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まどろみのなかにあったツナは、切実な事情で眼を覚ました。腹が減ったのである。せっかくの初めての朝だというのに、何とデリカシーのないことだろうか。
満ち足りた気分で抱き合ったまま朝を迎えた二人は、素肌のままである。どうやら隣の獄寺はとうに目を覚ましていたらしく、ツナの起床に気づいたのか、昨夜の情事を髣髴とさせる掠れ声でおはようございます、と声をかけてきた。
そのせいで即物的な自分の胃が益々情けなくなり、ベッドのなかで丸くなって一人でこっそり赤面するツナに、事情を察したらしい獄寺がニカッと笑って声をかけた。
「朝飯にしましょうか、十代目!」
ツナのことなら何でもお見通しであるらしい獄寺は、恥ずかしくて布団から出てこられないツナをそっとしたままベッドから抜け出した。布団の外からかすかに聞こえる衣擦れの音に、ツナもようやく顔を出す。おそらくビンテージ物なのであろう色の褪せたデニムだけを身につけた獄寺は、背中に注がれる視線に気づいて上半身を捻った。
「寿司でも取りましょう」
上機嫌の獄寺が手にしているのは寿司屋のしおりだった。朝から豪勢だが、どうやら獄寺はお祝いくらいのつもりであるらしい。半分は日本人の血が流れているとは言え、イタリア生まれのイタリア育ちの彼には、祝い事=赤飯という概念はないようだ。
赤飯なんて炊かれた日には、恥ずかしくって顔なんか合わせられないよ、と内心でほっと息をつくツナ。そんなツナの心境など知らず、獄寺は手早く注文を済ませると、先にシャワーを浴びるよう勧めてくれた。どんなときでもツナ・ファースト。それが獄寺隼人という男である。
お言葉に甘えてシャワーを借りたツナは、よもや『オレも』とか言って獄寺まで入ってくるのではあるまいかと懸念し、あっという間に入浴を済ませてしまった。幸いそれは杞憂に終わったが、今の獄寺のハイテンション振りを見る限り、心配してしまうのも無理はない。普段は絶対にありえない鼻唄など歌いながら、ベッドを整えては楽しげに笑っていたのがいい証拠だ。うっかりそんな状況になりでもしたら、また色々とヤバイことになるのは目に見えている。
それが必ずしも嫌な気分ではないという自分の複雑な心境から眼を背け、ツナはさっさとバスルームを後にした。入れ替わりにバスルームへ向かう獄寺は、今度は口笛で何やらクラシックを奏でていた。やはり彼のテンションは高い。
主のいない部屋ではすることもなく、手持ち無沙汰に昨夜の夕食の片づけをしていると、玄関のチャイムが鳴った。予想よりも早く、出前が到着したようだ。
「はーい!」
一瞬理解の遅れたツナは、慌てて声をかけると、玄関へと向かった。途中、バスルームへの扉の向こうから、
「済みません、十代目。玄関に財布が置いてありますから!」
慌てた様子の獄寺に返事をし、
「ちょっと待ってくださーい」
ツナは急いで玄関の戸を開けた。
「……あれ? ツナじゃねーか」
どこか聞き覚えのあるのんびりとした口調に、ツナは思わず出前を配達してきた男を見上げた。すらりと均整の取れた長身の若い男。寿司桶を手にして立っていたのは、
「山本!」
驚いたツナが声を上げると、山本は嬉しげに屈託のない笑顔を浮かべた。彼はツナの中学の同級生で、高校から進路は別れてしまったものの、メールでは今でもよく連絡を取り合っている数少ない友人だった。
そういえばこの辺で寿司と言ったら、山本の実家が営む竹寿司と相場は決まっている。考えてみれば当たり前だよな、と納得のツナ。
「ハハハッ、久し振りじゃねーか!」
メールではそれなりに連絡を取り合っているが、顔を合わせるのは一年ぶりくらいにも関わらず、まるで距離を感じさせない屈託のなさで、山本はツナの肩に腕を回した。まるで昨日も一緒につるんだかのような気さくな態度が嬉しくて、ツナも自然と笑いかけた。あまり人付き合いのいいほうではないツナは、山本のこの誰の警戒心をも溶かしてしまう人当たりのよさが羨ましくもあり、それ以上に大好きだった。
しかし旧交を温める二人を目の当たりにして、嫉妬の炎を吹き上げる男がいた。
「……手前ぇ、十代目に馴れ馴れしくすんじゃねぇっ!!」
突如叩きつけられた怒鳴り声に、我に返ったツナは慌てて背後を振り返った。そこには濡れ髪もそのままに、額に血管を浮かび上がらせた獄寺が、憤怒の形相で立っているではないか。思いがけない事態だが、ツナは一瞬にして彼の心情を理解した。初めて迎える二人きりの朝を、ぶち壊された気分で一杯なのだろう。
「ご、獄寺くん、違うんだよ!」
慌てて弁明を試みるツナであったが、怒りの獄寺は山本にロックオン!
そして天真爛漫と言えば聞こえはいいが、ようするに人の話を全く聞かず、雰囲気なんて汲み取りもしない男山本武は、眉根を寄せて困ったように笑う独特の表情を浮かべたまま、ツナの肩を離そうともしない。
「んー? 誰だ、こいつ?」
「誰だじゃねぇ! 手前が誰だ!?」
幾多の死線を潜り抜けてきた不良でさえもが恐れをなす獄寺の気迫を、山本は笑って受け流した。それどころか、
「オレか? オレはツナの元カレ(大嘘)なのな!」
「シャレになんないよ山本っ!?」
一気に血の気の下がったツナの突っ込みに、獄寺の怒りに震える声が重なった。
「……っの野郎!?」
果てろ、と叫んでダイナマイトを取り出す獄寺と、必死で止めに入る半泣きのツナ。そんな二人を笑って見守りながら出前を差し出す山本。それはさながら地獄絵図のなかの喜劇である。上手く事態を収めても、まだまだツナの苦労は終わらない。負けるなツナ! 明日は君のためにある!!
〔完〕
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獄ツナ初めて物語、これにて終了!
何だか激しく色々と間違っちゃった感も否めませんが、
今はこれが精一杯(泥棒のおじさま風)☆
ともするとツナ攻めになりかけるのを必死で押さえ込んでみました。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……(土下座)!!
しかし獄寺は何故にこうも書きやすいのでせう。
ちなみに獄寺がやけに乙女チックでこっぱずかしい言動が多いのは、
イタリア人だからです(ザ☆偏見)。
日本文化がわからぬ彼は、女子に薦められて少女漫画を読んで
日本人の恋愛事情を学びました。
きっとツナがすき焼きをふーふーして食べる姿を見ただけで、
脳内ではイタリア語で萌えの大絶叫だったことでしょう。
クールな見た目に反して熱い男、獄寺隼人。
そしてどこまでも苦労を背負う十代目ツナ。
新たな世界の扉をありがとうございましたv
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