■□■ アバタモエクボ弐 □■□






 唐突だが、グエンはエマに惚れていた。ストイックなまでに自己の向上を目指す彼女の姿はグエンの胸にハート型の風穴を空けてくれた。もともと彼を自分の相棒に抜擢したのもエマである。自分の実力を認めてくれた彼女に、グエンがメロメロになるのは当然の成り行きであった。
 そんなエマとグエンがプルミエ捕獲計画のチーフに選ばれたのには理由がある。かつて第三次世界大戦がまだ終結していないころ、研究員を皆殺しにして脱走したプルミエは、それに際して自分に関する多くの資料を闇に葬っていった。研究所は崩壊し、多くの重要な研究成果やデータが焼失した。そのため、プルミエに関する資料の数は激減し、彼と直接面識のある人間がほとんどいなくなってしまったのだ。
 そこでお呼びがかかったのがエマである。唯一生き残った研究員である彼女は、プルミエに最も近しい人間の一人であったのだ。
 グエンはプルミエを直接知らない。戦場で撮影された不鮮明な写真やビデオで見ただけの男は不可思議なまでに存在感が希薄で、明確な実像を思い描くことが出来なかった。そこである日グエンは思い切ってエマに直接訊いてみることにした。

「プルミエ? そうだな、あれは奇妙な男だった」

「奇妙?」

 プラスチックのコーヒーカップを口元に運びながらエマは言う。プルミエは人生のほとんどを研究所で過ごしたため、戦闘などの知識においては比類無いが、一般常識についてはほとんど浮世離れしたほどの無知であったのだ。

「輸送機の操縦の仕方は知っていても、亀は見たことが無い。世界中の暗号を解くことはできても、カップラーメンの作り方は知らない。そんな男だった」

 それはまた極端な、と呆れながらコーヒーにミルクを入れるグエンに、そういえばこんなことがあったとエマは語りだした。

「あれはまだ大戦が始まったばかりのころ。資料室へ行くために廊下を歩いていると、休憩所のところに何故かあの男が立っていた……」

 プルミエは何かを手に持ってそれをじっと見つめていた。彼が手にしていたのは金色の細長い棒で、編み物に使う鈎針だった。研究員の誰かが昼の休みにでも使って、忘れていったのだろう。それを見つけたプルミエが不思議そうに鈎針を見つめているのを見て、エマは彼に教えてやったのだ。それは耳かきだ、と。

「…………それで?」

 ごくりと咽喉を鳴らしたグエンにうむとエマは頷いてみせる。

「酷く納得したような、衝撃を受けたような、別にどうでもいいような顔をしていたな」

 エマはそのまま資料室へ向かい、プルミエは尚もじっと鈎針を見つめていた。そして目当ての資料を見つけたエマが元来た廊下を歩いていると、休憩所の辺りで人々があわただしく行きかうのを見つけた。

『大変だ、プルミエが耳から血を流しているぞ!』

『何だって!? まさか、先の戦場で負った怪我を見逃していたのか』

『わからない。とにかく、MRIにかけてみないと』

『聴覚と脳に異常が無いかすぐに調べるんだ!』

『ちくしょう、一体何があったんだ!?』

 そのときの情景を思い浮かべたのかエマが薄っすらとその美しい口元に微笑を刻む。

「…………あのときは実に愉快だった」

 コーヒーを前に嫣然と微笑むエマに、更に胸キュンのグエンであった。
 お前、ほんとにそんなんでいいのか?





〔おしまい〕







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