人魚と王子






 昔々、ある南の暖かい海に、人魚の一族が住んでいました。人魚たちは一つの王国を作り、それは幸せに暮らしていたのです。
 その王国には、五人の姫と一人の王子が住んでいました。何気に男女同権が進んだ人魚の王国では、長子の姫が王位を継ぐことになっていたので、末っ子の王子はのほほんです。特に彼はエキセントリックでちょっとぼーっとした可愛い顔立ちをしていたので、両親にも姉たちにも大変可愛がられて育ったのでした。
 そんな王子が16歳になったある日のこと、彼は夜中にお城を抜け出して、海上の満月を見に出かけました。どーゆーわけか彼はとっても海上が好きで、特に地上で生活を営んでいる人間という生き物が大のお気に入りでした。
 と言うのも、まだ王子が小さかったころ、こっそり遊びに行った地上の海辺で、仲良くなった漁師の子供が彼にとっても美味しいドーナッツをくれたもので。母親の手作りだと言うその小麦色のわっかを初めて食べたときの感動を、リーマスは未だに鮮明に思い出せるのでした。
 しかし人間と仲良くなることに家族はよい顔をせず、以来彼はこっそりと海上に出かけるようになったのです。






 王子がひょっこり海面に顔を出したとき、見事な満月が夜空を誇らしげに照らし出していました。

「わ〜、綺麗だなぁ」

 ザッパンザッパン揺れる海面をものともせず、満月を見上げながら王子は何処かへ向けて泳いでいきます。と言うのも、彼は前日に、それは大きな帆船がこの近海に停泊しているのを見つけたのです。その船はどうやら北の方にある陸地を治める人間の王族の物らしく、王子の目から見てもそれは立派な船でした。
 王子がこっそり、それでも充分な距離を保って船を眺めていると、船上から花火が上がりました。甲板の上からは陽気な音楽が流れ、楽しげな雰囲気が伝わってきます。初めて花火を見た王子は一人で大はしゃぎです。水の中に火薬があるわけはないので当たり前です。
 このとき実は船の上では、大公殿下の20歳のお祝いが行われていたのですが、そんなことを王子は知りません。人間ならば船酔いは確実の大波の中で、一人嬉しそうに手を叩いていました。
 と、どうしたことかにわかに船上の雰囲気が慌しくなり、一艘の小船が海面に下ろされました。好奇心の旺盛な王子がこっそり小船に近づくと、何やらもめている様子です。

「殿下、どうかお考え直しください!」

「うるさい! こんな波の日こそ、大物が釣れるんだ。止めるな!」

 しがみ付く家臣を突き放し、強引に小船を出させた人物は、どうやら大公殿下であるようです。立派な釣りざおを片手に一人でウキウキした様子の釣りバカを、王子は面白がって見上げました。世の中には地上も海底も関係無く、やっぱり莫迦はいるのだな〜とか思いつつ、彼は波に翻弄される小船の後を付いていくことにしました。
 小船は波にもまれてかなり大変なことになっていますが、大公殿下は大喜びで釣り糸を垂れています。オールを任された家臣はいい迷惑です。と、案の定小船はあっさり大波に飲まれ、転覆してしまいました。

「あーっ!? 殿下ぁ―!!」

 帆船の上でオーマイゴッドになった家臣が叫びますが、もう遅い。何たって今日は満月。低気圧が波を荒くし、汐の流れも恐ろしく速くなる日なのです。釣りどころか入水自殺にもってこいです。アホ殿下はもちろんそんなこと知っていて大物を釣りに出かけたのです。ほんまもんの釣りバカです。
 船上で家臣が泡を吹いてひっくり返ったころ、海に投げ出された殿下を、仕方ないなーとか何とか言いながら、王子が拾いに出かけたのでした。






「う、う〜ん…………」

 古典的な唸り声を上げてから彼が目を覚ますと、あ、起きた、と誰かが呟いた。すでに明るくなった空を背景に、見慣れぬ顔がこちらを覗き込んでいる。とぼけたような顔をした、中々に可愛らしい顔立ちだ。

「……お前、誰だ?」

 濡れて張り付いた前髪を無造作にかきあげながら半身を起こすと、彼は岩場の平らな石の上に寝かされていた。

「酷いな〜。命の恩人に、それが言う言葉かい?」

 台詞の割に楽しそうなその少年は、まぁいいやと呟いて、リーマスと名乗った。
 リーマスは海中から突き出た岩に半身を乗り上げている。地元の子供にしては色が白いと彼は思った。

