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コトリと音を立ててペンを置くと、疲労した様子でリーマスは伸びをした。すっかり肩がこってしまったのだ。
「あ〜、疲れた……」
自分の右肩を揉み解しながらリーマスは小さく欠伸をする。使い慣れたペンだったが、長い間続けて使うと流石に肩がこる。これはやはり、自動速記羽ペンを買うべきだろうか。だがあれはどうにも良いイメージが無い。それならいっそ、マグルのパソコンを買ってみようか。確か何やら凄いソフトが近々発売になるのだとか。しかしああいったものは使い方が良くわからないし、説明書を読むのは面倒くさい。どうしようかと頬杖をついたリーマスの背後で、勢いよく扉が開かれた。
「リーマス、風呂あいたぞー」
肩越しに振り返ったリーマスの目に、濡れ髪をタオルで拭きながら上機嫌で言うシリウスの姿が映った。風呂上りらしく暑いのか、上着は着ていない。わかったと返すリーマスの側に彼はスリッパの音を立てながらやってくると、
「何やってたんだ?」
夕食からこっち、リーマスはずっと書斎に閉じこもったまま何かに熱中していた。仕事の関係かと推測したシリウスは今まで一人にしておいたのだが、やはり気になっていたらしい。
ああ、これと呟くと、量産型のノートを手に取ってリーマスは、
「原稿の下書きなんだ。アマチュアの交流会のなんだけど、締め切りが近くてね」
「へぇ、大変だな」
何も知らないシリウスは感心した様子で再び髪を拭き始めた。以前に比べ大分痩せ細ったが、適度な栄養と計算された運動で最近では再び筋肉が目立ち始めている。彼は今、過去の格好良い自分を取り戻すことに夢中なのだ。
上腕二頭筋が美味そうだなどと考えているとはおくびにも出さず、ポーカーフェイスの笑顔のままリーマスは頷いた。
「筆圧のせいか、どうにも肩がこってね。パソコンでも欲しいけど、使い方がわからないから」
パソコン、と聞いてすぐさまシリウスの表情がパアッと輝いた。
「え? え? か、買うのか?」
首にかけたタオルの両端を握り締め、身を乗り出す様はまさに犬っころ。耳と尻尾が無いのが不思議なほど、シリウスは飼主に何か期待するわんこの表情でリーマスを見つめる。何しろシリウスは魔法族きってのメカヲタクだ。同居し始めて以来、マグルの製品に夢中なのである。因みに、一番のお気に入りは電子レンジ。
「そうだね、誰か詳しい人がいるなら買ってみようとも思うんだけど……」
腕を組んで困ったようにため息をつくが、もちろん演技である。どうしようかと問いかけを装ってシリウスを見上げると、案の定彼は、
「そ、それなら俺が勉強するからさ!」
だから是非とも買ってくれよとシリウスは訴える。雑誌も一杯読んだし、専門書も買って勉強するし、説明書も暗記するから、と。お願いと言うかおねだりと言うか、とにかく必死に訴えかけるシリウスに、内心リーマスはほくそえんだ。相変わらず扱いやすい男である。わかりやすすぎて少々張り合い甲斐が無いほどに。
回転椅子を今度こそシリウスの方に向け、リーマスはにっこりと飼い犬のような一応恋人に笑いかけた。
「そうだな、君がそうしてくれるなら、買ってみようか」
超裏のあるリーマスの決定に、やったーとシリウスは素直に喜んだ。
「じゃあさ、インターンネット? もやるんだよな?」
インターネットだろうと突っ込みつつも、鷹揚にリーマスが頷くと、ガバッとシリウスに抱きつかれた。よっぽど嬉しかったらしい。これで俺もネットユーザーだとか、窓がどうのとかリンゴがどうしたのと、リーマスには意味不明なことを言っては一人で興奮していた。
そんなシリウスをどうにか宥め、漸く風呂に入るためにリーマスは重い腰を上げる。一人ではしゃぐシリウスを横目に、そのうちネタにしようと心に決めながら。
リーマス・J・ルーピン、印刷所〆切まであと14日。
〔完〕
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お題の中から『ディメx尻』にさせていただきましたv
やっぱイロモノは書いてて面白いですにゃ〜。
時期的には5巻前くらい?
因みに、シリウスもう一つのお気に入りはドラム式乾燥機。
回る物は見てて面白いので。