■□■ おまけのおまけ □■□






 シリウスとの新しい生活を始めて以来、リーマスは彼なりにブラック家のことを理解しようと努めてきた。シリウスが水虫よりも嫌っている親類のことや、彼の携わっている多くの事業や、ブラック家の社会的地位について。しかしそれは知れば知るほどリーマスにとっては別世界で、いくら図太い彼でも頭痛を覚えずにはいられなかった。

「ねぇ、君、やっぱり結婚したら?」

 などととんでもないことをリーマスが言い出すものだから、シリウスは思わず飲みかけていたシェリーを吹き出すところだった。

「はぁ!? お前、何でよりにもよってこんなときにそんなこと言い出すんだよ」

 シリウスが呆れたのも無理はない。そこは彼の部屋で、寝室で、ベッドの上で、二人とも裸で、つい今しがたまで熱い熱いキスと抱擁を交わしていたところだった。

「いや、だって君、当主じゃないか。やっぱり子孫は残さないとまずいだろう」

 ベッドに寝そべったリーマスは枕に頭を乗せなおし、シリウスに向かって寝返りを打った。

「お前なぁ、そんなん伯爵だって同じだろうが」

「リチャードはいいんだよ。結婚してたし、子供もいたし」

 どちらもリーマスと出合ったときには亡くなって久しかった。伯爵がリーマスを恋人にして、それでも何とかやってこられたのには、今更後妻を貰って跡継ぎを作られても困る、という親類の思惑もあったのである。だがシリウスは未婚の青年貴族で、世が世なら王位を継いでいた可能性もあるような人物だ。そんな名家を途絶えさせていいものだろうか。
 何故か突然そんな疑問に捉われてしまったリーマスを、盛大な溜息をつきながらシリウスは見下ろした。彼はシェリーのグラスをサイドボードに乗せると、毛布にくるまって自分を見上げているリーマスの髪を優しく梳いてやった。

「必要無い、子孫なんて。俺が死んだら家督は弟にくれてやる。あの莫迦に何かやるのは本気でむかつくが、俺の弟に生まれたからには、俺の役に立ってもらおうじゃないか」

 ヘッドボードに背を預けたシリウスは心から憎々しげに語ったが、彼の表情など無関係な部分でリーマスは驚き、ベッドの上に飛び起きた。

「えっ!? 君、弟がいたの!?」

 初耳である。もう二年以上一緒にいて、その姿かたちどころか名前さえ聞いたことが無い。まさか弟がいたなどとは、リーマスは夢にも思わなかった。だがシリウスはまたも『はぁ!?』と呆れた声を上げた。

「何言ってんだお前。家族の肖像画見ただろうが?」

 それは玄関ホールに飾ってあるシリウスと家族の肖像画のことだ。幼いシリウスが仏頂面で父母の横に立っている絵で、クソ可愛げない表情がなんとも可愛らしいとリーマスは思っていた。
 必死になって肖像画を思い返していたリーマスはあっと声を上げた。そうだ、幼いシリウスは揺り籠の前に立っていた。しかし肖像画のシリウスはもう自分で立って歩ける年齢で、ならばあの揺り籠の中にはもう一人がいたはずだ。つまり、まだ赤ん坊の弟が!
 いったいどうしたらそんな器用な見落としができるのか自分でも甚だ不明だが、ともかくようやくシリウスの弟の存在に思い至ったらしいリーマスは、大きく見開いた目でシリウスを見つめた。

