「 RAINY SEASON」




 最近、気になる奴がいる。

 同じクラスの達也だ。

 達也は、可愛い奴だ。茶色い軽くウェーブのかかった髪が柔らかそうで、タレ目気味の瞳を隠すかのようにかけられた眼鏡は少し冷たそうで、でも、友達に見せる笑顔は最高に可愛い。本当に可愛い奴なのだ。


 そもそも達也にほれたのは、あの笑顔がきっかけだった。あれがなければ、今オレはこんなふうに彼とは接していなかっただろう。何せ最初は取っつきにくい奴だと思っていたのだから。

 出会った頃の達也はとても無口だった。同じクラス、同じ場所、同じ仲間内にいるというのに、積極的に話しかけて来るどころか、むしろ避けられているような気さえしていた。だから、オレは奴のことをあまり好いてはいなかった。



 ある日、たまたま何故か偶然、達也と帰りが一緒になった。今思えば、それは必然であり、神様か悪魔のいたずらだったのだろうが。

 とにかくオレ達は二人、気まずい空気のまま黙々と歩いていた。話しを切り出そうにもネタがない。どうやら彼はギターをやっているらしいが、オレはそっちの方はさっぱりだし。結局黙っているしかないのである。

 もう日は傾き、東の空は紫色を帯びている。

 オレは気まずく足下に視線を向けていた。

「あ、・・・・・。」

 急に達也が声を出したので、オレはびくっと反応した。別にびくつく必要なんかはないのだが、妙に緊張してしまう。

「どうしたんだ?」

訊くと達也は、相変わらずの無表情で前方を指した。

「ん・・・・?」

 導かれるまま顔を上げると、そこには、猫の死体があった。車にひかれた猫の死体である。まだ時間がたっていないのか原形をとどめてはいるが、痛々しい姿は血にまみれ、ぐったりしていた。

「あっ・・・!」

 オレはとっさに道路へとびだそうとした。が、ぐいと腕を引っ張られて、止められた。勢い余ってどすんとしりもちをついてしまう。

「あっぶねぇなー・・・」

 支えてくれた達也に言われ、今目の前を車が走っていったことに気づいた。

 あ、ひかれるとこだったのか・・・。

「・・・・あ、猫!」

 オレは再び立ち上がり、車が来ないか確認して、道路へ出た。

 猫はさっきの車にはひかれていなかったようだ。ほっと胸をなで下ろし、それから急いで猫を抱き上げた。

 そうして達也の元に戻った。

 まだ子猫だ・・・。野良猫だったらしく、やせ細り、毛は汚れている。あまり中のものが出てきていないのが、せめてもの救いである。

「・・・・どうするんだ?」

 じっと猫を見つめ、低い声で達也が言った。

「埋めるんだよ。あんな所にいたら、ぐちゃぐちゃになってカラスに食われちまうからな。」

 そう言って達也に視線を移したときだった。俺は信じられないものを目にした。

 彼が、達也が笑っていたのである。嘲笑うわけでもない。シニカルな笑みでもない。それは、暖かい笑顔で、笑っていたのである。

 瞬間、体が震えた。

 オレの体は火がついたように熱くなり、どくん、と心臓が跳ね上がった。耳に心臓の音がこだましていて、耳がどうにか鳴ってしまったのかと思った。

「そっか、埋めるんだ・・・・。おまえって、優しいんだな。」

 そう言う達也の方が、全然優しい顔をしている。

 こいつ、こんな表情もできたんだ・・・。

「どこに埋めるの?」

 無垢、とでも言うのだろうか。まっすぐな目がオレをのぞき込んでくる。

「あ、ああ、うちの庭、いや、公園にでも・・・」

「・・・うん、オレもその方が良いと思う。」

 急変した態度に戸惑ってしまう。こういう奴だったっけ?オレ何かした?疑問と共に、どうしても嬉しさが出てきてしまう。そう言えば彼は、他の友達にはこんな笑顔を見せていた。

 もしかして、オレ、今友達になれたのか?気を許してくれたのか?

 目の前の達也は、いつもの無表情ではなく、明らかにほっとした感情を出している。


 こいつ、可愛いじゃん。



 ・・・・そうしてオレは、おちたのだった。

 それからは真っ逆さまである。少しずつ言動、表情、誰に笑顔を向けるのかが気になって、そのうち目を離せなくなっていた。達也が笑いかける奴に嫉妬し、誰よりも側にいたいと、オレだけのものにしたいと思うようになった。

 これは、友情といえるのか。それとも・・・・。




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