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月日は飛ぶように過ぎ去っていった。見るもの聞くもの全てが珍しいリーマスは当初の契約もすっかり忘れて毎日を楽しんでいた。初めは苦戦したテーブルマナーにもすっかり馴染んだし、シリウスが嬉々として教えてくれたので、今では読み書きも出来る。おかげで周りとの意思疎通も筆談で可能となった。
最初のころ突然現れた『命の恩人』とかいうリーマスに、もしや他国のスパイではと疑いを抱いていた家臣たちも、その無邪気な様子に誤解を解いたようである。いつもどこかぼんやりしていて、口はきけないが天真爛漫なリーマスの様子にほのぼのしてしまうらしい。特にどー考えてもおかしな程、人間世界の生活や常識を知らないので、それを教えてやるのが楽しいようだった。
もちろんリーマスはそれを嬉々として受け入れ、驚くほどの飲み込みの速さを示した。それがまた優秀な生徒を教える快感なのか、家臣たちはリーマスを可愛がるのだ。どっかの莫迦殿下とは全然違うねーと。リーマスもそれをニコニコと受けながら、何気にこの国の権力中枢がどこにあるのかとか、シリウスの王位継承権はきちんと遂行されるのかとかを探っていたのである。やはり取り入るならば最高権力者が一番だ。と、そんなことをあどけない笑顔の裏でリーマスが考えているなどとは露知らず、皆揃って彼を可愛がるのだった。
シリウスはよくリーマスを釣りに連れて行く。リーマスもやはり水辺が懐かしいのか、誘われれば楽しそうについていく。流石に釣りはしないが、シリウスが吊り上げた魚をその場でさばいてもらうと美味しそうによく食べた。それでシリウスはやっぱりリーマスは人魚ではないのだな〜とちょっと残念に思った。何せリーマスが人魚なら、魚を食べるのは共食いになると思ったからである。だが、彼は鮫が魚を食べることや、イカでマグロを釣ったりするという事実を忘れている。
それはともかく、二人はとても仲良くやっていた。家臣は一人っ子の大公殿下が、弟が出来たようで嬉しいのだろうと微笑ましく思っていたが、実際とはかなり違う推察である。相変わらずシリウスはリーマスを可愛いな〜、嫁にしたいな〜、っつーか、あれとかこれとかそーんなこととかしちゃったりして〜とか、結構ヤヴァイことを時々考えてはいたが、リーマスが余りに天真爛漫に見えるのであくまで可愛がるに止めているのである。
一方天真爛漫に見えても中身は真っ黒なリーマスは、触ると葉を閉じるシダ植物に吃驚したり、衛兵にサーベルを触らせてくれるよう無邪気に頼んだりしながらも、さり気に人間世界の政治的状況を探っていたりするのだった。
国を内側から乗っ取るには、やはり軍隊と情報と経済を手中にすることが大事だろう。そのためにはまず、誰がどの位にいて、どんなつながりを持っているか知らねばならない。それから法律を学び、その抜け穴を探す。人間関係を熟知し、誰が敵で誰が仲間かを知り、敵の弱みを握るべし。
そんなこんなでリーマスが仕入れた情報によると、どうやらシリウスはかなり大きな国の第一王位継承者であるが、父ちゃんがまだまだ健在なためあと10年は遊んで暮らせそうだ。が、一方で他国との友好条約締結のためにどうやら政略結婚を求められているようでもある。そして何よりリーマスをがっかりさせたのは、どうやら人間は同性でつがうことはできても、結婚はできないらしいということだった。
政略結婚はリーマスにも理解できる。何せ彼も王子であるから。しかしつがうことイコール結婚ということである人魚のリーマスには、つがうのに結婚できないということが理解できなかった。じゃあ、子供が出来ちゃったらどうするのだろうか。いや、雄同士じゃ卵がないから子供は出来ないけど、結婚しないのに雄と雌がつがうということがリーマスにはよくわからなかった。つがうことと結婚することと子供を作ることは人魚にはイコールであるから、子供を作らないのにつがうのは無意味だし、雄と雌でもそれがOKなのに、どうして雄同士でそれをしちゃいけないのか益々わからなかった。
考えてみれば、城に住んでいる既婚者が全部雄と雌のつがいなのはちょっと変だと思っていたのだが、まさかそういうこととは思いもよらなかった。ということは、リーマスはシリウスとらぶらぶげっちゅー☆にはなれないということか。じゃあ、ぼくは海のもずくになっちゃうの?
