■□■ 三番町跳ね馬組の美人 □■□






 その日もお江戸は朝から見事な日本晴れだった。まとわりつく湿気をものともせずに、高く抜けてゆく青い空に秋を感じながら、山本は広がる蒼穹を眺めていた。まだまだ暑いと思っていたのに、夏はすでに過ぎ去っていたようだ。

「まだあっちーのにな」

 空に向かって呟いて、山本は快活な笑顔を浮かべた。
 ここはお江戸のど真ん中、麹町に程近い並盛町の、料亭『竹』の裏庭である。日課の道場通いを済ませて戻ってきた山本は、裏庭の井戸で頭から水を被り、身体を洗い清めていたところであった。

「おう、武。お客さんだぜ!」

 『たけし』と『てけし』の間の発音で見事な巻き舌を披露しつつやって来たのは、山本の父にしてこの料亭の大将だ。元は腰に大小を下げていた由緒正しい家柄にもかかわらず、刀よりも包丁に生きることを選んだ父親は、山本の自慢の父ちゃんだった。
 昔取った杵柄か、すり足でやってきた父親は、諸肌脱いだ息子の背中を力一杯掌で叩いた。いつの間にやらすっかり逞しくなった息子に対する愛情表現だ。もちろん山本も笑って父親の肩を叩き返した。親一人、子一人の山本家は、大変に仲がいい。
 父親は豪快な笑顔を浮かべ、

「いつもの離れに通してある。酒と肴は調理場で受け取れよ」

 更に一度息子の背中をピシャリと叩くと、父親は母屋の方に去っていった。その背中に向かって、

「わぁった!」

 一声叫んだ山本は、楽しげな表情で着物に袖を通したのだった。






 山本は廊下を歩いていた。濡れた着物を新しいものに着替え、手には酒と肴の乗った膳を捧げもって。磨き上げられた廊下を彼が進むのは、この料亭の離れにいる客のためだ。大変な気難し家のその客は、この料亭の常連客にして屈指の上客だ。孤独を好むその客が来たら、相手を出来るのは山本ただ一人。たとえ板前修業の最中でも、他のお客の相手をしている最中でも、或いは厠で唸っている最中でも、山本は離れに向かわねばならない。むしろ離れは、その客のためだけにあると言っても過言ではなかった。

「失礼します」

 礼儀正しく声をかけ、障子を開いた山本はだが、屈託無い笑顔で中の人物に笑いかけた。

「わりぃ、待たせたな」

 庭に面した障子を開けて、ぷかりと煙管の煙を吐いたのは、三番町を縄張りとするヤクザの跡取り、雲雀恭弥だった。






 話は数十年前に遡る。やっぱりお江戸は安泰なこの時期に、ある強力な二つのヤクザ一家が、歴史的な同盟を結んだ。一つは並盛町を拠点とする、江戸の最大勢力あさり組。もう一つは並盛町の隣にある三番町を拠点とする跳ね馬組だ。
 当時二つの組はまだ盃を交わしていなかった。というのも、跳ね馬組は長い歴史を持つものの、代々の組長の浪費癖が酷く、常にかつかつの状態の組だったからだ。ところが新たに代紋を背負った新組長のディーノは、その美麗なまでの優男ぶりからは推し量ることの出来ない見事な手腕で組の財政を立て直し、短い期間であさり組に次ぐ勢力となったのだ。
 ディーノは若くして組を背負い、縄張りの住民たちからも信頼の篤い親分となった。そこで彼の実力を認めたあさり組の九代目組長は、ディーノと義兄弟の盃を交わし、かくして強大な同盟が出来上がったのである。
 そんなわけでディーノは人生最高の日々を過ごしていた。尊敬するあさり組の九代目には弟分と可愛がられ、組の将来は安泰。そのうえ一目惚れした遊女の身請けもうまくいき、祝言の日も近い。浮かれるディーノに住民たちも親近感を抱き、三番町の平和はとこしえの続くかに思われた。
 ところが十年も経たぬうちに不幸が起こった。ディーノの恋女房が、暴れ馬の事故にあって、この世を去ってしまったのだ。あまりに突然のことに、幼い一人息子を抱えたディーノは放心してしまった。あまりのショックに彼の肉体は老化をやめ、何故か年をとらなくなってしまったほどである。
 しばらくの間ディーノはずんどこに落ち込んだが、本来陽気な彼は息子のためにも立ち直った。この子を立派に育てて見せると、極楽浄土のラブハニーに誓いながら!
 しかしこれがまた上手くいかないことに、息子は長ずるにつれて家業を毛嫌いするようになったのだから困ったものである。

