■□■ なすべきこと □■□






 君は本当に莫迦だよね、と仁王立ちのまま雲雀は言い捨てた。
 地下にある風紀財団の秘密のアジトで、見事な水墨画を背景に腕を組んで立つ雲雀には、言い知れぬ迫力があった。
 もともと気の長い男でなく、冷酷無慈悲な暴力によってこの街に君臨する暴君であるから、その迫力は並々ならぬものがあった。
 その気迫もあり、ピシャリと言い捨てられた了平は畳の上に正座したまま反論もできない。久々に顔を合わせ、つい今しがたまで拳と匣を合わせ、変わらぬ友情を確かめ合ったばかりだというのに。

「急に連絡が取れなくなったと思えば、勝手にイタリアに行って勝手に日本に帰ってきて、所在どころか生死さえ不明なままで」

 憤慨というには冷ややか過ぎる口調で雲雀は了平に言い続ける。

「勝手に僕の連絡先を妹のたかが友人ごときに知らせた挙句、ようやく顔を合わせてみれば子供がこの屋敷に入れないのが気に食わないだって」

 はっ、と雲雀はいかにも了平を傷つけることを目的としたように鼻で笑い飛ばした。本来ならばその熱血ぶりが手伝って雲雀の発言に当たり前のように食ってかかる了平も、今日ばかりは大人しい。何しろ雲雀の発言は全て正論で、痛いところばかりをグサグサとさしているのだ。反論できるわけがない。
 正座した膝の上に置いた握り拳を見つめて沈黙を守る了平に、雲雀はなおも言い放つ。

「どうせ『オレとヒバリの仲』だからとか気安く考えたんだろう」

 軽蔑を隠そうともしない雲雀の言葉に、ギクリと了平の肩が揺れた。確かに了平は雲雀と自分が特別な仲であり、それを誇りにも自慢にも思っていた。今回のことも緊急の事態であるから、きっと雲雀はわかってくれるし、許してくれると思い込んでいた。しかしそれは了平の勝手な言い分に過ぎない。

「親しき仲にも礼儀あり、って言葉の意味を君はもっとよく考えた方がいいね」

 見事に了平の図星を突いては傷口に塩を擦り込む雲雀に、了平は彼らしくもなく意気消沈してうなだれた。結局のところ、雲雀の言い分は正しく、了平は彼に対して礼を失した。全ては了平の甘えが招いた事態なのである。

「……極限すまん」

 珍しくも音量の低い了平の声に、雲雀は右の眉をはね上げた。

「本当にそう思ってるの」

「本当にそう思っている」

 憮然とした了平の言葉に、だったら僕に会ったらまずすべきことが一杯あったよね、と雲雀は硬質の声で問いかけた。

「近況を報告し、何故急にイタリアへ行かねばならなかったのか、そこで何があったのか、君しか知りえなかった情報を開示し、まだ子供の『彼ら』にはできないことを相談し、それから」

 一々突き刺さる雲雀の正論に了平は申し訳なさそうに眉尻を下げたまま、上目づかいに雲雀を見た。いつのまにか組んでいた腕を解いていた雲雀は、さも楽しげに眼を眇めて続けた。

「了平、キスして」




〔おわり〕







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