■□■ 秘色 □■□






 覚えているのは荒廃した風景。崩れかかった高層ビル、枯れた大木、血の色に染まった黒い土。  雨が降っていた。周囲に無造作に転がった死体から流れ出る血を洗い流すかのように。雨は全ての不浄を消し去ってゆく。
 灰色の雨に塗りつぶされた風景の中に、ただ一人立っている男。黒い装束の長身の男は、赤い眸に狂喜の光を帯びていた。
 男は薄いくちびるを開いて言葉を紡ぐ。嘲笑にも似た、優しげな声音。

「可愛がってやる。……理性のひとかけらも残らぬほどにな」

 くちびるに浮かんだ酷薄な微笑。全てを否定する美しい微笑に、目を離すことが出来なかった。






 広いベッドの中、アキラは緩慢な動作で目を開いた。視点のぼやけた目に映るのは白い天井。いつの間にか眠っていたようだ。
 だるい頭を動かして部屋の隅にあるアンティークの柱時計に目を向ける。まだ夕方にもならない時刻。眠っていたのは一時間ほどか。
 大きなため息をつくとアキラは身を起こした。一人で寝るには広すぎるベッドは彼のものではない。……いや、ある意味では彼のものである。そもそもこの寝室以外にアキラのための寝所は設けられていない。ならばここは、彼の部屋でもある。
 しかしそれでもアキラにとってその部屋は自分のものではなかった。寝室とそれに付随する幾つかの私室。荒廃した旧祖に聳える荘厳な城の最奥に位置するその部屋は、この国の実質的な支配者のものだった。
 内戦で疲弊した二つの政府を瓦解に追い込み、曲がりなりにも統一を成し遂げた傲慢で残虐な支配者    シキは今ここにはいない。彼は多くの兵を率いて十日間の遠征に出かけ、アキラだけが残された。

