31 名前:風と木の名無しさん:2006/10/30(月) 10:22:25 ID:1BWd8tg6O
1乙
メルヘン乙
追憶乙
資料乙
Y乙
代理乙
乙乙乙乙乙乙

32 名前:少年Y:2006/10/30(月) 12:08:17 ID:aIbUlGLp0
前回投下分
本文直前警告が一箇所抜けていました
申し訳ありません。

今回投下分
少年が登場します。
ご注意ください。

今回で完結です
ありがとうございました。

33 名前:少年Y1/10:2006/10/30(月) 12:09:05 ID:aIbUlGLp0
七日目。
最後の稚魚を確認し、氷の溶けきった冷水から引き上げられた頃には、もう日も沈んでいた。
低体温に震え意識を失いかけたイグレクは、厚い掌が布越しに何度も自分の肌を擦るのを感覚で得、唇が色を取り戻す時分には疲労がつれて来た睡魔に襲われ、すっかり眠りの淵に居た。
暗闇の中何度か目を覚ましたが、部屋の中はすっかり片づけられ、沈黙の中自分一人の気配しか見つけられない。
だが、深夜のこの目覚めは違った。激しい差し込みが腹部に閃いた。
息も止まらんばかりの激痛に、身体をくの字に折って呻く。
痙攣している指先で胃の辺りを触れてみるが、痛みの根源はそこではない。
それでも脂汗がじとじとと顔を濡らして止まない強烈な苦しみに、思わず胃の内容物を吐き出した。
溝に流れるそれは胃液だけであった。今日は水しか採っていない。
根源を探ろうと掌を下へ滑らすが、見つけるより早く、耐え切れずに膝を折った。
両手も床に突き、這いつくばるような格好で、ただただ痛みが引くのを待った。
きりきりと内部から責め苛む音は止まず、頭蓋骨をその振動で痛めつける。
ガンガンと頭の中で鳴る音響、耳鳴りを伴い、消え行く最後の意識でイグレクは身体を這い進めた。
冷たい石の床が、唯一の意識を引き戻す糧であった。

34 名前:少年Y2/10:2006/10/30(月) 12:10:01 ID:aIbUlGLp0
直線距離で鉄の扉を目指す。
その間何度も差し込みが襲い掛かり、最後の意識の火を消そうと仕組んだ。
べとつく汗は目の中に入り込み視界を奪う。
呼吸は死の間際のように荒く、絶え間ない全身の震えは断末魔の痙攣なのか。
永遠にも感じる時間であったが、確かに目的地までの距離は狭まっていた。
途中何度も胃が引っくり返り、内臓が配置換えを行なうような苦痛に目も意識も、行動を続けようとする気概さえも奪われかけた。
それでもやっと、伸ばした指先が金属の表面に触れた。
爪が擦れる音よりも、引きずる鎖の鳴る方が大きい。
(………声を。呼ばなくちゃ………)
口の中には苦く、粘ついた唾液が絡まっている。
喉が奥がヒリヒリと、空気を取り込んだだけでも痛んだ。
「………テッド………」
か細く空気に溶けいりそうな弱々しい声。
石壁も鉄素材の扉も、それを跳ね返すだけで、向こう側に通す許可は、到底与えそうにない。
冷たく表面を光らせているだけだ。
それでも、気配があった。
戸惑いながらも近づいて来る、重厚な足音。
イグレクの顔が安堵に緩んだ。その一瞬だけは痛みを忘れ、こう考える余裕さえもあった。
(このまま、いつもの調子で扉を開けられたら、頭蓋骨が陥没して死ぬ。
そんな最悪な位置関係だな)
しかし、用心深くゆっくりと、音を立てずに扉は開かれた。
覗き込むテッドの表情の変化を残念ながら見る事は出来ず、少年の意識は落ちていった。

