■□■ 少年は卵から孵り、世界を喰い破る □■□






 秋の日の射すベッドの上に、一筋の穢れだけをまとって雲雀が座っていた。
 足を崩し、虚脱した様子で両手を重ねるように身体の前に投げ出して。
 物憂げに投げられた視線は、遠い過去を彷徨うようにぼやけて意志がうかがえなかった。
 右側にやや傾けた小作りな頭部は、精巧な人形を思わせる静寂を保っている。
 倦怠に酔ったような彼をえもいわれぬ気品が包んでいた。
 先ほどから物言わずただ放心したようにそこにある雲雀を、気遣わしげに了平が覗き込んだ。

「ヒバリ、大丈夫か?」

 一足早く現実に戻った了平を、ただ視線だけを動かして雲雀が見つめた。
 ほんのかすかに顎を引いただけで雲雀は肯定を示した。幼児に似た緩慢さと大らかさを感じさせる仕草は、彼がまだ余韻に引きずられていることを知らしめていた。
 雲雀は尚も何も言わず、魂を失ったように座り続けていた。
 秋の日に晒された肌は蝋を思わせる滑らかさで、無機質な青白さと過ぎ去った情熱の名残の高揚が矛盾することなく同居していた。
 初めて見る雲雀の様子に了平は困惑して立ち尽くしていた。
 亡羊とした視線でその怜悧さをうかがわせない雲雀など、初めてのことだ。虚無に近いまでの清冽な意志を失ってしまった彼は、神秘的な無知を思わせる。

「……大丈夫か?」

 それ以外何と尋ねたらよいものかわからず、沈黙に耐えかねて了平は再び口を開いた。悲しげにさえ思える雲雀の様子が、心配でならないのだ。
 雲雀はゆるりと首を起こし、ベッドの脇に立って所在無げにしている了平を見上げた。
 切れ長の目は欲情の残り火に潤み、黒く凪いだ夜の湖を思わせた。本来白皙であるはずの頬は、彼らの行った欲情の証に、内から火を灯したように赤く染まっていた。
 頬を染めた雲雀は普段に比べ奇妙なほど幼く見える。自我を失ったくちびるは濡れ、熟れすぎた果実を思わせた。
 言葉の無いくちびるからは、絶えず匂い立つような色香が吐息となって零れていた。
 虚ろな眼差しに見据えられ、了平は狼狽した。自分が一体何に動揺しているのかわからぬまま、彼は言葉をつむぐことで雲雀の虚無に引きずり込まれることに抵抗した。

「……やはりまだ痛かったか?」

 悔恨と労わりと、無自覚な喜びを滲ませて了平は問う。
 自分が彼に強いた行為と、彼が受け入れた行為は至高のものだ。
 繰り返された行為はすでに苦痛だけを雲雀にもたらすものではなくなっていたが、あえて問わずにはおれなかった。
 気遣いからか囁くような了平の問いかけに、今度こそ雲雀は明確な反応を示した。
 彼は陶酔したように瞳を細め、嫣然とくちびるを笑ませて言った。

「きもちいい」

 夢見るような、不確かな発音と甘ったるい声。見上げる眼差しは男を惑わす媚態を含んでいる。滴るような欲望と、無限に渦巻く希求を秘めて。
 なめらかな頬を滑る秋の日差しが、彼の発した鮮やかな毒のような言葉を彩っていた。
 了平を見上げ、崇拝するように微笑を刻む雲雀は、禍々しいほどの妖艶さに満ちていた。
 未成熟な身体に潜む恐るべき官能が、不完全であるがゆえの美をいっそう際立たせている。そこに残された想像の余地が、彼を淫らにも無垢にも見せていた。

「りょうへい」

 耳を塞ぎたくなるような優しげな声音。眼を覆いたくなるような媚態。それでも了平はどちらもすることはできず、恐怖を覚えるほどの淫猥さに、ただただ、魅惑されていった。





〔了〕







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