「そうか、それは有難う。俺はシリウス。ここは?」

 大国の第一王位継承者である大公殿下の割にあんまし身分とかに拘泥しないシリウスは、あぐらをかいて辺りを見回した。黒っぽい岩場の続くその海岸に、シリウスは見覚えが無い。波の打ち付ける様からして中々良さそうな釣り場だ。夏場のしかも南の海であったために、小船から放り出されても酷く体温を奪われずに済んだようである。
 そこまで考えて、突然シリウスは声をあげた。何事かと目をパチクリさせるリーマスの前でシリウスは、

「お、俺の『長光』が無い!?」

「オサミツ?」

 ポメラニアンの如く小首を傾げるリーマスに、慌ててその辺を探し回りながらシリウスは半泣きで言った。

「去年よーやく苦心の末に手に入れた伝説の釣りざおだってのに〜」

 雷に打たれて倒れたトネリコの樹から削り出し、伝説の釣り人チャン・ハマーが愛用していた釣竿なのである。何てこったい、と頭を抱えるシリウスをやっぱり莫迦だとリーマスは思った。

「おーさーみーつぅ〜。いるなら出てきてくれ〜!!」

 呼んだところで釣りざおが返事をするわけは無いのに、シリウスは一人で大騒ぎである。折角綺麗な顔をしているのに、面白い男だなぁとリーマスは手伝うことも無く彼の奇行を眺めていた。するとどこからか奇妙な汽笛の音が聞こえてきた。釣りざおに気を取られて全く気付いていないシリウスに代わってリーマスが振り返ると、はるか彼方に大きな美しい帆船が見えていた。

「どうやらお迎えが来たようだよ」

「あん?」

 リーマスの指差す方向を見やって、ようやくシリウスは気がついた。彼の超人的な視力では、甲板の上でお目付け役の家臣が、真っ赤な顔で何か喚き散らしているのが見て取れた。多分、シリウスを莫迦王子とでも罵っているのだろう。迎えが到着したら、小言の2、3時間は覚悟せねばならないようである。

「じゃ、ぼくは行くね」

 ちゃぷんと音を立てて海に飛び込んだリーマスを、慌ててシリウスは呼び止めた。

「待てよ。船が来れば、何か褒美を取らせるのに」

 命の恩人を手ぶらで帰したとあっちゃあ王国の名が廃る、と奇妙なイントネーションで言うシリウスに、いらないとリーマスは気の無い様子で言い切った。

「おいおい、待てよ。じゃあ、もし何か困ったことができたら、そんときは俺に何かさせてくれ」

「……何でもする?」

「おう、何でもしてやる!」

 何しろ大公殿下なので気の大きいシリウスは約束だと言ってリーマスと指切りをした。その小指を絡ませる行為の出所などもちろん知らないシリウスは、バイバーイと手を振りつつ遠ざかってゆくリーマスの頭が海中に没した時点でようやく、何かがおかしいことに気が付いた。

「…………人魚?」

 呆気に取られたシリウスは、尚しばらくの間、美しい碧の海を凝視していたのだった。






 その日以来、リーマスは一人で物思いにふけることが多くなった。と言っても、他人にそう見えるだけで、実際には彼はいかにして王宮を抜け出すかの算段を練っていたのである。
 いや、王宮を抜け出すことは決して難しくはない。年頃の王子が年中部屋に篭っているよりは、と両親も姉たちも彼がどこかへ遊びに出かけることを容認してくれている。それがまさか海上だとは思っていないだろうが。
 人魚の一族はえら呼吸も肺呼吸もできるので、人間とコミュニケーションを取ることには不自由ない。しかし、何たって下半身は魚なので、地上を歩くことは出来ないのだ。
 リーマスは自室のベッドの上で寝そべりながら一人で考え込む。彼の傍らには先日どうにか探し当てた釣りざおの長光が転がっている。これを渡しにきたんだ〜とかぶっこきながら、居候させてもらおうというのが彼の算段だ。絵に描いたような綺麗な顔をしたシリウスも何だか面白そうで気に入ったし、命の恩を盾に居ついてしまおうと思ったのだ。
 しかしそれにはまず、地上を歩けるあの二本の足が必要なのだ。さて、どうしたものか。
 一人で腕を組んで考えていたリーマスは、やにわに両手をポンと打ち合わせると、長光を片手にいそいそと何処かへ出かけていったのだった。