それは嫌だな〜と、危機感の微妙に足りないリーマスは頭を掻いた。さて、どうしたものだろうか、と。
そんなこんなで月日が更に経ち、ある冬の海の凪いだ夜に、シリウスはいつも通り長光を布で磨きながら、傍らに寝そべって本を読んでいたリーマスに突然言った。
「俺、今度結婚することになったから」
絨毯の上にあぐらをかいて釣りざおを磨き上げていたシリウスは、話のついでだとでも言うような口調であったが、ガトーショコラを摘みながら暖炉の脇で本を読んでいたリーマスは吃驚して彼を振り返った。
「今度の舞踏会で発表なんだよ。西隣の国のお姫さんなんだけどな」
リーマスは起き上がってシリウスをじっと見つめる。これはついに困った事態になった。
その視線に気付いてかシリウスは苦笑して釣りざおを置くと、
「仕方ないだろ、貿易の利権がからんでるからな。そんな顔するなよ」
ぷーっと膨れっ面になったリーマスをシリウスは手招いて抱き寄せる。シリウスはよくリーマスを抱き締めたりキスをくれたりするが、それがあまりにさり気無い動作なのでリーマスは今まで疑問を感じたことは無かった。例え家臣が時々目を逸らしていたとしても。
「あ、何だお前、さては妬いてるな?」
可愛いやつめ〜とシリウスは仏頂面のリーマスをぎゅっと抱き締める。面白くないのは事実だが、妬くと言うより自分の生死が関わっていることなのでリーマスは怒ってシリウスを引っぺがすと、ぷいっと部屋を出て行ってしまった。その態度に相変わらず頭の中がお花畑なシリウスは益々可愛いやつめ、とか思ったようだったが、そんなことはリーマスの預かり知らぬことなのである。
部屋を出たリーマスはぷりぷり怒って腕を組んで考え込みながら、あちこちを歩き回った。あの恩知らずの大莫迦野郎め、ともし声が出たらリーマスは怒鳴り散らしていたかもしれない。そりゃあシリウスが王位継承者で、今まで国民の税金で遊び暮らしてきた分、重い責任を背負っているのはわかっている。だがもうちょっと言いようってものがあるではないか。何もあんなへらへらしながら言わなくったっていいだろうに。何だあの野郎、毎日愛してるよーとか歳くっても一緒に釣りに行こうなーとか言ってたくせに。っつーか、それじゃあやっぱつがいってことにはならないのか。
ふと気付くとリーマスは裏手の入り江にやってきていた。凪のせいで波の音は少なく、リーマスは青白い月光に濡れながらぼんやりと遥かな水平線を見つめた。いっそ期限が切れる前に国に帰ろうか。だが、この脚で果たして辿り付けるのか。それ以前に、えら呼吸は未だに可能なのだろうか。
困ったことになっちゃったな〜と、相変わらず危機感の足りないリーマスの足元で、打ち寄せる波の間に何かが浮かび上がってきたことに、彼はまだ気付いていなかった。
婚約が発表されたのは、西隣の国と友好が結ばれて3周年というかなり中途半端なお祝いの舞踏会での席上のことだった。顔も名前もぜんぜん覚えられない貴族連中の賛辞を笑顔で受けつつも、シリウスは会場にリーマスの姿が無いことが気になっていた。いつもならばリーマスはお菓子が沢山食べられるパーティーが大好きで、必ず子供たちと一緒になって何かを食べていると言うのに。こないだからご機嫌斜めだったからなーとシリウスは内心でため息一つ。
きっと今ごろはベッドの中で枕を濡らしているのかな。それとも海辺でぽろぽろ涙を零しているのかな。いやいや、暖炉の前でクッションを抱き締めてうたた寝中かな〜とか、どうしてかシリウスの中では相当リーマスは可憐にデフォルメされているらしく、自分のあらぬ妄想に相好を崩さないようにするのに彼は必死だった。とにかく、しばらくはあまり刺激しないようにそっとしておくべきかもしれない。ほとぼりが冷めたら、結婚しても一緒にいるからなーと頭をなでなでしてやろうとシリウスは考えたのだった。
それは月の冴え冴えとした真夜中のこと。草木も眠る丑三つ時に、大公の寝室にそっと忍び寄る怪しい影が一つ。その人物たるや、リーマスである。いつになく鋭い視線を放つ彼の手には、装飾過多な短剣が握られている。物騒なことこの上ないが、実はマーシャルアーツの達人でもあるので短剣を握るリーマスの手つきに危なげは無い。
リーマスは足音も立てずにシリウスの寝室に滑り込むと、暗い部屋の中をベッドにそっと近づく。彼は音もなく天蓋のカーテンを開くと、ゆらりと立ち上がってベッドを見下ろした。
シリウス、短い付き合いだったが君とはこれでお別れだ。君は優しくて気前がよくて話が早くてかなりアホで何か面白くて時々ぼくを見て鼻の下を伸ばしたり気の利かないことを言ったり髭をじょりじょりさせてあれは結構嫌だったけど概ね良いやつだった。こんなことが無くて君が女の子だったら、拉致して魔法使いに人魚にさせてぼくのお嫁さんにしたかったけど、こんなことになって非常に残念だ。が、かけがえの無いぼくのために尊い犠牲になってくれ!