「ヤクザなんて人の道を踏み外した商売じゃないか!」

 息子はそう言ってことあるごとにディーノに反発し、組長の座を拒んだ。彼の発言は組長としてのディーノを怒らたが、必ずしも根拠の無い嫌悪ではない。

「母さんが死んだのは、父さんのせいだ!」

 そう息子が怒りをぶつけるのは、何も彼の思い込みだけではなかったからだ。ディーノの妻が亡くなった事故は、後になって事故ではなかったことが判明した。跳ね馬組に恨みを抱く他所のヤクザの組員が仕組んだことだったのだ。
 罠はディーノの日課をよく調べ上げて仕掛けられた。彼は毎日縄張りの見回りに出かける。住民たちの様子を自らの目で確かめるという、跡取り時代からの習慣であった。ところがこの日、たまたまディーノに来客があったのだ。
 幼い頃、よき組長となるべくスパルタ教育を施してくれた師匠の久々の来訪とあっては、日課を優先するわけにはいかない。ディーノは師匠を持て成し、たまたま茶菓子を買いに出かけようとしていた妻が、ついでに夫の日課を引き受けたのだ。かくして妻は事故を装った罠にかかり、ディーノの身代わりとなってしまったのだった。
 母の死の真相を知った息子はヤクザの世界を恨んだ。ひいては父親を恨み、反発し、そして十五歳を目の前にして家を飛び出してしまったのである。

「あんなやつは勘当だ!」

 ディーノは息子のあとを追おうとはせず、そう宣言した。しかしそれもすべては息子のためだ。親がヤクザとはいえ、勘当されていれば彼の経歴に傷はつかない。むしろヤクザの息子にしては全うな子供ができた、と人々は思うだろう。ほんとはディーノは寂しかったのだけど、彼は泣く泣く息子を見送ったのだった。
 で、その息子がどうなったかというと、彼は日本橋の海鮮問屋に頼み込んで丁稚奉公するようになった。ヤクザの世界を憎んだ少年は、最も全うな商人という生き方を選んだのである。しかもどうやら彼には才覚があったようで、十年の苦労を経て若き番頭へと上り詰め、評判の切れ者となった。だけでなく店主の娘と恋に落ち、信頼の篤かった彼は出自をものともせずに婿入りし、大店の店主となったのだった。
 彼が店主となって以来、商売は右肩上がりを続けた。働き者で人格者と評判の店主は近隣の住民たちからも組合の仲間たちからも慕われ、誰もが羨む成功者となった。ましてや錦絵にされてもおかしく無いほどの美貌の夫婦である。二人は仲睦まじく、彼等の幸福は永遠に続くかに思われた。
 だが繁栄の光は遠くまで届き、闇に住む不幸は目ざとくそれを見つけてしまった。ある冬の寒い夜、店は火付け盗賊によって蹂躙されてしまったのである。
 影ながら息子の身を案じていたディーノは、火事の報告を受けて日本橋へ駆けつけた。だが時すでに遅く、店は焼け落ち、中からは盗賊によって虐殺された大勢の遺体が発見された。火事による損傷は酷く、犠牲者の正確な数がわからないほどの有様だった。
 蔵から何から金目のものは綺麗に消えうせ、且つあまりの手際のよさと犯行時間の短さから、内部に盗賊の一味が潜入していたのではないかという疑いが濃厚だった。しかしろくに遺体の判別も出来ない状態では、手引きの人間が誰なのかも判明せず、盗賊は捕まらずじまい。跳ね馬組みも総力を挙げて事件を追ったが、あさり組の協力をもってしても、事件はお宮入りとなってしまった。ディーノの落胆はあまりに深く、部下だけでなく周囲の人間全てが彼を心配したほどだ。
 それでも全ての希望が絶たれたわけではなかった。ディーノの息子夫婦には、一粒種の息子がいたのである。当時まだ四歳だったその子は、はしかにかかっており、大事を取って医家に預けられていたため、ただ一人難を逃れたのだった。その少年の名を、雲雀恭弥という。
 父母を失い、お店も失った不憫な孫を、ディーノは引き取った。父母譲りの美貌の少年は、何故か年を取らない祖父の溺愛を受けて育つこととなった。
 とゆーわけで雲雀は跳ね馬組で育つこととなり、同時期には並盛町に開店した小料理屋が評判となっていた。もともとは流しの屋台寿司を営んでいた板前が、ついに手にした城である。彼はもとはと言えば腰に大小を差していた稀有な経歴の持ち主であるが、腕前の良さから店はすぐに評判となった。これこそが料亭『竹』の前身である。
 小料理屋『竹』はもともと大将があさり組の若頭と馴染みでもあり、組員御用達の店となって繁盛した。あさり組の組長から直々に紹介を受け、もともと寿司が大好物のディーノもまた常連客となった。するとどうだろう、小料理屋の大将には三つになる息子がいるというではないか。ディーノの孫は四歳。幼い友誼を形成するには絶好の機会だ。
 こうして雲雀と山本は出会った。保護者同士は彼らが親友となってくれればと願ったことだろう。ところが話はそう上手くはいかず、まだ江戸弁もあやうい山本は、近隣でも評判の美童であった雲雀に、一目惚れしてしまったのである。






