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 男との関係はそれで終わりではなかった。熱病のような興奮が過ぎ去って冷静さを取りもどしたとき、男は自分の犯した過ちに蒼白となって狼狽した。彼の尊崇する王から直々に警護を任された相手と、一線を越えてしまったのだ。
 暴力が支配するこの世界で、珍しくも誠実さを持ち合わせていた男は哀れなほど自分を責めた。明らかに誘惑したのはアキラであるのに、それを決して口にせず、自分の心の弱さを悔いる男に、アキラは心を動かされた。そして彼は頭を抱える背中に寄り添い、お前は悪くないと囁いた。
 仕方がなかったのだと優しく言葉をかけるアキラを男は振り返った。彼が先ほどよりも少し幼く見えるのは、髪が乱れたせいか、それともアキラを信頼して無防備な部分を曝け出しているせいか。そう思うと愛しくて、アキラは男の共犯者であることを喜んだ。
 優しい言葉をかけて寄り添うアキラを、男は思わずと言った態で抱きしめた。尊崇する王の愛人をできるだけ敬して遠ざけようとしていたが、彼は本当はずっとアキラのことが気になっていたのだ。それはおそらくアキラを見たことがある人間ならば誰もが抱いてしまう暗い欲望であったが、男はそれを恥じて否定し続けていた。だがアキラの肌に触れて、声を聞いて、我慢をすることが出来なくなった。こうしてその身体を抱いてしまった今、王を裏切った後悔はしていても、それでも貴方を愛している、と彼は囁いた。
 アキラを強くかき抱きながら搾り出すように囁かれた言葉に、アキラは感動して男の身体を抱き返した。そんな風に誰かに想われたことなどアキラは初めてのことで、このことが知れれば間違いなく死刑が待ち受けているにも拘らず、愛を囁く男を心底愛しいと思った。だからアキラも男を愛していると言ったし、それは偽りではなかった。
 こうして男とアキラの関係は二人だけの秘密となった。そのためシキの不在の残り六日間は、アキラにとって心踊るものとなった。
 自分を心底愛して労わってくれる相手がいるということが、これほど幸福なことだとは知らなかった。男はシキが与えてくれなかったものを全てアキラに惜しみなく与えてくれる。自由だけはどうにもならなかったが、それでも二人でいられればアキラには充分だった。
 男はアキラの警護を任されている以上、傍に寄り添っていても不自然ではない。そのため、アキラが何かにつけて男を呼び出しても、誰も不審には思わなかった。むしろ、足が痛むと気まぐれに従わされる男を、気の毒にさえ思ったことだろう。だが実際には男は夜な夜なアキラをその腕に抱き、至福のときを過ごしていた。
 シキが戻ってからも二人の関係は続いた。遠征から戻ったシキは真っ直ぐにアキラの元へやってくると、無表情の彼を抱きしめて変わりは無いかと囁いた。もちろんアキラは無言でそれをやりすごし、相変わらずのアキラの反応にシキは微笑を浮かべた。
 アキラの警護を任されていた男はシキに労われたとき、ほんの一瞬表情を曇らせたが、恭しく頭を下げることでその微妙な変化を押し隠した。男はアキラの足の怪我を自己の不手際と謝罪したが、シキは彼を咎めなかった。

「どうせこいつが無茶をしたのだろう」

 抱き寄せたアキラの肩を撫でながら、さも愛しげにシキは言う。彼の口元に浮かぶ酷薄な笑みを無感動に見上げるアキラを、気遣わしげに男は見やったが、王の寛大な言葉にいたく感動したのか、深々と頭を下げて退室した。
 その夜、シキはアキラを抱いた。十日ぶりに、いつもより激しく。
 強引に身体を繋げられながら、アキラは以前より自分が過敏なまでにシキを感じていることに気が付いていた。

「どうした、そんなに恋しかったか?」

 さも愉快そうに笑うシキの言葉に甘い声を上げながら、しかし内心でアキラはシキを嘲笑っていた。この男は何も知らない。アキラがこの十日間で、どれほど変わってしまったかを。
 アキラはすでにシキだけのものではない。この身体は他の男を知り、愛し合うことの喜びを知った。所有物だの支配者だのと偉そうなことを言いながら、結局シキはアキラを手に入れることに失敗したのだ。そう思うと愉快でたまらず、シキに抱かれながらアキラは実際に笑い声を上げた。愚かな男の執着など、何ほどのことも無い。
 久々の行為の中で、酷く上機嫌なアキラを抱きながら、シキは不敵な微笑を絶やすことは無かった。






