽しいことなどほとんどありえず、尚且つ、楽しい気分もあっちゅーまに吸い取られてしまうのだ。
ひたひたという謎の足音でシリウスはハッと振り返った。見れば廊下に陰気なローブを頭からすっぽり被った看守が立っていた。吸魂鬼だ。
影のようなフードの部分からは何も伺うことが出来ず、シリウスは憮然として相手に向き直った。吸魂鬼は灰色の穢れた手でシリウスに何事か示す。もう何年も繰り返された朝の光景だ。もちろんどうすればいいのかシリウスも熟知しており、あからさまに不機嫌そうなままであったが、大人しく鉄格子の外へ両腕を差し出した。その腕に吸魂鬼が長い鎖の手錠をかける。何たって1年で廃人、2年で死体、3年いたら新記録と言われたこのアズカバンにおいて、世界記録更新中のシリウスであるから、吸魂鬼も慎重になる。ここへ来たてのころはシリウスも反抗してわざと腕を出さなかったりしたが、罰として一週間も吸魂鬼のあのザーザーとしか聞こえない声で延々落語を聞かされて以来、無駄な反抗は省いていた。一日中慣れない正座をさせられ意味不明な落語らしきものを見させられたうえ、一週間飲み物はDr.ペッパーのみだった。あの仕置きには流石のシリウスも気が狂いかけたほどだ。
莫迦莫迦しいと思いつつもシリウスは大人しく吸魂鬼に従って廊下を進んだ。何しろこの看守たちのおかげで常人が長い間滞在できないここアズカバンでは、何から何までを吸魂鬼が取り仕切っている。おかげで人手が足りず、また、いい加減シリウスも長い牢獄生活ですっかり憔悴しているために、今では朝食のみは他の囚人たちと同じように大食堂で取ることになっていた。
入獄したてのシリウスはお肌もピチピチのジェームズ・ボンドもかくやという色男であった。が、数年をこの最悪の場所で過ごした結果、髪はボサボサ、肌はガサガサ、眸だけはギラギラの悪霊のような姿になってしまった。それでも正気を失わなかっただけマシかもしれないが、何しろ彼は自分が無実であることを知っているので、決して幸福ではない。おかげで正気を保っていられるのだが。
大食堂のいつもの孤立した席についてシリウスは憮然として周りを見渡した。永久虜囚のシリウスはやはり特別扱いで、他の囚人たちから席も遠く離れ、すでに食事の用意が整っていた。部屋の前方では魂の抜けかかった囚人たちがトレイを手に惰性で列を作っている。そして台を挟んだその向こう側には、三角巾に白い割烹着を着用した吸魂鬼が料理を皿に取り分けては配っている。そのうえどう言うわけか顔にはマグルの軍隊が使用するガスマスクを被っており、初めてその光景を目の当たりにしたとき、シリウスは思わず腰を抜かしかけたほどだ。
それにしても何て光景だろうか。小学生の給食当番ではあるまいし、とめざしを頭からかじりながらシリウスは毒づいた。見慣れてしまえば何てことの無い光景だ(そうか?)が、あのスタイルの吸魂鬼を見るたびにペンギン村にでもいそうだとシリウスは思うのだった。
食後シリウスが独房に戻る途中、まだ食事中の囚人の側を通るのだが、半分以上がスプーンを手にしたままどこか中空を見上げていた。眸は濁って焦点を失い、口は半開きでだらしがない。その視線の先には大抵、機会をうかがう吸魂鬼がおり、末期症状だとシリウスは内心で眉を顰める。こうなってはもう立ち直ることは無いだろう。だが相手はシリウスの元敵である本物の犯罪者だ。何も彼が同情することはない。せいぜいこうならないように気をつけるだけのことである。
アズカバンにおいて最もシリウスを困らせたのは、『退屈』であった。それは吸魂鬼と同じようにシリウスの魂を蝕んでいく。健康極まるシリウスにとって日がな一日、独房でぼんやり過ごすのは、足の裏を蚊に刺される以上にもどかしかった。しかし三畳一間の独房にあるものといったら、ベッドとトイレと洗面台だけで、石が剥き出しの床や壁は磨耗を防ぐ魔法がかかっているために傷を付けることすらも出来ない。ほとんど運動場へも出られないので何か拾ってくるようなことは無いし、手紙も来ることは無い。
運が良ければ年に一回くらい貸し本が回ってくるが、これがまた中々素晴らしい。今まで回ってきた本たるや、『神の声は今!』だの『実録、嫁姑戦争! 殺意のジョウロ』だとか、『トロールとのとろい旅』とか、『Mr.スポックの正しい育児』など。読む気の萎えること甚だしい。一体この素晴らしいチョイスを誰がしているのだか甚だ疑問である。それでも『やさしいあやとり』はなかなか面白かった。
