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昼間の不機嫌さはどこへやら、シュミットは上機嫌でエーリッヒを昨日見つけたとかいうレストランへ誘った。逆に不機嫌なエーリッヒのことなどまるで眼中に無いらしい。ただエーリッヒは元から無愛想な上に感情が表面に出ないタイプであるから、単に気付かなかっただけかもしれない。何にせよ、お腹一杯になって気分の良くなったシュミットは今だ残った頭痛のせいか、
「明日な、明日」
と言い残して早々に休んでしまったのだった。
次の日も朝から天気は良く、気温の高さも例年通りだったが、二人は一日のほとんどを部屋の中で過ごした。昼近くまで寝坊をした後ルームサービスで軽く朝食兼昼食を取り、寝室に据えられたテレビを見てはゴロゴロする。そのうちエーリッヒが、
「……銀行に行って来る」
と言い出して暫くシュミット一人になったが、彼はすぐに戻ってきた。
「カードじゃだめなのか?」
ご大層にちゃんとスーツを着てネクタイまで締めていたエーリッヒは鬱陶しそうに上着を放ったが、シュミットの見た限りでは汗一つかいていない。そのまま寝室へやって来たエーリッヒはいつの間に取ってきたのか缶ビール片手に、朝からバスローブ一枚のシュミットの隣へ腰を下ろす。
「……チップなんかはカードじゃ払えん」
なるほどとシュミットも頷き、エーリッヒの飲みさしのビールをもらう。冷たい咽喉越しが心地良く、シュミットは目を細めた。
「……何か変わったことでもあったか?」
エーリッヒが顎で指した先にあるテレビでは先ほどからニュースが流れている。衛星放送が入っているおかげでこんな時間でもニュースを見られるが、さしてめぼしいことは無かった。いや、待てよ……。
「……確か、この近くで何とか言う麻薬密売組織の幹部が射殺されたらしいぞ。組織内の抗争だとさ」
くだらないと言いたげのシュミットに気の無い返事をするが、どうやら上手くいったらしいとエーリッヒは内心皮肉気に笑ったのだった。そのエーリッヒの方へシュミットが身を乗り出してくる。それより、と言いながらさり気なくエーリッヒの手から缶ビールを取り上げた。
「なぁ、そろそろ良いだろ……?」
良いも何も、すでに服を脱がせにかかっているくせに何を言うのだろうか。本当ならばすぐにでも帰国したい処だが、約束だから仕方が無い。それに滞在予定は一応、一週間になっているし……。
エーリッヒが何も言わないのを肯定と取ったのか、シュミットはベッドを滑り降りて絨毯に膝をつく。手早くエーリッヒのズボンのベルトを外すと、何の躊躇いも無く彼自身を口に含んだ。いきなりこれか、とエーリッヒは深く息を吐いて身体の緊張を解く。相変わらずシュミットは上手い。時折わざと歯を立ててみたりするのも気持ちが良く、思わず身体が小刻みに震えそうになった。
「……ふふ、色っぽいな」
シュミットがエーリッヒの脚の間から顔を上げて楽しそうに眸を細めながら言う。何にか濡れた口唇が艶やかで、エーリッヒは指でそれをなぞった。柔らかく温かな感触が何とも言えず好い。ぬるりとしたものが触れ、指を導く。それに抵抗せずに口腔に人差し指を滑り込ませても、シュミットは平然とそれをしゃぶる。先ほどまで自分を愛撫していた物体が思考を持った生き物のように纏わり付くのがおもしろい。だがすぐに飽きてしまったのかシュミットは口を離し、そっぽを向いた。そのくせ身体はエーリッヒの脚に凭れさせたままなので面白い。要はもっと構えということなのだろう。その子供じみた甘え方に思わず苦笑を漏らしながら、エーリッヒはいきなりシュミットをベッドの上に引き上げた。
「わっ!」
いきなりのことに驚いたらしいシュミットの抗議は無視して口唇を奪う。ローブのはだけた脚の間に膝を割り入れ、腰を擦り寄せると気持ち良さそうにシュミットは笑う。どうやら下着もつけていなかったらしく、シュミット自身はとっくに硬くなっている。声を漏らす口唇に舌を挿し入れながら肌をまさぐると、シュミットから腰を摺り寄せてきた。服が汚れるのは困るのでお互いをくっつけて手でしごき上げる。
「あ、もっと、早く……」
