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 シュミットの発育不全は、エーリッヒの思った以上だった。19にもなって声変わりの兆候すらなく、体毛の量も極端に少なかった。手足は長く少女のように白くほっそりとしていて、髭など全く生えてはいない。まさしく少年である。その発育不全を補うために薬を投与しているのだ。
 シュミットは大人しく内気な傾向のある少年だった。初めて会ったあの日はかなりの曲者かと思ったが、シュミット曰くあのときは眠っていたのだそうで、彼は少し恥かしそうだった。

「気分はどう?」

 昨日からの雨で塞ぎこんでいたシュミットにエーリッヒは優しく問い掛けた。楽しみにしていた散歩が中止になって、相当ガッカリしたらしい。やはり彼は外に出たいのだ。
 ベッドの端に腰を下ろして返事を待つエーリッヒに、シュミットは恐る恐る上掛けから顔を出す。しかしもちろん目隠しをされていて、目が合うことなどは有り得ない。

「……まだ、雨降ってる?」

 子供のような高い声で訊かれ、エーリッヒは思わず微笑んだ。彼の物言いは幼く、文字通りシュミットは『天使のような』少年だった。写真を見せてもらった限り、シュミットは殊のほか美しい顔立ちの少年だった。つんと上向いた口唇はシューマッハ家特有のものであるらしい。この美しい顔立ちもやはり血族内結婚を繰り返した結果なのだろう。その証拠に、シュミットは母とも祖母ともあまりにも似通った顔立ちをしていたのだ。

「明日にはあがるって。今日はテレビ見てないのかい?」

 エーリッヒは見えないことを承知でシュミットに微笑みかけた。シュミットは閉塞的なこの部屋の中で、普段は本を読んだり絵を書いたり、テレビを観たり、パソコンをいじっていることがほとんどだ。シューマッハ氏は行動の自由以外の全てのものを彼に与えているのだ。

「見てない。ねえ、先生。注射するの?」

 シュミットは恐る恐る尋ねる。エーリッヒでいいよ、と答えてから、

「そうだね、今日は午後に注射を打つよ。やっぱり嫌いだよね」

「ううん、平気」

 しかしシュミットはうそ寒そうに自分の腕を擦った。彼が受けている注射は筋肉注射で、普通のものより痛みが大きい。また、効き目を良くするために注射後に患部を良く揉まなければならないので、余計に痛いだろう。それでも強がるシュミットは可愛らしく、エーリッヒは彼の頭を撫でてやった。
 そして言葉どおり、シュミットは注射を恐れなかった。それよりもむしろ注射のあと安静にしていなければならないのが嫌らしく、エーリッヒを中々放してはくれなかった。
 シュミットは本を読んでくれとエーリッヒにせがむ。しかもそれが子供向けの本などではなく、ガリア戦記なのだから流石のエーリッヒも舌を巻いた。幸い原書ではないのでまだよかったが、シュミットは内容をちゃんと理解しているようなのだ。学習障害はあれど、知能指数が高いというのは本当であるらしい。そしてその間中シュミットは、エーリッヒに手を繋いでいて欲しいと言った。
 一緒にベッドに入り、背中にクッションを当てて本を読んでやる。シュミットはエーリッヒと手を繋いだままその腕に寄りかかって耳を澄ませている。やはりほとんど誰とも会わない生活の所為か、寂しいのだろう。その容貌もあってシュミットはひどくエーリッヒの保護欲を掻き立てる。思わず抱き締めたくなる可愛さだ。
 そうしてつい言われるがままに一緒にいるうちに、日はすっかり暮れてしまったのだった。