 朝の光が世界を群青に染め上げるころ、シリウスは一人ぼんやりと海岸に立っていた。ここは王家の別荘の一つで、城の裏手からすぐに海になっているシリウスのお気に入りの場所だ。整備された海岸を辿れば、入り江に作られた船着場から直接城に上がれるようになっている。
 そんな場所に何だってこんな朝早くから大公殿下がいるのかと言えば、もちろん彼は夜釣りの帰りなのである。しかし長光を失い、しかも先日来どこか心ここにあらずの今日は、大したものは釣れなかった。せっかく糸が引いているのに、ぼんやりと水平線を眺めているようでは当たり前だろうが。
 何がそんなに彼の気をそぞろにしているのかといえば、それは先日のリーマスとの邂逅である。口をきいた限りではどうやら単に童顔であるらしい彼は、はっきり言ってシリウスの超好みだった。
 愛嬌のある顔立ちも可愛いし、減らず口な気の強そうな様子もよかった。細くて白く、でも弱そうではないところもまた美味しそう……もとい、保護欲を掻き立てる。それに何よりこよなく魚を愛するシリウスであるから、彼がほんとーに人魚だったりしたら、もう諸手を上げて大喜びだ。

「もっかい会えねーかなぁ……」

 などと、いつも強気な彼に似あわず小声で呟きながら、シリウスは軽いクーラーボックスを揺らして歩く。海岸を散歩して、裏手から帰ろうと思ったのだ。
 何気に可愛かったリーマスの顔を思い出しつつシリウスは腕を組みながら歩いた。あれで下半身も人間で、しかも女の子だったら、是非とも彼の後宮に入っていただきたいものだ。身分は無くともまず間違いなくシリウスの中ではナンバーワンの奥さんになるだろうに。

「……って、無理だよな〜」

 アホな妄想をため息と共に吐き出して海岸を歩くシリウスの重い足がピタリと止まった。彼は眉根を寄せて前方を睨むと、その場に釣りざおとクーラーボックスをそっと置く。足音を立てないように道を進むと、彼はギョッとしたように目を見開いた。

「リーマス!」

 慌ててシリウスが駆け寄った先には、リーマスがうつ伏せに倒れていた。青っぽい布だけを身体に巻きつけたリーマスは、海水に髪まで濡れたままピクリともしない。身体全体を覆うには少ない布からは、間違いなく人間の脚が伸びていた。
 露わになった身体の線に一瞬鼻の下をのばしかけたシリウスは、頭を振って気を取り直すと、ぐったりして動かないリーマスを抱き起こした。

「おい、しっかりしろ、ほら!」

 血の気の薄い頬を軽く叩きながら声を掛けると、リーマスは一瞬うめくように眉根を寄せた。真っ青だった顔色に朱が差し、彼は力無く瞼を開いた。

「リーマス、大丈夫か?」

 ホッとした様子で声を掛けるシリウスをぼんやり見上げ、次いでリーマスは正気を取り戻したように嬉しそうに笑った。彼は手を伸ばしてシリウスの頬に触れたが、何か言いたげに開かれたくちびるから音が零れることは無い。何度かくちびるを開閉させたリーマスは困ったように咽喉に手をやったが、諦めたようにシリウスを見上げた。

「お前、声が出ないのか?」

 困惑したようなシリウスの言葉に、リーマスは何度も頭を上下に振った。彼は親愛の証しかシリウスの首に抱きつくと、すりすりと頬を寄せたものだからさぁ大変。割合遊び人で、やりたい盛りは過ぎたものの、据え膳食わぬは男の恥と心得ているシリウスであるから、こんな風に愛情表現されて平静でいるのはむつかしい。いや、平静ではあるのだが、ちょっと思考法に問題が出てきてしまった。

「………………!」

 ちょお〜っと人には言えないようなことを妄想かましてシリウスはわきわきと手を動かしたが、超能力者ではないのでリーマスは不思議そうに首を傾げるだけ。彼はふと何かを思いついたようにへらへら笑うシリウスの袖を引き、波打ち際を指差した。

「……長光!」

 シリウスは声を上げると、リーマスをそっと地面に下ろしてから波打ち際に駆け寄った。そこにはツヤツヤ光る美しいフォルムの見事な釣りざおが転がっており、シリウスは一人で感極まる。ああ、これでもうマグロの一本釣りも鯛焼きの一本釣りも何でも可能だ!

