■□■ ラテンの太陽 □■□






 そこは獄寺隼人の部屋だった。来日して以来ずっと住み続けている広く居心地のいいワンルーム。しかしその部屋で彼のものであるはずのベッドに寝ているのは獄寺ではなかった。広めのシングルベッドの上で図々しくも長身を横たえているのは級友の山本武で、その彼に腕を掴まれて固まったままベッドの脇に座っているのが獄寺である。
 山本は今まで静かに寝息を立てていたのが嘘のようにしっかりと獄寺の腕を掴んだままゆっくりと身を起こした。彼はあっけに取られている獄寺にいつもの眉を顰めた困ったように微笑む独特の表情を向けながら、

「…………誘ってんのか?」

 山本のくちびるから滑り出た思いがけない言葉に、獄寺はとっさに返答することが出来なかった。意味が分からぬまま半分口を開いて驚愕する獄寺は、山本に腕を引かれながらただ純粋に疑問を思い浮かべていた。
 何で、こんなことになったんだ?






 始まりは二週間ほど前の朝だった。その日いつものように野球部の朝錬に参加した山本は、監督兼顧問の教師に恐るべき事実を告げられた。

「山本、お前今度の期末で赤点取ったら、試合に出すわけにはいかないんだよ」

 そのときの衝撃をのちに山本は『ムーミンがカバではないと知ったとき以上のショックだった』と語った。例えどれほど野球のセンスがあろうが、一年生で即刻レギュラー確定だろうが、所詮は中学生。義務教育の壁は厚い。高校は当然スポーツ推薦で入学し、卒業後はドラフト一位でプロ選手と、バットが握れるようになった幼児のころから心に決めていた山本にとって勉強など早弁の次のことだった。

「……まずい、このままじゃ野球ができないかもしれん」

 暗い顔で突然呟いた山本を、心から心配したのは獄寺ではなくツナだった。

「野球バカなんかほっときゃいいんですよ」

 ショックのあまり昼食のパンを三つしか食べられなかった山本に獄寺は言い放った。やるべきことをやらずに、しかも逃げ切る自信も無いようなバカなんぞ知ったことではない。
 獄寺にとって大事なのは、彼の敬愛してやまないボンゴレファミリー十代目ボス候補のツナと、その家庭教師のリボーンだけであって、山本など所詮はツナにくっついてまわる金魚のフンのカスくらいなものだと思っている。
 ……と言うのも、ツナが山本を『親友』と言って仲良くするので、微妙なお年頃の獄寺にとっては面白くないだけの話だ。これを期にツナが山本に愛想を尽かしてくれれば十代目の右腕は獄寺に確定。ツナのためなら例え火の中バーゲンの女たちの中、恐れず飛び込む覚悟の獄寺を、十代目も一番の部下と認めてくれるはず。ファイト、獄寺!
 が、世の中そんなに上手くことが運ぶはずが無い。灰色になりかける山本の隣でヤキソバパンを齧っていたツナも、実はかなりヤバかった。

「獄寺くんは勉強できるからいいよね……」

「そっ、そんなことないっすよ十代目!」

 あわててフォローに入っても時すでに遅し。落ちこぼれ同士の結束を確かめ合おうと山本とツナは二人で灰色に染まってゆく。実のところツナも、次回の学期末試験で赤点があったら、春休みは返上で毎日補修と宣言を下されていたのだ。獄寺の発言に同調できるはずが無い。
 しかし獄寺はめげなかった。何しろ彼の身体には半分だとしてもラテンの血が流れている。大好きすぎる十代目にちょっと冷たくされたくらいでめげる獄寺ではない。

