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もともと、リーマスはシリウスが好きだった。それはほとんど偶像を愛するのと同程度の、絶対に叶わないからこそ気楽な感情だった。同好の士というものはそれとなく雰囲気でわかるもので、シリウスがそうでないことは初めからわかっていた。運がよければ口を利くこともあるだろうという程度の楽しみであり、それ以上になれるだなどと考えるほどリーマスは甘い人間ではない。それでも、友人になれたらという願いを切り捨てることはできなかったし、彼が自分に気がついていてくれたことは正直嬉しかった。だから頼みごとをされていい気になってのこのこ付いていったりもしたし、慰めるという代議名分で体温を分け合ったりもした。それが調子にのっていたのだと気付いたから、懸命になって避けていたのに。軽い人間だと思われるのは腹が立つし、何より次に会ったときに、彼の様子に後悔を見て取るのが恐ろしかったから……。
「あっ、シリウス……待って、シャワー浴びないと…………」
壁に押し付けられて夢中でキスを交わす合間に、思い出したようにリーマスは訴える。しかし性急に彼を求めるシリウスが首を縦に振るはずが無い。
「この期に及んで、待ってられるか……!」
切れ切れな言葉の合間にも器用な指が着衣を乱す。せめてベッドでと訴えると、舌打ちのあとで視界が反転した。何事かとリーマスはシリウスにしがみつき、どうやら抱え上げられたらしいと理解したのは教えもしないのに寝室のドアが開けられたときだった。
大股で部屋を横切ったシリウスは、放るように、それでいて苦痛を感じないようにベッドへリーマスを下ろすと、すぐさま長身で覆いかぶさってきた。まだ昼日中の平日の午後に、こんなことをするなど学生のとき以来のことだ。
常に無いシチュエーションにリーマスの感情も昂ぶってくる。服を脱がせる指は震え、熱いほどの体温が愛おしい。広い掌が肌に触れ、むき出されたお互いの胸が触れ合う。飽きもせずにキスを繰り返し、飲み下しきれなかった唾液が顎を伝った。
「あっ…………!」
いつの間にか忍び込んだ指先が張り詰めていたリーマス自身を悪戯に弄んだ。胸元にキスを散らしながら、リーマスの官能を逃さぬシリウスの手管は憎らしいほどだ。甘いくちびるは胸を辿り腹部に達し、大きな手がリーマスの下着ごと下肢から衣服を取り去っていった。
無意識に閉じてしまう脚を眼下に、シリウスは優位者の笑みを浮かべる。
「脚、開けよ…………」
猛禽類を思わせる眼差しに、リーマスは素直に脚の力を抜いた。従順な獲物の様子に満足げに咽喉の奥で笑ったシリウスは、無造作に膝を掴んで脚を広げさせる。舐めるように全身をじっくりと眺め回せば、リーマスは羞恥と期待に満ちた表情でシリウスを見つめていた。
「ぁ…………ん……」
自分の下腹部に額ずいた男の髪をかき回し、リーマスは与えられる快楽に酔う。下生えを漂う指が肌を刺激し、肉厚の舌が自身を嬲る。皮膚の薄い後庭を吸い上げられては、はしたない声が漏れるのを耐えることはできなかった。
シリウスの艶やかな黒髪が肌に触れる。それさえも敏感な肌には刺激となる。そのうえあの指で後背の欲望をなぞられては、にわかに耐えられるものではない。器用な指はリーマスの身体がびくびくと震えるのを楽しむように、淡い蕾の襞をなぞっては離れてゆく。そそり立った欲望をくちびるで愛撫され、いじわるな指に焦らされて、リーマスは涙をこらえてシリウスの名を呼んだ。
「それ、嫌だ……早く…………」
