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夕食は鍋物だった。急なことだったので寄せ鍋になったが、父親が喜び勇んでカニを購入して帰宅したため、かろうじて海鮮鍋と言えるかも知れない。
雲雀は何食わぬ顔をして笹川家の食卓に混じった。
先程のことがあるからか了平はいつもよりいささか口数が多かったが、家族の誰も気にしていないようだ。それはそうだろう、家族全員がそれぞれ勝手によくしゃべる。おそらく誰の話も聞いてはいない。ならば息子の口数が少しくらい多くとも、誰も気にしないわけだ。
夕食後、遅くならないうちに雲雀は笹川家を辞した。あまり遅くなると親が心配する、と言われて引き止められるわけがない。
実際には雲雀の家にこの時間に親がいることはめったに無い。彼らはそれぞれ忙しく、そのことを雲雀は特にどうとも思っていなかった。
「ロードワークがてら送ってくる」
そう言って了平も一緒に家を出た。彼は雲雀の両親が不在であろうことを知っている。道すがら了平は済ました顔で隣を歩く雲雀に声をかけた。
「迷惑だったか?」
殊勝な了平の言い草に雲雀は振り返った。彼はとかく群れるのを嫌う。そのくらいのことは当然了平だって知っている。それなのに家に誘ったことが迷惑だったのではと心配になったのだ。
しかし雲雀はすぐに前を向くといつもの抑揚の薄い声で応じた。
「いや」
興味深かった、と。
何がだろうと了平は不思議に思ったが、口に出す前に雲雀は答えをくれた。
「君の家族。よく似てた」
顔立ちもそれぞれに、そして性格も。
雲雀の表情は変わらないが、何か思うところがあったのかもしれない。彼の表情は薄いけれど、雰囲気や態度でそれとなく了平は悟った。
了平は一度だけ雲雀の母親を見たことがある。息子に面差しの似た、とても明るい女の人だった。
あれほどの大邸宅に住んでいるにもかかわらず、気さくで親しみやすい人だった。息子が家に人を呼んだのは初めてだと、楽しそうに笑っていた。
雲雀が笑ったらあんな風なのだろうかと了平は思った。だからそのとき、素直に母親に似ていると感想を述べた。
すると雲雀は父親のほうが似ていると答えた。ただしそれは彼の主観ではなく、親戚や周囲の人間の客観的な意見なのだそうだ。
「塩基配列が似ているからね」
顔立ちが似ていて当然だと雲雀は答えた。
雲雀の言うことは了平にはいつもよくわからない。自分の頭があまりよくないことを自覚している了平はそれに関して何も言わなかったが、常に感じていることはあった。
雲雀はいつもどこかつまらなさそうだ。
彼はよく『興味が無い』と口にした。実際そうなのだろう、雲雀は大抵の物事に心を動かされない。
雲雀という少年は孤独というより孤高、無我というより虚無、冷酷と言うより無関心なのだと感じてはいても、了平の数少ない語彙では言い表せないでいた。
もともと考えるより身体を動かすほうが好きなタイプの人間だ。こんなとき自分の性質が少しだけ了平は恨めしい。
ふと気づくと雲雀の家の門までやってきていた。
伝統的な日本邸宅の門は硬く閉ざされており、その向こうに見える屋敷に明かりは灯っていない。
「じゃあ」
雲雀は無感動に言うと、踵を返した。
「ヒバリ」
言葉を発するのと同時に了平は雲雀を抱き寄せていた。本人でさえ思いがけない行動なのだ、雲雀もやや目を丸くしている。
「……珍しいね」
言いながら雲雀はわずかに首を傾けて了平の肩に頭を凭れた。絞り込まれた筋肉の硬い弾力。
了平はむうとかううとか言いながら尚更強く雲雀を抱きしめた。
「別れ難くてな」
暗闇にまぎれてわかりにくいが、了平の表情は困ったような怒ったような、少し照れたものだった。
雲雀は透明な視線を了平の肩越しにどこかへ飛ばし、ぽつりと呟いた。
「……僕もだ」
〔おわり〕
〔comment〕
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