2
決戦は金曜日だが決行は土曜日である。すっかり日の暮れてしまった校庭を横切って、シリウスとリーマス(in 透明マント)の二人はいざゾンビの群れるホグワーツ城へと向かった。先を歩くのはシリウスである。彼の後ろにピッタリとリーマスが続いている(はず)。こうしていれば前から来た人にうっかりぶつかってしまうとかいうことはないだろうという、珍しく冴えたシリウスの提案だった。
一階は難なくクリアできた。階段の途中でもしや下からだとマントの裾からリーマスの足が見え隠れするのではとハラハラしたが、これもどうにか登りきった。あとは二階の廊下を抜けてずっと向こうの階段を上がれば、ガーゴイルの像はすぐそこだ!
しかし人生とは苦難の道のりであります。意気揚揚と廊下を歩き始めたシリウスは、うわっという声を上げて躓き、ピッタリ後に続いていたリーマスも一緒に転げてしまったのである。
「あいててて。な、何じゃこりゃあ!?」
どっかのジーパン刑事みたいな声を上げて、シリウスは足元にピンと張られていたピアノ線を掴む。転んだお蔭でマントの脱げてしまったリーマスもいつつつ、と呟きながら起き上がる。幸い怪我は無いようだが、これですっかり正体がバレてしまった。
まずい、と二人が目配せを交わしたとき、何処からとも無く響き渡る高らかな笑い声。月光仮面もかくやというアクションで二人の背後に立ちはだかったのは、日光仮面☆アフロマン!
「わははは、ヘタレわんこの目は騙せても、このジェームズ様は騙されんぞ!」
どっかの探偵さまばりに宣言しつつ、ジェームズは呆気にとられる二人の間に割って入る。
「じぇ、ジェームズ手前! いい加減に、もががっ!!」
飛び掛ろうと身構えたシリウスに、先手を打ってジェームズは杖を向ける。その瞬間閃光が走り、杖先から飛び出した縄がシリウスをぐるぐる巻きにしてしまった。
「シリウス!」
別段助ける気は無いのだが、条件反射で声を掛けるリーマスの腕を掴んでジェームズはシリウスから引き離す。その間にもギャラリーは続々と増えてゆく。何事かと単なる野次馬根性で見に来る生徒、それから例の薬で半ゾンビと化した他の生徒たち。しかし彼らを近づけるようなジェームズではない。杖を一振り、
「ステューピファイ! 麻痺せよ!」
その効果は絶大だった。流石はグリフィンドールの男子首席である。緑の光線が走り寄るゾンビどもに命中し、
「ぐわあっ!」
「うぐっ!」
「たわば!」
「あべしっ!」
そんな叫び声を上げながら、バッタバッタと屍の山を築いてゆく。思わず感心するリーマスと、床に転がったままのシリウス。しかしそんなことをしている場合ではない。あらかた敵を片付けるとふいにジェームズは満面の笑顔で振り返り、
「さぁさぁリーマス。邪魔者は片付けた」
思わず壁に張り付くリーマスの手をジェームズはガッと握る。口に赤いバラでもくわえれば、いつでもタンゴが踊れます。しかし頭はきっついパーマのアフロのままなので、格好悪いことこの上ない。床ではのた打ち回るシリウスが何かもがもが言っているが、ジェームズは気にしなかった。逃げ腰のリーマスをコーナーに追い詰めると壁に手をつき、
「さぁリーマス、二人だけでメクルメクカンノウノセカイへ突入しようぢゃないかv」
所詮言っていることはシリウスと同レベルである。犬も鹿も大して変わらない。リーマスは呆れつつ、
「ジェームズ、人が見てるよ」
やめようよほら、と助けを求めてジェームズの背後を指差すが、遠巻きの野次馬は異常な事態に誰も寄っては来ない。それをいいことに振り返りもせずにジェームズは押して押して押しまくる!
「気のせいだろ?」
なんぞと囁きかけるように低音でふざけたことをほざきつつ、リーマスの顎を掴んで上向かせる。リーマスの杖腕はしっかり壁に押し付けられてしまい、攻撃は出来ない。だが何しろアフロのままなので、いまいち緊迫感に欠ける。おかげでリーマスも何だかな〜と、反撃しかねているようだ。そして足元では必死にシリウスが縄抜けを試みているが、間に合いそうも無い。このままではリーマスの貞操(?)はジェームズの手に落ちてしまうのか!?