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 エーリッヒがこの家にやってきてから二週間目のある夜、ふいに彼はシューマッハ老に呼びつけられた。時刻は既に11時を回っている。こんな時間にどうしたことかと首をかしげながらエーリッヒは彼の雇い主の元に急いだ。
 普段シューマッハ老は母屋のほうに暮しており、庭での散歩も任せられた今、離れで寝起きしているエーリッヒが彼に会うことはあまりなかった。それが今日は離れの、それも地下室に来るように言われたのだ。エーリッヒが不審に思うのも無理はない。
 エーリッヒが地下室に着いたとき、老人は扉の前で立っていた。地下室には何枚かの扉があるが、その中でも最も頑丈な扉の前で、老人は普段よりもずっと低い声音でエーリッヒを呼んだ。

「……これから見てもらうものは、多分君にとってはあまりにも異常な行為だろう」

 回りくどい老人の言葉にエーリッヒは警戒の色を濃くするが、シューマッハ老は彼を隣の扉の方に招いた。

「……シュミットの最も異常な面は、性的なものだ。あれはどういうわけか時折無性に男を欲しがる」

「…………何ですって?」

 扉の取っ手に手を掛けたままエーリッヒは老人を振り返った。この人は何を言っているのだろうか。実年齢よりもあんなに幼い、しかも自分の孫に対して、何という侮辱。しかしシューマッハ老は至って真面目に、

「あれがそういった性癖を表わすようになったのは、事件のすぐ後だ。入院していた先の病院で、看護士を誘惑しおった」

 当時はシュミットもかなり精神的ショックを受けており、記憶障害なども出ていたことから、何かの間違いか、看護士が患者への性的虐待を正当化しようとして言ったのかと考えられた。しかしそれは病院を移った後も、自宅療養の許可がおりてこの屋敷に帰ってきた後も続いたのだと言う。

「特に倒錯的傾向が強くて、暴力的な行為を好む。自虐傾向はそれはシューマッハ家の男には割とあることらしい。相手が遺伝ではカウンセラーも役に立たなかった。だから仕方なく、あれには時折適当な相手を見繕って与えている」

 老人は苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。彼がその事実を忌々しく思っていることは明らかだ。エーリッヒは扉の前に立ったまま激しい眩暈を感じた。シュミットが縛られるのが好きな理由だとか、監視をむしろ面白がっているという理由が納得できた。

「し、しかし彼にはこの二週間接してきましたが、そんな様子は見られませんでしたが……」

 むしろ自分自身のためにエーリッヒは反論したが、老人は眉根を寄せたまま、

「ああ、ここのところはな。新しく若い男が来たから、そっちに夢中になっていたのだろう」

 若い男、とはもちろんエーリッヒのことであろう。確かにシュミットはいつでもエーリッヒによく甘えていたし、手を繋ぎたがったり、強いスキンシップを要求してきた。しかしまさかそれがセクシャルなものだとは思いもよらなかったエーリッヒは、今まで抱いていたシュミットの認識が音を立てて崩れてゆくのを感じた。

「何にせよ、今から見せる光景は君にはかなりショックだろう。だが、これからあれの主治医として付き合っていってもらう上では、必要不可欠なのだ」

 老人はドアノブに手を掛けてエーリッヒを見る。大分血の気の引いたエーリッヒは、それでもどうにか頷いて見せた。これも病気の一症例に過ぎないのだ、と自分に言い聞かせながら。





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 目の当たりにした光景は、完全にエーリッヒをノックアウトした。その扉の奥はシュミットの部屋の隣にあるのと同じ薄暗いモニター室で、隣の部屋の光景が4つのテレビ画面に映し出されている。それぞれ違う方向から撮影されたモニターの中では、エーリッヒの中にある良識や健全性といったものを打ち砕く光景が繰り広げられていた。画像の荒いモニターでもそれとわかる高級な絨毯の上、全裸のシュミットが膝を付いている。彼はやはり目隠しをしたまま床から突き出た細い柱に、縛られた腕を回している。その彼の背を容赦なく鞭打つ二人の男。あれがシューマッハ老が雇ったその道の人間なのだろう。
 細く絞られた音声からは、鞭のしなる音と、シュミットの悲鳴だけが聞こえてくる。しかしその悲鳴も恐怖や嫌悪の声ではなく、明らかに自分を煽るための嬌声であった。と、そのうち男の一人が鞭を放り、絨毯に膝を付いてシュミットの髪を掴んだ。男は彼の耳元に何か囁くと乱暴に髪を放し、シュミットの腹部を蹴り上げた。

