■□■ 猫たちの慟哭について □■□






 年越しの用意に早々とトーキョーハンズを訪れたアキラと源泉だったが、パーティーグッズの売り場の前でふいに源泉が言った。

「なぁ、アキラ知ってっか? つぎのニトキラの新作はにゃんこらしーぞ」

「へぇ、そうなのか。……って、言いながら何をカゴに放り込んでんだアンタ!?」

 思わずガシッとアキラが掴んだ源泉の手には、猫耳カチューシャが握られていた。

「え、いや、まぁ、俺たちも負けるわけにはいかんしな」

 殺気さえ含んだアキラの視線にやや動揺しながらも、持ち前の根性からか源泉は猫耳を手放そうとはしない。『俺たち』などと言ってはいるが、その猫耳がアキラ専用なのは確認するまでも無かった。
 家族連れが思わず遠巻きにしてしまうほどの無言の戦いのあと、珍しくアキラがため息をついて源泉の腕を掴んでいた手を離した。エロオヤジの執念に敗北したのだろうか。
 ややあって、眉を顰めた表情でアキラは、

「……わかった。そのかわり、アンタはバドガールな」

「なっ!? ちょっと待て、何でそうなるんだ!」

 バドガールと言ったら、むちむちぷりんの可愛子ちゃんだけが許される男の聖域。アキラがするならともかく、何故に源泉がそんな格好をせねばならないのか。
 ……とは思ったものの、ここで無闇に慌ててはアキラの思う壺。大人の余裕でかわしてみせてこその年の功ではないか。
 源泉が手にしたカゴにバドガールの衣装を放り込むアキラに、突如源泉は居直った。

「まぁ、どーしてもアキラが見たいってんなら仕方ないか。俺のナイスバディで悩殺してやるよ」

 否定よりも肯定の方が相手のやる気を削ぐことができる場合もある。このまま本当にバドガールにされたとしても、嫌な気分になるのはアキラだし、交換条件で猫耳アキラは確実ゲット。ついでに寝込みを襲って、アキラにバドガールの衣装を着せる手もある。源泉に悪いようにはまったくならない。
 余裕ぶっこいて鼻歌交じりの源泉だが、彼を睨むアキラの眼光は少しも和らいではいなかった。

「……帰ったら、これ着て二人で並んで写真撮るか」

「おう、そうすっか」

「そしたら、クリスマスカードでアンタのお友達全員に配ってやるよ。アメリカでもイタリアでもインドでも」

「お、おう」

「今度から著者近影は全部その写真にしてやるからな。アンタがどんなに嫌がっても、出版社に手回ししてやるから覚悟しとけ」

「え、えーっとだな、アキラ……」

「インターネットで公開もしてやるからな。これがジャーナリスト源泉の正体ですって」

 口元に暗い愉悦の微笑を刻みながら、アキラは幾つかの出版社と編集者の名前を呟いた。やると言ったら必ずやる。やると言わなくても必ずやる。アキラはそういう男だった。
 カゴを持ったまま何事が考えていた源泉は、ついに幅の広い肩をガクッと落とした。

「……アキラ、オイチャンが悪かった」

 すでに歩き始めていたアキラはもったいぶって振り返ると、

「わかればいい」

 勝ち誇って鼻で笑ったその姿でさえ、可愛く思えるのが惚れた弱みだと、源泉は猫耳を諦めることにしたのだった。





〔おわり〕







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