■□■ 階下の住人 □■□






 冬の夕暮れは早い。まだ十八時を回っていないにもかかわらず、すでに真っ暗になった帰り道、並んで歩いていた了平が言った。

「うちに寄っていかないか」

 家族がお前に会いたがっているから、と。
 相変わらず物憂げな雲雀は足を止めることさえなく前を向いたまま口を開いた。

「どうして?」

 それは『何故家に寄らねばならないのか』ではなく、『何故家族が会いたがっているのか』という問いかけだった。
 主語を省略する彼の独特の話法に慣れきっていた了平は正しくそれを理解した。

「オレがお前の話ばかりするからだ」

 了平も立ち止まることなく並んで歩く。一番星はとうに空にきらめき、通学路は道半ば。
 しばらく黙っていた雲雀はやはり独白のようにつぶやいた。

「……そう」






 息子がうわさの友人を連れて帰宅すると、笹川家は大騒ぎだった。それもプラス方面の騒ぎで、母親は雲雀を夕食に誘い、妹は喜んで父親に早く帰るよう電話をかけた。

「……あれが君の妹」

 通された了平の部屋でようやく喧騒から抜け出した雲雀が言った。母親が作ったというみたらし団子を盆に載せて戻ってきた了平は、相変わらず唐突な雲雀の言動にいちいち驚いたりはしない。

「ああ、似ていない兄妹だと評判だが、確かにオレの妹だ」

「……そうでもないよ」

 了平のベッドに腰を下ろした雲雀は、壁際のサンドバッグを眺めながら呟いた。

「そうか?」

 ローテーブルに盆を載せながら了平は首を傾げた。雲雀の言うことはいつも他人と違う。
 その雲雀はどこか遠くを眺める眼差しをやめずに微かに頷いた。

「価値判断の基準が独特だし、それに」

「それに?」

「人の話を聞かない」

 雲雀の断言に了平はぽんと手を打った。

「なるほど」

 了平は笑い、お前がそう言うならそうなのだろうな、と付け加えた。
 いつものことだが、了平は雲雀の言うことを疑わない。たとえ宇宙人にさらわれたことがあると雲雀が言い出したとしても、了平は信じるだろう。彼の信頼は何故か絶大だ。
 不可思議な男だと思う。雲雀はのんきに団子を薦める了平を見て思った。
 了平は雲雀を恐れない。それは妹も同じだった。彼らは何故雲雀が恐ろしくないのか。
 父母の教育のせいだろうか。それとも生まれ持った資質か。あるいはその両方か。
 雲雀は気だるげに首を傾けて閉ざされたドアを眺めた。
 階下では了平の母親が料理を作り、妹がテレビを見ている。先程電話をした父親もそう遅くならずに帰宅するだろう。
 これが了平の世界。雲雀の入り込む隙の無い世界だ。
 雲雀はどこか上の空で了平を呼んだ。

「了平」

「む?」

「しようか」

 麦茶で団子を流し込んでいた了平は雲雀を見つめた。ベッドの上の彼は弛緩した様子でドアのほうに視線を投げかけている。雲雀はゆるりと首を回し、了平を見た。
 了平は一度口を開いたが、何も言わずに立ち上がった。テーブルを迂回してまっすぐベッドへやってくると、雲雀の隣に片ひざをついた。
 了平は両手を伸ばし、雲雀の肩を掴んだ。そのままやんわりと力を入れると、わずかな抵抗も無く雲雀の身体はベッドの上に倒れこんだ。







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