水を含んだ声音はいつもよりずっと高い。あっ、あっ、と絶えず嬌声を上げながらシュミットは何度も口唇をエーリッヒに寄せてはキスをねだる。一々面倒だがここで機嫌を損ねては大変なのでエーリッヒも抗わない。舌を絡めたり、揉んだり、吸ったりしながら先走りのにじんだお互いを高める。流石に最後までこれでいるわけではないが、案外悪くも無い。だがシュミットは気に入らないのか、いつのまにか背中から手をエーリッヒのズボンの中に差し入れて腰の辺りを撫でさする。
「エーリッヒ、口で……」
そう言ってキスをよこすシュミットには逆らえない。仕方なく何度も身体にキスをしてやりながら下腹部の方に移動し、しっとりと濡れ始めた脚を開かせる。何の抵抗も無く開かれた脚の付け根にすっかり勃ち上がった男性器がある。初めのうちは眉をひそめたが、今では何の感慨も無い。
形のいい臍から舌でなぞりつつ南下し、わざと内腿へ逸れる。じれったそうなシュミットを無視して腿を吸うが、趣味が乗馬だったとかで案外硬い。大学を出て以来すっかり間遠になっていると言っていたが、それでも未だ肉は削げていなかった。おかげであまり気持ち良くないのかシュミットは苛立たしそうにエーリッヒを急かした。確かにこれでは仕方が無いとエーリッヒもすぐに態勢を直す。必要以上に脚を広げさせ、そそり立ったものに口付ける。
「あっ……」
やっと要求通りにしてくれた安堵感と直接的な刺激に声が漏れるが、それを我慢する必要はない。自宅のベッドでは下手に大きな声を上げては他所に聞こえはしないかと気になって仕方が無かったが、ここではそんな心配は要らない。多分わざとピチャピチャと淫靡な音を立てるエーリッヒの愛撫に絶え間無く声が出てしまうが、気を使わない分楽で集中できた。それにしても上手いなと内心久し振りのことに舌を巻いているシュミットの声を聞きながら、エーリッヒは口を使うのを止めない。口内に青臭いものが広がり、情欲を掻き立てる。滴り落ちた液体がシュミットの花蕾をしとどに濡らすのを指先で確認してから、そこをなぞり上げた。
「あっ! そ、れはず、るい……」
指のほんの先だけを何度も出し入れされてシュミットは抗議するが、声からして本当はそれが好くてたまらないことを示している。第一彼はこうして口で愛撫されながら指で犯されるのが大好きなのだ。いい加減今まで何度も寝てきたのだからエーリッヒにだって何処が好くて、何が好きで、どんな風にすればシュミットが悦がるのかぐらいとっくにわかっている。シュミットはしょっちゅうあれは嫌だこれはするなと文句を垂れるが、その大半が彼の弱点なのだ。そうして理性を喪失させれば自分で腰を振るくせに、何を格好つけているのだか。ドラッグの一つでもあればさぞや面白い痴態が見れるだろうに。だが実際的にそんなものは無いし、そこまでするのもエーリッヒには面倒臭い。アラブ辺りの成金の変態にでも売り渡せばかなり良い値が付くに違いないが、現在においてはシュミットはエーリッヒの気を紛らわす玩具の一つだった。
「……おい、もう少し上にいけ」
身体を起こしたエーリッヒの言葉に、涙目のままシュミットは頷く。肘で体重を支えるようにして枕の方にずり上がり、先ほどと同じ態勢でエーリッヒを待つ。しどけなく開かれた脚の間に身体を入れて、エーリッヒは手を伸ばしてシュミットの頭上にある枕を取った。それをシュミットの腰の下に当ててやり、挿入しやすい態勢を作る。それからシュミットの脚を折り曲げさせ、ゆっくりと腰を落とした。流石に指のようにはすんなりいかず、少しずつ体重をかけていく。ここで痛いと騒がれて拒まれてはエーリッヒも面白くない。すっかりシュミットの中に収まっても馴染むまで時間を取る。
「エーリ、腕……」
心得たものでシュミットもその間にエーリッヒのシャツを脱がす。いつの間にやらネクタイは外れてしまっていたらしい。それをベッドの下に放るとぼんやりとエーリッヒを見上げた。
「……大丈夫か?」
そっと頬に触れる手を取って口付けながらシュミットは頷く。久し振りの感覚。やはり焦がれた相手に抱かれるのは気分が良い。
「……力、抜いてろ」
ゆっくり動き出したエーリッヒに合わせてシュミットも息をつく。初めのうちはどうにも異物感というか違和感というか、そういったものしか感じないが、だんだん慣れてくると脳髄をかき乱されるような快感が押し寄せてきた。
「あっ、や、もっと……」