喘いで掠れた欲求に、シリウスはいかにも楽しげに微笑んで見せた。了解という意味なのか、白い内腿にキスを落とし、ようやく器用な指先をリーマスの中に潜り込ませる。すでに自身から零れた蜜で濡れそぼった部分は、待ちきれんばかりの様子でシリウスの指を咥え込んだ。
「いい身体だな……」
揶揄するようなシリウスの言葉に、リーマスは彼を睨み付ける。酷い意味ではないことはわかっているが、羞恥からそうせずにはいられない。目を合わせたシリウスは不敵に笑い、眼前にあったリーマス自身を一息に口に含んだ。
あっと息を呑む間も無く、すっぽりと咥えこまれてリーマスは仰け反った。頬の内側に押し当てられながら、きつく吸われて意識が飛びそうになった。舌で先端の敏感な割れ目を探られて、涙がこぼれそうになる。体内を蹂躙する指もいつの間にか二本に増え、的確にポイントを抑えてくる。わずか一夜だけの交歓で、彼はどれほどのことを知ったのだろうか。
「あっ……シリウス、だめ、もう…………」
無意識の制止の声にシリウスは強くリーマス自身を吸い上げる。ひっと咽喉を鳴らして背をしならせたリーマスは、やすやすとシリウスの口腔に欲望を吐き出していた。
「ぁ………………」
消え入りそうな声でため息をついて、汗ばんだ白い背をベッドに下ろす。緊張から一転、どこまでも弛緩しようとする身体が重くてたまらない。爪の先まで虹色の幸福感に満たされたリーマスを、楽しげにシリウスは見下ろしていた。彼の手の内で篭絡された身体は、先にも増して輝くようだ。興奮にほんのりと色付いた肌が艶かしく、舐めれば砂糖菓子のように甘いのではないかとさえ思えた。
シリウスはゆったりとリーマスの隣に長身を横たえる。快楽にまどろむ身体を抱き寄せ、汗の浮かぶ額に口付ける。骨の感触の目立つ肩を撫でていると、ようやく目を開いたリーマスが、茫洋とした表情を向けた。
「……何だ、もう降参か?」
「……………………」
からかい半分、愛しさ半分をこめて笑いかけると、リーマスは呆れたようなため息を漏らす。億劫そうに身体を起こした彼は、おもむろにシリウスをベッドに押し倒した。
キスを終えて長めの髪が肌をくすぐる感触が去ると、リーマスのくちびるは引き締まったシリウスの腹部の上を漂った。触れるか触れないかの微妙な距離がもどかしい。腰のラインを辿る掌が足の付け根の骨を圧迫した。指は骨のかたちをなぞり、下腹部に達する。当然屹立している熱塊にうやうやしく手を添えると、リーマスは薄く笑ってシリウスを見た。酷薄なまでの表情は美しく、彼がこれから取るであろう行為を思うと、シリウスは知らず知らずのうちに自然とくちびるを舐めていた。
リーマスは手を添えていた肉塊に、そっとキスを落とす。先端から滲む体液をすすり、薄い舌でかたちを辿る。括れを味わい、脈動する血管に沿って何度も舐めすする。根元のまろみを掌で愛撫し、甘いお菓子を頬張るように口淫を施す様は、凄まじいほどの妖艶さであった。
「…………リーマス、もういい。こっち来いよ」
いいかげん限界も近く、シリウスは子猫のように舌を使うリーマスを呼び寄せる。彼は相変わらず亡羊とした表情で身を起こすと、口元に付いた体液を指を使って舐め取った。無意識のせいか余計に淫らな男を誘う仕草にシリウスは声も出ない。そのかわりのろのろとやってきたリーマスを素早く押し倒すと、甘いキスを幾度も贈った。髪を撫でてやりながら舌を吸い上げると、細い腕が背中に回された。蕩けるようなキスに夢中になりながらも、リーマスは腰をシリウスに押し付ける。早くとねだる直截な行動にシリウスは楽しげに笑い、しっとりと汗に濡れた脚を押し開いて身体を割り込ませた。
