ふわふわ

 

 また……やってしまった。二度目だ……。
 子供の頃、家族全員に怒られたのに。
 「ふわふわ」が私の部屋で、おいしそうに角砂糖を舐めている。

 「ふわふわ」の体をそっと撫でてみる。そんなことしたら、離れがたくなるのはわかっているんだけれども……。

 きゅーいっ。

 「ふわふわ」が喜んでいる。ものすごく……かわいい。

 きゅきゅ?

 でも、パチンコ屋の景品交換所の前で、捨てられていく小さなお菓子の景品を待ち望む「ふわふわ」の姿は、結構きつい……よね?
 ……あああっ。わかってるの。私も、見ちゃいけないってわかってるの! でも、でも……。

 きゅぅ、きゅぅ。

 「ふわふわ」が私の靴下のニオイをかぎはじめる。
「ちょっと。やめてよー。恥ずかしいじゃない」

 きゅっきゅっきゅー。

 「ふわふわ」が喜んでじゃれてくる。ああ、犬みたいなとこあるんだなぁ。……なんて思ってるうちにあっという間に情が沸く。


 昔、あれだけみんなに「ダメ! 気をつけて! 目を合わせちゃいけないよ!」っていわれた「ふわふわ」を家に連れてきてしまった時を思い出す。
 お父さんが、頑張って涙を零さないようにしながら、「ふわふわ」を
玄関から外に、思いっきり蹴った。でも、そうしないと、「ふわふわ」はずっと私の家から出られなくなるから……。

 その日は、家族全員で泣いた。

 「ふわふわ」の温もりは、触れた人自身の温もりを思い出させてくれる。側にいるとあったかい。触れると「ふわふわ」が喜んで、いつしか自分も喜んでいることに気づかせてくれる。

 でも……。「ふわふわ」が喜ぶほどに、「ふわふわ」自身がしぼんで消えていく……。


 きゅうきゅう。

 目の前で泣いている「ふわふわ」が、さっきより、少し小さくなってきている気がした。

「ごはん、ちょっとだけ……」

 なんて、どうして私は思ったんだろう?


 「ふわふわ」は人を愛しすぎる。全ての気持ちに応えてあげたくて仕方のない生き物だ。

 なんで、それだけじゃ、ダメなんだろう?

 きゅーいきゅーい。

 わたしは「ふわふわ」を抱きながら、いつの間にか泣いていた。
 子供の頃のお別れの時はお母さんに抱かれて泣いていたんだけれど、今も同じ感覚がしている。


 なんで、私は「ふわふわ」じゃないんだろう?
 私が「ふわふわ」なら、一緒に暖かくなれるのに……。


 何人もの人が「ふわふわ」を自分の家で、消し去ってしまった。それは、とても切ないことで。
 私は、ふわふわを玄関まで押しやった。
 そしてドアを開ける。


 お父さん、ごめんね。こんな気持ちだったんだね。


 そう思いながら、私は「ふわふわ」を外へ蹴りだした……。


 きゅきゅっ!


 「ふわふわ」は小さな声を出して、どこかへ転がって行ってしまった。転がりながら、少しだけ萎んでいったのが、何よりも悲しかった。


 仲間を見つけて、愛し合うのよ……。そうしたら、大きな「ふわふわ」になれるんだから……。

 

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「ナゾの生物」を書くのが好きです……。
「へげへげ」とか「ふごふご」とか「わるもの」とか、幼児語的な名前をすぐ付けてしまうんですが、
自己分析はしないでおこう……。
(「へげへげ」と「ふごふご」は非公開ですが……)
新井素子さんの文章をちょーっとだけ意識しました。
「ふわふわ」は二箇所ほどで紹介したけど、全く反響なく(感想とか書きようがないよね)
それでも、個人的に気にいってるお話です。


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