「それなら、オレが教えますよ。手取り足取り毎晩何時間でも!」

 他に誰もいないのツナの部屋で、沈みゆく夕日に心奪われる二人。そして隣り合わせた二人の距離はいつしか縮まっていくのだった……。

 などと妄想激しく立ち上がって宣言する獄寺に、喜びの声を上げたのは山本のほうだった。

「やったな、ツナ。これで期末は勝ったも同然だ」

「え、でも毎晩ってそんなオレ……」

「ざけんな野球野郎、何でお前が喜ぶんだよ!?」

「いいじゃねーか、いつも三人で勉強してんだし」

「うん、まぁ、山本が一緒なら……」

「なっ!? 十代目がそうおしゃるなら……」

「よし、決まりな。今日からツナんちで勉強会な!」

 かくして、脱赤点同盟は結成された……はずだった。






 厳しくも愛のこもったしごきにいつしか二人は友情を越える絆で結ばれ、ついには一線を……というのが獄寺の抱いた妄想だった。
 ところが現実はそう上手くいかなかった。

「お邪魔しまーす」

 間延びした暢気な声で言って初めて獄寺宅に上がりこんだのは、ツナではなく山本だったのである。

「へー、きれいな部屋だな」

 玄関を上がるなり開口一番に言った山本は物珍しげに部屋の中を見回している。一人暮らし用のワンルームは、山本が想像していたよりも広く、そして綺麗に片付いていた。
 初めて人を上げるとしたら十代目と心に決めていた獄寺は下くちびるを突き出した、いかにも不本意な表情でずんずんと部屋に踏み込んでいった。何でこいつを自宅に上げねばならないのか、何でこいつに付きっ切りで勉強をみてやらねばならないのか。最早獄寺には全てが面白くなかった。悪びれも無くついてくる山本も、彼の靴下の色も、冷蔵庫が四角いことも、並盛牛乳のパッケージが青いことも何もかもが。
 本来三人で勉強会を開くはずが、獄寺の家で山本だけが来ることになったのには理由がある。それは鶴の一声ならぬリボーンの一声で、三人でやるよりマンツーマンのが効率がいい、とのことだった。
 獄寺はツナをこよなく敬愛しているが、その次にリボーンを尊敬してやまない。ゆえに、リボーンの言葉は絶対である。
 そのため、ツナはリボーンが、山本は獄寺が勉強をみてやることになってしまったのである。もともとリボーンはツナの家庭教師であるし、獄寺の家はツナの家より山本の家の方が近い。ならそれでいいじゃねーか、と言い切ったリボーンに、やっぱり獄寺は逆らうことが出来なかった。

「あ、これ土産。親父が夕飯に食えって」

 爽やかな笑顔で差し出した竹寿司の差し入れを、切り刻む鋭さで獄寺は睨んだ。こいつさえいなければ、十代目とのあまずっぱいひと時を毎晩毎晩毎晩、それこそ期末までの一ヶ月間過ごせたはずなのに!
 ギリギリと歯軋り交じりに睨みつける獄寺の気迫に気圧されてか、山本は困ったような微笑を浮かべつつ目を逸らした。

「冷蔵庫に入れとくぞ」

 適当にかばんを床に置くと、山本は玄関脇のキッチンに引き返した。獄寺の機嫌がすこぶる悪いことは鈍感な彼にもわかったが、その原因が自分であることまではわからない。ともかく視線を合わせたら噛み付かれるくらいのことはあるかもしれない。ここは穏便に済まそうではないか。
 キッチンの隅にはダークレッドの冷蔵庫が一つ鎮座ましましていた。一人暮らし用なのか、山本の腰ほどしかない。デザイナーズブランドのスタイリッシュなカラーの冷蔵庫も、野球バカの山本に掛かれば単なる派手な冷蔵庫に過ぎなかった。

「うわっ、お前なんだよこれ」

 冷蔵庫を開いた山本が思わず声を上げたのも無理は無い。冷蔵庫に入っていたのは、バターとビール。そして何故か乾電池。それ以外に食べ物は皆無だった。

「お前、何食って生きてんだ?」

 冷蔵庫の前にしゃがんだまま真剣に振り返る山本にうるせえと獄寺は言い放った。今は獄寺の食生活を正す時間ではなく、赤点が理由で初のレギュラー落ちを回避するための勉強時間だ。

「うだうだ言ってねーで、さっさと初めんぞ野球バカ!」

 いつの間にか引っ張り出したガラステーブルに、教科書を叩きつけながら言い捨てる獄寺は、すでにスパルタ教師の眼光を放っていた。






 例えそれがどんな種類のスポーツでも、一流プレイヤーとなる選手たちは、皆一様に頭がいい。もし彼らがそのスポーツを選ばなかったとしても、一流の大学へ進むことができただろう。彼らの知能レベルは非常に高いのだ。そしてその例に漏れず、山本武もまたそうだった。

