バイバイと手を振って、沙柚梨さゆりの小さな背が見えなくなると、月夜つきやは思わず呻く。

 

「……〜〜何が『つーちゃん』の方がカッコよかった、だ。……本人だろがァ……」

 

はぁ、と長いため息をついて、ついつい付いた嘘に後悔する。

沙柚梨は何一つ変わらない、向けてくれる笑顔もすべて。

それに比べて、沙柚梨を特別に思う気持ちはあろうとも、あの頃のように純粋なものだけではない。

そんな自分を見られるのが、いやだったのかもしれない。

沙柚梨が信じている『つーちゃん』のままで居たかった。

 

それに、

 

「あいつ……、かんっっぺきに名前忘れてやがったな……」

 

月夜は一瞬で、彼女が沙柚梨だときづいたのだ、それに比べて沙柚梨は遅かった。

ちょっとその時間差が月夜を意地悪にさせた。

気づいてくれたのに、知らない振りをした。

最後のチャンスを捨ててしまった、『今』の月夜を、沙柚梨が愛してくれるわけがない。

 

(……別に、今更)

 

長い間、離れていた幼馴染に対する感情なんてさほど強くない―はずだ。

幼い記憶を共用する気恥ずかしさ、少しの戸惑い。

そう、なんでもない、何でもないはずなのに。

 

「……あいつ、一人で家まで帰れるのか……」

 

昔と変わらない沙柚梨の印象は、変わっていない。

さすがに、中学にあがってまで迷子にはなっていないと自分には言い聞かせる。

 

そこまで考えて、苦笑がもれた。

変わったと思っていたが、自分も沙柚梨に対してはあまり変わっていなかったらしい。

あの頃は本当に沙柚梨の行動すべてを心配して、危害を加えそうなものはすべて沙柚梨の周りから排除していた。

変わったのは、今はもう、沙柚梨を傍で守ろうとしなくなった事ぐらいだろう。

 

「……………オレも帰るか」

 

そう言って、ポケットに手をつっこむと、指先がなにかに触れ、くしゃ、と音を出す。

それは小さな紙だ、沙柚梨を別れる前に交換した、お互いの携帯アドレスが書いてある。

捨てようかとも思ったが、どっちみち沙柚梨からメールがあるだろう。

仮になくとも、それで終わりというわけだ。

ちらりと携帯を見るが、うんともすんとも言わない、さすがの沙柚梨ももうすでにメールを送ったりしないらしい。

 

(アホらし、待ってるみたいじゃねーか……)

 

舌打ちすると、月夜は駅へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荻原おぎはら月夜……うーん……つ、はあってるのになぁ〜……う〜〜ん)

 

問題は、幼馴染の方の名前を完璧に忘れているという事だ。

あんなに大好きだったのに、どうして忘れてしまうのだろう。

別れ際に交換した紙の上に、綺麗な文字でアドレスがのっている。

 

「……送っちゃおっかな……」

 

先ほどまで一緒にいたのに、もう逢いたくなる。

考えるだけでわくわくする……、なんでこんなに嬉しくなるんだろ。

 

本当に、昔みたいだ。

夜が来るたびに、朝を渇望した。

早く遊びたくて、笑顔を想像して嬉しくなって。

であったら絶対に駆け足で彼の元にはしった。

走り出さないと、離れているその時間がもどかしくて。

そのキモチが、今の沙柚梨の感情とピッタリあう。

 

(早く、逢いたいな)

 

逢って、話して、もっともっと近づきたい。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、沙柚梨は携帯のディスプレイと格闘していた。

 

(絵文字とか、入れない方がいいかな……なんか邪魔がりそう)

 

絶対に送る事は決めているのだが、何を書けばいいのだろう。

ちゃんと遊ぼうね?今日は助けてくれてありがとう。早く逢いたいね。

なんて……ラブレターみたいな言葉しか頭に浮かんでこない。

どうしよう、と考え込んでいると突然携帯が振るえ『メール受信』の絵文字がでる。

 

(??まなか?)

 

ボタンを押すと、アドレスの名前はさっき入れたばかりの名前。

『荻原月夜』

 

(つーちゃんっ!?)

 

件名はなし、本文は

 

     お前、家にちゃんとついた?

 

(なにそれっ)

 

ぶっきらぼうな、シンプルな言葉。

あまりに月夜らしくて、沙柚梨は携帯を握り締めて笑ってしまう。

まさか相手から先にくるなんて思っていなかったから、余計に嬉しい。

ドキドキしながら、メールを返す。

 

     ついたよっ。心配してくれた??

 

「そーしんっと」

 

わくわくした気持ちで次のメールを待っていると、ほどなくして携帯からの連絡がくる。

 

      別に。迷ってそうだったから。

 

「迷わないよ!」

 

思わず携帯に向かって叫んでしまった言葉をそのまま打ち込む。

いったい月夜の中で自分のキャラはどのように形成されているのだろうか。

と、少々疑問に思いながらもこの日のメールのやりとりは月夜がもう寝ろ、とまるで父親のような事を言って終わった。

もう来ないとわかっていても、ついつい自分の携帯を見つめてしまう。

にやけてしまう顔を枕に埋めて、沙柚梨は幸せな気分で眠りについた。

 

 

 

 

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30th/Mar/06

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