35 名前:少年Y3/10:2006/10/30(月) 12:11:20 ID:aIbUlGLp0
ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした置灯の明るさに気付く。
そして、掌を包み込む暖かな感覚にも。
まだ中途半端な開き具合の瞼を、ゆっくりと肩から腕に沿って下らせていく。
手首の革ベルトを越えた位置に、自分の白い手は見えず、代わりに厚い日焼けした左右の手の甲が被さっているのが見えた。
煙草の香りと男らしい匂い。骨太の体躯に似合った、重厚な鼓動もそこから伝わってくる。
意図せずイグレクの焦点はそこに落ち着く。
徐々に瞳を開き、思考を取り戻していった。
身じろぎを感じ取ったのか、横を向いていたテッドが頭を戻した。
ばっちりと二人の目が合う。包みあう手の上で。
ギョッと丸くなったテッドの目、焦りながらグローブのような手を離して、あたふたと空中に浮かせる。
意図して顔をそむけ、一言こう告げた。
「脈拍は、問題ない」
イグレクは思わず吹き出しそうになった。
そんな場所で脈を取れるものか。
皮肉交じりに無知を指摘する事も出来たが、どうせなら笑いながら言ってやりたい。そう思った。
そして、笑える程に自分が、健康な状態に戻っている事を知る。
テッド越しに白衣の老人が見えた。
薬品臭い衣服から十分医者だと推測出来る。
看病人と医者は短く会話を交わす。
言葉の端からイグレクは自分の身に起きた出来事を理解した。
「………鰻の雌の卵。孵化時の毒素排出による疝痛。
薬は効いたし問題はないが………」
「用意した業者には、後で焼きを入れる」
「それが問題ではないと思うが………とにかく安静に」
「ああ」
明快なテッドの返答に何か不満なのか、老人はイグレクを覗き込み、付け加えた。
「わしの見立ても問題ないが、まぁ腹の渋りが取れるまではじっとしている事だ。
脈拍も問題なかったらしいし………」

36 名前:少年Y4/10:2006/10/30(月) 12:12:58 ID:aIbUlGLp0
堪らず、イグレクは笑った。
腹を抱え、目の端に涙を零し、その年代に相応しい明るく弾ける笑い声を、石の壁に反射させた。
問題、を連発する老人も可笑しかったが、脈拍と告げた時の、頬を膨らませ、口を尖らせたテッドの表情が何よりツボに入ったのだ。
笑い転げる少年を見、老人は満足そうに頷きながら部屋を去る。
テッドは医師の背中を押して送り出してから、振り返った。
「調教は中止する。大人しくしてろ」
少年はまだ笑いの発作の真っ只中にあった為、返事は、あはは、の三文字であった。
額に手を当て嘆息したテッドは、殊更厳しい顔を作ろうと努力する。
「痛みが、ぶり返したりしたら………呼べ」
努力は満たされず、テッドは「百戦錬磨の拷問官」の表情を残せないまま扉を閉めた。
一人残ったイグレクは、既に発作も収まり、指で目尻を拭っていた。
唇は笑みの形を未だ保っている。目には穏やかな色が灯っていた。
窓のないこの部屋の温度から判断するに、今は恐らく夕方。
決断するには時間はそれほど残されていなかったが、少年はたった今決めた。
(多分、最後の………笑いを僕にくれた………)
藁の上に丁寧に敷き詰められた布と、清潔な白い掛布。
それに包まり、イグレクは夜までの短い間をまどろみで過した。

37 名前:少年Y5/10:2006/10/30(月) 12:15:23 ID:aIbUlGLp0
静けさが降り立った。室内は既に闇が占めている。
シャツ一枚の姿で起き上がり、爪先立ちで鉄扉に寄ったイグレクは、投げる言葉の選択に迷い、挙句ノックを選んだ。
硬質な音が二度、静寂の中に響き渡る。
すぐに戸が開き、テッドが顔を覗かせた。
「どうした」
短く問うテッド。
イグレクはもじもじと指を絡ませながら、口を開く。
真正面で初めて唱える事になる、彼の名前を。
「テッド………あなたに」
小さく消え入りそうな声は聞き取れなかったのだろう。
テッドは耳を寄せようと扉を大きく開いた。
肩越しに見える検分室。明りは落とされ、テッドの他誰も居ない。
中央に位置する巨大な木製の机、検分台。
その脇に小さな丸椅子が一つ置いてある。
ついさっきまで人が座っていた形に、窪んでいる椅子の上の毛布―――それを目にした時、少年の最後の躊躇いは消えた。
天を見上げ、目を閉じ、手は組まなかったが、心で祈りを捧げる。
(迷わない、もう戻らない。
彼に全てを委ねると決めた。
ああしていつも見守っていてくれた。
呼べばすぐ来て、広い手を伸ばしてくれた。
………これ以上、何を望む事がある?
僕の未来に、もっと信頼を見せてくれる人が現れる予定があるか?
義理でも金目当てでも、義務の上でも構わない。僕を助けてくれる人物は登場するか?
………何もかも失った僕に、残されているものなんてない。
なら、最初で最後の親切なこの人を、僕は心の支えにして、生きていきたい)