「……当ってる」

 憎々しげに呟かれた獄寺の言葉に、やったーと言って山本は後ろに倒れこんだ。すでに九時を回った時刻である。二時間近くぶっ続けで数学をやらされて、ラストに獄寺オリジナルの小テストを終えたときだった。これで今日の数学のノルマは終了だ。眠気を誘う数字の羅列ともおさらばできる。
 フローリングの上に大の字になった山本に、忌々しそうに獄寺は一瞥をくれた。彼の魂胆では、授業中寝てばっかりで出題の意味すら分からない山本を、ネチネチといじめてやる予定であったのに。思いのほか飲み込みの早い山本は、すっかり応用問題まで解けるようになってしまった。
 いや、待てよ。それもこれも全ては獄寺の教え方が上手いからだ。このまま教え続けて山本の赤点は消え、どころか成績が上がれば功績は全て獄寺のもの。山本は獄寺に頭が上がらなくなり、ツナは獄寺を尊敬の眼差しで見つめ、リボーンは獄寺の実力を認めてくれる。これはチャンスではないか!
 流石は転んでも笑いながら起き上がるラテンの血族、獄寺はめげない。解放の気分に浸ってのんびりと寝転がる山本の足を蹴りつけると、

「おらっ、サボってんじゃねー。次、科学いくぞ、科学」

「うえ〜、待てよ。せめて夕飯にしようぜ。な?」

 慌てて起き上がった山本は両手を合わせ、彼特有の見上げるような視線で懇願する。長身を縮めて上目遣いに頼まれて、獄寺の自尊心は微妙にくすぐられた。何気に安い男である。

「けっ、仕方ねーなー」

「おっし、じゃあ、飯にしようぜ」

 オレがやるよ、と立ち上がった山本は意気揚々とキッチンへ向かう。が、何故か彼はすぐさま引き返してくると、

「……お前さぁ、ヤカンと手鍋しか無いのかよ」

「なっ!?」

 思わず言葉に詰まる獄寺だが、山本の言葉は正しかった。一人暮らしのワンルームにしては広いキッチンがついたこの部屋。例え悪童と言われた獄寺でも、結局はお坊ちゃんであるから、明らかにそのマンションは高級志向だった。そのため、最新のキッチンはフラット型のIHヒーターで、流し台のステンレスもピカピカ輝き、食器洗浄機が備え付けてある。新しくて広いキッチンはいい、と鼻歌交じりに戸棚を開いた山本であったが、これまた大きな収納の戸棚にはヤカンと手鍋が一つあるばかり。薄々気付いてはいたけれど、獄寺が全く料理をしないことは確実だった。

「……お椀が無かったから、マグカップにしたぞ」

 山本が差し出したのはインスタントのみそ汁だ。みそ汁が無いことは想定の範囲内だったが、まさかこれほどとは思いもよらなかった。そのくせ割り箸だけはあるのだから、獄寺の貧しい食生活が伺える。恐らく、コンビニ食かラーメンか。それが彼の主食なのだろう。

「うるせーな。アネキのせいで厨房には入れなかったんだよ」

 思いがけないところで貧しい実生活を暴露されてしまった獄寺は、不機嫌を装って内心の焦りを隠す。山本に妙な弱味を握られるのだけは避けたい。しかし山本はとんと気にした様子も無く、

「ハハハッ、そりゃそーか」

 物事を深く考えない男、それが山本武。鈍感すぎるのは非常にイラつくが、こういうときはありがたい。獄寺がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、あっさり山本は話を引き戻した。

「それにしても、少しは栄養のあるもん食えよ。そうだ、明後日の土曜日、練習は五時までだから、調理器具買いに行こうぜ。どうせ包丁も無いんだろ」

 何故それを、という言葉をぐっと飲み込んで獄寺は山本を睨んだ。

「何でオレが貴重な勉強時間を削ってお前と買い物なんか行かなきゃなんねーんだよ。そもそも、この勉強会はお前のせいなんだろうが!?」

「んー、まぁ、そうなんだけどよ。その礼に、何か作るからさ。夕飯もここで食ったほうが、時間の短縮になるしな」

「……お前、料理なんかできんのか?」

「店で手伝ってるからな。つっても、簡単なのだけだぞ」

 ひらひらと手を振って謙遜する山本。寿司屋で子供が手伝ってできるような料理とは何だろうか。何しろ厨房事情にうとく、日本料理には更にうとい獄寺には想像もつかなかった。