などなど、かなり自己中心的なことを胸の内でのたまってからリーマスは両手で握り締めた短剣を大きく振りかぶった。そして今まさに振り下ろさんとしたそのときである。突然寝室のドアが大きな音を立てて開かれたのは。
「いやー、大漁、大漁!」
そんなことを鼻歌交じりに言いながら入ってきたのは、もちろんシリウスである。吃驚して短剣を振りかぶったまま固まってしまったリーマスは、ぎこちなく首を動かして背後を振り返った。
「あれ、リーマス?」
長光を壁に立てかけたシリウスはようやく異変に気付いてリーマスを見つめた。暗い部屋に薄着のリーマスが一人、ベッドの傍に立っている。彼は何故かギラリと光る短剣を手にしており、大きく目を見開いてこちらを凝視している。ということはつまり……。
「お、お前まさか……」
シリウスはいつになく真剣な顔でふらふらとベッドに近寄ると、しまったと思わず覚悟を決めて目を瞑ってしまったリーマスに向かって大声を出した。
「夜這いに来たかリーマスぅ〜!」
語尾にハートマークが10個は付きそうな声をあげつつシリウスはがばちょっとリーマスを押し倒した。あまりに予想外の展開に何が起こっているのかわからずフリーズするリーマスを抱き締めて頬を摺り寄せながら、
「そーかそーか、そんなに俺が結婚するのが寂しかったか。うんうん、大丈夫、俺もお前が一番だからな。愛してるぞー、リーマス」
こんな短剣なんか無くっても、いつでも脱いでやるから大丈夫だって、とシリウスは一人で何か勝手に納得してリーマスの手から短剣を取り上げてベッドの脇に放ってしまった。吃驚したリーマスは何か言いたげに口をパクパクさせているが、どうやら彼は焦って自分が喋れないことを失念しているらしい。それをいいことにシリウスは一人でだらしなく眦を下げながら、
「うんうん、わかってるって。ちゃーんと良くしてやるからなー」
初めは痛いかもだけど、段々良くなってくるからなどとよからぬことをぶっこきながら、シリウスは細いリーマスの顎を捕らえてちゅーをする。初めてされる濃厚なキスに目を白黒させていたリーマスは、だがいい加減頭に来たのか渾身の力を込めて、へらへら笑うシリウスをぶっ飛ばしたのだった。
「えーと、それじゃあ別に夜這いに来たんじゃないんだな?」
気を取り直して二人がベッドの上に座って向かい合うと、シリウスはようやく真剣な表情になってリーマスに言った。頬を腫らして右の鼻に詰め物をした様子に思わず笑ってしまいそうになりつつも、リーマスは真面目腐った表情で頷いた。
その様子にシリウスはあからさまにガッカリしたが、リーマスに手渡された筆談の紙を見て考え深げに顎を擦る。どうやら彼にはリーマスが自分を殺害に来たことよりも、夜這いではなかったことの方がよほどショックであるらしい。当然怒られるものと思っていたリーマスに彼は、
「あん? だってでないとお前が死んじゃうんだろう? だったら仕方ねーんじゃねーの?」
とあっけらかんと言い放つ。それより本当に夜這いじゃなかったのかとシリウスがしつこく言うので、リーマスはそれを無視して続きを促した。
「そうか、俺とらぶらぶげっちゅー☆にならないと海の藻屑になっちまうのか」
それは大変だと腕を組んだシリウスにリーマスは違う違うと手を横に振る。
「え? 藻屑じゃなくてもずく? もずくって、あのねばねばの?」
驚いたシリウスにうんうんとリーマスは必死になって頷いた。なるほど、それはかなり嫌かもしれない。そんじゃあ益々仕方ないよなーとシリウスはリーマスの頭をなでなでする。どうやらシリウスはリーマスの頭を撫でるのが好きらしい。
「それでお前の姉さんたちがこの短剣を魔法使いから奪い取ってきてくれたのか」
シリウスが手にしてしげしげと眺めたのは例の装飾過多な短剣である。リーマスを心配した姉たちが、魔法使いを脅して奪った魔法の短剣で、契約の中核をなすシリウスを殺せば、それが無効になるらしいのだ。しかしいくらシリウスが寛大でリーマスにメロメロでも、死んでやるわけにはいかない。バレちゃったからにはもうあとはもずくになるしかないかなーとぼんやり思ったリーマスだったが、シリウスがそんなことは無いと言い出した。彼はいつものようにリーマスを抱き寄せて小さい子供に言い聞かせるように、