 シキの帰還で男との逢瀬は回数こそ減ったものの、その分密度を増したようにアキラは思う。シキのいる間は二人は滅多に口をきかない。どころか、顔を合わせることさえ稀であった。その分、シキの目を盗んで抱き合えたときの喜びは何十倍にもなった。
 男はシキの遠征後もそのままアキラの直属の護衛となった。それだけシキの信頼が篤いということだろう。どうやらシキは男が殊の外お気に入りであるらしく、何かにつけて彼を優遇した。なるほど、ほとんど誰とも口をきかないアキラでさえが、シキの右腕と呼ばれるのを知っていたわけである。優遇されている男は有能であり、ラインを使用していないという事実からも、多くの人間から羨望や嫉妬を一身に受けていたのだ。
 シキは遠征や視察で城を空けるときは、必ず男にアキラを託した。その信頼を寄せられるとき男は良心に呵責を覚えるようであったが、アキラは好都合だと喜んだ。シキの傍にいながらその目を盗んで視線を交わしたり、すれ違い様に指先を触れ合わせるのは楽しかったが、やはり二人きりで過ごす時間には及ばない。シキの寝室で、ベッドで抱き合いながら愛を交わすことの喜び。誰にも知られてはならない秘め事は、アキラの無為な生に鮮やかな色彩を添えた。
 あの暴虐の王が、自分が裏切られていることを知らない。そう思うとアキラは愉快でたまらなかった。シキがもし、アキラが誰か他の男に抱かれていると知ったらどうするだろう。そのときのことを思うと、アキラは男との行為に更なる興奮を見出した。
 シキに似た面差しの背の高い優しい男。彼が似ているのは整った顔立ちだけで、その他はどこをとっても似ている箇所などは無い。彼との情交は、アキラを満たしてくれる。シキは気まぐれに泣きたくなるほど優しくアキラを抱くことがあるが、それとも全く違う。それは男がアキラを心底愛していて、労わりを持って接してくれるからだろう。シキのそれは確かに愛情ではあったろうが、あまりに一方的過ぎて、執着との差異は定かではなかった。
 アキラは男を愛している。彼はそう信じていたし、事実それは錯覚ではなかっただろう。だがその愛情が男から向けられているものとは違う種類のものであることにアキラが気付くのは、そう遠い未来のことではなかった。






「もう耐えられない!」

 男がそう訴えたとき、アキラには何のことか理解できなかった。それは水のぬるみはじめる春先のこと。城に監禁されているアキラを哀れに思った男が、季節の草花を寝室に飾るよう配慮してくれたために、季節の移ろいがわかるようになった春のことだった。
 貿易港の視察にシキが出かけ、久々に二人切りになったときのことだった。アキラが喜んで男を寝室に招きいれ、ベッドの上でその逞しい身体にしなだれかかると、男は彼の身体を抱きしめながら呻くように囁いた。

「こんな、王を裏切り続けるだなんて……」

 男はアキラを抱きしめながら苦悩するように呟く。彼はもうずっと長い間悩んでいた。尊崇する王の信頼を受けながら、それを裏切る行為を続ける自分。なまじ誠実であるだけに彼の苦悩は深く、だからといってアキラとの関係を絶つことはできない。
 自分を抱きしめる男が憔悴していることをアキラは以前から知ってはいたが、仕方が無いことだと諦めていた。それはそうだろう、まさか二人の関係を暴露するわけにはいかないし、シキがアキラから興味を無くすことは永遠に無いだろう。そうとなれば別れることが出来ない以上、二人の安全のためにも沈黙するしかない。
 そう宥めるアキラに、しかし男は首を横に振った。彼は苦渋に満ちた声で囁きかける。確かに男はアキラを何よりも愛しているが、これ以上王の傍で裏切りを続けることも出来ない。だからどうか、一緒に逃げてほしい、と。
 男が告げた言葉にアキラは驚愕して身を離した。彼は大きく見開いた目で若い男を見上げる。一体何を言っているのだろう、この男は。しかしその真摯な眼差しは決して嘘や冗談を言っているようには思えない。では本気なのか。
 正気ではない。