「大人しく待っていろ」

 そう言い残したシキがいなくなってすでに四日が経つ。窓際に置いた椅子に座って視線すらよこさないアキラの髪をすくい、その一房に口付けをして低く笑った男。さも楽しげな男の嘲笑がアキラの自尊心を傷つけることは最早無い。それどころか、一人で過ごす一日の長さに疲弊し、アキラは残りの六日間を苦痛にさえ感じていた。
 アキラはシキの虜囚だった。荘厳な城の中の、支配者のための最も上等な部屋に閉じ込められた、奴隷と言ってもいいかもしれない。手枷や足枷こそされてはいないが、シキの私室から一歩でも出ることは許されていない。その証拠にアキラは靴を持っていなかった。それはシキが外出を許可したときにだけ与えられるもので、部屋履きさえアキラは持っていなかった。
 外に出たのはいつ以来のことだろう。アキラは毛足の長い絨毯を踏んで中庭の見える窓辺に立つ。床から天井まである大きな窓には、幾何学的な模様の鋼の格子が嵌っており、硝子を砕いて逃亡することもできない。眼下に広がる中庭では、見張りの兵士が警備のために行き来する以外、これといって見るものなど何も無い。質実剛健を旨とするシキの方針か、はたまた単に風景を愛でることに興味が無いだけか、練兵場を兼ねた中庭は殺風景なものだった。
 窓辺にぼんやりと立ち尽くしながら、アキラの思考はどこか遠いところにいるシキに飛んでいた。暴虐の王は今もどこかで血を求めているのだろうか。技術の粋を凝らした美しい刀を翻し、無造作に人間を切り捨てていく男。芸術的なまでの技の切れに、多くの兵が目を奪われるだろう。今まさに生命を奪われんとする敵でさえも。そして彼の名声は更に増してゆくのだ。血塗れた刀を掲げ、兵士たちの熱狂に応える王の姿を想像し、アキラは再びため息をついた。
 シキはアキラの支配者だった。それは文字通りの意味で、彼を捕らえ、この寝室から一歩でも踏み出すことを禁じ、どころかシキ以外の人間と言葉を交わすことさえ許さなかった。もちろんアキラも彼に唯々諾々と従ってきたわけではない。この城に閉じ込められる前は、アキラはシキを糾弾することのできる唯一の存在だった。
 内戦が両政府の自滅に近い様相を呈しながら終わりに近付いたころ、第三の勢力としてシキは一気にこの国を乗っ取った。あまりの手際のよさに二つの政府は何一つ対策を打てぬまま崩壊させられた。力強い新たなる支配者を人民は熱狂的に支持し、そうして暴力と恐怖による支配が始まったのだ。
 シキの方針は明確だった。強さこそが全て。悪であることが肯定され、善なるものは虐げられた。唯一絶対神の如きカリスマを持った支配者であるシキの周りには、彼を尊崇する猛者たちが集まり、そうして恐怖政治の時代が始まった。
 その中にあって唯一人道的な政策をシキに求めたのがアキラだった。本来彼はシキの部下でも家族でもなく、政治やシキの行動に口を挟む権利は無い。それでもアキラは懸命にシキに訴えかけた。国は人民がいてこそ成り立つものであり、人民無くして国は成り立たない。恐怖は反発を呼び、経済を疲弊させる。アキラは殺人や人身売買が横行することを咎め、善政を布くことをシキに要求した。
 だがシキはアキラの訴えを一笑に付して退けた。彼にとっては人民だの経済だのというものはどうでもよかった。彼はただやりたいようにやる。そこには是も否もありはしないのだ。
 シキは小賢しく喚きたてるアキラを時には笑ってやり過ごし、時には暴力を持って沈黙させた。アキラはシキの所有物であり、それ以上でもそれ以下でもない。気まぐれに話を聞くこともあれば、意識を失うほどに打ち据えられ、犯されることも度々だった。
 自己の立場を絶対のものとし、城の完成を見たシキは、ついにアキラをその奥深くに監禁して外の世界から遠ざけた。アキラはシキ以外の人間と口をきくことすら許されず、いつしか反抗の憎悪も薄れ、そして諦めるようになった。自分が何を言ったところでシキは薄く笑んで無視するだけだろう。アキラの声はシキには届かない。最早アキラには何一つとして自由は無いのだ。
 かつて宣言したように、シキはアキラから理性を奪うことに成功した。もうどうでもいい。理性や尊厳がいかほどの役に立つだろうか。そんなものを持ち合わせていたところで、与えられるのは屈辱と恐怖だけだ。ならばそんなものは放棄してしまったほうが楽になれる。
 夜が来るたびに抱かれると、アキラはあられも無い声を上げてよがり狂った。羞恥心はとうに消え去り、シキの求めるままに脚を開いた。快楽への欲望は肥大し、わずか数日のシキの不在さえ耐え難かった。
 それどころか、今のアキラには時間の概念もあやふやだ。1分が60秒で、1時間が60分。それが24回で1日になり、更にそれが365回繰り返されると1年になることはわかる。だが今が一体何月で、季節がいつで、ここに捉われてどのくらいになるのかアキラにはもうわからなかった。ただわかることといえば、シキがいなくなってすでに四日が経過し、苦痛を感じるほどの無為な時間があと六日も残っているということだけ。かつてあれほど憎悪した男は、今ではアキラの世界の全てと成り変わっていた。
 シキがいないということ。それはつまりアキラと口をきく人間が誰もいないということだ。そして彼を抱く人間もまた。
 無意識に自分の身体を両腕で抱きながら、広く閑散とした室内をアキラは見回す。四日前の夜、意識を手放すまで快楽を貪られた部屋。泣いて懇願しても許されず、気の狂う思いでアキラはシキに縋りついた。長い間かけて飼いならされた身体は、とうの昔に持ち主の言うことを聞かなくなっている。自らの浅ましさに絶望したときこそが、アキラがシキに屈服した瞬間であった。
 それでもアキラはまだ完全にはシキの思い通りにはなっていなかった。夜ごとどれほど浅ましくシキをねだろうと、普段の彼は無表情の鉄面皮を被り、感情を表に出そうとはしなかった。シキがどれほど甘い言葉をかけようが、卑猥な言葉で辱めようが、アキラはまるで何も聞こえていないように振舞った。
 あくまでシキを無いもののように振舞う普段のアキラを、彼がどう思っているのかはわからない。シキはただ意固地な玩具を興味深そうに見つめるだけで、咎めようとはしなかった。真意が知れぬという点で、二人は似通っていたかもしれない。
 何もすることがなく、何もしたいと思えず、アキラは再び窓の外に目を転じた。中庭の隅に植えられた樹木の様子から、今が秋か冬の始まりごろかと推測する。警備の兵士たちが軽装をしていることから、まださほど寒い時期ではないと知れる。秋ならば今が一番過ごしやすい時期だろう。何気なく広い蒼穹を見上げたアキラは、不意に外の空気を吸いたいと思った。いや、むしろこれは、外の空気を感じてみたいという欲求か。
 本来欲望の薄いアキラだが、一度その欲求を自覚してしまうと、いてもたってもいられなかった。この四日間における退屈のフラストレーションが高じたのか、気付くとアキラは広い室内を横切って、扉のノブに手をかけていた。
 真鍮製のノブを音を立てぬように回転させ、薄く開いた扉の隙間から辺りを窺う。閑散とした廊下に人影は無い。充分時間をかけて辺りを観察したアキラは、滑るように扉を潜り抜けると、人気の無い廊下に踏み出した。
 どうやら警備の兵も今はかなり少ないようだ。シキの遠征に伴って、城に常駐している兵士の数が減少したらしい。城の最上階に位置するこの一角はシキのプライベートな空間であり、アキラ以外に重要なものは皆無であった。だからこそ警備の人間が少ないのだろう。私室のある一角からどこかへ行くには、必ず警備兵のいる大扉を出なければならない。セキュリティーは万全であり、廊下の各所には監視カメラが設置されている。兵士の数が少ない今、多くの人員を割く必要は無いだろう。
 アキラは慎重に監視カメラの死角を縫って廊下を進む。どうせ城からは出られなくても、どこかバルコニーのある場所にたどり着ければいい。かつてはこの荘厳な牢獄を抜け出すことを夢見たアキラは、監視カメラの数やその撮影方向を正確に熟知していた。だが実行に移す前に、彼は諦めてしまったのである。
 閑散とした廊下を足音を殺して進むアキラ。もう少しでバルコニーのある場所にたどり着く。あと少し、あの角を曲がれば……。
 しかしアキラの望みは叶わなかった。廊下の角に差し掛かる寸前で、突然誰かに腕を掴まれたのだ。