「わざわざ探してきてくれたのか?」

 傍にやってきて目を覗き込むようにしてしゃがみ込んだシリウスは、うんうんと頷くリーマスの頭をありがとな〜となでなでする。ここでリーマスが通常の状態であったら、更に何か恩を着せまくるところだが、声が出ないのではどうにもならない。

「そうかそうか、わざわざ届けに来てくれたんだな」

 満面笑顔でシリウスは尚もリーマスの頭を撫でる。しかしリーマスはちょっと困った。声が出ないので、ただ届けに来たんじゃねーよとシリウスに教えることが出来ないのだ。さてどうしたものか、と困惑の表情で考え込んでしまったリーマスを見下ろして、何故か突然シリウスは自分の手を打った。

「あ、さてはお前、家出してきたな?」

 その言葉にリーマスは驚いて弾かれたように顔をあげた。何も言ってないのに、何故わかったと言わんばかりに大きな目で、穴の空くほどじーと自分の見つめるリーマスの肩に馴れ馴れしくシリウスは腕を回す。

「ははは、しょーがない奴だな。それで俺のとこにきたんだな」

 愛いやつめ、とシリウスはリーマスを抱き締める。彼は呆気に取られるリーマスを尻目に何かを一人で納得したらしい。

「よしよし、それじゃあこれからはうちに来いよ。不自由はさせないからな」

 何だか良くわからないがとにかく話が早いとリーマスは感心してじっくりと頷いた。ああ、海の神さま、こいつがアホで有難う御座いました!
 内心でにんまりほくそえんだリーマスにヘラヘラ笑い掛けながらシリウスは立ち上がった。ここなら裏口が近いからとか何とか言いながら彼は何故か上着を脱ぐ。今度は何かと身構えるリーマスに上着を渡し、流石にその格好はヤバイからと笑って言った。

「あそこから上がれるから。歩けるか?」

 シリウスは手を差し出したが、リーマスはその言葉に漸く自分がどうやって立ち上がったらいいのかわからないことに思い至った。しまった、尾ひれが二本に分かれるなんて初めてのことだから、どうしたらいいのかわかんないぞ。
 再び困惑の表情を浮かべたリーマスを見やって、シリウスは快活に笑った。こっちは笑いごとじゃないのに、と苛立ちかけたリーマスの傍らにしゃがむと、彼の背中と膝の裏に腕を回し、いとも容易くひょいっと抱き上げてしまった。

「おお、軽い、軽い」

 シリウスはそれは楽しそうに言う。大漁のときのクーラーボックス3箱に比べれば、ひょろっこいリーマスなどなんのその。一方抱き上げられたリーマスは、突然高くなった視点に吃驚して傍若無人な大公殿下にしがみ付いた。

「よしよし、もうすぐうちだからな」

 相変わらず何か楽しそうなシリウスの声を間近で聞きながら、リーマスは何気にこいつ侮れないぞ、と思い直した。そして、クーラーボックスだけが不信物として残されたのである。






 さて、その一週間後。命の恩人にとあてがわれた豪奢な部屋のベッドの中で、リーマスは盛大な音を立てて鼻をかんでいた。
 もし声が出たならばあーとかうーとか言ったに違いないが、今のリーマスにそれは出来ない相談である。彼はすでに一杯になってしまったくずかごにちりがみを放り捨てると、もぞもぞと暖かな布団の中に潜り込んだ。
 実はリーマス、見事に風邪を引いてしまったのである。自分が望んだこととは言え、あまりに急激な環境の変化とか、海中と地上の温度の違いに身体がついていかなかったようである。海底火山のおかげで水温の高い海に暮らしていたリーマスには、南とは言え地上は少し寒かった。
 初めての人間の生活に目を輝かせていたリーマスも、こうなってはどうしようもない。もう熱は引いたが、今度は鼻が詰まって仕方が無いのである。人間ってちょっと大変なんだな、とリーマスはふかふかの枕に顔を埋めながらしみじみ思った。そこへシリウスがひょっこり顔を出した。

