『ヒルシュフェルト』
初めて彼に会ったとき、軽い既視感を覚えた。けれど科学を信奉し、理性と知識に生きる者にとってそれは単なる脳の勘違いに過ぎない。
ならばいつかどこかで必ず彼に会っている筈なのだ。
そしてその記憶は、淡く小さな白い花の咲く生垣に彩られていた。
『肉体が精神的なものの表現であるときのみ、真の同性愛と言うことができる』
その一説を冷ややかな視線で一撫でしてから、シリウスは本を机に放り出した。素晴らしきロマンチシズム、滑稽以外の何ものでもない。
シリウスは大きく伸びをすると、機能的なスチールの椅子から立ち上がり、居間に向かった。
ここは彼のアパートである。大学からも街の中心にも程よく近く、それでいて喧騒とは無縁の高級住宅街。と言っても彼はここに腰を据えるつもりは無いので、伝統の浅い高所得者向けのアパートに住んでいる。どうせガーデニングの趣味があるわけでもないので、無機的なこのアパートは自分に良くあっているとシリウスは思う。
独身者が過ごすには広すぎる居間のソファに大儀そうに腰を下ろしてから、こだわりがうかがえる大画面のテレビをシリウスはつける。だが別段見たいものがあるわけではなく、気紛れにチャンネルを回したまま彼は行儀悪くローテーブルに長い脚を放り出した。
息抜きに友人から借りた本を読んでいたのはいいが、どうにも趣味が合わなかったようだ。法学部に在籍する友人とは同じフットボールチームのファンということでそれなりに仲はいいが、どうにもそれ以外の趣味は合わないようだ。今日読んでいた本も、シリウスには鼻で笑ってしまうようなことが数多く記されていた。
シリウスは基本的に現実主義者であり、恋愛というものはある種のペテンであると思っている。自分を騙すか他人を騙すか、或いは二人で勘違いしているだけか。人間は自分の世界でしか生きられないというのがシリウスの持論であり、肉欲を排した恋愛などほとんどあるわけが無いと思っている。
だからと言って頭ごなしにそれらを否定しないのが我ながら屈折しているとシリウスは苦笑する。彼は民主主義を愛する博学の徒であるから、世の中には全く違った価値観が存在することをむしろ快く思っている。一つの神を押し付け、書物を焼き捨て、言論を弾圧するなど、唾棄すべき行為以外の何ものでもない。何もかもが同じ思想の世界など、一体何が面白いというのだろうか。完全に同一のものが存在しない世界だからこそ、趣味が合わなくとも友人ができるのだ。そして常に自己とは違うものから受ける刺激こそが貴重なのである。
だがそれでもやはり趣味が合わない相手の貸してくれた本は放棄せざるを得ない現状が今ここにある。
「……せめてサルトルなら良かったのに」
気だるそうにソファに寄りかかりながらシリウスは呟いた。『肉体は欲望の共犯者』というサルトルの言葉はシリウスも気に入っている。だが詳しく知っているわけではないので、そちらの方がよほど興味深く読むこともできただろうに、残念でならない。
確か次は『Fの快楽』とかいう本を貸してくれると気張っていた。どうかそれが面白い本であることを願うばかりだ。
シリウスは大きく溜息をついて振り返ると、不服そうな顔を机の方に向けたのだった。
雪が降っていた。クリスマスも間近に迫ったこの時期であるから珍しいことではないが、借りた本の入ったビニール袋を手にしたシリウスは、大学の中庭で足を止めると天を仰いだ。
夕闇に染まりつつある空は黒というより重苦しい灰色がどんどん厚くなっている様で、降り積もる雪が雲の欠片のように思えてくる。枯れた芝生も薄く雪に覆われ、シリウスの足元はぬかるんでいる。それでもシリウスはぼんやりと空を眺めていた。
頬に雪が触れるとすぐさま水滴にかわり、凍えるように冷たい。だがシリウスはその感覚が昔から嫌いではなかった。長身を包むダウンの保温効果は完璧で、冬の刺すような寒さは不快ではなかった。