「何をしているのですか!?」

 二の腕を強く引き寄せられて、アキラは驚いて振り返る。眼前には背の高い若い男が立っていて、厳しい表情でアキラを見下ろしていた。
 アキラは息を呑んで男を見上げた。アキラより優に頭一個分は長身の男は、武よりも知性の勝る顔立ちをした理性的な容貌の若い男だった。確か彼はシキの右腕とさえ呼ばれる重臣だ。シキがこれほど無造作に多くの兵を伴って遠征に出かけたのは、この男が城を守っているからだったのか。
 自分の迂闊さに内心で舌打ちをしながら、アキラは鋭く男を睨み上げる。アキラはシキに対しては全てを諦めていたが、彼以外の人間から拘束を受けるのは我慢がならなかった。

「……放せ」

 低く呟かれた言葉に男は眉を顰める。滅多に人前に姿を現さぬ王の愛人は、もっと儚く頼りなげな印象があった。しかし今自分を睨み付ける人物は殺意さえ感じさせ、歴戦の戦士である彼ですら怯みを覚えた。だがここで言うとおりにするわけにはいかない。彼は尊崇してやまない王から直々にアキラの警護を任されているのだ。決して外には出さぬと、固く誓ったのだから。

「そういうわけにはいきません。とにかく、部屋へ戻っていただきます」

 アキラの眼光を真っ向から受け止め、丁重に、だが有無を言わせぬ強引さで男は腕を引っ張った。そのまま力づくで部屋に連れ戻そうとする男の腕を、アキラは躍起になって振り払おうとした。
 思いがけず強固な抵抗にあい、それ以上に怪我をさせてはならないという迷いもあって、男はアキラを押さえつけることができなかった。アキラはすでに闘うことを放棄して久しいために筋肉も削げ落ち、本来ならば男の敵ではない。だが子供の癇癪にも似たアキラの抵抗はかえって男を困惑させ、二人はもみ合いになった。

「放せっ…………!」

 ついにアキラが力任せに腕を引き剥がしたとき、反動で壁際にあったアンティークの飾り棚にぶつかった。衝撃は脆い家具を振動させ、アキラが振り返るより早く、棚に乗っていた花瓶が落下して砕け散った。

「っ…………」

 高い破裂音とともに足に焼け付くような痛みを感じてアキラは後ずさる。蒼白になった男が駆け寄ってきたとき、アキラの薄い色のコットンパンツから伸びたむき出しの足には、幾筋かの血が滲んでいた。

「……何てことだ」

 血が染み出るのを視線で追っていたアキラは、頭上から降りかかった苦痛に喘ぐような声に顔を上げた。これくらいで大げさな、と口にする間も無く、伸びてきた腕に突然抱き上げられた。
 驚いたアキラが声も出せずにいるのをよいことに、男は華奢な身体を肩に担ぐようにして抱き上げると、騒音に気づいて駆け寄ってきた部下たちに素早く何事か指示し、廊下を駆ける寸前の速さで引き返したのだった。






