■□■ 機械人形 □■□






 まだ風が身を切るように冷たい冬のことだった。研究所の無機質な廊下を歩きながら、源泉は誰に憚ることもなく盛大なあくびをしていた。今日は彼の口うるさい上司が上層部への研究報告で出かけているため、久々に職場の緊張が解けていた。と言っても、源泉は上司がいようがいまいがいつもこの調子であるのだが。
 源泉は病的に磨き上げられた廊下を進む。午後三時に近いこの時間に彼が向かうのは、研究所から少し離れた町にある甘味処だ。煙草が切れたのでこっそり買いに出かけようとしたところを同僚の女性に見つかり、ついでに鯛焼きを買ってきてくれと頼まれてしまった。もちろん研究所内に煙草など売っているわけがなく、もともと隣町まで買いに出かけるつもりだった。車を出すのを面倒くさがった同僚たちは、誰かがこっそり席を立つのを神経を尖らせて待ち構えていたのである。
 うっかりそれにひっかかってしまった源泉だが、彼にも前科が無いわけではない。今までに何度か今日の同僚たちと同じように、誰かに煙草を頼んだこともある。糖尿病でもない限り断ることは出来ない。
 口寂しさを紛らわすために、源泉は口に飴玉を放り込みながら廊下を進む。長い長い廊下は、多くの人が行き来しており、中には軍人の姿もあった。どうして軍人と言うのはあんなにも分かりやすいのだろうか。キビキビと動く軍人の横を通りながら、源泉は横目で彼らを眺めた。
 ふと源泉は足を止めてガラス張りになった部屋を見た。中には医療部門の研究員と、数人の軍人。その陰には見慣れぬ若い男が立っていた。
 この国の人間には珍しい金茶の髪と、青い瞳。年齢から言うと源泉と十歳は違わぬはずだが、どこか幼いような、老成したような雰囲気を漂わせている。おそらくあれが、Nicole・Premier。世界最強の生体兵器。
 しばしの間Premierを見ていた源泉だが、急に興味を無くしたように再び足を踏み出した。いけない、いけない。今は鯛焼きを買うのが先決だ。でないとお嬢様方のご不興を買ってしまう。何より、源泉が見つめていることに軍人の一人が気付いた。あいつらに関わるのはごめんだ。
 源泉は廊下を進む。口の中で飴玉を転がしながら、それでも思考は先ほど見たPremierの姿を追っていた。機械的な無表情。どこか茫洋とした雰囲気。紫を帯びるだけで意志の感じられない瞳。あれは本当に人間なのだろうか。
 研究員専用の出口から外へ出て、源泉は何気なく研究所を振り返った。こけおどしなほど完璧に作り上げられた建物。厳重な警備や監視の設備は、たった一人の人間を逃さぬため。
 源泉は研究所に一瞥をくれて駐車場へ向かった。冷たい風に上着を着てこなかったことを舌打ちする。そんな彼が無意識に呟いた言葉は、誰に耳にも届かなかった。そしてきっと、源泉自身にも。

「…………かわいそうに」





〔おしまい〕







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