「何を莫迦な…………」

 くちびるをついて出た言葉は冷ややかで、アキラは酷く冷酷な気分で男を見つめた。
 何を血迷ったことを言い出すのだろう、この男は。逃げるだと? 莫迦莫迦しい。そんなことをして何が楽しいのだ。どこへ逃げて何をしようと言うのだ。シキから逃げられるわけが無い。すぐに捕まって、殺されるのが関の山だ。いや、それ以前に、シキのいない世界でこんなことをしてどうするのだ。二人の関係はシキという存在がいるからこそ成り立つのであって、シキがいなければ二人の間の絆など無意味に等しい。
 このときアキラははっきりと自覚した。彼は男を愛してはいない。男への愛は最早冷え切って消滅した。そして男は、以前ほどシキに似ているとは思えなかった。

「くだらない」

 冷厳と言い捨てたアキラに男は驚いて説得を試みる。彼はアキラの変容に気付いたのだろう。焦った男はアキラの肩をかき抱いて必死になって語りかけた。だがそれも虚しい努力だ。最早好き嫌いの問題ではない。アキラは男の言葉には耳を貸さず、どころか邪険に腕を振り払おうとした。
 愛しているのだと叫ばれても、もうアキラの心には届かない。そんなもの、犬にでもくれてしまえ。
 二人の間には越えがたい溝が生じ、哀願や説得は苛立ちや焦燥に取って代わった。突然のアキラの変容に驚き、絶望し、激昂した男はついに手を上げた。彼の人生を破滅させ、輝かしい未来を奪い、それでも尚アキラだけはシキに許されるだろう。自分から誘ったくせに、あれほど愛を囁いたくせに、この期に及んで裏切るとは……!
 初めて男に殴られ、視界の隅に明滅する光をアキラは見た。それが殴打による衝撃でおこった幻覚だと認識する前に、男はアキラを押し倒そうと試みる。このままでは何をされるかわからない。恐怖よりも怒りの勝ったアキラは憎悪を湛えた瞳で男を睨み、渾身の力をこめて抵抗を示した。

「やめっ…………!」

 しかしアキラの抵抗も虚しく、男は易々と華奢な身体を組み敷いてしまう。激昂した男は怒りに我を忘れ、暴力的な欲求の赴くままにアキラを犯した。

「くっ…………ぁ……」

 両腕を拘束され、無理矢理に脚を割り開かれ、何の準備も無いまま犯される。シキ以外の人間に初めて受ける恥辱に、アキラは全力を持って抵抗した。それがつい先ほどまで深く愛していると信じていた相手とはとても思えない。所詮男の愛情も誠実さも、その程度のことだったのだ。こんな愚かな男に少しでも好意を持っただなんて、考えるだけでおぞましい。
 口を塞ぐ手に噛み付き、手足を振り上げて抵抗するアキラ。だが、体格はおろかすべてにおいて力の劣る彼に勝ち目は無い。滅茶苦茶に突き上げられながら、怒りと恐怖に嘔吐感を覚え、アキラは生理的なものだけではない涙をこらえるために強く目を瞑った。
 ふと、男の動きが止まった。
 不自然な間に、アキラは恐る恐る目を開く。頭上には自分を見下ろす男の顔。だが何故か男は目を見開き、だらしなく口を開けたまま固まっている。そして影となった男の首に、あるはずの無いものが生えていた。青白く光る、美しい刀剣の切っ先。

「……………………」

 ぐらりと男の身体が揺れた。バランスを失った身体は力なくアキラの上に倒れこみ、必死でもがいてアキラは男の身体の下から這い出そうと試みる。そして彼は、最早動かなくなった男の肩越しに、背の高い男のシルエットを見た。