 男が目指したのは寝室だった。男の肩の上ですでに諦めて脱力したアキラは、大人しくされるがままにしていた。暴力を振るわれるわけではないし、どうせ彼の思い通りになることなど最早この世には存在しないのだ。今更抵抗してみたところで、無駄に疲れるだけだろう。
 男はアキラをベッドに降ろすと、そのままでいるよう言い置いて部屋を出て行こうとした。恐らく医者を呼びに行くのだろう。だがアキラは扉に向かった男を呼び止めた。

「医者はいらない」

 ですが、と反論しかける男にアキラは首を横に振って見せる。どうせ大した怪我ではない。陶器の破片で薄皮一枚を切っただけだし、医者にかかるほどではない、と。それに何より、アキラは医者が嫌いだった。彼らはアキラを珍しい動物を見るような眼差しで見つめる。彼の皮下に流れる厭うべき血液の効能を知っているだけに、アキラを人として見ようとはしない。だからアキラは医者が嫌いだった。

「……ではせめて、傷を洗い流します」

 短い逡巡のあと、男は再びアキラを抱き上げて隣接するバスルームへ向かった。陶器の破片が傷口に残っていたら一大事だ、とアキラをバスタブに腰掛けさせ、その足を自ら丹念にシャワーで洗い流した。
 男の手つきはただの武人らしくなく、丁寧で繊細だった。アキラに怪我をさせたということに負い目があり、何より彼を労わる優しさがあった。
 足元を見つめる真摯な横顔にアキラは視線を注いだ。この男は何故こうも理性的なのだろうか。暴力よりも話し合いで物事を解決する性質の人間に見える。それがアキラには不思議でならない。この城にいることがまるでそぐわないと思えるほどに。
 それはおそらく、この男がラインを使用してはいないからだろう。だからこそ緻密な頭脳が要求される城の警護を任されたのか。
 ただ強いことだけを誇る他の重臣たちとは違う何かを感じ取って、アキラは男をじっと見つめた。整った容貌の男は、シキより少し年上くらいだろうか。その瞳に濁った光は見受けられない。しかし、シキの側近でラインを使用していない者など本当にいるものだろうか。にわかに沸き起こった疑問に、アキラはふと思いつく。そうだ、それを簡単に証明する方法があるではないか。
 男は過ぎるほど丹念に足を洗い流すと、再びアキラを担いで寝室に戻った。男はアキラをベッドに降ろすと、絨毯に跪いて柔らかなタオルでそっと足を拭う。後ろ手を付いてその様子を見守っていたアキラは、ほとんどつまらなさそうに口を開いた。

「……濡れた。脱がして」

 男が訝しげに顔を上げる。アキラは無感情な瞳で濡れたコットンパンツを示し、男の行動を見守った。彼は何故かアキラから目を逸らし、しばしの逡巡のあと言われたとおりにコットンパンツのウェストボタンに手をかけた。出来るだけ肌に触れないようにという配慮なのか、やけに慎重に服を脱がせる。アキラも腰を浮かせてそれを助けたが、恐らく男は手元など見てはいなかっただろう。アキラが下着を着けていないことに気付いたのか、視線がどこかへ彷徨うのが見て取れた。
 男は濡れて重くなったコットンパンツを足元に置くと、やはりアキラの方を見ないようにして立ち上がりかけた。消毒を、と言い訳のように呟く男に、アキラはすげなく却下する。

「いらない。沁みるのはごめんだ」

「しかし、放っておいて怪我が酷くなっては……」

 お前の評価に関わるか、とはアキラは口にしない。彼は無造作に右足を男の目の前に突きつけ、

「消毒なら、薬がなくても出来るだろう」

 抑揚の薄い声音に男は一瞬意味を理解できなかったようで、困ったようにアキラを見つめた。眉根を寄せたその表情が面白く、アキラは内心でほくそ笑む。彼は白い足を男の口元に寄せ、