 幼児の恋愛に性別の壁はない。幼い子供はえてして同性に恋心を抱いたりするものだが、それは彼らに性別の概念が無いからである。つまり長じて判断力と認識力を得れば、自然と消滅してしまう、可愛らしい好意なのである。
 ところが山本はその例に当てはまらなかった。彼は大きくなってもいつまでも雲雀を一途に恋しており、いつかは所帯を持ちたいと漏らしては、幼馴染のあさり組の跡取りや、その右腕に激しい突っ込みを喰らっていた。
 というのにも理由がある。初めて二人が出会ったとき、雲雀は女児の着物を着ていたのである。
 何故かと問われれば、じじばかなディーノは『魔よけのため』と答えたことだろう。彼は家族に不幸が続いた結果、最早神仏に頼るしかないという境地に達してしまったようで、孫の安全を求めて東奔西走するおじーちゃんになっていたのである。
 東にご利益がある神社があると聞けば雲雀を抱えて参上し、西に強力な御祓い師がいると聞けば、雲雀と一緒に正座をがまんした。それこそ彼は孫のためならば何でもした。いわしの頭を地中に埋めたり、熱が出れば梅干を額に乗っけてやったり、科学的根拠など歯牙にもかけず、自分にできるだけのことなら彼は何でもしてやった。
 そんなじじばかのディーノは、災厄が孫を襲わぬよう、雲雀に女児の格好をさせるという古い魔よけを実行した。全ては孫の幸せのため。……というのは必ずしも『全て』ではなく、魔よけのため雲雀に女児の格好をさせてみたら、あまりに可愛かったために、ディーノは調子に乗って可愛い格好をさせたがった、という理由も少なからずある。
 ともあれ、そんな理由で女児の格好をしていた美童の雲雀に幼い山本は一目惚れし、うっかりそれを貫いて成長してしまったのだ。
 だが彼が誤解を抱いたまま成長したのも、あながちディーノのせいだけではない。雲雀が女児の格好をしていたのはせいぜい六歳まで。その後はちゃんと男児の着物を身につけ、年頃になれば声も変わり喉仏も出たというのに、思い込みの激しい山本は彼を女だと信じ続けていたのである。

「山本、それはいくらなんでも無理があると思うよ?」

 と、親友であるあさり組の跡取りが言っても山本には通じなかった。

「大丈夫、オレはちゃんと親父の跡を継いで立派な板前になって、盛大な祝言をあげるからよ」

 目をキラキラさせて語る山本に、もう一人の親友は怒り狂った。

「手前は莫迦か、あんな凶暴な女がいるかよ! 風紀組とかいう新興勢力作って、この辺牛耳ってんだぜ!?」

 だがやはり山本の夢は挫けなかった。

「平気だって。オレちゃんと道場にも通い続けて、免許皆伝になるからさ。雲雀は強い男が好きなんだもんな」

 板前を目指しながらも、彼は町の剣道場で一番の腕前を有している。それもこれも、常に強者を求めて暴虐の限りを尽くす、雲雀に負けぬため。彼は文字通り全身全霊をかけて雲雀を愛してしまっていたのだった。