「死体に犯される気分はどうだ?」

 刀に付いた血を一振りでなぎ払ったシキ。彼は口元に嘲笑を浮かべ、真っ直ぐにアキラを見つめる。薄く笑みを浮かべた彼は美しく、アキラは目を離すことが出来なかった。






 広い寝室の中に暴力の音が響く。穢れたベッドの上で、アキラは髪を掴まれ、容赦の無い殴打を全身に受けていた。

「げほっ、ごほ…………」

 アキラが血を吐いてもシキは暴力を振るう手を止めない。刀を捨て、手袋を取り去った滑らかな素手で、シキはアキラの顔面を殴打する。

「どうした、好きなだけ楽しんだのだろう」

 ならばその分、返してもらわねば。シキは笑いながらアキラの頬を張り飛ばした。彼の目元は腫れ上がり、くちびるは切れて顔中に血が滲んでいる。下半身をむき出しにされた身体には痣が広がり、強く掴まれたせいで抜けた髪が散らばっていた。
 視察に出たはずのシキが何故ここにいるのか。いつの間に戻ってきたのか。そもそも、彼は二人の関係にいつから気付いていたのか。多くの疑問が去来してはアキラの頭の中から消え去っていった。そんなことはもうどうでもよかった。今のアキラにとっては、シキと、彼から加えられる暴力が全てなのだから。
 ベッドに倒れこんで荒い息をつくアキラを、さも愉快そうにシキは見下ろしている。彼はいっそ愛しげな所作でアキラの肌を辿り、一方的な暴力に反応を示す彼自身を握りこんだ。

「そんなに男が好きなのか」

 それならばいっそ、お前のこれを切り取って、突っ込んでやろうか。
 耳元にくちびるを寄せて甘く囁くシキの言葉に、アキラは身震いして残虐な王を見つめた。だがそれは恐怖からではなかった。
 アキラは嬉しかった。シキにそうされるなら、今すぐにでもして欲しかった。彼の手でそうされる場面を思い描くと、敏感な部分は喜びに硬く熱くなった。
 手の中の淫らな器官の反応に、シキは蔑むように微笑する。彼の作り上げた愛玩人形は、思い通り完成した。残忍で冷酷で、誰もが目を覆うほど艶かしく。
 シキは優しげな手つきでアキラの髪を撫でてやる。呼吸の治まったアキラは陶酔したような瞳をシキに向け、幸せそうに微笑んでいた。

「あいつと何をした?」

 楽しかったかと問うと、アキラは微笑を深めた。今も部屋の隅に転がる死体。誠実で有能で、小賢しい目障りな男。その能力より善良さの勝る男をシキは軽蔑していた。理性が勝り、シキへの尊崇のみで行動し、ラインには手出ししない男。最も危険な種類の人間だ。男はどうやらシキに信頼を寄せられていると勘違いしていたようだが、それは違う。彼は最も危険な、最も愚かしい人間を、傍に置いて監視していたのである。
 シキが欲したのは誠実さや忠誠心ではなく、彼の地位を脅かすほどの力と反逆心だ。シキは国を統治することになど興味は無い。だが最高権力に座していれば、いつか誰かが彼に歯向かってくるだろう。ラインの力を頼りに、自分を引きずり落とそうとする敵こそが彼の望むものだった。男のような存在は論外だった。
 だが退屈しのぎには丁度良く、男はシキの仕掛けた罠にまんまと引っかかった。いささか拍子抜けするほどに。
 そしてアキラもまた……。

「あの男とどんなことをした?」

 傲慢な支配者の微笑を浮かべたまま、シキは再び問いかける。やって見せろと命じると、アキラはふらつく身体をどうにか起こし、鼻から流れる血を破れかかったシャツで拭ってベッドから滑り降りた。彼は絨毯の上に膝を付くと、ベッドの端に腰を下ろしたシキの靴を、慎重な手つきで脱がせ始めた。
 アキラの行動を察したシキは優雅に長い脚を組む。むき出しになった足を、骨董品を扱うような手つきで捧げ持ち、アキラはそっとくちびるを寄せた。
 シキの足は白く滑らかな皮膚をしていて、夢中になってアキラは彼の足を舌で辿った。指を一つ一つくちびるで包み、余すところ無く舐めつくす。いつの間にか興奮に息が上がり、嘲弄を含んだ赤い視線に晒されていることが酷く嬉しかった。
 アキラは懸命になってシキの足を舐める。もう片方の足も露出させ、清めるように舌を這わせる。指の付け根も、くるぶしも丹念に舐め尽し、足首を吸うころには下半身が疼いて苦しいほどだった。