「別に大したことじゃねーよ。刺身のつまとか、笹の飾りとか」

「つまり、どーゆーこった?」

「えーと、大根のかつら剥き、とか」

 負けた。獄寺は真剣に悟った。






 さて、土曜日である。本来休日であるべき土曜日に、何が悲しくてむかつく野球野郎と連れ立って買い物なんぞにいかねばならず、あまつさえ並んで料理などせなばならんのじゃー!!
 と、叫びだしたいのを堪えたのは獄寺にも一握りのプライドがあるからであった。
 ここは獄寺宅の広いキッチン。山本にだけ任せてはおけぬ、と並んで立ったはいいが、ろくにニンニクさえむけずに缶詰を開ける係りに回されてしまったがためである。隣では山本がまるで我が家のようにフライパンをふるっている。ニンニクをいためる香ばしいかおりが鼻腔をくすぐり、思わず獄寺は山本の手元を覗き込んだ。

「えーと、くっつかないようにトマトにペースト。それを煮て、ソーセージとミートボール。ワインと砂糖を少々……」

 山本が作っているのはイタリアの家庭料理の一つだ。一体何処で調べたのか、きちんとレシピまで用意しているところがキモチワルイ。寿司屋の倅が作るイタリア家庭料理。シュールな光景だと獄寺は思った。
 で、しかもこれがまた美味くできたりなんかしちゃったりすると尚更獄寺の機嫌は悪かった。

「……何か、変な味するか?」

 珍しく自信の無さそうな声で山本が問いかけても、獄寺は返事さえしなかった。腹が減っていたのと、むかついていたのと、うっかり美味いなどと思ってしまったせいだ。何故だ、こんなはずではなかったのに。初挑戦のイタリア家庭料理に見事に失敗した山本を、所詮は日本人に世界一美味い郷土料理と言われるイタリアの味を出せるわけが無いと鼻でせせら笑ってやる予定だったのに。そして今日買ったばかりのフライパンだの調味料だのを、寛大にも山本に土産として全部引き取らせてやるつもりだったのに、何故!?
 眉間に険悪な皺を寄せていても、しっかり食事を平らげてしまえば山本も一安心である。中学生のくせにスパークリングワインで食事の最後を締めくくり、ついに獄寺は煙草に火をつけた。食事のあとの一服。世界最高の一服だ。

「って、さっきから何なんだよお前は!?」

 煙草を持った手を勢いよく山本に突きつけて、感情の起伏の激しい獄寺は怒鳴った。

「いいや、さっきどころかうちで勉強始めた日からだよなぁ。お前のそのガンタレはよう?」

 最後のバゲットを中学生らしく牛乳で流し込んだ山本に獄寺はつっかかる。先日からずっと気になっていたのだが、何故かときどき山本はやたらに獄寺をじっとみつめることがある。初めのうちは気のせいかと思っていたが、その時間は段々長くなり、今に至っては悪びれた様子も無くまだ視線を注いでいる。男に見つめられて喜ぶ獄寺ではない。女に見つめられても嬉しくないだろうが。

「喧嘩売ってんのか手前?」

 煙草を持った手を突きつけられて、山本は違うと笑って否定した。

「いや、そうじゃなくってだな」

 言うなり突然山本が身を乗り出して顔を近づけたので獄寺はギョッとした。鼻先がくっつくような至近距離。山本の上目遣いの視線が間近で注がれる。

「……お前、灰色だと思ってたけど、目の色青いのか?」

「ばっ……、両方だ」

 思わず後ろに手をついて身体を仰け反らせて距離を取る獄寺に、ハハハッと山本は笑いかけた。

「そっか。やっぱ日本人には珍しいからさ」

 かく言う山本の目は澄んだ琥珀色で、髪の色は真っ黒なのに珍しいと獄寺は思う。しかし山本は広い肩を竦め、

「そうか? 現にツナだって茶色いじゃねーか」

「バカ、沢田さんはイタリアの血が混じってんだよ!」

 当たり前だばーかと言った獄寺を、未だ間近に座っていた山本は見返した。

「え、そーなのか……?」

 知らなかったのかこいつ。
 至近距離で顔を見合わせたまま、獄寺は心の中で問いかけた。十代目、何故こんな男がいいのですか!?