「はっ! 殺気!?」
あわや、というときだった。突然ジェームズは叫んでリーマスを突き飛ばしたが、行動が一瞬遅かった。どこからか飛来した数本の羽ペンが、ジェームズのローブを背後の壁に縫い付けてしまう。
「うぬぅっ、何奴!?」
気分はほとんど時代劇である。すっかり芝居がかったジェームズは遠巻きにこちらを伺っていた野次馬たちを睨み付ける。つられて野次馬を見やったリーマスの腕を誰かが掴んで引っ張った。
「逃げるぞ!」
それはいつの間にか縄を脱したシリウスだった。これぞまさしくスーパー☆イリュージョン!
二人は手に手を取り合い、愛の逃避行……ではなく、揃って廊下を駆け出した。一瞬振り返ったリーマスは、高みの見物を決め込む群衆の中をゆっくりと進み出る、燃え盛るような赤い髪の人物を見た。
そして二人が全速力で廊下の角を曲がったとき、後ろの方から木綿を切り裂くようなどどめ色の悲鳴が響き渡った。どうやらスネイプの当初の目的だけは達されたようであるが、そんなことは当の本人にもわからない。哀れジェームズ、安らかに眠れ……。
「ま、まいたか?」
とにかく闇雲に走り回り追っ手を振り切った二人は、誰も居ない教室に駆け込んで細く開けた扉から外を窺った。幸い窓から見える景色から察するに、ここは3階であるらしい。何しろホグワーツの階段は必ずしも次の階に行けるわけではないので、これまたまいっちんぐ。
「ラブリー☆リーマス!」
とか、
「うちのタマ食べていきませんかぁー!?」
とか、
「神の世界を作るのだー!!」
などと意味不明のことを叫びながら襲い掛かる敵を回避及び粉砕しながら逃げ回ったので、現在位置がどの辺だかわからなかったのである。
しかしどうやら校長室はそう遠くないはずだ。もうすっかり疲れてしまったのか、リーマスは完全に不機嫌になってきている。ヤバイ、このままでは何をやらかすかわからんぞこの男。
不安になったシリウスは慌ててポケットを探る。すると思ったとおりキャラメルが一つだけ入っていた。昨日リーマスがくれたものだ。そのままローブのポケットの入れっぱなしにしていて良かった。それを与えると、リーマスはむっつりしたまま無言で受け取った。
糖分を補給したリーマスはどうにか機嫌を直したらしく、暫く休むと大人しくシリウスの後に従った。マントは2階の廊下に置いてきてしまったので、もうあとは脚力と体力以外頼るものは無い。
二人は杖を抜いてソロソロと廊下を進む。見る限り誰もいないが、どこに誰が潜んでいるか判ったものではない。先ほどのようにトラップが仕掛けられている可能性もある。そして恐る恐る進む二人の前に、とうとう敵が立ちはだかった!
「見つけたぞルーピン!」
変に高い声で宣言したのはスリザリンの下級生のようである。だが高い声に反して、図体はかなりデカイ。リーマスは知り合いなのかハッとした様子で、
「きみは、アレン・ロックマン!」
「うわっ、パチもんくせぇ!」
思わず反応したシリウスには目もくれず、ラブパワー大炸裂のアレンはリーマスに飛び掛る。しかしそれを見越していたリーマスはスライディングでその股下を抜けた。しまった、と振り返ったアレンだったが、彼が最後に見たものは、真っ黒なシリウスの靴底であった。――――アーメン。
苦難は以後も続いた。襲い来る追っ手はレイブンクローのロバート・ド・ニローに、グリフィンドールの最上級生フレッド・アスティン。しかし貞操を守るためならばどんな手段も厭わないリーマスは、何処からか取り出した金属バットでフルスイング。確実に背骨の一本や百本は打ち砕かれている。やはりこの男は敵に回すべきではない、とシリウスが決意を新たにしたとき、最後の敵が急襲を掛けてきたのだった。
「喰らえブラック!!」
「何ぃっ!?」
あの角を曲がれば校長室、というときに突然何かがシリウスに襲い掛かった。だが野生児シリウスは動物的勘で間一髪それを逃れる。しかし後ろを走っていたリーマスはもろにそれを被ったようで、うわあっという悲鳴が背後で聞こえた。
「おのれ、これでどーだ!?」
敵は振り返る間も与えずにシリウスに杖を向けた。だが同じ手を二度も喰らうシリウスさまでは無く、
「エクスペリアームズ! 武器よ去れ!」
すると目も眩むような青い光が迸り、相手の武器を取り上げ、身体を壁に叩きつけた。
「お前は骨皮スネ夫!?」
でわなく、セブルス・スネイプです☆
壁に叩きつけられたセブルスはゲホゲホ咳き込みながらもシリウスを睨む。その目つきは狂信的なまでの執着心を露わにしていたが、これまたアフロであるのでさまにならない。しかもジムに比べてもともと長めの髪だったセブルスは、頭部の大きさが通常の3倍にはなっていた。
「わはははは! 何だその頭わ〜!!」
思わず腹を抱えて笑い出すシリウス。だが今は爆笑している場合ではない。ハッと気付いてあわててリーマスを振り返ったシリウスは、床に散らばった級友の服を見い出したのだった。
「り、リーマス!?」
驚いて引き返し、廊下に膝を付く。ましゃかスネ夫の作った薬でアメーバみたいになっちゃったのか!? そんでもって脇の排気口に流れ出し、ドーヴァー海峡を越えてアメリカに辿り着いたリーマスはストリーキングの女の耳の穴から体内に侵入し、脳を乗っ取ると、NASA仕込みの特殊能力で世界征服を企み、フランスの外人部隊が多くの犠牲を払いつつ逮捕した後、ボルチモアの精神病院で地下の特殊独房に入れられ、週に七通くらい退屈だーとかあいしてるーとかいう手紙を俺にくれるようになっちまうのか!?
