幼い頃、大好きな幼馴染が居た。
優しい笑顔で何時も沙柚梨と遊んでくれていた。
同い年のはずなのに少し大人びた面があり、何時も沙柚梨を守ってくれていた。
大好きで、大好きで、だから引越しの日沙柚梨は逢いに行かなかった。
遠くに行くと告げられた日、沙柚梨はすっかりショックを受けて駄々をこねて幼馴染の子を困らせた。
行かないで、と震える声で言うと、苦しそうにその子は沙柚梨を抱きしめてくれた。
「迎えにくるから、沙柚梨の事、だから待ってて?」
「―ヤっ、いっちゃやだ!」
きっと沙柚梨が見送りに行かなければ残ってくれる。
子供の浅知恵はものの見事に崩れる。
引越しの次の日、覗いた家はすでに空き家だった。
泣いて、泣いて、泣いて、両親を困らせた。
でも一つだけ、彼と約束した。
彼は迎えに来てくれるといってくれた。
だから、待つ事に決めた。
***
「―で?まだその幼馴染が忘れられないの?」
「ん……そう」
「だー!だっから彼氏できないの。忘れな!あっちも忘れてるって」
呆れたように沙柚梨の友人、まなかは言う。
首元までのぱっつんの黒髪、クールな目元は沙柚梨があこがれているものだ。
天然パーマで大きなカールを描いている色素が薄い髪は、昔から沙柚梨のコンプレックスの一つである。
たとえ、まなかが可愛いといっても、だ。
「つーちゃん、そんなんじゃないもん!」
「何、つーちゃんって名前なの、その子?」
「名前忘れちゃった、でもつーちゃんって呼んでたの」
「あんた、結構良い根性してるわよね。名前も知らない子、好きなの?」
「好きとかじゃなくて……わかんない約束覚えてるだけだもん」
「はいはい、ま、その気になったら言って。沙柚梨紹介してって言う子いっぱいいるのよ」
「?はーい」
「沙柚梨ってば可愛いんだから、さ?」
「まなちゃんも、綺麗〜。いーなぁー、沙柚梨も綺麗になりたぁい」
ぷぅ、と頬を膨らませる拗ねポーズは沙柚梨を幼く見せるが、それが似合っている。
ついつい女のまなかでも守ってあげたくなるような沙柚梨に彼氏が出来たならば、苦労するのはきっと彼氏なような気がする。
中学2年、まだ長年逢っていない幼馴染にあこがれるというまるで幼稚園児のような恋をしているが、いつかは沙柚梨も恋に目覚めるのだろう。
「女になっちゃうのかなー、まなかさん複雑だよー」
「まなちゃん?」
「なんでもないよん。ね、沙柚梨、帰り駅前のケーキ屋行ってみない?」
「行くっ!」
ケーキ〜といって幸せそうに笑っている少女を見て、まなかはもう少しこのままで良いかなと思った。
「休店日ィ〜?!」
「ケーキ……」
ベビーピンクと白のストライプでできたファンシーなお店の前でまなかはそう吼える。
何度見てもドアの前には「火曜休店日」と書かれている。
「うわー、休店日とはおもわなかったわ、ごめんね沙柚梨」
「ううん、ここじゃなくてもいいし。どっか違う所行く?」
「うーん、そーね……あ、ごめん」
かばんの中で鳴り出した携帯を取り出し、まなかは話し出す。
しょうがなく沙柚梨はベンチに腰掛ける、まなかは嬉しそうに立ち話をしている。
(あーあ、ケーキ食べたかったな)
こうなったらケーキバイキングにでも行こうかと考えていると、ふと目の前を一人の男が過ぎていく。
何人もの男が過ぎるのに、その人にだけ眼が惹かれる。
濃い茶髪に、明るい茶色のメッシュがはいっており、その黒い瞳とよく似合っている。
歳は沙柚梨と同じか、一個上といったところだろう。
顔も整っており、周りにいる友人たちよりも少し目立って見えた。
(……誰だろ、あれ……)
ぼけーっと見ていると、視線を感じたのか男も沙柚梨を見た。
びっくりするが、反らすタイミングを失って、そのまま見詰め合う。
男も少し驚いたような表情になるが、すぐに男の方から目をそらした。
(やっぱ、そうだよね……)
少し期待したのかもしれない、声をかけてくれる事に。
はぁ、とため息をつくと、背後から衝撃が襲う。
振り向くとまなかが嬉しそうに沙柚梨の背中に抱きついている。
「ひゃわっ」
「さてと、沙柚梨ちゃんv今日はおめかししよーねー」
「へー?」
「合コンの約束しちゃったv」
「え〜〜〜」
えへ☆と言わんばかりに笑うまなかに沙柚梨は声をなくす。
「私だって沙柚梨には可愛いままでいてもらいたいよ、でもほら、なんていうの?経験だし!それに王端中学だよ!かっこいい子いるって噂だよ!」
「よーするに、まなちゃんが行きたいだけなんでしょ!」
「うん」
「沙柚梨いい〜」
「ええーーー……」
「もう行くっていっちゃったもんv、ね?人数たらないんだって、ジュース飲んでるだけでもいいから」
「む〜〜〜、わかったぁ」
「オッケ、今日着る服でも買いに行きますか〜v」
「まなちゃん、気合入れすぎ……」
「いーの!行こ!」
明るく笑う友人につられて沙柚梨も笑ってしまう。
人生で一度も行ったことのない合コン。
でも神様も言っているのかもしれない『忘れなさい』と。
名前も覚えてない相手を思い続ける必要なんて、ないのだから。
(でも、来てくれるような気がしちゃうの、なんでだろ)
16th/Aug/05