 ぬりかべよりも強固な山本の誤解が真実の前に崩壊したのは、彼が十四のときだった。そのころすでに小料理屋は料亭へと進化を遂げており、あさり組と跳ね馬組という二つの巨大組織を顧客としていた山本の店は、大変に繁盛していたのである。
 このころの雲雀は、界隈で歯向かうもののいない、恐るべき帝王となっていた。幼少のころからその怜悧なまでの頭脳と、人間離れした戦闘能力で怖れられていた美貌の少年は、いつしか近隣の不良少年たちの頂点に君臨し、誰が名乗ったか『風紀組』の組長と崇められるようになっていた。そして独自の情報網と資金力をバックに、恐るべき第三勢力となっていたのである。
 跳ね馬組の跡取りが自分の組を無視して別組織を作り上げてどーすんだと人々は思ったが、じじばかディーノは孫が立派に育ったことを心から喜んだ。と同時に、

「最近、恭弥のやつあんま帰ってこねーんだ。たまに会っても滅多に口きかないし、オレのこと『あなた』って他人行儀に呼ぶんだぜ。昔は『おじじ』って呼んでくれたのに……」

 などと酒を飲んでは管を巻くディーノの姿が、料亭『竹』でよく見られるようにもなっていた。しかしそのじじばかディーノと孫の雲雀は、同じ料亭に通い続けるお得意さんなのだから面白いものである。全ては山本親子の人徳と、何より大将の腕前のおかげだろう。
 そんなわけで、雲雀は料亭『竹』の常連客となっていた。だけではなく、静寂を好み群れを嫌う雲雀は、料亭の離れを大金を積んで借り受け、別荘のように利用していたのである。と言っても、彼のことであるから、他に同じようなセカンドハウスがいくらでもあるのだろうが。
 ともあれこの別邸は雲雀のお気に入りでもあり、風紀組の活動を取り仕切るには並盛町のこの店が一番便利であったようだ。雲雀はしょっちゅう逗留しては、気ままに一人の時間を過ごしていた。
 で、そんな界隈でも暴虐の限りを尽くし、畏怖を一心に集める雲雀の相手が務まるのは誰かという話になったとき、白羽の矢が立つまでもなく自ら立候補したのが山本だった。もちろん大将には雲雀も一目置いているが、彼が調理場を離れるわけにはいかない。だが他の奉公人たちでは、雲雀の相手は務まらない。そのため、幼い頃から面識のある山本が自ら買って出て、雲雀が離れにやって来たときは彼が担当を引き受けることになったのである。
 わかりやすく言えば御用聞きみたいなものだ。雑用とも言えるが、雲雀と二人きりになれることを山本は心から喜んだ。将来夫婦になって一緒に暮らすには、お互いを知るのが大事である、などと考えていたから。思い込みが激しいにも程があるが、それもついには雲雀本人によって覆されることとなる。
 その日山本は、道場で剣の稽古に励んでいたところを、店の使いに急いで戻るよう告げられた。雲雀が来訪したのである。となっては稽古どころではない。山本は師範に挨拶をし、急いで店に駆け戻った。
 雲雀が姿を見せたのは十日ぶりのことである。喜び勇んで着物を着替え、用訊きに向かった山本は、久々に見る雲雀に感極まってしまった。そして何を勢い余ったか、

「ヒバリ、オレと夫婦になってくれ!」

 と、開口一番にプロポーズしてしまったのである。
 山本の錯乱には理由があった。彼の年齢は14歳。もう2年もすれば所帯を持ってもおかしくない年頃だ。対する雲雀は15歳。年を追うごと、日を追うごとに美しさの増してゆく、正に結婚適齢期。いささか凶暴で傲慢なきらいはあれど、それがまたチャーミングな傾城の美人である、と山本は信じている。
 そんな雲雀を世の男どもが放っておくはずがない。おそらく今は祖父のディーノによって阻まれているものの、本来は求婚者がひっきりなしに列を作っているはずだ。下手をすればどこかの藩の殿さまの目に留まっていても不思議は無い。それだけ雲雀は魅力的なのだから。
 一方山本はと言えば、雲雀との付き合いは長いものの、一介の板前見習いに過ぎない。道場の師範からは板前にするには惜しい才能と言われているが、雲雀の前には屈してしまう。料理も剣術もまだまだ未熟。これではいつ雲雀の前に山本よりも腕が立って、財産を持っていて、背も高いイケメンが現れて、心を奪ってしまうか気が気ではない。とゆーわけで、山本は自分の将来性を担保に、予約を入れとくことにしたのである。