「そ、そんな莫迦な!」
莫迦はお前だ。
思わず自分の想像に頭を抱えてふらふらと立ち上がったシリウスだったが、
「し、しりうす〜」
服の小山がもぞもぞと動き、甲高い声が彼を呼んだ。一瞬我が耳を疑ったシリウスだったが、すぐに再び膝を付くと服の山を掻き分けた。そこから現れたのは、くりくりしたお目々も愛らしい、ちびっこリーマス。どうやら先ほど投げられたのは縮み薬であったらしい。すっかり3歳くらいになってしまったリーマスは、きょとんとシリウスとその背後から自分を見つめるセブルスを交互に見やる。
「かぁ〜わぁ〜い〜いぃ〜v」
と二人して和んでいる場合ではありません。先に我にかえったシリウスは、一生懸命短い腕を伸ばすミニマムリーマスを抱き上げると、脱兎の如く駆け出した。
「お、おのれブラック、卑怯だぞ!」
とわけのわからんことを叫ぶセブルスに向かってリーマスは大きすぎるセーターの中から何かを取り出してピンを抜く。
「せぶるぅ〜す!」
舌足らずな愛らしい喋り方でスネイプを呼ぶと、リーマスは手にしていたものを投げつけた。そうして響き渡る爆発音。ぎゃーというシリウスの言葉もかき消されてしまった。
「お、お前何投げた!?」
それでも走りながら怒鳴りつけると、不服そうに頬を膨らませたリーマスは、
「しゅりゅうだんだよ。こないだ、きたべとなむでいっぱいひろったんだ〜」
とあどけない顔で恐ろしいことをほざきやがった。大丈夫、火薬は調節してあるから、と微笑まれても背筋の冷や汗はひいてくれない。一体何をしにベトナムくんだりまで出掛けたのか訊くのが恐ろしくて、シリウスは無言で走り続けたのだった。
最後のアフロを蹴り飛ばすと、漸く二人は校長室の入り口であるガーゴイル像の前に辿り着いた。お蔭でシリウスは思わず廊下にへたり込んでしまった。何しろさっきからずっとリーマスを抱きかかえて走っていたのだ。いくら体力莫迦のシリウスでも内臓が捩れそうなまでの筋肉疲労である。今はどんな美女のキスよりも、うず救命丸の方が欲しかった。そんなシリウスの腕を逃れ、リーマスはガーゴイル像の前にちょこんと立つ。彼は石像を小さな手でペチペチ叩いた後、
「ゴハンハヤッパリNEOそふと☆」
何じゃそらー!? とシリウスが突っ込む間も無く、
「ほら、しりうすはやくー」
開いた扉からリーマスはちょこまかと校長室に侵入を果たしたのだった。
こうして事態は解決した。すっかり走り疲れた二人は、安堵のあまり校長室で歴代の校長たちと共に眠りこけ、帰ってきたダンブルドア校長に声を掛けられるまで夢の中だった。
マクゴナガル教授は事のあまりのアホさ加減に血圧を上昇させ、事態の収拾のために奔走してくれた。恐ろしいことに保健室に担ぎ込まれた人数は20人を超え、その中には初キッスを奪われてショックのあまり錯乱したピーターや、更にアフロのきつくなったまま意識不明で廊下に転がっていたセブルスも含まれている。ついでに校長によるとリーマスにかけられた薬は、明日にもセブルスに治すよう言い渡してあるそうだ。
それから補修を受けなかったシリウスの処分であるが、事情が事情なので流石に厳格なマクゴナガル教授も免除してくれた。貴方たちの麗しい友情に免じて、と。
そうして二人が無事に寮に帰ることが出来たのは、すでに日付が変わってからのことだった。事態を楽しんでいるらしいダンブルドアは相変わらずキラキラと子供のように輝く目を二人に向けて、薬の効力が切れるまで校長室にいていいと許可してくれた。それから彼らは校長と共に夕食を取り、グリフィンドール塔まで見送ってもらったのだった。
「あ〜、疲れた〜」
そう言ってベッドに倒れこんだシリウスの側で、リーマスはよちよちと自分のベッドに向かう。現在彼は赤いチェックのシャツとオーバーオールを着ているが、その子供服は、困るだろうからとダンブルドアが広げた本に手を突っ込んで、引っ張り出してくれたものだ。コンセプトはアイダホでじゃがいもを掘っている田舎の子供なのだそうだ。