エーリッヒにしがみついてシュミットは喘ぐ。逞しいエーリッヒの身体はシュミットが抱きついたくらいではびくともしない。初めてのときから思っていたのだが、エーリッヒは何か格闘技でもやっているのだろうか。服を脱ぎ去った肢体はバランスのとれた筋肉の引き締まった肉体美で、思わず溜息が漏れそうになったほどだ。だからといって筋肉で太っているわけでもなく、野生の狼を思わせるしなやかさが内在されている。これでは基礎体力の過ぎるほどの違いも頷けるというものだ。
「エーリ、好き……。もっと一杯、強く……」
エーリッヒの腹部にシュミット自身が擦れて気持ちが良い。脱げかけたバスローブなど最早念頭に無いままシュミットは一生懸命エーリッヒに縋りついていた。汗ばんだ背中に手を回し、背骨の突起を数えるようになぞり上げる。筋肉の目立つ脇腹をさすり、何度も口付けを交わす。
「ダメ、もう……、エーリ、早く……」
愛して、と囁いてシュミットは口唇でエーリッヒの耳朶を甘噛みした。そのとたんに驚いたのかエーリッヒがわずかに態勢を崩した。
「……いいから大人しくしてろ」
怒ったような低い囁きに首を傾げながらもシュミットは小さく頷いた。そうして抱き合いながら、最後まで二人は高め合った……。
暫くして後、漸く離れた二人は思い思いにベッドへ横になった。すっかり全裸になったシュミットは恥ずかしげも無く仰向いたまま胸を上下させていた。
「……ああ、エーリ、お前って最高」
そう呟いて幸福そうに目を閉じる。何を言っているのだかとエーリッヒは相手にしないが、そんなことシュミットはお構いない。体重をかけられていたせいで上手く動かない脚を伸ばしながら、エーリッヒに聞こえるように、
「お前としてると、妊娠させられそうだ」
多分、生まれてくるのは男だろうな、と笑いながら。その目は未だに潤んでいて、動作にも切れが無い。弛緩した身体は満足そうに潤っている。だが反対に咽喉は渇きを覚えていて、声が掠れそうだった。
「……何か取るか」
そう言ってエーリッヒはシュミットの科白を黙殺してベッドから降りる。取り合えずスラックスだけ履くと電話の傍へ立った。さて、何を頼もうか。今から強い酒というのもなんだし、ソフトドリンクで飲みたいものがあるわけでもない。もともと食事一般に無頓着なエーリッヒはこういうとき何を頼めばいいのだか皆目わからない。そこでシュミットを振り返ると、何も言わないのに意を察したのか、
「シャンパン。苺付きで」
それをそのまま伝えると、エーリッヒはシュミットの寝そべるベッドに腰を下ろした。
「……おい、シャツを返せ」
いつの間に着たのかシュミットは先ほどまでエーリッヒの着ていたシャツに袖を通している。だが言ったところで素直にシュミットが返してくれるはずも無く、
「それでいいじゃないか。どうせ受けとってチップを渡すだけだろ」
そう言ってさっきまで自分が着ていたバスローブを示した。仕方なくそれを羽織り、エーリッヒは早くも鳴った呼び鈴に立ちあがる。チップを片手に寝室を出ると、すぐにシャンパンの壜とグラスを二つ、それに苺の入った銀の器を抱えて戻ってきた。
「ここ、ここに置いてくれ」
シュミットははしゃぎながらサイドテーブルを指差す。言われた通りそこに置くと、シュミットは慣れた手つきでグラスにシャンパンを注いだ。
「じゃあ、乾杯」
「………………」
キン、と澄んだ音がしてシュミットがグラスを合わせた。一体何に乾杯なのだか知らないが、とりあえず反論はしない。どうせこの後のことにとでも言うのだろうから。
「……思うんだけどな、苺ってシャンパンの味を引き立てるって言うだろ?」
シュミットは突然エーリッヒの方を向いて話しかける。それにエーリッヒが頷くのを見て、
「でもさ、苺は苺だけで食った方が美味くないか?」
「………………」
そう思うのだったら何だってわざわざ頼むのか。そんなことをエーリッヒが考えているなど思いもよらず、シュミットは苺を一つ口に銜える。
「エーリ、ほら」
そう言ってこちらを向くということは、それを食えと云うことか。
「………………」
仕方なくその通りにしてやる。こんなことしたところで、何もならないのに。だがシュミットは違うようで、何やら一人で楽しそうだった。
「お前今、口唇かすったぞ。……まぁ、いいや」