「…………ブラック、何してるんだ?」
ふいに掛けられた声にシリウスは視線を左に向けた。暗くなりつつある中庭に面したガラス戸を開けて、誰かがシリウスを手招いている。室内の柔らかな光が逆光となって輪郭がぼやけたその人物は、シリウスも良く知る相手だった。
「風邪ひくぞ、こっちへおいで」
寒そうに首を竦めたその人は、シリウスが拒むなど微塵も思っていないのか、戸を開けたまま踵を返した。
「何してたんだ?」
呼ばれるままに部屋に入ったシリウスに、コーヒーを淹れてくれながら彼は訪ねた。室内はほっとするほど暖かく、シリウスはコートを脱いで手近にあった椅子に放る。その間もこの部屋の主から目をそらすことは無い。相手はそんなシリウスの様子などまるで気付かずに、勝手に角砂糖をカップに放りこんでいる。白い指先がスプーンをかき回し、問答無用でシリウスにカップを渡す。ゆったりとしたセーターから覗く手首が予想通り細いことに、シリウスは何故か苦笑を漏らした。
「いや、ちょっと雪が降るのを見てて」
礼を言いつつカップを受け取ったシリウスは椅子に腰を下ろしながら言った。この部屋は法学部の助教授のオフィスであり、ここのところシリウスがよく入り浸っている部屋でもある。おかげですっかり親しくなった助教授は、重厚だが所々塗装の剥げかけた机に寄りかかってコーヒーを啜った。
文系ですらないシリウスが用も無いのにここに入り浸るのは、もちろん目的があるからだ。それというのもこの線の細い助教授、ルーピンと親しくなるためである。彼は大学の長い歴史の中で、最年少で助教授となった人物である。
「雪が『降る』のを見てたのかい?」
あんな寒い中で、とルーピンは呆れたように言った。あの薄べったい身体ではすぐに寒さが浸透してしまうだろうとシリウスは勝手に思う。
「雪って、螺旋を描くように下りてくると思わないか?」
甘めのコーヒーを啜りながらシリウスはそんなことを言った。小さいころからシリウスは雪が降るたびに空を見上げては、舞い散る雪の原点を探していた。もちろん今の彼には雪が螺旋を描くように落ちてくるように見える理由など分かっている。上空の風に流されているため、そう見えるのだろう。だがそうわかったところでやはりシリウスはくるくると舞い落ちる雪に見蕩れてしまう。
そうだねぇと穏やかな口調で言ったルーピンは中庭のほうを振り返り、やや伸びかけた髪から覗く細首にシリウスは目を細めた。全体的に色素の薄い印象のあるルーピンの首。子供のころに怪我をしたという引き攣った痕がより一層白く浮かび、シリウスの目を引く。その傷痕に触れてみたいとシリウスは思う。それ以上に、口付けて舌を這わせてみたいと……。
「で、今日は何の用だい?」
ふいに振り返ったルーピンは小首を傾げてシリウスに訊いた。コートと一緒に放り出されたビニールの袋を見て、自分に用があるわけではないと悟ったのだろう。今日は友人に本を返すために来たのだと言うと、何故かルーピンは困ったように笑った。
「そうか、それは気の毒だ」
何が気の毒かと言うと、シリウスの友人は今、教授に捕まってしまっているのだそうだ。数年前に当時の教授が脳卒中で倒れたせいで教授に昇格したその人は、『天才、ただし変人』ともっぱらの評判の人物で、ぎょろぎょろとよく動く目をした小男だ。ルーピンが助教授に大抜擢された経緯もその辺にあり、学内派閥の政治的な理由と、全く政治的ではない理由とにより助教授になったらしい。
何でもかの変人教授を制御できる極少ない人間がルーピンであり、おかげで最年少の助教授という立場に嫉妬する人間はいることはいても、それ以上にお守を任されたことに対する同情の目が多いのだとか。
なるほど、それでは今しばらく会うことは出来ないだろう。いや、会うことはできるかもしれないが、巻き込まれるのはごめんだ。