「よっ、ほっ、はっ!」
変な掛け声に何をしているんだと顔を上げたシリウスは、高いベッドによじ登ろうと苦戦するリーマスを発見した。非常に可愛らしい光景だ。どうやら意外に子供好きらしいシリウスは暫く口許を緩めていたが、それに気付いたリーマスの恨めしげな視線に漸く身体を起こす。くびれの無い腰の辺りを掴んで抱き上げてやると、リーマスは本当に幼児退行したようにキャッキャキャッキャと喜んだ。
「じゃあ、おやすみ」
身体が縮んだ所為でキングサイズになってしまったベッドに満足げな表情を浮かべてリーマスは寝転んだ。
「おう、お休み」
今この部屋にはシリウスとリーマスの二人しかいない。ピーターは引き続き保健室で枕を濡らしているのだろうし、ジェームズは現在行方不明だ。噂によればあの後、阿修羅の如く怒りに燃えたリリーによって拉致されてしまって以来、誰も二人の姿を観ていないらしい。ひょっとしたら明日あたり裏の湖で変死体となって発見されるのではないかとシリウスは思っている。
おかげさまで二人っきりだ。これが普段ならば何かとチャンスなのだが、シリウスもいい加減疲れてベッドに潜り込んだ。明日は朝食の後、スネイプに薬を調合させて、それから『愛の一日奴隷権』を行使するぞ! 肩揉みとー、宿題とー、耳掃除とぉ……。
うとうとしながらシリウスは一人でくすくすとエロガッパな笑いを浮かべたのだった。
朝が来たぞ〜い、と鳴くのはブタさんであるが、残念ながらここはペンギン村ではない。素直に目覚ましの音で覚醒したシリウスは、ベッドを降りると何気なくリーマスの様子を窺った。ひょっとしたら昨日のことは夢だったのではないかと思ったのだが、カーテンを引いたベッドですやすやと健やかな寝息を立てているリーマスは、どう見ても幼児の姿をしていたのだった。
暫くその寝顔を眺めて朝っぱらからアルファ波を出しまくってから、漸くシリウスはミニマムリーマスを起こす。小さい手では上手くいかない着替えを手伝ってやり、二人は朝食のために大広間に向かった。昨日に引き続きオーバーオールのリーマスは、シリウスに肩車をしてもらってご機嫌な様子。
「これが6ふぃーとのせかいかぁ〜」
とはしゃいでいる。それを暴れるなよ、と諌めながらもシリウスの機嫌は悪くない。実は小さい頃兄弟の欲しかった彼は、ミニマムリーマスが結構お気に入りなようである。ご飯の最中も背のとどかないリーマスを甲斐甲斐しく膝の上に座らせてやっていたり、チキンを小さく切り分けてやったりとほとんどヤンパパである。そしてそれを見守る女子たちの目に不穏な光☆
「さて、そろそろスネイプの野郎に……」
薬を調合させに行こうかとリーマスの手を引いて立ち上がった矢先だった。惚れ薬の効果はすでに切れたはずなのに、うっとりとした表情の女子数十名によって二人は取り囲まれてしまったのだった。一体何ごとぞ!? とビビるシリウスを突き飛ばし、各寮から寄り集まった女子たちは口々に叫んだ。
「ルーピンくん可愛い〜v」
その後リーマスは女子たちによって連れ去られ、それを阻止しようとしたシリウスはあっちゅー間にタコ殴りにされてしまった。
気絶から覚めた後シリウスは何度もリーマス奪回を試みたが、あえなく失敗。こうして貴重な日曜日は終了し、夜になって返却されたリーマスは女子たちのお手製子供服を着てすぴよすぴよと眠り込んでいた。
結局その可愛い寝顔に起こしそびれたシリウスは、一人いじけて果たせなかった『愛の一日奴隷権』について壁に向かって何か言い続けていたという。その夜一晩中、ホグワーツにわんこの遠吠えが聞こえていたという逸話は、あながち嘘ではないのかもしんない。そしてジェームズの行方は未だ杳として知れないのだった。
〔完〕
Back