「別に結婚できなくったってらぶらぶげっちゅー☆にはなれるだろ」
「?」
「だからな、政治的なこととか義務とか色々あって俺はあのお姫さんと結婚しなきゃいけないけど、愛人でよければ一番愛してあげられるぞ」
愛人の中で一番とかじゃなくてな、とシリウスは言う。何しろ彼は王様になるのだから、奥さんの他に何人か愛人を持つのは当たり前のことである。正妃には何人か子供を産んでもらわねばならないので寂しい思いをさせるかもだが、それ以外では絶対に浮気しないし、とシリウスはリーマスの背中を撫でながら平然と言ってのけた。
「まぁ、向こうも恋愛と結婚は別物って言ってるからよ。お互い子供さえ作らなきゃ、何人愛人作っても口出ししないってことになってるから」
下手に他所で子供を作ると、王位継承権で争いの種になるから、と。よって、子供が出来る心配の無いリーマスは超理想的なのである。
なるほど、とリーマスはシリウスの腕の中で考え込む。確かにそれならば契約もどうにかなるだろう。契約さえ遂行できれば脚はそのままリーマスのものになるのだ。しかも何かの間違いで国が倒れるようなことさえなければ、リーマスは一生楽して暮らせるのであるから、願ったり叶ったりだ。
「それでいいか?」
シリウスの声に促されて顔を上げたリーマスはうん、と力強く頷いたのだった。
数日後の昼過ぎことである。海面に顔を出した姉たちに伴われて、リーマスは海の中に入っていった。本当に人魚だったんだ、とまたいつもと違った感動に打ち震えるシリウスを、家臣たちは嫌そうに遠巻きに見つめていた。
そして夕暮れ、戻ってきたリーマスは何と口がきけるようになっていた。
「いやー、姉さんたちとちょっと脅したら、すぐに返してくれたよ」
あはははーと快活に笑ってリーマスは濡れた髪を拭きながらシリウスに言った。海面に顔を出した5人の姉達は、誰もが美人ぞろいでシリウスは嬉しそうに笑い、たまにはお茶にでも来てくれと言っていた。家臣たちは伝説の人魚にびびったのか近寄ってこなかったが、相変わらず魚好きのシリウスは全く気にした様子も無い。どころか、人魚とわかってますますリーマスが可愛くなったようである。
「お前の姉さんたちも強いんだな」
「そりゃあそうさ。ぼくの国の五将軍だもの」
「え、あの人たち、軍人なのか?」
吃驚するシリウスにうんとリーマスは頷く。テラスのテーブルセットに用意されたお茶にご満悦の様子で嬉しそうにしながら、
「姉さんたちは凄いんだよ。手加減一発、岩をも砕くからさ」
「……お前、愛されてるんだな」
うへえと感心するシリウスにジンジャークッキーを摘みながらリーマスは頷く。どうやらリーマスを泣かせるようなことがあったら、命は無いものと思ったほうがいいらしい。
「ああ、そうそう。もし君の国が戦争でよっぽど苦戦することでもあったら言ってよ。海戦なら誰にも負けないからさ」
戦はまかせろと言わんばかりの満面の笑顔には、南の海を統治する国家の王家たる者の威厳と風格が備わっていたようにシリウスには思えた。なるほど、海の中からの援軍とあらば心強いものである。しかしどうやら傍に控えたシリウスのお目付け役ははらはらしているようだ。それはそうだろう、ある日突然現れたシリウスの命の恩人とやらが、人外魔境の上に大帝国の王子様だと思いつくような輩は、正常な脳みその持ち主ではないだろう。これは或いは今回のシリウスの政略結婚以上の効果をもたらすかもしれない。
「しかし、よくここに留まることを許してくれたな」
紅茶のカップを口元に運びながら言うシリウスに、ああ、それとリーマスは笑う。
「人間は男同士でもつがいになれるんだよって言ったら、じゃあ仕方が無いってさ」
「……つがいってお前、どういうことかわかってるのか?」
シリウスは以前から少しリーマスの常識が自分たちと異なっていることには当然気付いていたが、もしやリーマスにとってつがうということはお手手つないで楽しいなーではなかろうかと不安になったのだ。
「つがいって、結婚して子供作ることだろう? そりゃあぼくらは男だから子供は無理だけど」
確かにそのとおりなのだが、何かが引っかかってシリウスは重ねてリーマスに問い掛けた。質問、人魚はどうやって子供を作るのか?