一瞬考え込んだシリウスは顔を上げると、気の毒にと苦笑している年上の人物に、
「じゃあ、これから夕食でもどうかな?」
近くに最近出来たレストランに行ってみたくて、と。するとルーピンは小首を傾げ、カップを机に置いて視線を中空に走らせた。
「……そう、だね。あそこは一度行ってみたかったんだ」
一体どんな逡巡をめぐらせたものかシリウスには知ることは出来なかったが、ルーピンはいつもの鉄壁の笑顔で承諾したのだった。
リーマス・J・ルーピンというその人物を、シリウスは興味深く思っている。いつもにこにことして内心を悟らせず、穏やかな表情だがどこか物憂い様子のある彼。変人の天才教授のおかげで目立たないが、優秀な人物である。見るからに俗世間にはあまり興味の無いような様子で、いつでも飄々としており、無機的なイメージがある。どこか枯れたような彼だが、反面でゼミの女学生とケーキだの焼き菓子だのの美味い店の情報交換をしているという妙に子供っぽい部分もある。
ある意味矛盾を孕んだその人物が必要以上にシリウスの興味を引くのは、彼のある過去を知っているからか。
シリウスは寝室の広いベッドに横になりながら一枚の写真を眺めていた。それはもう十年以上昔に撮られた写真で、一人の教師とその生徒が写っている。春の近い冬の日に撮られたもので、背景にある生垣には白い花が咲き始めている。完璧な微笑を浮かべた教師に肩を抱かれた少年は、誇らしげな表情でこちらを見つめていた。
頬を僅かに紅潮させ、少し大人びた表情を浮かべる少年こそ、幼い日のルーピンである。その証拠に、よく見れば首筋に薄っすらと傷痕が伺える。そして彼の肩を抱く人物は、シリウスの実の父だ。二人の様子はただ見る分には信頼で結ばれた単なる教師と生徒のそれでしかない。だがシリウスは知っている。二人の間にはどろどろとした愛憎があろうことを。
いや、とシリウスは寝返りを打って写真を放り出した。愛憎があったのは、おそらくルーピンの方だけだろう。シリウスの知る限り彼の父親は、誰かに対して愛憎を抱くような人物ではない。いつでもほとんど物憂げな無表情で、父親が怒るにせよ泣くにせよ笑うにせよ、まともな感情を見せたことは皆無だ。しかし彼は完璧な微笑の仮面を持っていて、他の人々は父の本性を知らない。
対外的には父は伝統と格式ある上流階級の紳士であり、優秀な教師だ。一部の隙も無い完璧な微笑をたたえ、穏やかで懐の深い人物であり、一点の非の打ち所も無い紳士。一族の運営する学園の教師であり理事として年間のほとんど家を空けていたが、それでもシリウスは父親の本性を知っている。彼は頽廃を地で行く虚無的な人間だ。
しかし不思議なのは、今も健在な祖父母は陽の気質であり、それこそ尊敬を集める人物であるのに、その二人の愛情を一身に受けて育ったはずの父が何故あんな人物になったのだろうか。シリウスの知る父は、何事にも興味が無く、悪なることを厭うのは面倒くさいだけのことで、それらを恐れたり嫌悪したりはしない。この世には彼に執着を覚えさせるようなことは何一つ無く、一体何が面白くて生きているのか甚だ不明なのである。気が向けばいつでも自らの命だろうが無造作に捨てるだろう彼が死なないのは、それこそ単に面倒だからだとシリウスは推測している。
幼いころシリウスは、父親に抱き上げられた記憶が無い。遊んでもらったことも無い。興味を示されたことはあっても、愛情を感じたことは皆無だ。そもそも自分に対してすら興味の無い人間が、他人に対して愛情など感じるはずが無いだろう。そんな父が何故結婚などしたのかと言うと、おそらく母のほうが勝手に熱を上げたのだろうとシリウスは思っている。恋多き女である母は、美貌の紳士に熱を上げ、何事にも興味の無かった父には、結婚などどうでも良かったに違いない。その結果二人は結婚し、シリウスが生まれた。