あ……、とリーマスはシリウスの肩越しにどこか遠くを見やってため息をついた。熱いものが内側に押し寄せてくる。間近にあるシリウスの吐息が荒い。根元まで咥え込ませて息をついたシリウスの、快楽に耐える表情がたまらない。強靭な背中を指で撫でながら、そっと硬い胴に脚を絡ませる。無言でおねだりをしてみせるリーマスに苦笑を浮かべてシリウスはキスを落とした。上目遣いに覗き込まれて、無下にできる男はいない。
「あっ、んっ…………」
始めはゆるりと。次第に強く攻め上げられ、リーマスは素直に悦びの声を上げた。ベッドが軋むほどに揺さぶられ、幾度も背筋を快感が走る。内側に食い込んだシリウスの雄が質量を増すのがありありとわかる。同じように自分自身も、淫らに膨れ上がっていることだろう。
鍛えられた硬い腹部に擦れる自身がシリウスの腹部を濡らすのがリーマスは恥ずかしかった。内側を抉られるたびに卑猥な声をあげ、背中に回した手で爪を立ててしまう。シリウスが欲しくて、もっと欲しくて、彼の腰に絡みついた脚を解くことはできない。体内に隠された敏感なポイントが、シリウスのせいでよけいに鋭敏になっている。恥ずかしい水音が寝室に響いているようで、どうしたらいいのかリーマスにはわからなかった。
こんなに煩いほど感じていて、こんなにあけすけに彼を求めては、嫌われてはしまわないだろうか。シリウスは幾度もキスをくれるが、それに応えていいのだろうか。こんなに気が違ってしまうほど気持ちがよくていいのだろうか……。
脳髄をかき乱す甘美な痺れにリーマスが果てたとき、シリウスもまた彼の中に欲望を迸らせていた。
浅いまどろみからリーマスが目覚めたとき、傍らにシリウスの姿は無かった。だるい頭を動かしてみても、寝室に彼の姿は無い。物音もせずしんとしたもので、どうやらこの家にリーマス以外の人間はいないようだ。
そういえば何か、夢うつつで聞いたような気がする。タオルケットを肩まで引き上げながら、リーマスは再び目を瞑った。
どこかに出かけたのか、それとも帰ったのか。シリウスがどうでもリーマスが気にすることではない。することはしたのだし、いつまでも傍にいる必要は無いだろう。鬱陶しい馴れ合いは嫌いだから、ちょうどいいことだ。
リーマスは寝返りを打って再び睡魔の誘惑に身をゆだねた。もう疲れた。眠い。寂しい。
できれば夢は見ないことを願う…………。
深い眠りから目覚めたリーマスが再びいつぞやのように困惑したのは、上機嫌のシリウスが勝手に台所で夕食を作っているのを見つけたからだった。
「な、何やってんだよ君は」
服も纏わずクーラーの寒さのためかタオルケットを身体に巻きつけたどこかの部族のようないでたちのリーマスを、鼻歌交じりにシリウスは振り返った。手にしている白い塊はチーズだろうか。
「何って、腹が減ったから飯を作ってる。お前、何だよその格好は。襲って欲しいのか?」
たわいない軽口に思わず過剰反応を示すリーマスを、シリウスは笑ってやり過ごした。
「しかしお前の冷蔵庫、何も入ってないのな。バターと生クリームとビールとピーマンで何作るつもりだったんだよ」
「……………………」
「あとあれ、何だ? 何でCDが冷蔵庫に入ってるんだ?」
シリウスはチーズをおろし金のような銀の器具に乗せると、火にかけていたフライパンの蓋を開ける。中では美味そうに煮込まれた魚貝類のトマトソースが芳香を放っていた。
「…………冷やすと音が良くなるって聞いたから、実験中だ」
