赤い天使 2

 一輝がこの島に連れて来られてから、5年は経っていた。だが正確にはどの位の時をこの場所で過ごしたのか、彼にも分からない。島にはテレビもラジオも無かったし、それも毎日の修行に体力と精神力を限界まで注いでいた彼にとって、月日を正確に数えるのは至難の技であり、いつ終わるとも知れない ー永遠に続くとも思われたー ここでの生活が、日本を出てからどの位続いているのかなど、知りたくもなかったからだ。


 ゴツゴツした岩肌がむき出した地表には枯木の一本も無く、彼が生まれ育った土地とは違って、ドーム型の空だけがこの島の天井だった。
厚い雲が流されてくれば地面を這うように移動する雲の影の下、また含んだ海水が滴れば、雨に身をさらしたまま、一輝はよく仰向けに倒れた姿勢で空を見上げた。枯れ果てたこの地に居て唯一の慰みは、この空であり、大海原の裾の裂けるこの音であり、
それからもう一つ、――

 「イッキ!」

 少女は足をもつれさせながら走り寄った。呼ばれた少年、この島に眠る鳳凰座の聖衣を継承するため派遣されていた一輝は、岩陰で休めていた身体を起こした。
「エスメラルダ、ここは人が歩くような場所じゃない。危ないから…、そこでじっとしてて。」
一輝はエスメラルダの碧眼から視線を逸らす事なく近付いてゆく。
「それなら、人じゃないイッキはなぁに?」
大きな岩のてっぺんでエスメラルダは笑っている。と、岩のおうとつに足を踏み外したのか、一輝の身体がぐらりと傾いだ。
アッ、と小さく悲鳴が上がったが、慌てて体勢を整えた一輝の姿に、エスメラルダは瞳を大きく見開いたまま、今度はころころと笑った。

「よかった、まだイッキも人だったわ!」

 イッキのアクセントが少し違っていたが、今ではすっかり馴染んだ。エスメラルダの立っている、大きな岩の小さな足場にひらり、と一輝が飛び乗ると、エスメラルダは端の方に一歩ずれた。
 強い陽射しに晒されても焼けることのない、彼女の白い腕にも肩の先にも、いつも絶えることなく傷があった。
一輝がちらとそこを見たのに気付いて、エスメラルダは右手を差し出すと、握っていた掌を解いてみせた。貝の蓋は二つあった。
「その碧がかったのは、なかなか見つけられないの。なくさないでね。」
手の上で、渦を巻いた円い蓋は、海水に濡れてキラキラと光っていた。

 沢山集めたら、それを使って、イッキの未来を占ってあげましょう。
エスメラルダは暇を見つけては歩けそうな浜辺で、貝の蓋を捜していた。
ただ今日という日を生き延びたという実感と共に、眠りに就いていた一輝にとって、未来などという言葉は、あまりピンとはこなかったが、それでもどこかで、期待にも似た何かが、くすぐるようにして胸を高揚させていた。少しずつ集まってゆく蓋が、自分の開けた未来を差し示しているように感じ始めてもいた。
「私の母は、占いが上手だったのよ。」
 いつかエスメラルダが話してくれた事があった。
「家畜番の犬が居なくなった時も…それからお仕えしていた家が改築する時だって玄関の位置を決めたりしたの。」
 エスメラルダは母親から占いを習ったと言う。

「それはイッキがお守りに持っていて。」
 手の平で碧に光るその蓋に、視線を落とし少女は微笑んだ。
あなたの天使の色だから。エスメラルダのその呟きに、一輝は問いかけた。
「碧が…珍しいからか?」
「いいえ。今、私が決めたの。」
彼の胸に、大切に仕舞われている思いでの色はこの蓋の色とよく似ているのだろう。エスメラルダは愛しそうに小さな貝の蓋を一輝の手の上で転がした。
「天使は、エスメラルダ…」
一輝はいいかけて、少女を見た。


……きみだよ

 一輝の呟きに、少女はほんの僅だが睫を落とした。


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