冬の葬列






 秋から冬へと移行したその日は、ただ風だけが冷たい曇り空だった。
 広い墓地を横切って行く葬列。その列が短いのは、死者の人望の薄さではなく、不幸な時代の所為である。すでに恐怖は去ったとは言え、このようなときにこれほどの人数が集まることのほうが稀有であろう。故意に口を閉ざした人々が担いだ棺の数は二つ。しかしどちらも朽ちるべき身体はすでになく、ただ空虚な想いだけが詰め込まれている。
 今、あの中には一体何があるのだろう、とリーマスは人々の群れから少し離れた場所に立って思った。欠片すら残らなかった愛すべき人々は、何処へ行ったのだろう。あるいは今この瞬間だけは、あの中にその身を横たえてはいまいか。衝動はだが、彼を突き動かすほどのものではなかった。
 葬列は丘の中腹で止まった。見上げる空にはただ灰色が広がり、管理者の絶えて久しかった丘は、草もすでに枯れ果てている。慌てて手入れをしてはみたものの、緑を甦らせるには季節が悪い。世界はモノクロームに満ちている。
 人々は手にした花を地中に下ろした棺の上にそっと投げ落す。その列の進みは遅く、死者に対する人々の哀惜の念が知れた。
 列の後ろに並んだリーマスは、ただ無感動に人々を眺めた。ヴェールの下でハンカチを当てる者、人目もはばからず嗚咽を漏らす者もいる。誰からも愛され、誰よりも愛された二人は、もう二度と彼らを振り返らない。余りにも大きすぎる損失は、世界が終わるほどの悲しみで洗い流される。
 それでもリーマスが泣くことは無いだろう。ただ無表情に彼は喪服の列を眺め、無機的な動作で歩を進める。幼い頃に還ってしまったように、彼の表情は何も浮かべない。せめて雨でも降ってくれれば、泣いているように見せてくれたかもしれないのに、とリーマスは空を見上げた。もしかしたら、頬を伝う水の感覚に触発されて、本当に涙することもできたかもしれないのに。
 どこか感覚の途絶した身体はただ無意識に差し出された花を受け取る。指先の感覚が鈍く、見えているのに視野が狭い。目には映っていても、それが何か知覚することが困難だ。目の前を歩く背中に見覚えはあっても、振り返った顔を判別することは出来ない。だがそれは満月が近い所為ではなく、喪失の巨大さのなせる技であったろう。
 黒い地中に下ろされた棺は、すでに多くの花によって彩られていた。二つ並んだその穴を見て、リーマスは緩慢に首を傾げる。あれほど仲の良かった夫婦なのに、埋められるときは一人づつ。何故同じ穴ではいけないのだろう、何故同じ棺ではいけないのだろう。離れ離れにしてしまうのは、可哀相ではないだろうか。
 花を手にしたまま半分伏せられた眸で二つの棺を眺めやるリーマスの姿に、人々は更に涙を誘われた。生前の彼らの関係を思い起こせば、そうならざるを得ないだろう。可哀相な二人。そして残された一人。
 リーマスは黙って花を棺に落す。二つの棺には、彼にとって世界の全てが詰まっている。世界に拒否されたリーマスを、呼び戻してくれた彼らなのだから。
 沈黙を守る二つの棺。そしてここにいることは出来ない一人と、ここに入ることになるかもしれない一人。彼らはリーマスにとって文字通り世界の全てであった。それらは小さな一片を残して消えてしまった。箱に残されたのは、最後の希望だけ。
 再び列を離れたリーマスは、所在無げに離れた場所に立つ。死者を悼むための黒い服。手向けの花は白い百合。やはり世界に色彩は無い。それでも本当はこの世に白と黒は存在しないのだという。ならばこの世界こそが幻なのであろうか。自分がいる世界の方が幻なのではないだろうか。そうであるならば、どれほどいいか。
 リーマスは切り離された世界に、ただ一人佇んでいた。






 夢を見た。淡い色彩の柔らかな世界。向こうの方で友人の夫妻が、まだ小さな息子をあやして緑の芝生の上に座っている。赤ん坊の甲高い笑い声。その傍に不器用に赤ん坊を抱き上げようとする友人がいる。何だ、皆やっぱり元気じゃないか。
 そう嘆息した彼の肩を誰かが叩いた。振り返る間も無くすれ違う背中は、広く安心感を抱かせる。その彼は少し先で振り返り、何やってんだお前、と不思議そうに口を開いた。早く来いよ、と手招く恋人に、彼は苦笑して歩き出す。相変わらずな彼ら、そして相変わらずな自分に。
 漸く追いつくと悪戯っぽく笑って彼はキスをくれた。頬に触れるその感触に彼は笑い、泣きそうなほどの幸福感を覚えた。






――――そんな悲しい夢だった。






〔END〕





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