- 531 名前:風と木の名無しさん:2006/11/20(月) 05:21:45 ID:pRomD9Ji0
- >>530
そこまで言うならお前が書けば?
- 532 名前:風と木の名無しさん:2006/11/20(月) 12:02:22 ID:Hq19lMusO
- むしろ字書き×絵描きで愛ありありと妄想した
- 533 名前:テュランの筏1/10:2006/11/20(月) 12:07:50 ID:u+fwal6N0
- 前回投下分、薬品名伏せ忘れていました。
深くおわびもうしあげます。
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六日目
ここは奇妙な「国」だ。
白いスーツの男が支配する。
海風にさらされても、陽光を受けつづけても、決して朽ちる事なく、太陽をはねかえす純白の輝き。
隣にたたずむ黒いトランクと共に。
そして国民は全裸ですごす。たった三人。
それでも多数決の主義をとるならば、圧倒的多数は僕たちのはずなのに。
異物は、藤吾であるはずなのに。
しかし彼は君臨しつづけた。
この十メートル四方のいかだを手中におさめるテュランとして。
- 534 名前:テュランの筏2/10:2006/11/20(月) 12:08:37 ID:u+fwal6N0
- 「今日はこれだ。身体を縛る。一時間耐えろ」
トランクから取りだし、僕たちに見せつけるのは、黒色をしたひも状のものだった。
楊玲は藤吾のすぐ目の前で、小首をかしげている。
僕は、近づいてよく見る気にもなれなかった。
クリフは背を向け、水平線を眺めつづけている。
タープにくるまったまま僕は眠ってしまい、あれからクリフと口をきいていなかった。
「材質は革。塩水につけてから使用する。
また、命令の有効時間は日が出ている間………」
最後まで聞かず、僕はクリフの脇に座りこんだ。
- 535 名前:テュランの筏3/10:2006/11/20(月) 12:09:27 ID:u+fwal6N0
- 「………あの、きのうは、ありがとう」
僕は最後までとまどったまま、お礼の言葉を告げた。
クリフが………彼の意思でないにしろ、屈して、誇りを曲げた忌まわしい記憶を、果たしてよみがえらせてよいものか。悩みつづけた。
けれど、言わずにはいられなかった。
沈黙がおりる。波頭がいかだに当たって、砕ける音だけがしばらく続いた。
「………いや」
クリフが口をひらきながら、ゆっくりと僕に顔向けた。
細めた目が開かれ、空色をした瞳がやわらいだ。相好がくずれる。
「俺、知ってたから。智士、ありがと、な」
夜中の件だと、僕はすぐに気付いた。
確かに眠りながら、口に水を注がれて、目が覚めない人間はいないだろう。
ちょっとあたふたしながら、僕はそのお礼と笑顔を受けとった。
色々思い出して、頬まで真っ赤になったが、それは藤吾の前で、悔しさと恥ずかしさから起こるものとは、まったく違った。
僕はクリフに微笑み返す。
その一瞬だけは、飽き飽きした潮風も、退屈しきった変わらない景色も忘れていた。
- 536 名前:テュランの筏4/10:2006/11/20(月) 12:10:43 ID:u+fwal6N0
- と、その空気にわりこむように、物が落ちる音が響いた。
袋に包まれたガーゼみたいなものと、それからスプレーだ。
とりあげラベルを見ると、喉用、ビタミン剤配合と書いてある。
「智士君、君にだ。健康には留意したまえ」
顔をあげるまでもなく、声の主は決まっている。
このいかだ上で物流をになっているのは、何もかもを持ちながら、必要なものは分け与えない、テュランだけだ。
ガーゼ状のものは、マスクだった。
次の掃除のときには、確かにつけた方がいいかもしれない。
