注意:このお話は笹川了平x雲雀恭弥です。




















■□■ 土曜日の確証 □■□






 ペンを持つ手を止めてふいに雲雀が言った。

「……笹川、僕とセックスしてみないか」

 思いがけない言葉に面食らって了平は目を落としていたノートから顔をあげた。

「む、何故だ?」

 当然の問いかけであろう。雲雀は気だるげに首を傾け、

「確かめたいことがあるから」







 土曜日の午後は良く晴れていた。夏も迫った時期である。中学生にとって週休二日制の大事な土曜の午後は、青空が眩しく汗ばむほどの陽気だった。

「やあ」

 了平が雲雀宅に着くと、そう言って雲雀本人が出迎えてくれた。

「邪魔するぞ」

 親には勉強を教わると言って出かけてきている手前、了平の提げたバッグには教科書やノート類が詰め込まれていた。

「こっち」

 長い廊下を雲雀が先に立って歩いてゆく。雲雀の家は噂にたがわぬ資産家の邸宅で、了平の家が三軒は入るのではないかという庭を有していた。
 磨きこまれた廊下を進み、案内されたのは離れだった。間にガレージを挟んでいるが、建て増しされた廊下で繋がっているために靴を持ち込む必要が無い。中学に上がったときに親が建ててくれた私室であるらしい。雲雀は多くを語らないので了平にはよくわからないが、決して家族の仲が悪いわけではないようだ。
 離れにある雲雀の部屋は広く殺風景なものだった。ベッドと机、パソコンと周辺機器が幾つかあり、クローゼットと小さな冷蔵庫、そして本棚がその広い部屋にある家具の全てだった。テレビさえも無い部屋は奇妙に簡素でよそよそしく、生活感が希薄だった。
 バッグのストラップを握ったまま途方に暮れている了平をよそに、雲雀はブラインドを下ろそうと部屋を横切っていった。今日この家には雲雀と了平のほかは誰もいないが、気分の問題である。
 全てのブラインドを下ろし終わった雲雀は了平を振り返り、黒いポロシャツのボタンを外し始めた。







 雲雀と了平が出会ったのは、並盛中学入学の翌日のことだった。二人は同じクラスに組み分けされ、名前順に決められた座席では、了平が雲雀の右斜め前の席だったのである。
 にもかかわらず『入学翌日』が初対面であったのは、雲雀が入学式をサボタージュしたからだ。幼少のころより群れる行為を何より嫌悪してやまなかった雲雀であるから、当然といえば当然だ。だが理由はそれだけではなく、新入生代表が体育館で桜のころがどうのと答辞をしている時間に、雲雀は校舎の屋上で風紀委員の面々と激しい戦闘を繰り広げていたのである。
 その結果、並盛中に歴代最年少の風紀委員長が誕生した。それが雲雀である。そしてその噂は疾風のように学校中を一日で駆け巡り、翌日登校した雲雀を誰もが畏怖の眼差しで見つめたのである。
 二十年以上も昔の話であるが、並盛中学は不良の溜り場として荒れに荒れていた時代があった。風紀は乱れ、学内には暴力の嵐が荒れ狂い、誰もが手をつけられない状態であった。いくら公立中学ではありがちとはいえ、あまりにもひどい荒みように、ついに学校側は緊急措置を取ることを決定した。それは一部の学生    それもできるだけ力のある    に特権を与えて差別化を図り、彼らによって学校を取り締まるというものだった。権力のヒエラルキーを作り上げ、強いものが弱いものを統制する方法を取ったのだ。
 縛られることを嫌って暴力に走った生徒達であったが、所詮は子供だった。彼らは自分達が特別視され、縛る側に回ることを喜んだ。学校側の思惑通りである。
 こうして誕生したのが風紀委員である。彼らは軍隊さながらに学生達を取り締まり、自分達の権力に従わせた。気に入らないことがあるならば、彼らと戦って勝てばいい。そうすれば勝者は新たな権力者として君臨し、思うままに振舞える。強者こそが正義。そして正義であるべき風紀委員の頂点には、並盛中で一番強い人間が君臨することが伝統となった。
 人間は『特権』という甘いお菓子にことのほか弱い。かくして、並盛中学は表面上の平和を手に入れ、かつての荒廃は嘘のように見えなくなった。そのため一般の子供達も多く入学するようになり、学校側の大人たちは自らの立てた計画の成功に祝杯を挙げたのである。
 ところが事態はそれだけでは終わらなかった。特権を与えられた風紀委員会は、大人たちが自分達の奇策の成功に酔いしれているあいだに、彼らの思惑を超えて一人歩きし始めたのだ。大人たちが気付いたときには風紀委員会は学校中の不良たちを統率した恐るべき団体となって独立しており、彼らの勢力は学外にまで及んでいたのである。
 慌てた学校側が風紀委員から特権を取り上げようとしてももう遅かった。学校から与えられた特権などとうの昔に超越した委員会は、地元のヤクザでさえも道を譲るような存在になっていたのである。こうなってはたかが地方の公立中学運営陣がどうこうできる問題ではない。学校側は見ない振りをすることで事実上風紀委員会の独立を認め、こうして並盛町には新たなる恐るべき組織が誕生したのである。
 ……とにかく、入学式の翌日、登校した雲雀を待っていたのは、全校生徒及び教職員による畏怖の眼差しであった。前日登校しなかったに近い状態の雲雀を何故皆がそうとわかったかといえば、彼が学ランを着ていたからだ。
 並盛中学の制服は数年前に学ランからブレザーにチェンジされた。にもかかわらず、風紀委員だけは学ランの着用を認められている。建前としては『荒廃当時の戒めを忘れないため』というものだが、ようするに自分達の特権と立場の違いを他の生徒に知らしめるためだ。
 制服ごときで差別化を図り、自分達の特権に酔いしれるなど冷笑にさえ値しない。最初雲雀はそう思ったが、何しろ群れるのが嫌いな彼である。ほとんど全校生徒が着ているブレザーよりも、少数しか着用していない学ランを着ることを彼は選んだ。
 かくして、一年生で唯一学ランを着用し、『風紀』の腕章をした雲雀を、噂の風紀委員長だと誰もが気付いたわけである。にもかかわらず、蜘蛛の子が散るように雲雀の周りから半径2メートル以内に誰もいなくなった教室で、平然と声をかけてきたのが笹川了平だった。
 初めて了平に声をかけられたとき、雲雀は彼を見てひよこを思い浮かべた。理由は簡単である。短く刈り込まれた色素の薄い髪が、教室に差し込む朝の光でひよこの羽毛のように見えたのだ。後にある人物に『芝生メット』と呼ばれることになる了平の頭だが、雲雀にとっては『何かひよこっぽい』頭であったのだった。







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