差し入れを求めることは出来ないので、シリウスは自分の着ている灰色の囚人用ローブの裾をほぐして紐を作り、掲載作品が全部完璧にこなせるようになるまで遊び倒した。指先を使うと脳が活性化され、廃人になるのを防いでいいのだとシリウスは自分に言い聞かせたが、いい年をした男が一人であやとりに勤しんでいる様は充分正気を疑わせたことだろう。
だがこの日はシリウスが収容されて以来初めて、彼が運動場へ出る許可が下りたのである。
昼過ぎに吸魂鬼が迎えに来たとき、何が起こったのかわからずにシリウスは訝しんだ。胡散臭そうに睨みつけるシリウスに、鉄格子の向こう側で吸魂鬼は一枚の羊皮紙を広げて突きつけた。
「運動場使用許可だぁ?」
不良学生のような声を上げてシリウスは吸魂鬼を睨みつけた。この雌雄があるのかすら定かではない謎の生き物は、物も言わずに先を読むように促した。
「………………げっ!」
変な声を上げてシリウスが吸魂鬼を上目使いに見たのは、『運動場を使用する場合、看守の一人と手を繋ぐこと』という世にも恐ろしい一文を見つけたからだ。長身のシリウスですら見上げねばならないほどの背丈がある吸魂鬼の手は、灰色の汚らしいかさぶたに覆われ、水死体を思わせる。学生時代さんざん無鉄砲と言われたシリウスですら積極的に触りたいとは思わない代物だ。
「よりにもよって、手を繋ぐのかよ〜」
これには流石のシリウスも頭を抱えた。具合が悪いなどと言って運動を拒否するのは簡単だが、たかが敷地内の運動場とは言え、数年ぶりの外出は魅力的だ。何か触ったとたんにぐちょっとかいいそうな吸魂鬼の手は、想像するだに鳥肌が立つが、こんなに天気が良いもの久し振りだし、外の風景を見てみたいという気持ちは大きい。
散々悩んだ末、シリウスは外出の魅力に屈した。もしここを脱獄する機会が出来たら、外のことも知っておくにこしたことは無いなどと自分を納得させて。
「あう〜……」
世にも情けない声を上げてシリウスがため息をついたのは、運動場への通路を歩いているときだった。目の前には床の上を滑るように歩く吸魂鬼。カサカサという足音を立てたらパタリロなのだが、残念ながらほとんど足音は立てない。
運動場は建物の3階にある。広いテラス状になった場所で、背後を建物に、前方を岩場に囲まれ、逃亡は不可能だ。いくら魔法使いでも杖も無しに3階から飛び降り、無傷でいられる筈は無い。ましてや人間の希望だとかやる気だとかをぐんぐん吸い取っていく吸魂鬼と、仲良くお手々を繋いでなければならないのだ。脱獄する気も起きやしねー、とシリウスは自分の不幸な境遇をひっそりと嘆いた。
外界と扉一枚を隔てた場所で、シリウスは両足を長い鎖でつながれ、差し出された吸魂鬼の手を見た。やっぱり灰色のべっちょっとしてそうな手だ。おかげでちょっぴり自分の決断に後悔しつつも、一歩外へ出ればそこは初夏のすがすがしい空の下なのだと言い聞かせた。そう、ほんのちょっといや〜んな感触さえ我慢すれば!
ぐっと決意を込めてシリウスは恐る恐る吸魂鬼の手を握った。
「…………あれ?」
するとどうだろう、シリウスの握った灰色の手は、意外にもまともな感触をしているではないか。確かに想像どおり冷たい手ではあったが、ねちょっともしてないし、ザラザラともしていない。これはもしかしたら、吸魂鬼のあの外見は、囚人たちをビビらせるために魔法で作り上げられた虚像なのかもしれない。その証拠に、今にも剥がれそうなかさぶたのある部分を気付かれないように親指でちょっと撫でてみたが、指先の感触はすべすべしたものだった。
あまりに意外なことに唖然とするシリウスの前で吸魂鬼が何やら呟くと、激しい軋み音を立てて重々しい鉄の扉が開かれたのだった。
玉のお肌の吸魂鬼に手を引かれ、一歩を踏み出したシリウスを待っていたのは、燦々と輝く初夏の太陽と爽やかな風の乱舞。
「おおっ……!」
思わず感激の声を上げたシリウスは、眩しい日差しにあいている方の手で庇を作って空を見上げた。久々に見る大パノラマの青空、遠くで揺れる美しい梢。何て世界は美しいんでしょー、などと心中大興奮のシリウス。が、一瞬後には突然肩を落とし、でもどうせここからは一歩も出られないし、久し振りの日光で目玉が痛いぜこんちきしょー。見れば貴公子的とさえ言われた美しかった手もひび割れて、見る影も無い。
一瞬どよ〜んと気分を害したシリウスであったが、前を行く吸魂鬼に手を引かれてハッと我に返る。いかんいかん、今のはハッピーな気持ちが吸魂鬼に吸い取られた結果、突如暗澹たる気持ちになってしまったのだ。ここは平静を保ち、心を無にしつつこの光景を目に焼き付けねば!