その後数年で二人は離婚し、シリウスは母親に引き取られたが、彼女が外国人と結婚し移住することとなって結局シリウスは父親に引き取られた。いや、正確には祖父母に引き取られたのだ。何しろシリウスは名門家の嫡男であり、あの父が再婚をするというのは考えにくい。
父親はシリウスを引き取ることに反対しなかった。と言うより、興味が無かったのだろう。ほとんど家にいない父だが、たまに戻ってきても、息子に愛情を注いだりはしなかった。だがシリウスは決して父親が嫌いではない。二人の関係は悪いものではない。それというのも、父と同じようにシリウスもまた、彼に対して興味が無かったから。
自分でも不思議というか問題なのは、シリウスには父親が理解できる点だろう。父のあの性格や生き方が、シリウスには当然のように思えてならない。だから彼等の仲は良好であり、ある意味完全に破綻している。結局シリウスは、あの父親に似ているということか。
それでも父親は流石は教師なだけあって、幼いシリウスが疑問を提示すると、必ず何某かの解答をくれた。どんな些細な下らないことでも、噛んで含めるようにきちんと相手をしてくれたものである。どうやらシリウスを子供とは見なしておらず、大人のように扱った。それでも言葉選びは子供にもわかりやすく、なるほど学園の卒業生から感謝の手紙や父兄からの信頼が絶えない理由はそこにあったのかもしれない。
今ごろ父は何をしているのだろうか。シリウスと同じようにベッドに入っているのだろうか。一人でとは限らない。二人か、或いは複数か。何せ父はあの美貌であるから、ベッドを共にする相手には事欠かないだろう。以前聞いたことのある噂では、父はある女性と不倫の関係を持ち、それどころか相手の夫とも寝たことがあるらしい。それは父に対して負の感情を持つ人物の捏造であると非難された噂だが、父親は否定しなかった。口では否定するまでも無いことだと言って皆からむしろ義憤をかっていたが、多分言葉どおりなのだろう。つまり、それは真実。
父は誰と寝るのも厭わない。相手が男だろうが女だろうが年上だろうが子供だろうが、そんなものは彼の精神に歯止めをかけることはない。どころかむしろ、その不道徳的な行動を楽しんでさえいるような節がある。
その証拠が例の写真だ。ルーピンと写った写真の他に、多くの少年達との写真があることをシリウスは知っている。それらの大半は単なる生徒との写真であろうが、一部は彼の愛人なのだろう。そしてその一人がルーピンだ。
二人の仲がどれほどのものであったかシリウスには推し量ることは出来ないが、彼の写真が数多くあることは事実である。ならばルーピンは、何事にも興味を示さない父が執着した極珍しい例だ。
初めシリウスはただ単にルーピンに対し、興味を持った。あの父が執着した相手がどんな人物なのか気になった。どうやらあの枯れたような風情のある青年は、どこかで父と似た思考の持ち主であるらしい。特にあの物憂い表情に、通じるところがあると思う。そうして観察している内に、シリウスは彼にある感情を抱くようになった。それらは好奇心だとか親近感だとか肉欲だとかのない混ざったもので、人によっては恋愛感情と呼ぶものかもしれない。
シリウスは今まで男に対して欲望を感じたことはない。だが彼ならば抱きたいと思う。辱めたいわけではない。ただ無条件に身体を開かせたいとそう願う。しかし力ずくでは面白くない。体格差から見てもそれはわけないことだろう。だからこそ、彼がシリウスを受け入れるように仕向けたい。どころか、抱いてくれと乞うようにしたいのだ。
それだけの目算がシリウスにはある。初めは丁重に距離をとっていたルーピンだが、ここのところはすっかり打ち解けている。まず学生には見せないような無防備な様子をシリウスの前ではするようになった。これならば目的が達されるのはそう遠い未来ではないだろう。それだけの自信がシリウスにはある。