「痛っ…………」

 モニターの様子に思わず声を出して顔を背けたエーリッヒを、シューマッハ老が睨む。仕方なく逸らした目をエーリッヒは再び画面に戻し、強く拳を握り締めた。
 今、シュミットは男に背後から犯されている。もう一人の男はげらげら笑いながら、シュミットの腕を開放し、その首に縄を掛けた。
 何をする気だ、とエーリッヒが気を揉む中、男は縄を引っ張り、シュミットを自分の方に向かせる。髪を掴んで上向かせたシュミットに口淫を強要し、やはりおかしそうに笑う。段々立ちくらみのしてきたエーリッヒはモニターの前に座る男の椅子の背に手をついて上体を支えた。こんなときばかりは自分の長身が恨めしい。椅子に座った男はとうに慣れたことなのか、無表情でボールペンをいじくっていた。
 その間もシュミットの倒錯的な行為は続く。ベッドにシュミットを無理矢理引き立てた男たちは、彼を後ろ手に縛り、首に掛けた縄を縛った腕に巻きつける。下手に動いては自分の首が絞まるので、シュミットはただ懸命に息をするばかり。その彼を代わる代わる男たちは犯し続けたのだった。





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 目の前でカップから立ち上る紅茶の湯気をぼんやり眺めながら、エーリッヒは憔悴しきった様子で椅子に沈み込んでいた。先ほどまで目の当たりにしていた光景が頭の中で渦を巻いている。学生の頃にマルキ・ド・サドの本を少し読んだことがあるが、冒頭の数十ページで気分が悪くなり、すぐに止めてしまったことを思い出す。まさしくあんな感じだった。それがつい今しがたまで眼前で繰り広げられていただなんて……。

「まだ、気分は治らないかね?」

 胡乱なエーリッヒの表情を見て、シューマッハ老が尋ねた。こんなことは当然慣れっこなのだろう彼は、感情の窺い知れないポーカーフェイスで紅茶のカップに手を伸ばす。その危なげない手つきにエーリッヒは居住まいを正した。

「……もう大分良くなりました」

 ほとんど呟くようにそう言って、自分もカップを手に取る。吐き気がしたが、無理矢理紅茶を咽喉に流し込むと、少しだけ気分が落ち着いた。老人はそんな若い医者を憐れむように見つめていた。

「……これであれの異常さが大分ご理解いただけたと思うが、これからも度々こういったことは行われるだろう」

 シュミットが性的欲求を爆発させるまでには、幾つか兆候があるらしい。特に成長促進の投薬を行ってから一週間前後がそうなのだとか。妙に静かだと思ったら行動的になり、とにかく外に出たがるようになる。普段は祖父と医師以外にはほとんど口を利かないのに、誰彼無く話し掛けるようになる。ましてや彼はあの事件以来女性を恐れるので、離れにいるのはほとんどが男だ。以前に勤めていた主治医が辞め、エーリッヒがここへ来るまでは看護士が面倒を見ていたらしい。昔、看護婦の資格をもつメイドが注射を行おうとしたところ、激しく暴れて大変なことになったらしい。それはまだシュミットが小さい頃だったのでまだメイドでも押さえられたが、今はそうはいかない。だからシューマッハ老は若く健康なエーリッヒを選んだのだ。実はエーリッヒの前に何人か医師が選ばれたらしい。だがシュミットは気にいらず、クビになったのだそうだ。

「この後、シュミットの治療を頼む。幸いあれは君を気に入っているようだしな」

 今シュミットは入浴をしている。あれだけ長時間弄ばれて、すっかり体力を消耗したようで、すぐには立ち上がることもできなかった。
 そこへ丁度召使の一人がエーリッヒを呼びに来た。シューマッハ老はエーリッヒに向かって頷き、居間を後にした。