気を取り直したシリウスは吸魂鬼と共に歩き出す。何せ時間はわずか20分しかないのである、ぼんやりしている暇は無い。
運動場の床には白線が引いてあり、それに沿って二人は歩く。柵に近づくのは許されず、地上の岩場がどうなっているのか確かめることは出来ない。二人は時間中、運動場をぐるぐる歩き回るのだ。
さわさわと風が梢を揺らし、耳に心地良い音がする。これで吸魂鬼さえいなければ完璧なのに、とシリウスは前方の黒いローブを不機嫌そうに見上げた。擦り切れかかった看守のローブも風に揺れ、微妙に爽やかなようなそうでもないような。
するとふいに吸魂鬼が顔を上げ、太陽を見上げた。そのときだった、突然の突風が吹き付け、吸魂鬼のフードをなぎ払ったのは。
「………………!?」
一瞬風に目を眇めたシリウスは、ぎょっとしてこれでもかというほど大きく目を見開いた。目の前にあったのは、フードの取れた吸魂鬼の素顔。仮面のような凹凸の無い顔だとか、口の部分に空洞があるだとか、吸魂鬼に対しては色々な話を聞いていたが、そのどれもがシリウスが今眼前にしているものとはかけ離れていたのである。
そこに在ったのは、風に揺れる鳶色の豊かな髪と、白く秀麗な横顔。それも他に類を見ないほど整った……!
在り得ねぇー、と顎を落としたまま声に出せずに絶叫するシリウスの目の前で、珍しく慌てた様子で吸魂鬼はフードを元通り直す。その後は何事も無かったように運動場の散歩を続けたが、もうすでにシリウスには、外の風景など全く目に入らなかった。
運動場から帰ったシリウスは、暫く自分が顎を落としたままであることに気付かなかった。だって何しろ最凶の看守だとか、地上を歩く生物の中で最も邪悪だとか言われまくっていたあの吸魂鬼が、あんな面をしていやがったのだ。
「……まてよ?」
我に返ったシリウスはギシギシ煩いベッドに胡座をかいて腕を組む。ファサッという効果音と共に現れた豊かな髪、シリウスですら見惚れるほどの美貌。何か超うそ臭くない?
あれはシリウスを驚かせるための罠だったに違いない。何故か急にそんな気がしてきた。そうでなければ、世間の風評っつーか噂っつーかとあまりにかけ離れた風貌だ。幾ら何でもあれは有り得まい。
「そ、そうだよな!」
一人で自分を納得させようとするかのように頷くシリウス。傍観者がいたら気味悪がられることは必至だが、そんなことに当事者はかまっていられない。彼は何度もうんうんと頷きながら、今先刻起こったことを真実ではないと決め付ける。
あの吸魂鬼はシリウス専門の看守で、要するに責任者のようなものだと思う。今も彼の独房の外で監視の目を緩めていない。いい加減何年もここにいれば、個性の無い吸魂鬼だって少しくらいは見分けられるようになる。あのフードの奥が超美形だなんて、そんなことがあっていい筈が無い。
「しかし…………」
長年の独房生活ですっかり独り言が癖になってしまったシリウスは、何度も首を傾げて自分の顎を撫でた。あの吸魂鬼の風貌が、妙な既視感となってシリウスを悩ませるのだ。
鳶色の髪に秀麗な横顔。ちょっと美形過ぎるが、何とも言えず彼の良く知った人物に似ているような気がする。
「……リーマス、かな?」
かなも何も、口に出してしまうと余計に似ているように思えてならない。だが彼の可愛い(とシリウスは思っている)リーマスが、あんな吸魂鬼などに似ているなどと思うのは何だか腹立たしい。リーマスの声は穏やかで小鳥のさえずりのような(とシリウスには思えるらしい)テノールだし、触れば吸い付くような肌は博多人形も真っ青のすべすべさ加減だ(とシリウスは勝手に思っている)し、何より俺たちはラブラブカップルなのだ(と気の毒にもシリウスは信じている)から!