もともとシリウスは誰からも好かれる性格であるし、父母から受け継いだ彫刻的な美貌の持ち主である。男性的な魅力を遺憾なく表わした均整の取れた長身や、優雅なまでの洗練された無意識の仕草に、誰もが惹かれるような人物だ。おかげで今まで恋愛やセックスの相手に事欠いたことは無く、思い通りに運ばない物事はほとんど無かった。どうやらルーピンのほうも必ずしもシリウスを無視できているわけではないらしく、時折彼がもの欲しそうな目で自分を見ていることをシリウスは知っている。ならば彼を手に入れるのにもうそんなに時間はかからないだろう。外堀は埋められた。ならば後は……。
ベッドに放り出していた写真に再び手を伸ばし、シリウスはくちびるだけで不敵に笑ったのだった。
クリスマスの日も雪が降っていた。朝からずっと、夜になっても雪の止む気配は無く、中庭はすっかり白く塗り替えられている。明日には結構な量が積るかもしれない。そんなことを考えながらシリウスはガラスの曇る窓辺から離れ、喧騒渦巻く室内を見回した。
大学の会議室を一つ占領してのクリスマスパーティーは、すでに大変なことになっていた。この日ばかりは学部も講座も関係無く、誰もが参加できるのである。と言っても所詮は大学での話であるから、まだ時間はそんなに遅くは無い。これから段々と人が減り、皆それぞれに別行動をとっていく。ならばシリウスといま一人が消えたところで、咎められることはあるまい。
シリウスはシャンパンの入ったグラスを片手に部屋を横切り、目当ての人物を探す。その彼の姿を多くの女性が注視していたが、そんなことを一々気にしているほどシリウスは暇ではなかった。そもそもこの日のパーティーが昔と比べやけに男女の比率が近いのは、どうやらシリウスが参加することに関係があるらしい。と言うより、パーティーの主催者たちが、シリウスが参加するという情報を事前に流し、それを餌に女の子たちを誘いまくったのだ。しかしだからといってシリウスが彼女たちに愛想よくしてやる義務は無い。彼にとって大事なのは、今壁際の椅子に腰を下ろして、疲労したようにグラスを手の中で回している人物なのだ。
「どうした、疲れたか?」
真っ直ぐやってきてにこやかに言ったシリウスを見上げて、ルーピンはやぁと呟いてはにかんだように微笑んだ。
「ちょっと、ね。人込みは苦手なんだ」
しかし何しろ自分の学部が主催しているパーティーであるため、顔を出さないわけにはいかないのだ。折角顔を出したのだから料理を食べ、アルコールを飲みはしたが、どうやらもうすっかり飽きてしまったらしい。それでもパーティーを抜け出す機会を計りかね、こうしてルーピンは一人でひっそりと休憩していたようだ。
みんな楽しそうだね、と言ってパーティーを眺めるルーピンの横顔はいつもより微かに赤い。アルコールに火照ったのか、パーティーの熱気に当てられたか。どちらにせよ、今の彼には普段より幼い印象がある。そのくせそそるような色香があるようにシリウスには思えてならない。
シリウスはわずかに目を細めると、ゆっくりと長身を屈め、ルーピンの耳元に囁くように言った。
「それなら、抜け出さないか?」
え、と呟いてルーピンはシリウスを振り仰いだ。その彼に悪戯っぽく笑いかけながら、
「見せたいものがあるんだ」
これからうちへ来ないか、と持ちかけたシリウスに、ルーピンは戸惑ったような表情を見せた。しかし逡巡は一瞬のことで、彼は手にしていたグラスを一度ゆっくりと手の中で回してから、
「…………そうだね」
二人は誰に見咎められることなく、大学を後にした。
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