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 シュミットは全裸のままうつ伏せになってベッドに横たわっていた。蛍光灯の下の幼い裸体は、空けるような白い肌の上に幾重にも醜い引き攣ったような腫れが走り、所々には痣も出来ている。アイマスクをしたシュミットは眠っているのか判然としない。
 薬剤の入った箱をサイドボードに置き、エーリッヒはそっとベッドの端に腰掛ける。その振動にシュミットが顔をこちらに向けて手を伸ばした。

「……エーリ?」

 彼の手はエーリッヒの腿に触れて止まった。手首にも縄による擦過傷ができている。エーリッヒはその手を取って言った。

「……背中、痛そうだね」

 シュミットはくすっと笑い、大丈夫と答えた。その声にはどこか陶酔したような感があり、エーリッヒを戸惑わせる。どうやらシュミットのマゾヒズムを好む傾向があるというのは本当のようだ。
 エーリッヒは慌てて立ち上がり、薬箱を開いた。

「傷を消毒するから、少ししみるよ。手首からやるから、手を出して」

 言われるままにシュミットは両腕を差し出す。その手首を消毒し、薬を塗ってガーゼを当てる。咽喉と背中も同じように治療する。あまり痛むようなら冷やそうと言うエーリッヒに、シュミットはただ首を横に振った。
 そして問題の個所は、もっと別の場祖所だった。背中と同じように腫れの広がる臀部も治療し終えると、エーリッヒは溜息をついた。そっと脚に手を触れると、枕に顔を埋めてしまったシュミットは何も言わずに脚を開いた。

「……………………」

 流石にプロの仕事と言うべきか、背中同様散々辱められたその部分は、腫れてはいても酷く傷つけられてはいなかった。そこに軟膏を塗り込んでやる。未成熟な性器同様、発達が遅い。それでも彼はその幼い外見と裏腹に、貪欲に男を求めるのだ。それがある種の病気であるとはわかっていても、エーリッヒの理解の範疇をはるかに超えていた。

「……もういいよ。起きられるかい?」

 返事をする代わりにシュミットはベッドに身を起こす。その彼を立たせると、エーリッヒは用意されていた患者用のローブを着せてやる。おとなしくされるがままにしていたシュミットはベッドに入ると、薬箱を片付け始めたエーリッヒの服の裾を引いた。
 どうしたのかとエーリッヒは手を休めて再びベッドの端に座る。シュミットは少し不安そうに眉尻を下げて、

「…………ごめんなさい」

「どうして? 別に怒ってないよ」

 きみは悪くないんだよ、と髪を撫でてやると、シュミットは口唇を尖らせて見せた。

「……あれはね、お祖父さまが、そうしろって」

 あれとはつまり先ほどのことだろう。それがシューマッハ老が命じたとは、どういうことだろうか。困惑するエーリッヒにシュミットは、

「ぼくの欲求が爆発する前に、こうすればいいってお祖父さまが。ときどき男の人を連れてきて、それで……」

 シュミットは恥かしそうに俯く。でも、とエーリッヒは呟く。シュミットが欲しがるからこうしているのではなかったのだろうか。混乱したエーリッヒはシュミットが手を握ったことにも気付かなかった。

「きみは、その、あれが嫌なのかい?」

 しかしシュミットはわかんないと首を振った。気が付いたらそういうことになっていて、ずっとそうしてきたから、と。慣れてしまえば快楽の波は大きく、確かにシューマッハ家の男子の遺伝的性質を持つシュミットには、忌避すべきことではなかった。そういうことだろうか。
 エーリッヒはその後暫くシュミットの側にいてどうにか彼を寝かしつけた。エーリッヒがシューマッハ老の言うことに初めて疑問を抱いたのは、このときであった。