漂うトマトの香りに食欲を刺激されて、思わずリーマスはよろめいた。セックスの後の馴れ合いで恋人面で食事を作るなど、リーマスが一番苦手なシチュエーションだ。だがしかし、空腹の前には馴れ合いに対する子供っぽい意地など、風の前のシャボン玉に等しい。無駄な努力はしないに限る。
生命に関わる問題の前に意地の屈服したリーマスは、空腹によろめきかかる足をどうにか制御して踵を返すと、
「……シャワー浴びてくる」
そんなに意外ではなかったが、シリウスは料理が上手かった。
以前に訪れた部屋の様子から想像はしていたが、何かと面白くない気分のおかげでリーマスは見事なアルデンテのパスタを黙って食べた。その向かいではやたらに上機嫌のシリウスが一人でさかんに喋りかけている。
「広々としていい部屋だな。しかし殺風景だから、さっき店から花持ってきたぞ」
シリウスが指し示した棚の上には、見覚えの無い黄色い花と花瓶。あれは水仙だろうか。
「ああ、花瓶はそこの雑貨屋で買ったやつだから。探しても見つからなかったから、やるよ」
探すも何も、リーマスは花瓶など持っていない。この間もらったチューリップなど、古くなったケトルに水を入れて代用していたほどだ。……そんなことをわざわざ言う必要は無いが。
そう言えば水仙ってこの時期だったかとビールを飲みながら考えるリーマスを、何故か期待に満ちた眼差しで見つめるシリウス。しかしリーマスが一向に何も言わないのを見ると、ややがっかりした様子でフォークを持ち替えた。
「……ところで、君は何でわたしを知ってたんだ?」
さりげないつもりらしいため息がいたたまれず、ようやくリーマスは口を開いた。パスタが美味い、と言ってやるのは何となく癪だったので、あえて話題を避けてみる。すると感情の推移のわかりやすい男と判明したシリウスは、表情を輝かせてリーマスを見た。
「半年くらい前に、眼が合ったんだよ。お前は覚えてないだろうけどな」
「眼が合ったって、そんな、一度くらいで……?」
「一度見れば覚えるだろ、それくらい」
さも当たり前のように言うシリウスは、不思議そうに小首を傾げた。考えてみれば客商売なのだから、顔を覚えるのがある程度得意なのは当然だろう。しかし、今の話を聞く限りではどうやらシリウスは最初からリーマスのことを知っていたらしい。名前を知ったのはこの間のことだろうが。
「まぁ、お前目立つからな。店から一番見やすい席に座ってて、毎週2つも3つもケーキ食うから嫌でも目に付くし。うちのバイトのお譲ちゃんなんか『店長、新記録です! 4つ目入りました!』とかいつも楽しみにしてたぞ」
「……………………」
「たまに午後になっても姿が見えないと、もしかしてついに糖尿病になって、自宅で倒れてんじゃないかと心配でな。それでやっと姿が見えると何だかほっとして胸を撫で下ろすんだが、それってもう恋だよな」
いえ、どちらかと言うとそれは『変』です、とはリーマスは言わなかった。今更突っ込んだところでどうなるものでもないし、考えてみればリーマスにとっては都合のいいことなのだから。あとは『シリウスの方がリーマスに惚れている』のだと思い込ませればいい。惚れるより惚れられる方が立場が優位になるのは当然のことで、それに事関してリーマスは沈黙を守ることをこの夜、一人心に決めたのだった。
あの日以来、シリウスは『リーマスの多分恋人』という微妙な地位を手に入れた。何故『多分』などという枕詞が付くのかといえば、二人とも特に告白などの順序を踏んでいないからである。