「できるだろう」

 舐めろ、とそう言外に命じるアキラに、ようやく男は目を剥いた。まさかそんなことを要求されるとは思ってもみなかったのだろう。智勇を備えたはずの男は情けない表情でアキラを見つめた。だが、彼に選択の余地は存在しない。この城においてアキラの命令はシキのそれに次ぐ。ましてや、彼に怪我を負わせたこともあり、これ以上の失態を繰り返すわけにはいかない。それ以上に、命令をきかなかった腹いせに、アキラの口からシキにあること無いこと吹き込まれることが何より恐ろしかった。王の寵愛深い美しい愛人には出来るだけ関わりを持たないよう注意してきたのに、ここにきてこんなことになろうとは……。
 男は何かに耐えるように俯いていたが、短いため息のあと、ついに覚悟を決めて顔を上げた。彼は差し出された足に手を添える。つま先と、踵と。怪我に触らぬよう細心の注意を払って恭しく捧げ持つと、男はそっとくちびるを寄せた。
 アキラは自分の足に男のくちびるが触れるのを無感動に眺めていた。シキ以外の人間に触れられるのでさえ久しぶりなのに、それがくちびるでだなんて我ながらどうかしている。そう思いつつもアキラは男のくちびるが、舌が、傷口を辿るのを眺めていた。
 赤い舌先が止まりかけていた血を舐め取っていく。熱くぬめる感触に、つま先から怪しい感覚が駆け上る。男が触れている部分から熱が伝播してくるのがわかる。このままでは熱が凝ってアキラの内部を責め立てるだろう。それは非常にまずい事態である。だがアキラは男の行為を止めはしなかった。それどころか、右足の傷を舐め終えた男に、左足さえ差し出した。男がラインを使用しているかどうかはすでにわかっている。これだけ経っても何の変化も起こらないなら、男はラインを使用してはいない。
 男は差し出された左足にも躊躇わずくちびるを寄せた。何かの期待に火照った肌に、熱い吐息が吹きかかる。つま先と足首を支える掌が熱い。
 いつの間にかアキラの息は不自然に上がっていた。久々に感じる他人の熱とくちびるの感触。足首を支えた掌が、細く締まったふくらはぎを撫でる。男のくちびるは丹念に傷を辿り、いつの間にかそれ以上の情熱を持って皮膚の上を這いまわった。それはすでに愛撫といえる仕草であり、男の舌はいつしか傷の無い皮膚の上を辿っていた。

「ぁ………………」

 男の舌が中指と薬指の間を辿ったとき、堪え切れずにアキラは声を漏らした。甘く鼻にかかった、男を誘う声音。シキ以外には聞かせたことの無い声は、自分でも驚くほどに淫らだった。
 その声がきっかけになったように男の動きが止まる。肩で息をした男が顔を上げる前に、アキラは素早く男の手から左足を引き抜いた。だがそれは彼の拒絶ではなく、アキラはベッドの中央に移動すると、荒い息をついたままその身を投げ出した。
 いつに無い高揚感が身体を駆け巡っている。耳元で脈打つような心臓の音。それをかき消すようにベッドが軋み、男が覆いかぶさってくる。

「あっ…………!」

 噛み付くように首筋に口付けられ、アキラは喜びの声を上げた。逞しい男の身体が押し付けられる。むしるようにシャツを剥ぎ取られ、露になった胸を大きな手が荒々しく這い回る。屈強の男を跪かせ、その足を舐めさせるという行為に、暗い愉悦を感じたアキラの身体は顕著な反応を示していた。だから男の手が慣れぬ動きで下腹部を蠢き、脚の間を探り当てたとき、すでに濡れそぼっていたくぼみは喜んで男の指を咥え込んだ。

「あっ…………はぁ……」

 情熱的にくちびるを貪られ、シキ以外誰も知らない最奥を探られて、アキラははしたない声を漏らす。本来は理性的なはずの男が我を忘れて自分を求めるのが嬉しく、何よりシキを欺いているという背徳感が彼を燃え立たせた。
 シキはアキラを所有物と言った。だがどうだろう、その所有物は今、彼の部下を誘惑し、咥え込もうとしている。結局シキは、アキラを全て自分の思い通りになどできはしないのだ。

「ん……はやく…………」

 深い口付けを交わしながら待ちきれずに腰を擦り付けて、アキラはとびきり甘い声で男にねだる。男は生唾を飲み込み、性急にアキラの腰を掴み寄せた。

「あっ、ああっ…………!」

 見知らぬ男の情熱が猛り狂って進入してくる。初めての熱量に、アキラの背はシーツの上でしなった。脚の付け根が軋むほど開かされ、男の欲望を飲み込む浅ましさに、アキラは自身が大きく脈打つのを感じた。シキではない男に抱かれることが、これほど自分を昂ぶらせる。それが何故なのかアキラにはわからない。
 逞しい男に揺さぶられながら、恍惚とした表情でアキラは男を見上げている。猛々しく突き上げられ、強い刺激が身体中を犯す。陶酔と恍惚感に我を忘れながら、アキラは自分を抱く男の整った顔立ちに、シキに似た面影を見つけていた。







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