「どうって、雌が卵を産んで、雄が白子をふりかけて、後は二人で温めるんだけど?」
その最早魚類なんだか人類なんだか鳥類なんだかわからない返答にシリウスはやっぱり、と呟いてため息をついた。どうやらシリウスの想像は当たらずも遠からずであったらしい。基本的に子孫繁栄を目的としない生殖好意を行うのは人間だけであるから。リーマスの言によると、子供を作った後の人魚の夫婦はらぶらぶに暮らすらしいが、間違いなくシリウスがあれこれ妄想している類いのアレとは違うのである。
しかしシリウスは腕を組んでいや待てよ、と自分に呼びかけた。どうやらリーマスはその点に関してはその辺の7歳児と同レベルの知識でしかないらしい。その証拠に今までさんざんちゅーしても全く嫌がる素振りを見せなかった。こないだの夜這いの夜なんか、いや、夜這いではなかったのだけど、抱き寄せて身体をなでなでしてやっていたら、いい雰囲気だというのに気持ち良かったのか、眠ってしまったおかげで結局何も出来なかったし。つまりリーマスは人間がつがうってことはあれをあそこにあーしてあんなことになることを全く知らない、まさしくノープリンティングなわけか。
思わず言語表記不可能なまでに卑猥な想像をかましたシリウスは、一瞬周りの衛兵や家臣がひぃっと悲鳴を漏らすような危険な表情になったが、メレンゲパイを頬張るのに懸命になっていたリーマスは気付かなかったようである。
気を取り直したシリウスはわざとらしくこほんと咳をすると、
「あー、リーマス。人間がつがうのは人魚とはちょっとやり方が違うんだが、まぁ、俺が手取り足取りナニ取り、じーっくり教えてやるから安心しろ!」
テーブル越しに肩を叩かれ、リーマスは良くわからないながらもうんと大きく頷いたのだった。と言うより、頷いてしまったのだった。
後日、シリウスに『人間のつがう方法』をじっくり教えられてしまったリーマスは、
「うん、でも思ったより凄く気持ち良かった」
と言ってシリウスを益々喜ばせた。
そしてそのシリウスは、
「いやー、だってあいつ、本当に何も知らないでやんの。何か悪戯してるみたいですげー楽しかった」
などとのろけては、家臣連中からこの変態め! と内心で罵られたのだった。
そして約束通りシリウスは正妃以外誰とも浮気することなく、リーマスと一生ラブラブに暮らしたのである。
昔々ある北の国に、賢王と贈り名された王様がいました。その王様は争い事が嫌いで、できるだけ平和に物事を解決しようとした結果、その長い在位中にわずか3回しか戦端を開くことはありませんでした。
それら全てに勝利した後も、併呑した領地でも用水路を整備し、災害に備え、経済を活性化させ、治安を良くするよう努めた結果、長い王国の歴史でも一番平和で一番豊かな時代を築きました。
王を良く知る人々は敬愛を込めて、その功績は全て単に王が世界中で釣りをしたかったからだと笑って言ったそうです。事実王様は無類の釣りバカで、政務の無いときはご自分の右腕と巷では称される切れ者の少年を連れてどこかで釣り糸を垂れていました。
その不思議な少年は人魚なのだという伝説があり、その証拠に種族の違いからか亡くなるまであまり歳をとらなかったそうです。
王様は年をとって退位すると、待っていましたと言わんばかりに諸国漫遊、いい釣り夢気分の旅に出かけ、世界中にその足跡を残しました。肩には大きなクーラーボックスを下げ、右手には長光という釣りざおを持ち、左手には恋しい少年の手を引いてあちこちを旅する王様の姿は、世界中で目撃されたのでした。
そうして二人は、生涯適当に幸せに暮らしたのです。めでたし、めでたし。
〔おわり〕
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