そんなことを呟きながらシュミットはエーリッヒに凭れてくる。空になったグラスを置き、ペタリと寄り添ってくるシュミットの体温は高い。もう元気になったのかと少しエーリッヒはうんざりした。それでも約束してしまったのだから仕方が無い。グラスを置き、苺の入った銀の器に蓋をすると、シュミットに唇を寄せる。だが何故だかシュミットはキスには応じたくせにシャツの下に入れられたエーリッヒの手を身体を捩って回避した。その意外な行動に訝るエーリッヒに、
「あのな、今日は3回にしよう」
別に回数に不満があるわけではない。何故3回と限定するのか知りたかった。それをどう取ったのか知らないが、シュミットは一人頷きながら、
「男性の一日における射精はせいぜい3回までがいいんだそうだ。それ以上だと身体に悪いらしい。……特に、ここにな」
そう言ってシュミットは人差し指を頭に当てる。……普段はなかなか寝かせてくれないくせに、何を言うのだろうか。だがまあ、エーリッヒにとっては幸いと云えば幸いであるが。
「……いや、別に俺としてはギネスに挑戦してもいいんだが、それで明日動けなくなったら面白くないじゃないか」
「……それで?」
「だから、1日3回、長くベタベタすることにしたんだ」
……つまり、エーリッヒに選択の余地は無いらしい。長くベタベタするなど考えただけでも寒気がするが、反論する気力もすでに無く、ただエーリッヒは盛大なため息をついたのだった。
「……何だよ。言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ?」
余りにもわざとらしいエーリッヒの溜息にムッとしてシュミットは言うが、エーリッヒはまるで取り合わない。面倒臭いと言いたげに目を逸らしてベッドに座る。だが何を思いついたのかすぐに振り返ると、シュミットの傍へやって来た。
「な、何だよ……?」
思わず構えてしまうシュミットの後ろへ回り、彼の背を抱くように座る。
「…………前々から思っていたんだが……」
そう言いつつ身体を屈めて絨毯の上に落ちていた自分のネクタイを拾い上げた。それを目で追いながらシュミットは後ろのエーリッヒの言葉を待つ。やけに緩慢な動作でネクタイを右手に持つと、エーリッヒはそっとシュミットの耳の後ろに唇を寄せた。
「…………お前は本当に、殴り倒したくなるな……」
ゲッ、と口の中で呟いてシュミットは急いでエーリッヒの腕の範囲内から逃れようとしたが、ときすでに遅し。シュミットが立ち上がるよりも早くエーリッヒは彼の腕をねじり上げた。
「痛っ! な、ななな何するんだ!? い、いや、それよりもお前何考えてるんだ!!」
身体を捩ってもがくシュミットをほとんど子供扱いしながらエーリッヒは器用にネクタイで彼の両腕を後ろ手に縛ってしまった。きつく縛られた感じは無いのに、どうしたことかまるで解ける気配は無い。それどころか……。
「……あまりもがくなよ。余計にきつくなるからな」
「何を平然と言ってやがる! いいから解けよ、早く!!」
シュミットはベッドに腹這いになったまま喚くが一向にエーリッヒは聞く耳持たない。わあわあ騒ぐシュミットのことなどまるで気にならないのか、エーリッヒはゆっくり自分の着ていたローブを脱いで半裸になるとやっとシュミットを振り返り、
「……さて、どうして欲しい?」
ひとの目の前で胡座を掻きながら高圧的に微笑むエーリッヒは非常に見栄えがしたが、今はそんなことを考えている場合ではない。シュミットは力一杯首を持ち上げて目の前の暴君を睨みつけた。
「どうするもこうするも、さっさと解けよ! 俺はこういうのは嫌いなんだよ。冗談じゃない。あ! さてはお前サドだな? この変態め! いいか、俺は間違ってもマゾじゃないんだ。こういうことは他所行って……」
ギャーギャー騒ぎ立てるシュミットの口に、突然エーリッヒはタオル生地のハンカチを押し込んだ。そのいきなりの行動に目を白黒させるシュミットを見下ろすと、
「……煩い、少し黙ってろ」
訊いたのはお前だろうが、とは今のシュミットには言うことができない。ただ涙の溜まりかけた目でエーリッヒを睨みつけるが、効果は無さそうだ。涼しい顔でエーリッヒはテーブルに手を伸ばして置いてあったローションを取る。どうにか身体を起こそうと躍起になっているシュミットをあっけなく自分の方へ引きずり寄せ、もがく脚を押さえ込んで平然とシャツの裾を捲る。突然の冷やりとした感覚にシュミットは身を竦ませるが、エーリッヒがそれを気にかける様子は無い。んー、んー、と何か言いたそうに唸るシュミットの声を聞きながら、エーリッヒはどうせならシャツを脱がしてから縛れば良かったなどと考えつつ手を動かしていた。