「あのクソガキとは生まれたときから反りが合わなくてな。両親が死んでからは一度しか会ってない。大学出たと思ったら、どっか飛び出していったきりだ」

「……今は何してるの?」

 さあな、とシリウスはほとんど面倒くさそうに答えた。

「新大陸にいるらしいとは聞いたが、何してるかまでは俺は知らん」

 どうやら究極に仲の悪い兄弟は、英国とアメリカに生き別れたようだ。なるほど、気の強さはシリウスそっくりだ。
 リーマスは感心したような、呆れたようなため息をついて隣のシリウスを見つめた。ここまでその存在を感じさせないほど綺麗に無視を決め込むほど仲が悪い弟がいるとは、思いもよらなかった。だが問題はそこではない。実弟がいるにせよ、それほど仲が悪いなら、やはり結婚して自分の子供に家督を継がせるほうがいいのではないか。
 もちろんそれはリーマスにとっては一つも嬉しいことではないが、社会的にも宗教的にも自分とシリウスの関係が褒められたものではないことを彼は知っている。国教でもある、世界の三分の一を占める巨大宗教は、同性での恋愛を認めていない。この場合間違いなくリーマスがシリウスを堕落させたと責められるだろう。
 だが腕を組んで不機嫌な表情で何やら考え始めたシリウスは言った。

「いいんだよ、どうせ俺が死ぬころにゃあのクズもじじいだしな。母親に似りゃ、子供は可愛いかもしれん。甥に家督を譲るなら、まだ遥かにましだ」

 クソガキからクズに格下げされた弟はいい面の皮だ。しかし今のシリウスの返答はリーマスの疑問にあまり的確な答えとはなっていない。
 ベッドの上に胡坐をかき、リーマスは彼にしては珍しく自信の薄そうな表情で、何かブツブツ言っているシリウスを見上げた。

「なら、やっぱり君が結婚すればいいじゃないか。ぼくは愛人か何かでいいからさ」

「莫迦言え、公爵夫人は世界中にいくらでもいるが、お前は一人だけだろう」

 尚も弟に対する悪態をつきながら、さらっと言ったシリウスの言葉に、リーマスは思わず息を詰めた。おそらく無意識なのだろうシリウスの返答があまりにキザでキザで、言われたリーマスのほうがよっぽど赤面してしまいそうだ。思えば初めて喧嘩したときに、いきなり跪いて謝られたこともあった。シリウスはときどき恥ずかしいことをする。しかも無意識の産物であるらしく、本人は全くの無自覚であるがゆえに、リーマスだけがちょっと恥ずかしい思いをするのだ。……別段悪い気はしないのだが。
 照れているもののそれなりに嬉しいリーマスが一人でもじもじしている横で、シリウスはまだ弟に対して何か言い続けていた。

「あっ、くそ、考えてたら腹立ってきた。そうだ、今のうちにあの別荘、お前名義に書き換えておこう。あと、銀行の口座もお前の名前で幾つか作って、貸金庫に宝石とか株券とか入れておくからな。俺に何かあったらお前のもんだ」

「……って、ちょっと、勝手に話進めるなよ。ぼくはそういうのは嫌いだ。金目当てでここにいるんじゃないんだからな」

 実のところリーマスは思っている。もしシリウスが落ちぶれてどーしよーもない状態に陥ったとしたら、リーマスが稼いでご飯を食べさせてあげようと。そんなことを思ったのは、後にも先にも伯爵とシリウスのただ二人だけ。
 誇り高いリーマスの発言にシリウスは彼を見て片眉を上げた。乱れ髪で少し冷めた表情をするシリウスの顔をリーマスは気に入っている。
 うっかり美貌に見蕩れないよう眼光に力を込めて意思表示するリーマスに、シリウスは向き直った。そしてベッドに片手をついて彼のほうに乗り出すと、宥めるようにキスをした。
 と思ったら、突然リーマスの肩を掴んで間近に顔を寄せ、

「お前のそういうところは大好きだが、こればっかりは受け取ってもらう! いいか、俺はあの出来損ないに何かくれてやるくらいなら、財産なんぞドブにでも捨てたほうがまだましだ。だが、ドブに捨てるのはもったいないから、それならお前にやる。だからもらえ。いいな!?」

 ついに出来損ないにまで格下げされた弟に対する殺意に近い憎悪をたぎらせた様で詰め寄られては、さすがのリーマスも抗えなかった。

「わ、わかったよ……」

 鬼気迫るシリウスの勢いに押され、思わず何度も頷いていた。そんなリーマスの肩を抱き寄せたシリウスは、

「わかればよし!」

 吼えるように一声言って、リーマスをベッドに押し倒したのだった。








おまけ




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