■□■ 巣栄連作小噺 □■□
【悩める巣山に愛の手を】
巣山は栄口が好きだった。理由は本人にもよくわからない。だが、とにかく栄口が好きだった。
バントが上手いところも出塁率が高いところも格好いいと思う。野球以外の緊張に弱くてすぐトイレに行きたがるところだって、気遣いができる繊細な性格のせいだと思えば大変な長所だ。別段そこにピンポイントで惚れたわけではないのだが、とにかく巣山は栄口が好きだった。
しかし困ったことに、巣山にはその栄口への想いをどうしたらいいのかがわからず、自分を持て余していた。何しろ巣山にとって恋などというものは、テレビの中の出来事で、自分にはまだまだ縁遠い話だと思っていたのだ。
小学校も中学も、ひたすらに野球に明け暮れていた巣山であるから、それも仕方のないことだろう。幸い初恋は十年ほど前に済ませているが、幼児の恋を今回のことと同列にするわけにはいかない。
ともかく、せめても好意の表れに、巣山は栄口に何かしてやりたいと思った。しかしあからさまなのは彼の気質が許さない。さりげなく、そして嫌味でない程度に。そうして悩み続けた結果、部活で食べるおにぎりにしてはどうかとひらめいた。
部活で栄養補給のために食べるおにぎりは、前日のボディバランスを鍛える練習の成績によって様々に変わる。栄口はある意味、野球部で最も攻守のバランスが取れた選手だが、その分突出した部分も少ないため、滅多に一番にならなかった。それならば巣山が一番になり、栄口の好きな具材のおにぎりをあげればいいではないか。
突如ひらめいた考えに巣山はにんまりと笑った。そうと決まれば、次は栄口の好きな食べ物をリサーチだ。
そこで巣山は、昼食の際に栄口の隣にいつもどおり陣取って、さりげなく話題を振ってみた。
「今日のおにぎりの具材、いくらの醤油漬けがあったよな」
「あー、あれうまいんだよね」
購買で買ってきたコロッケパンにかぶりつきながら何も知らない栄口は笑った。
「栄口はさ、どの具材が一番好き?」
上ずらないように精いっぱい努力した声で巣山は訊いた。もちろん巣山の心情など知らない栄口は牛乳でパンを流し込みながら、
「そうだなー。いくらもいわのりわさびも好きだけど、何たって一番うまいのは、やっぱ塩にぎりだよね!」
……巣山の苦悩は続く。
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