上げさせた腰から伸びる白い脚にローションが一筋伝う。とろみがあるためゆっくりと伝ってゆく雫を指先で掬い上げ、よく塗り込む。膝を割り入れて無理矢理開かせた脚は微かに震えているようだが、今更気遣う必要はあるまい。こちらからでは表情は見えないが、さぞや屈辱的であろう。何しろ矜持も自尊心も並外れて高い奴であるから、こんな風に他人に組み敷かれるというのは信じられないようなことのはずだ。別に犯したいわけではないが、たまにはこうして優位になってしてみるのも面白い。つべこべ言わさず好きなように抱いてみるのも悪くないとそう思った。
一方シュミットにしてみればとんだ災難である。普段から何を考えているのかさっぱりわからない奴ではあったが、ここに来て急にご乱心召されてしまったらしい。いつもはやれやれといった感じなのに対し、今は何だか面白がっているようだ。もちろんシュミットにしてみても面白がるのは一向に構わないのだが、こういったことをされるのは御免だった。せめてもうちょっと優しくしてくれれば良いものを、無理な態勢を要求したままひとの身体で楽しもうなんて冗談ではない。だがそれを伝えようにも話すことはできないし、振り返ることもできない。どうにかせねばと、上手く働かない頭で必死に考えているうちにゾワリとした快感が背筋を駆け抜けた。
「…………?」
今のは何だとどうにか後ろを振り返ると、顔を上げたエーリッヒと目が合った。今何をした? と目で問いかけると、彼は人が悪そうに笑っただけですぐに目を逸らしてしまった。一体何だと懸命に後ろを見つめるシュミットの前で、エーリッヒの腕が動いている。それと連動して訪れる快感はたまらないが、声を上げることもできない。苦しさに耐えながらどうにかこちらを見つめる視線にエーリッヒは北叟笑んだ。なるほど、どうやら彼はこれが好いらしい。そしてエーリッヒは先ほどと同じように指を埋め込んだシュミットの秘所を舌先で舐め上げた。
驚いたのはシュミットである。確かに気持ち良いが、そんなことをするなんて……。だがエーリッヒは何とも思わないのか、何度もそれを繰り返す。ローションと唾液で濡らされたそこは淫靡な音を立ててシュミットを辱めた。
すっかり大人しくなってしまったシュミットの反応に飽きてエーリッヒは身体を起こした。指先で犯された部分はヒクついて男を誘うが、未だ楽にしてやるつもりは無い。肩で息をするシュミットを仰向けにし、シャツのボタンを丁寧に外した。おかげで露わになった上体が色付いているのが面白く、エーリッヒはそっと唇で肌をなぞった。
足の先に口付け、脛をなぞり内股を味わう。勃ち上がった男性器を執拗に愛撫し、達しそうになるのを見計らって身体を離す。むずかるようにエーリッヒを要求するシュミットを見下ろしながらスラックスを脱ぎ捨て、優しく身体をさすってやった。その度に腰を擦りつけようとするシュミットを見下ろしているのは実に愉快だった。涙に濡れた眸は完全に蕩けていて、とっくの昔に彼が理性を手放しているのは明らかだ。もうそろそろ腕を解いても大丈夫だろう。だがその前にエーリッヒはもう一度ローションを手にとって中の液体を激しく上下するシュミットの胸の上にこぼす。その冷たさにかシュミットは目を閉じてしまったが、嫌がってはいないようだ。その表情を楽しみながらエーリッヒは指先でローションを円を描くように広げていった。そうして両の胸を優しくなでさすり、血行を良くしてやる。硬くなった乳首をわざと避けて指を滑らせながらシュミットの腹部に腰を押し付ける。硬くなったもの同士が擦れて気持ちが好い。息の荒くなったシュミットは目で早くと懇願するが、エーリッヒは気付かない振りをして目許に口付けてやった。そのまま顎に口付け、首筋を舐め、鎖骨に歯を立てる。胸元に口唇の跡を付けながら指を再びシュミットの中に埋め込んだ。それが好いのかシュミットは咽喉を仰け反らせて右の方を向いた。くっきりとした咽喉仏が苦しそうに上下する。いい加減そろそろいいかと口を開放してやり、シュミットが大きく息をするのを確かめてから彼の乳首を口に含んだ。
「あっ……!」
