■□■ アバタモエクボ □■□






 ケイスケが残業から解放されてようやく自宅に帰りついたとき、隣の部屋に住むアキラも丁度家に着いたところだった。

「アキラも今帰り?」

 ドアの鍵を取り出しながら問いかけるケイスケに、無言でアキラは手に提げていたビニールを上げてみせる。どうやら買い物に出た帰りらしい。Bl@sterの優勝者であるアキラは定職につく必要も無く、自由気ままに暮らしているのだ。それがケイスケには羨ましくもあり、格好良くも思える。

「……今から夕飯か?」

 青いつなぎ姿のケイスケを見て珍しくアキラが彼を誘った。どうせ作るのなら一人分より二人分のほうがやる気になる、と。どういうわけか今日は料理に気の向いたらしいアキラにお誘いを受けて、一も二も無くケイスケは頷いた。アキラの手料理など食べたことがない。きっと彼の手料理の恩恵になどあずかることが出来たのは、世界広しと言えどケイスケだけであろう。
 喜び勇んだケイスケは急いで着替えると、昨晩の夕飯の残りである煮物を土産にアキラの部屋を訪れた。相変わらず殺風景な部屋の中で、早速アキラは食材を広げている。
 わくわくしながらケイスケはテーブル代わりの机の上を片付けた。さかんにアキラのほうを窺うと、彼は適当に野菜を切り刻んでいる。包丁があったことにまず驚きだが、アキラは迷いの無い動作で火にくべたフライパンに野菜を放り込んだ。
 どうやら野菜炒めでも作るようだ、とケイスケが考えたところで、やおらアキラはフライパンにご飯を放り込んだ。

「ええー!?」

 一体何を作るつもりだ、と吃驚するケイスケを鋭い眼光で睨みつけて、アキラは吃驚仰天の幼馴染を黙らせる。彼は外国語でラベルの表示された紫色の壜の調味料をビニールの中から引っ張り出すと、小首を傾げてから蓋をひねって中身をフライパンに振りかけた。
 今『何だこれ?』って感じで首を傾げませんでしたかー!?
 激しく突っ込みたい衝動にケイスケは駆られたが、物凄い眼光で黙殺されるのが落ちだろう。どうせケイスケにアキラにあれこれ注文をつける権利は無い。と言うより度胸が無い。こうなったらもうあとはなるようになれ。例えどんな不味いものが出てきたとしても、愛するアキラの作ったものならば、漢ケイスケ美味しく食して見せましょう!
 ケイスケが虚しい決意を固めたとき、フライパンを振るっていたアキラがコンロの火を止めた。

「できたぞ」

 アキラが豪快に皿に盛って出してくれたのは、チャーハンのような物体だった。ような、という枕詞が付くのは、それ以外に該当する料理が思いつかないからだ。それにケイスケの煮物とライムを入れた炭酸水が机に並べられる。どうか腹を壊しませんように、と心の中で祈ったケイスケは、覚悟を決めてスプーンを口に運んだ。
 結局、チャーハンに良く似た物体は美味かった。一体何の調味料を使ったのかと訊くと、アキラは無愛想に答えた。

「知らない。適当に買ってきた」

 しかも料理は生まれて初めてだとさえ言い切った。にもかかわらずこれだけ美味いものが作れてしまうアキラに、うっかり惚れ直してしまうケイスケだった。





〔おしまい〕







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