13 years ago
少年は口許を押さえ、慌てて身を引いた。母親の膝の上にあったものに気付いて声を上げそうになって。それは多分、父親の頭部。夥しい血を流したそれは、最早言葉を発することは無いだろう。ほんの昨日、優しくキスをしてくれた父親はもういない。
どうにか階段まで辿り着くと、少年は慌てて一階に向かった。木製の階段は大きな軋み音を立て、少年は舌打ちする。早く逃げなければ。いや、その前に警察に連絡を。それとも隣家に助けを求めるべきか。少年が短い逡巡をしているうちに、階上で足音がした。身を竦ませて振り返ると、髪を振り乱した母親が鬼の形相で階段を駆け下りてくるところだった。最早悩んでいる時間は無い。玄関は階段の脇だし、となれば奥へ逃げる以外に道は無い。
母親の叫び声を背中に受けながら少年は転げるように走る。居間を通り抜け、キッチンへ入る。そこならばコードレスの電話があるはずだ。しかしまだ小さな彼に、壁の高い位置に掛かった電話を取ることは出来なかった。
マットに足をとられながらも少年は奥の客用の寝室に逃げ込んだ。慌てて鍵をかけ、窓の方に走る。しかし彼の上背では鍵を開けることすらも出来ない。仕方なくクローゼットの中に潜り込むが、その間にも母親は部屋の前に辿り着き、力任せにドアを叩いたのだった。
ガン、ガン、ガンというドアを殴打する音は暫く続いたが、不意に止んで少年を驚かせた。彼はそれでもクローゼットを出ることは出来ず、ただじっと身を竦ませて耳をそばだてていた。
不吉な音がしたのは暫くたってからだった。そのガチャリという音は小さいながらも少年の耳に教会の鐘のように響き渡った。
マスターキーだ! 少年は頭の中で先日父が見せてくれた鍵を思い浮かべる。母はそれを取りに引き返していたのに違いない。せっかくの逃げるチャンスを無駄にしたことと、更には危険が増大して今まさに自分に近付いて来ていることに少年は口唇を噛んだ。
……部屋の中を歩き回る音がする。ひたひたと言う音はまずベッドの方に向かい、その下の隙間を覗き込んだのだろう。それから一度遠くなったのは多分、バスルームを覗きに行ったから。しかし足音はすぐに引き返してきて、少年の潜むクローゼットの前で停止した。見つかった、そう少年は覚悟した。
カタッと小さな音を立ててゆっくりと扉が開かれる。隅に寄っていた少年は自分の頭部を守るように腕で抱き込んでいた。しかしそんなことをしても何の意味も無い。扉が完全に開かれると、少年は恐る恐る顔を上げた。
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