掠れた声で悲鳴じみた嬌声を上げて、シュミットは身体を捩る。強く吸われ、舌先で転がされ、甘噛みされる。ねっとりとした愛撫は例え様も無く気持ちいい。この上は早く挿れて欲しいのだが、未だエーリッヒにその気は無いようである。口と指で間断無く刺激を与えては観察するようにして身体を離す。シュミットが達しそうになる度に冷たく突き放し、情動が治まるのを待ってからもう一度愛撫を始める。焦らすというよりも最早拷問に近い。あと少し触れてくれさえすればそれでいいのに、エーリッヒは興味深そうにシュミットを見下ろすだけで何もしてはくれない。懸命に懇願したところでゆっくり首を横に振るか、せいぜい口付けてくれるだけ。ならば……。
「…………エーリ……」
やっと搾り出したシュミットの声にエーリッヒが首を傾け、やけに優しげな仕草で言葉を促す。それに一抹の安堵感を憶えてシュミットは少しだけ胸のうちでホッと息を付いた。
「する、…………させて……」
わざわざ言い直したシュミットにエーリッヒは苦笑する。白痴じみた感のあるシュミットは奇妙に幼い。人間理性を失わせるとこんな風になるものかと思わず感心してしまう。断っても構わないが、それでもせっかくの申し出である。一人ではどうもできないシュミットを抱き起こしてやり、絨毯の上に座らせる。一方エーリッヒはベッドに座り、ただシュミットの髪を梳いていた。
一方許しを得たシュミットはすぐにエーリッヒ自身にむしゃぶりついた。彼の脚に身体を支えてもらいながら一心不乱に口を使う。それというのもこうしてエーリッヒを興奮させればすぐに達かせてもらえると考えたからであるが、そうそう上手くいくはずが無い。元々感情のコントロールの上手いエーリッヒにシュミットが敵うはずなどなく、その犬のように従順な行動が征服欲をいささか満たしたに過ぎなかった。
流石に口が疲れてきてシュミットは顔を上げた。こちらを見下ろすエーリッヒは先ほどと同じ優越感に満ちた笑みを浮かべているだけでシュミットの思惑に嵌った様子は無い。その表情に苛立ってシュミットは立ちあがった。後ろ手に縛られたままベッドをよじ登り、エーリッヒの上に跨ろうとする。意外にもエーリッヒはただ苦笑するだけで怒りも邪魔もしなかった。それを幸いとシュミットは硬くなったエーリッヒ自身を銜え込もうとするが両手が縛られていては上手くできない。おかげで子供じみた癇癪を起こして目に涙をためるシュミットは普段の面影などまるで無く、それこそ色狂いのようだった。平素のシュミットが見たら何と言うか……。
それを思うと可笑しくてエーリッヒは苦笑を漏らした。理性を失っても尚本質的な部分では変わらないが、気がふれたようにエーリッヒを求める様は大変な見物だ。だが逆に暴れ出されてはかなわないのでエーリッヒは身を起こすと、今だ悪戦苦闘中のシュミットに手をかしてやることにした。細い身体を抱き寄せ、自身に手を添えてゆっくりと腰を落とさせる。おかげですっかりエーリッヒを体内に銜え込むと、感極まったようにシュミットは打ち震えた。
「やっ、あっ……あん、あ……」
すぐにシュミットは動き始めたが、思ったほどエーリッヒは楽しくなかった。やはり胸も無いのに上に乗せて動かれても大して面白くない。それに好き勝手動かれるだけでエーリッヒの方はそんなに気持ち良くも無いのだ。ならばわざわざシュミットの好きにさせておく必要はない。
「わっ……!」
シュミットは景色が反転するのを目にして思わず声を上げた。一瞬後には背が柔らかいベッドに押し付けられている。エーリッヒが起き上がって自分を押し倒したのだと気が付くまで数瞬の時間を要した。その証拠に腰はエーリッヒに抱えられたままである。大きく開かれた脚を含めてのシュミットの体重を軽々と抱えてしまっているエーリッヒに思わず感心してしまったが、すぐにそれどころではなくなった。やっとエーリッヒが動き出してくれたのはいいのだが、今度は身体の下になっている腕が変な風になっているらしく、身体が動く度に軋んで痛みが走る。
「いっ、痛い! 待って、……痛い!!」
今度は何だとエーリッヒが見下ろすと、本当にシュミットは痛そうに顔を歪めている。腕が折れてはまずいと片足を抱え上げ、身体を半分浮かせてやったが、今度は肩が痛そうだ。何にせよ怪我をされては困るので一旦シュミットをベッドに寝かし、エーリッヒは身体を離した。それに驚いたようにシュミットが抗議する。
「あ、嫌だ、抜くな……」
