■□■ ある朝の風景 □■□






 狗たんはアルビトロパパのかわいいペット。今日もとてとてビスキオ城をお散歩中。お目々は見えないけど、敏感なお鼻で城内のことは何でもわかる。だから狗たんは廊下をとてとて歩いても、誰にもぶつからないし何にもぶつからない凄い子なのだ。
 狗たんの今朝(?)の使命は処刑人の二人を起こすこと。朝ごはんになってもお昼ごはんになっても出てこないから、パパに起こしてあげてって頼まれたの。昨日も遅くまでお仕事大変で、焼酎抱えて大騒ぎしてたから仕方ないんだよね。
 狗たんはとてとてお城の廊下を進む。処刑人のキリヲとグンジのお部屋は一階にあるの。玄関から入るのが面倒になったとき、窓から入れるのがいいんだって。そこはお城でたった一つの畳のお部屋で、ハチジョーマって言うんだって。パパは本当はロクジョーマにしたかったんだけど、キリヲとグンジはおっきーから入らなかったんだって。
 パパはいつもキリヲとグンジは大きくなり過ぎだって怒るけど、狗たんはちょっと羨ましい。いつか狗たんもキリグンみたいに大きくなれるのかな。車の屋根につかえて不機嫌になるくらい大きくなれるのかな。
 でもそんなキリグンだって昔からずっと今のサイズだったわけじゃない。狗たんが初めてキリグンに会ったとき、キリヲはともかくグンジはもうちょっと小さかったはず。あの二人もパパに拾われたから、その点だけは狗たんのがお兄さんなんだもんね。
 パパは狗たんに大きくなんてならなくていいよって言うけど、やっぱり狗たんは大きくなりたい。それで、キリグンと一緒に騎馬戦をやるんだもん。大将は小さいほうが有利って言うけど、やっぱり腕は長いほうがいいに決まってる。でも大きくなりすぎるとパパが悲しむからそれだけはちょっと困るかな。
 狗たんは世界で一番パパが好き。好き好き大好き超愛してるぅー。
 じゃあ二番目は?
 二番目はキリヲとグンジ。小さいころからずっと一緒の遊び相手。キリヲとグンジは狗たんを何でかポチとかタマとか呼ぶけど、声が出せたときは狗たんもキーちゃんとグンちゃんって呼んでたの。キーちゃんはいつも肩車してくれたし、グンちゃんはパパにナイショでお菓子をくれたの。今はもう狗たんは子供じゃないから肩車もしてもらわないし、お菓子ももらわないけど、狗たんはキリグンが大好きなの。
 上機嫌の狗たんは廊下の端をとてとてと曲がる。城の端のその部屋がキリグンのお部屋。ビスキオ城でたった一つの引き戸のお部屋。
 カラカラ音を立てて鋼鉄入りの襖を開くと、暗いお部屋には畳と焼酎の匂いが充満していた。だけど狗たんは動じない。だっていつものことだもん。狗たんは畳の部屋に踏み込んで、ごろっと転がった人影に近寄る。キリグンは二人とも大きすぎるから、サイズの合う布団が無いってパパが言ってた。だから二人ともお布団から身体がはみ出しているの。
 狗たんは布団から突き出た手に鼻を近づける。ふんふん嗅げば、それがどっちか丸分かり。あ、梅しそ茎わかめの匂いがする。じゃあこっちはグンちゃんだ。だってキーちゃんはしそが嫌いだから。
 布団の小山に上った狗たんは、前足(?)を踏み踏みしてグンジを揺さぶる。だけど焼酎パワーで意識不明のグンジは起きない。何度も何度も、あちこち揺すってみても巨体のグンジにはあまり効果はない模様。だけど狗たんはあきらめない。とてとてとグンジの正面に回った狗たんは、寝ぼすけくんが仰向けなのを確認し、力いっぱいヘッドバット。

「…………ぐあっ!?」

 あ、起きた。
 グンジは飛び起きつつも額を押えてうずくまる。グンちゃん、額弱いんだよねー。

「な、何だっ!?」

 あ、キーちゃんおはよう。
 鈍い音とグンジの声に飛び起きたキリヲに狗たんは擦り寄る。

「何だ、タマかよ……」

 違うよ狗たんだよ。

「お、お前ポチ! 何べん言ったらまともに起こせんだこの野郎!?」

 朝から逝っちまうだろうが、とグンちゃんは怒るけど、まともに起きないのはそっちじゃーん。

「お前が起きねぇから悪ぃんだろーが!」

 キリヲは狗たんの頭をなでなでしながら不機嫌な声で怒鳴りつける。二人とも何でいつもパンツ一丁で寝るんだろう。むさ苦しいからやめろっていつもパパに言われてんのに。

「うるせぇクソジジイ! だいたい何でいつも俺なんだ。ジジイにかましゃいいだろーが!?」

 やだよ、だってキーちゃん、何しても起きないんだもん。
 ビスキオ成立以前からの付き合いの狗たんは、寝起きの悪い巨人二人組みと毎朝戦いを繰り広げていた。キーちゃんには耳に氷の欠片を入れてみたり、脛毛を燃やしてみたり、濡れ布巾を顔にかけてみたりしたけど、どうやっても起きないんだもん。でもグンちゃんが起きればキーちゃんも起きるの。だからグンちゃん起こすしかないんだもーん。

「やかましい! 一々怒鳴るな。タマがビビんだろーが」

 狗たんはグンちゃんに怒鳴られても平気だけど、キーちゃんがなでなでしてくれるから大人しくしてるの。キーちゃんの手はガサガサしててパパみたいに綺麗で滑らかじゃないけど、頭をクシャクシャされるのが気持ちいいの。だから好き。

「へーへー、分かりましたよどうせ全部俺が悪いんですよー」

 不貞腐れたグンちゃんがぱぱっと着替えて、キーちゃんもいつものお洋服に着替える。これからごはんだからまだ武器は持たない。最後に二人は靴を履くと、部屋の戸口で振り返った。

「おら、ポチ行くぞー」

「飯食うの面倒くせぇな」

 二人はいつも最後に必ず狗たんを振り返る。どこにいても戦闘の最中でも、キリグンは狗たんがちゃんと無事でそこにいるか振り返る。
 だから狗たんはキリグンが大好きなのでした。





〔おしまい〕







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