「リーマス、起きてるか?」

 寝てていいぞ、と起き上がろうとするリーマスを制してシリウスはベッドの傍へやってくる。リーマスが押しかけて以来、シリウスはいつもご機嫌な様子である。何くれとなく世話を焼いてくれ、暇を見つけてはリーマスの相手をしてくれるのだ。

「りんごむいてやろうか? それなら喰えるだろ」

 そう言ってシリウスは手ずからりんごをむき始めた。その地上に来て初めて見る赤い果実がリーマスはお気に入りだった。それからケーキと言う甘い食べ物とか、チョコレートと言う黒い食べ物も。それらに出会えただけでも、リーマスは地上に来て良かったと心底思ったものである。

「ほら、うさぎだぞ」

 20年間常に家臣に跪かれ、何をするにも自分でする必要が無い生活を送っていたくせに、どういうわけか嫌に生活能力のあるシリウスは兎に模したりんごをリーマスに見せる。が、何せ海中にうさぎはいないのでリーマスは首を傾げるだけだった。

「そっか、海辺の育ちだからうさぎを見たこと無いんだな」

 と、何故かシリウスは勝手に納得してしまう。彼は初めリーマスを人魚だと思っていたが、再会して以来どんなに目を擦っても脚があるので、彼を恐ろしく泳ぎの上手い漁師か何かの子供だと思ったようである。いくら釣りバカでも目の前の人間を人魚だと思うほどシリウスは夢想家ではない。人間の下半身が魚なわけないじゃないかと合理的に考えて自分を納得させたようだが、再会後のリーマスが喋れなくなったわけについては何も考えていないようである。

「よし、今度実家にもどったら見せてやるからな」

 兎はミートパイとかにすると美味いんだぜ、とシリウスはしゃくしゃくとりんごを頬張るリーマスの頭を撫でた。実家と言うと妙だが、要するに彼の国の首都にある城のことである。そこはもっと北にあるので、それまでにリーマスはもっともっと寒さに慣れなければならない。そう思うとリーマスはちょっとげんなりしてしまった。

「あ、お前鼻が真っ赤だぞ」

 何でか嬉しそうにシリウスは赤くなったリーマスの鼻の頭をつつく。やめてよ、と言うことは出来ないのでリーマスは膨れっ面をして布団に潜ってしまった。そんな仕草がシリウスにはとかく可愛く思えてならない。わかりやすく言えば『かなり萌えー!』なのだが、その概念はリーマスには無く、シリウスは笑って布団の上からリーマスの頭をポンポンと叩いた。
 じゃあなという声が遠くで聞こえたのを期に、リーマスは布団から頭を出す。シリウスはもう行ってしまったようで、ベッドの傍にある机の上の皿には、残りのりんごが乗っていた。それを摘みながらリーマスはあの妙に自分を子供扱いする部分が無ければシリウスはいいやつなのに、と不貞腐れた。
 シリウスは顔も綺麗だし、釣りが好きなだけあって料理も出来るらしいし、一緒にいて飽きないから、嫁にしてやってもいいのだが。何せリーマスも王子であるから、考え方はシリウスと似通っている。だがこの場合リーマスは国籍不明の居候であるし、向こうが第一王位継承者である以上、嫁に貰うわけにはいかない。そもそも二人とも男なのだが、リーマスは一体何処で聞いたのか人間は同性でもつがえるのだと知っていた。どうせリーマスには子供を残す義務は無いので、別にシリウスでもいいやと何か誤解したのである。
 やっぱり声なんか渡さなきゃよかった、とリーマスは再び布団に潜りながらむっつりと天蓋を睨んだ。彼は海に住む魔法使いを脅して地上を歩くための脚を手に入れたのだが、その代わりに声を奪われてしまったのである。しかも魔法には期限と契約が付いてくる。
 期限は半年。契約はその半年間に意中の相手をらぶらぶげっちゅー☆できなければ、海のもずくとなってしまうというもの。脅されてるくせに随分態度がでかいじゃねーかと宝刀を突きつけながらリーマスが言うと、ホールドアップした魔法使いは、だってそういうお話なんだから仕方ないじゃないですかと半泣きになって訴えたものである。
 それで渋々承諾したのだが、やっぱ無視しちゃえばよかったな、とリーマスは鼻をすすり上げながら思ったのだった。






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