だがすでに遅く、エーリッヒの気配は完全にシュミットの体内から消え去っている。せっかく高まったものが急速に冷めゆくのを感じて、怒りと情けなさでシュミットは泣きそうになった。どうしてエーリッヒはこんなに酷いことをするのだろうか。そう思うと悔しくて悲しくて情けなくて、シュミットは自由な脚でそこかしこを蹴飛ばした。
「……おい、暴れるな」
鬱陶しそうに眉を顰めてエーリッヒはシュミットを抱き起こす。未だ我が侭を言うように首を振るシュミットの背中に回り腕を解いていやるが、長く戒められていたため感覚が無いらしい。暴れるにしても腕を振り上げることはせず、エーリッヒに触れられることを拒む。仕方なく無理矢理身体にひっかっかっていたシャツを脱がし、膝の上に抱き込んだ。
「……や、あぁ…………」
嫌がっても欲することさえしてやれば抵抗は止まる。脚を抱え上げ身体を動かしてやればシュミットも満足なようで、もっともっととエーリッヒを求める。だがいくらエーリッヒと言えどいつまでも他人の全体重を抱え上げているのは辛く、いい加減身体も温まったであろうと判断する、とシュミットを腹這いにしてベッドに下ろす。腰を上げさせ、脚を開かせるとすぐに最奥を突き上げた。
「あぅ、くっ……やだ、もっと……」
支離滅裂な発言をしてはシュミットは腰を振る。背後から突き上げられて上手く身体を支えられないのか、肩をベッドについている。よほど良いのか耐えず嬌声を上げ続け、エーリッヒを銜え込んで離さない。食い千切られそうなほどの締め付けに眉根を寄せてエーリッヒは耐える。細い腰を抱え込み、片方の手でシュミット自身をしごき上げてやる。先走りで濡れそぼった硬い性器は、脈打って悦びを吐き出そうとしている。その根元を掴み、肩口に口付ける。
「嫌だ、離して……!」
懇願しながらシュミットは自分自身に添えられた手を離そうとするが、逆に強く掴まれて悲鳴を上げた。
「痛い! やめ……、もう、許して……」
掠れた声で許しを請うシュミットは淫靡で美しかった。相変わらず腰をエーリッヒに擦り付け、必死に自らをしごき上げる姿は動物のようだ。ただ動物にしては美し過ぎ、人間にしては本能的過ぎる。その姿をもう少し見ていたいが、エーリッヒもそろそろ限界が近い。いい加減疲れてもきた。そこでゆっくりとシュミットの下半身を攻めながら始めに訊いた言葉を繰り返した。
「……さて、どうして欲しい?」
冷めた声音は朦朧とし始めたシュミットの脳髄に届き、彼は緩慢な動作で背後を振り向く。こちらを勝ち誇ったように傲慢な微笑を浮かべて注視する男をぼんやりと見つめる。整った精悍な顔立ちが嘲笑を浮かべているのが心を惹いた。
「……もっと、して。達きたい……早く」
余りにも正直な言葉にエーリッヒは苦笑し、シュミット自身を解放してやる。自らを愛撫し始めたシュミットを手伝いながら強く腰を打ちつける。
「やだ、もう、ダメ。達く、エーリ、もっと……」
細い悲鳴を上げてシュミットがエーリッヒの掌に射精し、今までに無い締め付けが自身を襲う。
「…………くっ……」
耐えきれずに声を漏らし、エーリッヒはシュミットの体内に果てた。全ての欲望を吸い尽くすように蠕動するシュミットの内壁は絡み付いてなかなかエーリッヒを解放しない。やっとのことで身体を離すとエーリッヒはシュミットの隣に倒れ込むように寝転んだ。今までこんなに時間をかけて誰かを抱いたことがあっただろうかと、荒い息をつきながらシュミットの方を見る。よほど良かったのかシュミットは未だに時折り小さく痙攣をしながら目を閉じてしまっていた。その彼の髪を撫ぜてみるが反応は無い。眠ってしまったのかもしれないと諦め、エーリッヒは大きく息をついたのだった。
ふとシュミットが目を覚ましたとき、時刻はすでに深夜に近かった。……腹が減ったなと、のそのそと身体を起こし、痛む腰をさすりながら辺りを見まわす。窓の外はすでに真っ暗で月だけが明るく光っている。部屋の中も電気をつけていないので負けず劣らずな暗さだ。取り合えずサイドテーブルのスタンドをつけ、またぼんやりとベッドに座る。ふと見れば全裸の自分に気付き、傍にあったシャツに袖を通す。それから自分の隣で寝息を立てるエーリッヒに漸く気が付いた。
「……おい、エーリッヒ。起きろ、飯に行こう」
そう言って肩を揺するとエーリッヒはすぐに顔を顰めた。それから煩そうにシュミットの手を払いのけ、のそのそと起き上がる。眩しそうに目を細めたまま暫くの間あらぬ方を見やり、漸くシュミットの方に顔を向けた。