リーマスにしてみれば、名前を知ったその日に同衾してしまったわけだし、シリウスは心配の動悸を恋と勘違いしているようなので、今更そんなものを求めても無駄だろう。それに別にリーマスはそんなことに頓着はしない。なし崩しのような感は拭えないが、欲しいものは手に入ったわけだし、高望みはすまい。
と、そんなことを考えているなどおくびにも出さないリーマスに、何故かシリウスは毎回のように花を持って会いに来る。胡蝶蘭、桃、カーネーション、椿、そしてマーガレット。
初めのうちは仕事が花屋だからかと思っていたが、ある日などは分厚い植物図鑑をプレゼントしてきた。本は好きだからそれは構わないのだが、ここまでくると何かの意図を感じずにはいられない。第一、桃だの椿だのは明らかに時期が違っていた。取り寄せたのだとしたら、何か意味があるのだろうか。しかしシリウスは何も言わず、ただジッとリーマスを期待に満ちた眼差しで見つめるだけだ。
「…………あのさ、何で君は花をくれるわけ?」
ある日のベッドの中、シリウスの上でリーマスは思い切って訊いてみた。季節が冬に近付くにつれ、段々荒れてくるシリウスの手が腰の辺りを撫でて止まる。水を使う仕事のせいでシリウスの手は痛々しい。血が滲んでいるのを見つけて舐めてやったら、こういうことになってしまった。そしてあかぎれのせいで腫れて乾いた手が肌の上を滑るのが、リーマスは嫌ではなかった。
「……何でって、お前、こないだ図鑑やっただろう。読まなかったのか?」
「パラパラとなら読んだよ」
でもそれが花をくれるという行為と何の関係があるのか。不服そうなリーマスの下で、シリウスはわざとらしく顔を覆って嘆いて見せた。
「ああ、これだから男って生き物は嫌なんだ。畜生、やっぱり赤いばらの花束にしとけばよかったのかよ……」
さめざめ泣いてみせる男の腹部に跨って、呆れたリーマスはこれまたあからさまに欠伸をして見せてやった。
赤いばらと言えば『情熱の赤いばら』だとリーマスが思いついたのは、実は欠伸をし終えてシリウスに押し倒された直後だったが、図鑑を開いてみたのは翌日の話だ。男のリーマスでさえ片手で持つのは手首の損傷に確実に繋がる厚さの本は、ご丁寧にも花言葉の項目までついている。
「えーと、チューリップの紫と、水仙の黄色と…………」
だるい腰をかばって椅子に腰を下ろしながら本を開くと、早速リーマスはページを捲った。それから椿と桃とカーネーション。胡蝶蘭にマーガレットまでは覚えている。まぁ、そのくらい覚えていれば関連性はすぐに見つかるだろう……。
ページを捲っていたリーマスの手が不意に止まった。彼は本に鼻の頭がくっつくかと思うほどに顔を寄せると、慌てて別のページを捲る。そして同じようにまじまじと本を眺めると、
「ぶっ…………!」
思わずリーマスは吹き出しかかって口元を押えた。それから自分の他に誰もいないはずの部屋を見渡して、ゆっくりと床に滑り降りる。
それで何をするのかと思えば、突然リーマスは腹を抱えて大爆笑を始めた。今調べた花の思わせぶりな言葉が、あまりにもシリウスのイメージとかけ離れていたものだから。
あんな絵に描いたような男前の姿かたちで、何と言う少女趣味! あまりの乙女っぷりにリーマスの笑いはなかなか止まらない。あのちょっと不機嫌そうにしているときの色気のある男ぶりと、この落差は一体何だろうか。ロマンチックと言えば聞こえはいいが、これを本気でやっているなら少し付き合うのを考え直した方がいいのではなかろうか。だって、こんな、恥ずかしすぎることを平然とやるような男なんて……!
