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 どのくらい季節が移ろったのか。ただシキとの世界にのみ生きるアキラには最早わからなかった。わかりたいとも思わなかった。シキさえいれば他など全て、取るに足らないことなのだから。
 アキラは一人目覚めた寝室が寂しく、窓辺に椅子を置いて中庭を見下ろした。普段は殺風景な中庭は、今は多くの人間でひしめいている。能力測定を兼ねた月に一度の実践試合の日なのだ。
 アキラは硝子に額を預けて中庭にシキの姿を探した。彼は中庭に設置された専用の櫓席から兵士たちの戦いを見下ろしている。アキラはほとんど表情の窺えないシキの姿を眼で捉え、嬉しそうに微笑んだ。
 この世にあれほどアキラの心を捉える人間は他にはいない。シキは奇跡の存在だ。アキラにとって文字通り、シキは世界の全てだった。
 彼がアキラに囁くとおり、アキラはシキ無しでは生きていけない。生きていたいとも思わない。この世のものが意味を持つのは、シキが存在しているからこそだ。
 彼はアキラの神だった。存在の是非を問うようなものではなく、この世界の全てが彼に帰結していた。
 しかしアキラは知っている。シキにとっては、アキラこそが世界の全てであることを。
 シキの世界においては、アキラこそがその根幹を成している。この世界はアキラがいるという前提のもとに構成されており、彼にとってはアキラが唯一絶対の神だ。アキラの無い世界は無い。だからシキはアキラのいない世界には生きられない。アキラがシキのいない世界に生きられないのと同じように。
 シキは恐らくアキラが自分を裏切ることは絶対に出来ないと思っているだろう。アキラはシキを愛していて、それを失うことほど恐ろしいことは無い。それに例えどんなにアキラがシキを拒否したところで、彼の掌から逃げ出すことは叶わないのだから。そしてそれは真実だとアキラは考えている。
 だがそれでも彼は知っていた。この世に唯一つだけ、シキを裏切る方法があることを。そしてそれは、どんな手を尽くしても、シキには止めることのできないアキラだけの特権なのだ。
 アキラだけが有するシキを裏切るその方法とは、実に簡単なことだった。アキラが死ねばいい。ただそれだけのこと。方法は問わず、しかしシキ以外の手にかかって。
 そのときシキがどうするか、見られないのは残念だが、彼がどんな行動を取るかなどアキラには手に取るようにわかる。彼は怒りのあまり、全世界を滅ぼし、崩壊させるだろう。自分を裏切ったアキラに激怒し、その死体を八つ裂きにし、喰らい尽くすかもしれない。自分を置いてどこか遠いところに行ってしまったアキラを、今まで以上の愛情を持って憎悪し、自己を崩壊させるまで彼の怒りは止まらない。それがわかっているからこそ、アキラは嬉しくてたまらないのだ。
 アキラはシキに囚われている。だがシキこそが、アキラに囚われている。そして恐らくシキは、そのことを知っている。
 恍惚とした笑みを浮かべて中庭を見下ろすアキラの視界の中で、不意にシキが振り返った。彼はまるでアキラがそこにいて自分を見ていることを初めから知っていたかのように、迷い無く真っ直ぐにアキラを見つめた。彼はアキラと眼が合うと、口元に酷薄な微笑を浮かべた。遠い距離を隔てているのに、アキラはシキの瞳に紫の影が閃くのを確かに見た。
 その微笑のあまりの美しさに、身体の中から愉悦の炎が立ち上るのを感じて、アキラは秘めやかに微笑む。彼は無意識にくちびるを開き、

「愛してるよ、シキ…………」







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〔END〕







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