「………何だ?」
「……何だ、じゃなくてだな。……まぁいいさ。それより、飯行こう。腹が減った」
再びシュミットに肩を揺すられ、エーリッヒは面倒臭そうに相槌を打った。それで取り合えず二人はシャワールームへと向かった。何はともあれ、汗を流したかったのだ。先刻疲れに任せてそのまま眠ってしまったので汗も何もそのままなのである。おかげですっかりクーラーに冷やされてしまった。一応ブランケットは掛けていたが、風邪をひかないといいのだが。そういうわけで二人してとても広いというわけでもないバスルームで熱いシャワーを浴び、サッパリしたところで清潔な服を纏った。
先に上がったエーリッヒは居間のソファーに座ってシュミットを待つ。どちらかといえばシュミットの方が長風呂だが、この場合はちょっとわけが違う。先ほどの情交の後始末がシュミットの方がより大変なだけだ。どうやって掻き出すのだろうかと思っても、シュミットが教えてくれるはずもましてや見せてくれるはずも無い。……別にどうでも良いことだが。
そんなことをぼんやり考えているところへ、シュミットがあわただしく姿を現した。
「悪い、待たせたな」
ラフな服装で髪は生乾きのまま、シュミットはエーリッヒの方にやって来た。腕時計を填めるのを待ち、エーリッヒが先に立って促す。だがそれをシュミットが制した。
「……どうした?」
「財布忘れた」
そう言ってシュミットは寝室に取って返す。よほど慌てていたらしい。何もそこまで慌てることはないのに。忙しそうに戻ってきたシュミットにそう言うと、彼は恐ろしいことをさも当然のように口にした。
「だってあんまり遅くなっちゃ、もう一回できないじゃないか。やっぱり睡眠は十分取りたいしな」
こいつ、まだする気か、と思わず鼻白んで凝視したエーリッヒを面白そうにシュミットは見る。
「3回って言っただろ。もう忘れたのか?」
「………………」
頭を抱えたい衝動をどうにか堪えて、エーリッヒは盛大な溜息をついた。さっき気絶しそうなくらいしてやっておけば、いい加減満足するだろうと踏んだのだが、どうやら計算違いだったらしい。これでは単なる骨折り損のくたびれもうけではないか。そんなエーリッヒの様子を見てシュミットは人が悪そうに笑う。
「……そうそう、さっきのなかなか良かったぞ。でもやっぱり痛いのは御免だな。そうでなきゃ、ああいうのもたまには良いけど」
そう楽しげに言いながら傍にやって来ると、不意にエーリッヒの耳朶を甘噛みした。
「!?」
そのシュミットを突然エーリッヒが突き飛ばしたものだから、した方もされた方も驚いた。エーリッヒにしてみればそこまでするつもりは無く、思わず手が出てしまったのだが、シュミットはキョトンとしたまま目を見開いている。しまったとエーリッヒが内心舌打ちしたとき、やっとシュミットが訝しそうに、
「……お前、ひょっとして」
そう言って警戒したままシュミットはやって来ると、再びエーリッヒの耳朶を口唇で食んだ。
「――――――!!」
思わず殴りつけようと上げられたエーリッヒの腕をかいくぐり、シュミットは間合いを取って逃げた。そして肩で息をしながら睨みつけるエーリッヒを他所に、さも可笑しそうに笑い出したものだからたまらない。
「さてはお前、耳が弱かったんだな? そうか、良いことを知った。そうかそうか……」
ひとのことを指差さんばかりに笑いながらシュミットはニヤニヤとエーリッヒを見る。おかげですっかりエーリッヒは面白く無くなってしまったのだが、そんなことを気にするシュミットではない。これは後が楽しみだと、いやらしいことを呟きながら先に部屋を出てしまったシュミットの後に渋々エーリッヒも続く。そのままシュミットは始終楽しそうにしており、逆にエーリッヒは食事の間もずっとムスッとしたまま過ごしたのであった。そうして少なくとも一応は恙無くその日は終わりを告げた。ただシュミットに気を取られていたばかりに、夕食に入ったレストランのかなり離れた窓際の席から、エーリッヒと良く似た無機質な緑の眸がずっと視線を注いでいたことに気付かなかったのは誤算であったろう。しかしそのことを二人が知ることは、永遠に無いのだった……。
〔終幕〕
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