13 years ago
何かの気配を感じて、少年は恐る恐る階段を上がった。とても嫌な感じがする。危険な動物がこの家の中を獲物を探して歩き回っているみたいだ。
かすかに軋む階段が少年を恐れさせる。このほんの小さな音のせいで、自分が今ここにいることを誰かに悟られてしまうのではないか。
少年は階上に着くと、足音を立てないようにして壁に寄った。少し先で廊下は右に折れている。嫌な感じはその奥から伝わってくる。やはり逃げた方がいいのだろうか。それでも少年の足は止まらない。ちゃんと見届けなければならない。危険なことなら尚更だ。見届けなければ……。
壁に右手を当てて少年は廊下を進む。先には左右にドアが3つ。少年の寝室と、バスルームと、両親の寝室。そして今、両親の寝室のドアが僅かに開いている。そこからは何か獣が蠢くような音がしている。少年は唾を飲み込み、壁に沿って再び歩いた。そっとドアまで近付き内開きのドアの隙間から中を覗き見る。左のほうにベッドが見える。所々に赤い花を散らしたベッドカバー。少年は目を凝らしてベッドを見る。昨日まで赤い花模様なんて無かった筈だ。そして床には鈍く光る何か。
少年は思い切ってドアをもう少しだけ開く。そうして見れば赤い花と思っていたのは飛び散った無数の血。床に転がっていた何かも全体像がつかめた。それはやはり血の付いた包丁だった。黒い柄の部分にもべっとりと赤い液体がついていて、少年は思わず口許を覆う。今すぐにでも逃げ出したいが、不安の正体をまだ解明していない。それを見極めなければ、きっと大変なことになってしまうだろう。
大胆にも少年は床に這うようにして寝室に潜り込む。できるだけドアから離れないようにしてそっと腕を伸ばし、包丁を引き寄せる。もし何かあった場合、武器はあったほうがいいだろう。それから霞む視界を少年は無理矢理上へ向ける。ベッドの上に、人影が見えた。その人物は放心したように天井を見上げていて、少年には気付かない。クリーム色の柔らかそうなシャツは、血にまみれている。乱れた髪は肩にかかり、何処からか吹き込む風に揺れていた。
それは、少年の母だった。
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