 山本の試験勉強は見る間に進んでいった。それもこれも全てはオレのおかげ、と主張してやまない獄寺に、半分引きながらもツナが、

「うん、そうだね。獄寺くんのおかげだ」

 などと言ってしまったものだから獄寺のハートに点った炎は燃え盛った。見ていてください十代目。こうとなれば貴方の右腕獄寺隼人、愚にもつかない野球バカを、クラスで十番以内にさせてみせましょう!
 学年で、とは思わないところが微妙にリアルな獄寺の誓い。そして被害を被るのは哀れな山本だ。何故かある日突然やる気モードに入ってしまった獄寺に、それでも最初は黙って付き合っていた。だが、何しろ彼は朝は六時半から朝練に励み、午後は午後で学校のあとも暗くなるまで部活である。そのあと慌てて帰宅すると、一風呂浴びただけで獄寺の家に向かい、軽い夕食のあとは遅くまで勉強だ。彼の人生でこれほど長時間教科書を開けていたことは無い。いくら体力自慢の野球小僧でも、いい加減睡魔との闘いに敗北しそうだった。

「ご、獄寺、少し休まねーか?」

 うっかり寝コケそうになって、落ちかかる瞼に必死になって抵抗しながら山本は提案した。が、こちらに背を向けてダイナマイトの手入れをしていた獄寺は、鬼の形相で振り返った。

「甘ったれたこと言ってんじゃねーぞ」

 咥え煙草が喋るたびにピコピコ動くのを目で追いながら、山本は眉尻を下げて愛玩するように獄寺を見上げた。

「せめてコーヒーか何か飲ませてくれ。もう眠くて眠くて、英語が全く頭に入らん」

「けっ、ひ弱なやつめ。野球なんてあんな運動量の少ないスポーツで何言ってやがる」

「お前なぁ、一日に何百回も素振りしてみろよ。ちっとはオレの辛さもわかっから」

 流石に疲労の色を見せつつ立ち上がった山本はキッチンへ向かう。包丁さえ無かったくせに、エスプレッソマシーンはあった獄寺宅。眠気覚ましの飲み物には事欠かない。

「バカ言え。お前もあんな盛り上がりに欠けるスポーツなんかやめて、サッカーやれよ、サッカー」

 イタリア育ちの獄寺は熱狂的なサッカーファンである。彼の気性から察するに、性質の悪いフーリガンになる確率は決して低くないだろう。巨大サッカースタジアムで花火を打ち上げまくり、警官と衝突する獄寺を想像して山本は口元を笑ませた。

「って、お前、何やってんだよ」

 いきなり獄寺が山本の腕を掴み、コップに並々と注いでいた牛乳を取り上げた。思いがけず獄寺に触られて山本は吃驚である。利き腕を掴まれているのにもかかわらず、彼は思わず獄寺を見つめ返した。

「お前なぁ〜。エスプレッソってのは、牛乳入れて飲むもんじゃねーんだよ」

 これではカフェオレどころではない。牛乳にコーヒーが入ってる、というレベルではないか。何のためのエスプレッソマシーンだ。

「……って、聞いてんのかよ?」

 全くの無反応であることを不審に思って問いかけると、何故かわざとらしく山本は目を逸らした。さては痛いところを突かれて返答しづらいのか。何でもかんでも牛乳ばかり。刺身だろうが、ケーキだろうが、とにかく牛乳牛乳牛乳!

「ま、お子様にはまだまだエスプレッソは早すぎんだな」

「お子様って、お前だって同じ歳だろうが」

 ようやく不服そうに応じた山本は、珍しくくちびるを突き出している。そうしていると、普段は精悍なほどの表情が急に子供らしくなり、歳相応に見えた。

「だいたい獄寺、この歳でんなにヘビースモーカーだと、背伸びなくなんぞ」

「うるせーな。オレはこれがトレードマークだからいいんだよ」

 言いつつ煙草をもみ消す獄寺に、ああと山本は眉を上げた。ほんのり茶色の牛乳の入ったマグカップをかき混ぜながら席に着き、

「ツナんとこの小僧が言ってたな。何だっけ、スモーキン・ビリー?」

「誰だよビリー!?」

 ボ・ム・だ、とアクセントに力をこめて訂正すると、照れたように山本は頭をかいた。






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