「ヒバリ、オレと夫婦になってくれ!」

 と、開口一番に叫んだ山本に対する雲雀の反応は冷淡だった。庭に面する障子を開け放ち、あじさいを眺めていた雲雀はぷかりと煙管の煙を吐いた。

「……君はまだ僕を女だと思ってるの」

 振り返った雲雀はいつもと同じ抑揚で山本に声をかけた。彼は火鉢に煙管の灰を落とすと音もなく立ち上がり、

「おいで」

 面白いものを見せてあげよう、と雲雀は嘲笑に似た微笑を残し、寝間へと消えた。ここが料亭である以上、芸者を上げたり訳有りの客を迎え入れたりすることも多く、この離れにも座敷の他に寝間が準備してあった。ましてや雲雀はここにいる大半の時間を、寝て過ごしているのだから、昼寝の準備は常に整えてある。
 思いがけない雲雀の行動に、口を開けて呆気に取られていた山本は、寝間から衣擦れの音が聞こえてきたことに我に返った。少し開いた襖の向こうで、雲雀が立ったまま帯を解いている姿が見えた。それはつまり、そーゆーことだ。
 山本は激しく動揺したものの、こういった場合男のすべき役目をちゃんと理解してもいた。相手に恥をかかせてはならない。それなりに岡場所で積んだ経験は、彼を怖気づく愚挙から救ってくれた。
 取り憑かれたように立ち上がり、山本は寝間へ向かった。後ろ手に襖を閉じると、何故か彼は畳の上に正座して雲雀を見上げた。背を向けて帯を解く雲雀は、三枚重ねた布団の上に立っている。彼は解いた帯を滑り落とし、背後の山本を振り返った。
 雲雀は無造作に着物を脱ぎ捨てた。山本の目の前には一糸纏わぬ姿の雲雀が立っている。もちろんそれは、山本が想像していたのとはまるで違う姿だった。
 障子から差し込む初夏の日差しが、雲雀の身体の輪郭を柔らかに浮かび上がらせていた。今の彼は先ほどの嘲笑めいた微笑を浮かべてはいない。ただ冷徹な視線で、何故か正座して見上げている山本を見つめているだけ。
 想像外の雲雀の姿に絶句しているであろう山本は、真剣な表情で雲雀の目を見つめた。彼は大真面目に開口一番こう言ったのである。

「……きれいだ」

 そして一人で照れ笑い。頭をかいて気恥ずかしそうに目を背けた山本に、雲雀はふっと口元をほころばせた。
 思いがけず良い目にあって、けれど礼儀正しく目を逸らしている山本に、雲雀は布団の上に膝をつき、彼のほうに身を乗り出した。優雅な腕を伸ばして問答無用で山本の首を抱き、

「君はつくづく面白い男だね」

 間近で嫣然と微笑んだ雲雀に、山本は今度こそ笑顔を返したのだった。






 それでどうなったかというと、山本は雲雀のものになってしまった。よーするにつまみ食いされてしまったのである。
 雲雀がどこで男と寝ることを覚えたのか、他にも誰か親密な人間がいるのか、山本は知らない。けれど、彼にとっては初めてのことで、その相手が雲雀であり、彼が自分を選んでくれたという事実が全てだった。よーするに山本は益々雲雀に惚れこんでしまったのである。
 以後、雲雀は気が向くと山本を寝間に引っ張り込むようになった。特に冬はその頻度が高く、例え湯たんぽ代わりでも山本は大喜びで雲雀の誘いを受けるのだった。
 あるとき雲雀が布団の中でうつ伏せになり、事後の煙管を吹かしながら言った。

「……僕が女じゃなくてがっかりしないの」

 おそらく何気ない、本当に単なる戯れに思いついた言葉だったのだろう。初対面からの12年間より、同じ布団に潜ってからの一年の方がよっぽど彼のことをよく知ることのできた山本は、さも愉快そうに笑い声をあげた。

「ハハハッ、別にヒバリには変わりねーからな」

 頭の下で腕を組み、天井を見上げて笑う山本は本心である。別に女じゃなくても彼の大好きな雲雀は雲雀だ。それがこうして裸でいちゃいちゃできるのだから、もう最高ではないか。閻魔大王でも『もう勘弁してください』と言って逃げ出すであろうポジティブ過ぎる思考の持ち主、山本武。そんな彼を雲雀は振り返り、楽しげに目を眇めて煙管の煙を吐き出したのだった。






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