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 あの日以来エーリッヒはいささかの疑念を持ってシューマッハ老に接するようになった。シュミットの言ったことを直接訊いてみたこともあるが、老人は莫迦莫迦しいと取り合ってはくれなかった。そこで注意深く観察してみると、老人は彼の孫をどこか忌避している面があるように思える。シュミットはむしろ祖父によく懐いているようだったが、考えてみれば初めからシューマッハ老の孫に対する感情は苛立ちと嫌悪を含んではいなかったか。エーリッヒは首を傾げるが、それを口にはしない。彼の雇い主の怒りを買うのは、今のエーリッヒには完全なるタブーだった。ましてや推察だけで人を疑うのは誉められたことではないのだから。
 それでもエーリッヒの心がシュミットに傾くのにそう時間はかからなかった。思えば初めから不利な戦いだったのだ。
 あるときシュミットが訊いた。いつもの子供っぽい好奇心で。

「エーリッヒは、どんな顔をしてるの?」

 それでエーリッヒはやはり彼があの目隠しを嫌がっているのだとわかった。しかし過去のカルテを見る限り、シュミットは確かに視覚的に人物と相対すると何か問題を起こすようなので、勝手に取ってやることは出来ない。

「そうだなぁ……。少し、猫っぽいかもしれない」

 目がね、と学生時代に友人に言われたことを思い出してエーリッヒは笑う。シュミットはへぇ、と呟いて小首を傾げた。
 猫、という言葉でエーリッヒはあることを思い出した。通常身体の自由が利かなかったり外出が不可能な病人は、動物を飼いたがる傾向がある。シュミットはどうなのだろうか。

「好きだよ。でも、動物はすぐ死んじゃうから」

 以前に何度か試したらしいが、結局シューマッハ老が禁止することとなったらしい。多分この閉塞的な部屋で飼うのが良くなかったのだろうな、とエーリッヒは納得する。そんな場所でもう十年以上も暮らしているシュミットは、さぞやつまらないだろうに。

「外? うん、見たいよ」

 けれど太陽よりも月が見たい、とシュミットは笑う。太陽は散歩のときに目隠し越しにも光を感じることができるが、月はそうもいかない。だから月が見たいのだとシュミットは笑う。ならば今度月の写真集を買ってきてやろうかと思案するエーリッヒの手を、シュミットが引いた。

「ねぇ、どんな顔か、触ってもいい?」

 見ることが出来ない以上、触って確かめるしかない。エーリッヒは戸惑ったが、いつものシュミットの過剰なスキンシップの一つだろうと承諾した。シュミットは恐る恐る両手で包み込むようにエーリッヒの頬に触れる。頭部を撫で、額を辿る。目を瞑ったエーリッヒの瞼を撫ぜ、唇を過ぎる。顎の形を確かめ、耳朶に触れる。その真剣な様子が面白くてつい苦笑を漏らすエーリッヒの頬を、再びシュミットは包み込む。そして突然、子供のように口付けた。

「……わっ!」

 驚いたのはエーリッヒである。慌ててシュミットの肩を掴んで引き離すと、彼も驚いた様子で見えない目でこちらを見つめていた。

「ご、ごめんなさい。エーリッヒ、怒った?」

 おどおどとした様子で訊くところを見ると、やはりシュミットに悪気は無いらしい。

「い、いや。ちょっと驚いただけ……」

 どうにか平静を取り繕うとエーリッヒはしょんぼりした様子のシュミットの頭を撫でてやる。彼はちょっと俯き加減で、

「ごめんね、お父さまはああするとすごく喜んでくれたから……」

 ……どうやら、シュミットの中では自分も世界も6歳の頃で止まってしまっているようだ。知能指数は高くとも、やはり彼の精神は幼いままなのだ。エーリッヒは少し胸を撫で下ろし、

「いや、嬉しいよ。有難う、シュミット」

 そう言ってお返しに額にキスしてやると、シュミットはパッと表情を輝かせ、エーリッヒに抱きついたのだった。










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