「あ…………シキ……」

 何もせずとも立ち上がった自身に、アキラはシキに懇願する。自分の脚に縋って腰を擦り付けるアキラに、侮蔑を込めた微笑をシキは向けた。あの男に好き勝手蹂躙された身体。そろそろ清めてやってもいいだろう。
 シキは手を伸ばしてアキラの髪を掴み、ベッドに引きずり上げる。髪を掴まれた苦痛にアキラは呻き、成すがままにベッドに横たわった。
 青黒い痣の浮いた脚を開かせ、シキはアキラを犯す。苦痛と狂喜にアキラは悲鳴を上げ、必死になってシキの身体にしがみついた。
 シキは容赦なくアキラを犯す。部屋の隅に転がった死体が二人の交合をうつろな目で見つめていた。
 見られている。それがまた嬉しくて、アキラは猛々しいシキの行為に夢中になった。首を齧られ、血が滲み、苦痛だけではない刺激が全身をめぐる。シキは笑い、尚もアキラの顔を殴りつけた。
 振り上げられては降ろされる拳に目も眩む暴力を受けながら、アキラはそれが幸せでならなかった。より強い苦痛を与えられれば与えられるほど、彼はシキの執着と他に類を見ない強固な愛を確信した。アキラはシキに、何より深く愛されていたのである。






 あの日以来シキとアキラの関係は変容した。あれほど頑なにシキを拒否し、感情を消し去っていたアキラは、シキの執着と捻じ曲がった愛情を受け入れた。彼はあけすけに閨の中での行為をシキにねだるようになり、溶け合うことを望むようになった。
 かつての硬く克己的であった凛とした雰囲気は完全に消え去り、変わって艶めいた淫らな雰囲気を纏うようになった。アキラは常にどこか遠いところを見ているような視線でシキを追い、彼の寵愛を受けることを何より喜んだ。
 しかしアキラの変容はそれだけではない。彼は退屈を感じるようになると、誰彼構わず誘惑するようになったのだ。それは年齢や性別、どころか容姿の美醜さえ関係無かった。
 アキラは面白がって周囲の人間を誘惑し、堕落した彼らが破滅していくのを見て何より楽しんだ。人の心の何と面白いことだろう。どれほど理性的でどれほど倫理観の強固な人間でも、アキラの誘惑に打ち勝てる者はいなかった。もし彼の誘惑に乗れば、死が待っていることなど百も承知であろうに。
 アキラが多くの人間を誘惑し、破滅させていることをシキは知っていた。知っていて彼の好きなようにさせていたのは、シキには絶対の自信があったからだろう。アキラは決してシキを裏切らない。裏切ることが出来ない。彼は身体の細胞の一つ一つまで全てがシキのものだった。そして所有されていることをアキラはこの上ない幸福と感じている。それは疑いようの無い事実だった。
 しかしだからと言ってシキは、アキラの恐ろしい遊びを放置し続けたわけではない。中には思い上がってアキラを手にかけようとする輩も出てくるだろう。だからできるだけ早く、シキはアキラの遊戯相手を処分した。そしてその度にシキは、アキラが誰のものであるかを教え込んだ。
 シキはアキラを打ち、殺す寸前まで痛めつける。悲鳴を上げて許しを乞い、泣き喚いても許さずに、拷問に近い方法で彼を抱いた。犯すことと抱くことに差異は無く、そうされることを何よりアキラは喜んだ。
 身を持って体感するシキの執着心や嫉妬が、自分を愛しているが故なのだとアキラに知らしめる。シキに殴られるたびに彼は愛情を確信し、幸福感に陶酔した。首を絞められ意識を失う寸前に達し、そうして欲望を注ぎ込まれるときのあの恍惚! 達する瞬間のシキの美貌の歪む様が、アキラを絶えず興奮させる。そして過酷なまでの暴力を振るったあとのシキは、酷くアキラに優しい。

「お前がいけないのだ。あんなことをするから」

 アキラの傷を自ら手当してやりながら、鮮やかな毒のような甘美な言葉を注ぎ込むシキ。その手つきが優しくて優しくて、もう一度感じたいとアキラは男を誘う。
 シキの執着を感じたい。彼の愛情を独り占めにしていたい。そのために幾らでも誘惑を繰り返すアキラ。それをわかっていてシキは笑う。

「お前は俺の所有物だ。お前は俺の無い世界では生きられはしない……」


 疲労のため睡魔を感じて眠りに落ちかけるアキラに、シキは言い聞かせるように囁く。それは彼の哲学であり、宗教であり、そして真実だった。







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