最後に会ったのはもう何年も前のことだが、交わした愛の言葉だとかそのときの仕草だとかは今も鮮明に思い浮かべられる。彼は今も元気にやっているだろうか。ちゃんと食べて、きちんと寝ているだろうか。何せリーマスときたら……。
ムッツリしたり次の瞬間にはにんまりしたりと、かなり危険信号な行動を我知らず取りつづけるシリウスは、尚も手前ワールドに没入したまま悦に入ったにやけ顔を閃かせた。リーマスの笑顔だとか、均整の取れた肢体だとか、あーんなことやそーんなことを思い浮かべ、彼は不気味な笑い声を漏らす。
そんでもって心配事に次いでいらんことまで思い出し、思わず前屈みになるシリウス・ブラックもうすぐ30歳。こんなときばかりは本当に独房でよかったと思う。そんな誰もいないのに一人で照れる彼の精神は、確実にアズカバンの看守に蝕まれているのかもしれない。
夕食の時間になって、シリウスはある行動に出た。永久虜囚として特別扱いのシリウスは、朝食以外は看守が独房に食事を運んできてくれる。この日も例に違わず看守が二人、彼の独房にやって来た。トレイを持っているのはいつも通り、例の吸魂鬼だ。
食事を運び入れるために格子を開くので、シリウスはいつも通り部屋の隅に立って両腕を上げた。そこへ吸魂鬼がトレイに乗せた食事を持って入り、ベッドの上に置く。そこを見計らってシリウスはよろけた風を装い、吸魂鬼のローブを引っ張った。
「おっと!」
うっかり手がフードにかかってしまったんですよ〜とでも言いたげな様子で、シリウスは謝罪しつつ吸魂鬼を凝視した。するとどうだろう、例のシリウスに専門的に付いている看守のフードの下は、先ほど見た超絶美人ではないか!
マジでー!? と叫びたいのを必死に堪えるシリウスの脇で、厳かにフードを直すと何事も無かったかのように出て行く吸魂鬼。だが今のシリウスには食事どころではありません。もし誰か連れがいたなら、看守たちが去った瞬間、今の見たかよなどと大騒ぎしたことだろう。だが残念ながらここにいるのはシリウス一人であり、あまりの衝撃を持て余してシリウスは壁の方を向いては、何度も両手を振り回した。
「あわわわ……!」
あらぬ方向に視線を走らせながらシリウスは混乱する。再び見た吸魂鬼の素顔は、やっぱり絶世の美貌であった。何たって雌雄が定かではない生き物なので、微妙に中性的。だが長身のシリウスですら見上げるほどの身長なので、男ととらえてもいいかもしれない。
それにしても何たる美しさだろうか。基本的にがさつで散文的なシリウスの語彙では表現できないが、まさしく絶世の美貌。あのとき一瞬流し目でこっちを見たが、不覚にも心臓がドキューン☆と高鳴ってしまった。何しろ禁欲生活が長いので、リーマス一筋と心に誓ったシリウスでさえグラグラきてしまった。あれならちゅーくらいされてもいいかもしんない。でもなぁ、何たってあの身長だし、押し倒すのは難しいかも。となるとやはり自分が押し倒される側になるしかないのだろうか。できればそれは避けたいが、どうしてもって言うならそれも仕方が……。
「はっ!? しまった、俺は一体何を……」
ふいに正気を取り戻したシリウスは、激しく頭を振って危険な考えを追い出した。危なかった、もう少しでむにゃむにゃむにゃなことになるところだった。これはひょっとしたら、チャームか何かの魅惑系の魔法をかけられたのかもしれない。そう、ヴィーラと同じような魅惑の魔力が吸魂鬼にもあったりなんかしちゃったりして。
「まてよ……?」
シリウスは再び真面目な表情になって腕を組む。もし吸魂鬼にチャームの属性があるのだとしたら、或いはこの要塞監獄の特性が証明できはしないだろうか。
ここアズカバンに収容された者には、本来は壁も柵もいらないと言われる。吸魂鬼が側にいるだけで、彼等は気力を失い、魂を抜かれてしまう。それはもしや、チャームのせいではなかろうか。
吸魂鬼の絶世の美貌に惚れこんだ囚人たちは、チャームにかかり、捕われてしまうので逃げ出す心配は無い。その証拠に、毎朝食堂で見かける末期症状の者たちは、一様に吸魂鬼を見つめているではないか。更にその辺の房から夜な夜な漏れ聞こえてくる寝言には、何やら女の名前が多い。てっきり家族か恋人の名を呼んでいるのかと思っていたが、自分の惚れこんだ吸魂鬼に勝手に名前をつけているのだとしたらどうだろう。ああ、恐るべし吸魂鬼!
それでもな、とシリウスは一人で口許を緩めて思った。あれだけの美人だったら、あれくらいはされてもいいかもな〜。いやいや、せっかくだからこのくらいは……』
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