38 名前:少年Y5半/10:2006/10/30(月) 12:16:42 ID:aIbUlGLp0
捧げ終えた満足に目を開き、テッドの双眸を真っ直ぐ見詰めると、イグレクはもう一度言った。
「テッド、あなたに………最初の………人になって欲しい。
僕の心の支えになって欲しい。
この先どんなに辛い状態が待ち受けているとしても、信頼の証が残っていれば、それを頼みに生きていける。
身体がどれだけ踏みにじられようとも、心は強くいられる。
どうか、最後の晩に………あなた自ら………全部、僕に教えて欲しい」
何度か詰まる箇所があった。
本音であり恥ずかしいと思う言葉は一つもないのに、何故か耳が赤く染まる。
視線は最後まで合わせられずに、腕を広げ待ち構える状態にも関らず、伏せてしまっていた。


39 名前:少年Y6/10:2006/10/30(月) 12:18:12 ID:aIbUlGLp0
返事はなかったが、イグレクの片腕はぐいと引かれ、検分室の方へと引き込まれた。
少年の背後で鉄扉が音立てて閉まった時、もう一方の腕も寄せられた。
広く厚いテッド胸の中に、イグレクの小柄な身体が収まった。
逞しい大人の腕が少年の痩せた背中に回され、強く、仕舞い込むように掻き抱いた。
うっとりと目を閉じ、上衣に頬を寄せるイグレク。
ふと気付いたように、テッドの腕が一本解かれ、少年の片頬に触れた。
温かみを帯びた指先が、戸惑いながら滑って行き、おとがいで止まった。
わずかな迷いの後、五本の指が揃って撫で、丸めた掌が優しく愛撫した。
「………あっ………」
上げた少年の声は快楽だけではなかった。溢れて湧き出る歓喜。
ずっとずっと遠い昔に感じられる、二人の出会いの日。
初の武力行使の箇所はこの顎であった。
………けれども、ここだけであった。
テッドが自発的に力と技に訴えたのは。
他は決して………彼の意思がかいま見られた事はなかった。
戸惑い、眉を顰め、救助するのが主眼のような物言いで………ずっと。
テッドは自分が傷をつけた位置を覚えていたし、今こうして謝罪するかのように抱きしめ、最初の愛撫を与えている。
イグレクは微笑んだ。嬉しさに涙までもが溢れてくる。
「まだ、痛むのか?」
手を止め尋ねるテッドに、少年は急いで首を横に振った。
「ううん………嬉しいだけ」

40 名前:少年Y6半/10:2006/10/30(月) 12:19:12 ID:aIbUlGLp0
そうか、と呟いたテッドは太い人差し指で、流れ落ちるイグレクの涙を拭い、足りないと分かると顔を寄せて舌を這わせた。
熱く湿った舌先が、無精髭のざらついた肌が、目元だけでなく顔表面に沿って行くのを、瞼を閉じたイグレクは背の芯の震えと共に感じ取る。
やがて首筋に降り、逞しい指がそれに加わる。
五本は舌を滑らす軌跡を予め撫で、片方の五本はゆるゆると少年のシャツのボタンを外して行く。
夜気の冷たさがイグレクに触れたのは一瞬。
長身を屈ませ顔を少年の胸部に真向けるテッド。
掌も指も、歯も舌もまるで別の生き物のようにうごめかせてイグレクの全身を愛撫する。
優しく上下の歯が少年の胸の先端を挟む。
背筋を逸らして小さな声を上げるイグレクを、慰めるようにその周りに舌が這わされる。
イグレクが身体を強張らせ目を閉じ、唇を結び、押し寄せる快楽の波に耐えているのは、それだけではない。
同時に動く厚みを持つ熱い掌。少年のゆるやかな腰のくびれをなぞり、臍の周りを突き、腿の上面を軽く撫でて行く。何度も往復する一連の動きは、少年の心も身体も熱い高みに昇らせるものであった。



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