■□■ フェイク □■□
逃亡生活の最中、久々にまともな寝床のある場所で休むことができた。それがアキラは少しだけ嬉しい。
ちゃんと壁と天井がある部屋で、風呂にも入れて、ベッドも二つ。そんな当たり前のはずのことが贅沢に感じられるのは、やはり身に染み付いた逃亡者の悲しい性か。
「よし、寝るか」
わざわざ宣言すると、アキラは部屋の電灯を落としてベッドに潜り込んだ。スプリングも毛布も使い古されたものであろうが、それでも充分だった。
やっと落ち着いたため息をついてアキラが瞼を閉じかけたとき、何故か誰かが彼の眠りを阻害した。
「……何やってんだ、アンタ」
ギロリとアキラが睨み付けたのは、言うまでもなくnである。何故かアキラのベッドの毛布をめくったnは、すでに片足を突っ込んでいる。ベッドは二つあるのに、何故に自分のほうを使わないのか。
流石に苛立ったアキラが無言でじっと睨み付けていると、ややあってnはようやく口を開いた。
「…………寒い」
ぽつりと零された言葉に、アキラはハッとする。そうだ、nは極端に体温が低いのだ。今までの逃亡生活の中で、野宿をするときなどは必ず身を寄せ合って眠っていた。そのほうが安全であり、体温を分け合った方が温かいからだ。そしてnの身体はいつまでたっても温もらないのが常だった。
ベッドに片足を突っ込んだnはどこか寂しげな表情でアキラを見つめている。そうなるとアキラはnが不憫になってきた。虐待された動物が人間を警戒するように、誰にも馴染まず生きてきたn。それがようやくアキラにだけは信頼を寄せるようになったのに、ここで突き放しては元の木阿弥になってしまう!
短い逡巡の末、アキラは照れたのかぶっきらぼうに呟いた。
「……今日だけだからな」
アキラが身体をずらしてやると、こくんと頷いたnがベッドに潜り込んでくる。男二人が寝るには明らかに小さいが、物陰に身を潜めて眠ることに比べれば天国のようなものだ。
「アキラ」
名を呼んだnは礼を言うようにアキラを抱きしめて頬を摺り寄せた。野良猫に挨拶されているようでアキラは何だかくすぐったい。アキラもおやすみと呟くと、静かに目を閉じた。
何気に騙されやすいらしいアキラは、今後の苦労をまだ知る由も無かった。
〔おしまい〕
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