そうしてひとしきり爆笑し終えてふと我に返ったリーマスは、もう一度本をパラリと捲り、何故か一人で赤面をしたのだった。
木曜日の午後は、お気に入りのカフェで新作ケーキを食べるのがリーマスの日課であった。最近追加された日課は、そのあとをシリウスと過ごすということだ。彼はリーマスの休みに合わせて、木曜日を午後から休みに変えてしまった。店自体は開いているが、閉店までを従業員に任せることにしたようだ。シリウスの店はそれなりに繁盛しているが、それは美貌の店長を目当てにやってくるご婦人方のおかげである。にもかかわらず、本人がいなくては売り上げに影響が出てくるだろうに。しかし本人曰く、趣味でやっている店なので、一向に構わないのだそうだ。
考えてみるととんでもない発言だが、リーマスはそれに関して特に何も言わなかった。前に彼の信奉してやまない世界的パティシエのピエール・エメル氏が来英したとき、歓迎のパーティーの招待状をくれたのはシリウスだった。何でこんなものを、とリーマスが失語するほど喜んでいると、死んだ祖父の遺産の株がどうのと教えてくれたのだ。前々からどっかの坊ちゃんだろうとは思っていたが、どうやらその想像は間違っていなかったようである。
それはともかく、この日リーマスはいつもと違う行動を取った。昼ごろに起きてシャワーを浴び、身だしなみを整えてカフェへ食事代わりにケーキを食べに行く。だがその前に、リーマスは『アンダーザローズ』の店の扉を始めてくぐったのだった。
いらっしゃいませ、と元気よくリーマスを迎えたどう見ても少女にしか思えない東洋人のバイトの女の子が、あ、と呟いて彼を見つめた。中学生くらいにしか見えないのだが、大学生だという話だから東洋人はわからない。彼女を雇った理由は花が好きなのとシリウスの容姿に全く興味が無いからだそうだ。ハルク・ホーガンのサイン入りポートレートが宝物だという話なので、それではシリウスになど興味が無くて当然だ。そんな彼女はリーマスが何か言いかける前にSASも真っ青な機敏さで回れ右をすると、
「店長、お客さんですよ〜!」
……どうやら色々とバレてしまっているらしい。リーマスがそっとため息をついたとき、店の奥からシリウスが顔をのぞかせた。意外な客に軍手を外しながらやってきたシリウスは、
「何だ、珍しいこともあるもんだな。どうかしたのか?」
「ああ、ちょっと注文したい花があって」
肩をすくめて見せるリーマスの側に立って、シリウスは何かと問うた。誕生日か、何かのお祝いか、それとも嫌がらせか。そんなことを訊きながらも、シリウスの手は何かを求めるようにわきわきと動いている。リーマスに触りたくてたまらないのだろうが、バイトの女の子が猫のように目をきらめかせている店内では諦めるしかない。そんなシリウスの心理が手に取るようにわかるリーマスは苦笑し、
「……ツルバラなんだけど、頼めるかな?」
「ツルバラ? 別に平気だけど、何でそんな…………」
語尾は掠れて消えていった。シリウスはハッとしてリーマスを見つめると、そこには気まずそうに明後日の方向を見つめる恋人の姿が。それを認めたシリウスは、太陽が砕けるような笑顔を見せて、リーマスが逃げ出す間もなく突然彼を抱きしめたのだった。
〔end〕
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お、思ったほどシリウスが攻々しくならなくてごめんなさい(汗)。
ううう、やはり職業選択の時点で間違いだったか。
あんまりにもリーマスが攻々しくなってしまったので、
思い悩むシリウスを見て萌え萌えしながら、
『ぎゃー、超セクシー! 写真撮っちゃダメかな??』
とか思ってるシーンを削りまくってみました。
折角なので『目指せBL風味!』をコンセプトにしてみましたが、
目指すだけならタダですね……(遠い目)。
作中に出てくるお花の花言葉は下記の通りです。
あなたもリーマスと一緒に爆笑してください☆
チューリップ(紫)→私の心臓は恋焦がれて灰になる
水仙(黄)→私の愛に応えて
胡蝶蘭→あなたを愛します
桃→熱烈な恋
椿→私の運命は君のもの
マーガレット→真実の恋
ツルバラ→あなたの好意に応えます
バラの下で→内緒に、秘密にという意味。
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