とにかく海水に遮断された、この小さな世界で物は貴重だった。
僕はクリフの視線を気にしながら、それをタープの奥へおしこんだ。
クリフは、海の向こうを眺めたまま、身じろぎもしなかった。
青い瞳は、その濃さを深めていた。何事か、考えこむように………
- 537 名前:テュランの筏5/10:2006/11/20(月) 12:12:07 ID:u+fwal6N0
- 僕とクリフは、他愛ない会話をした。
途中で、以前の話題を思いだし、クリフはエコロジストなのか、それとも海洋冒険家なのか、と聞いてみた。
だいぶ前、ペットボトルを投げ捨てた件で、怒られた時の話だ。
僕はあれ以来、ボトルも空き箱も瓶も、なにもかもとっておいた。
瓶は………オレンジジュースのだ。
半分しか残っていなかったが、僕は本来の持ち主であるクリフに返そうとした。
彼は「夜中に水もらった分の、お礼だ」と決して受け取ろうとしなかった。
僕が指にひたして、彼に与えた量は、重厚なガラスの容器内の、三分の一にも満たないだろうに。
クリフの意思が頑迷なのは、僕がいちばんよく知っていた。
この借りは、いつか別の形で返すよ。
僕がそう言うと、クリフは律義だな、と笑っていた。
それでクリフが僕の二択に、答えを出そうと口を開いた。
「俺は、まだ学生の身だけど、親父が、冒険者って奴で………」
その時だった。警報にも似た、神経をギクリとさせるような悲鳴がとどろいたのは。
あまりのすさまじさに、僕は肩を震わせた。クリフも顔をあげた。
周りは海と空ばかり。声の主はいかだの住人………楊玲だった。
彼はマストにつながれていた。
誰よりも長く陽光にさらしているその肌は、まだ陶磁器のような白さをたたえ………今は身体のあちこちを黒い革ひもが苛んでいた。
- 538 名前:テュランの筏6/10:2006/11/20(月) 12:13:06 ID:u+fwal6N0
- 両手は後ろ手にくくられ、正座の形で、マストに背をおしつけている。
苦悶の呻きが、また響いた。
叫びが静まると、いかだと、それからマストと、この国をつかさどるすべてが、ギシギシと軋んでいるのが分かった。
楊玲が、逃れようと身をよじるのに合わせて、マストと床は揺れた。
悲鳴と、それから軋みに隠れて、さいしょは聞こえなかった。
肌に食いこみ、骨をも断とうとする、革ひもの縮む小さな音………。
「楊玲!」
僕は叫びながら近づき、彼を見下ろして愕然とした。
寄りあい、絡み、結ばれる黒い革のひもは、楊玲の全身を包みこんでいる。
首にも肩にも腕にも、腹と足と、それから………見るだけでこちらが痛みを想像して、縮みあがってしまう………ペニスの根元にも、巻きついている。
吐き気をもよおし、思わず顔をそむけた僕の耳に、ギリギリと乾いて縮みゆく革の音が届いた。
楊玲はなおいっそう、苦しげな声をあげた。
「………楊玲………」
「触れるな。触れたらカウントをとり直す」
冷酷な声が、トランクの上から飛んだ。
- 539 名前:テュランの筏7/10:2006/11/20(月) 12:14:06 ID:u+fwal6N0
- 僕は伸ばしかけた手を止め、うなだれながら歯を噛んだ。
肩を叩かれる。クリフが目を伏せ、横に首を振る。
悔しくて、悔しくて、どうすればいいか分からなかった。
目に熱いものがこみあげ、楊玲を見ていられず、背を向けた。
鼻先が胸板にふれ、僕はそのまま顔をうずめた。
暖かな手が、何度も何度も僕の髪をなでた。
一時間は凪のようにすぎていった。
革ひもが切断される音が聞こえたとき、やっと僕も何かから解放されたようだった。
対角線上で、トランクがゆっくりと開かれた。
本当に車のボンネットを開けているような風景だった。
「よく耐えた。今日は好きなものを選ばせてやろう」
藤吾の声につづいて、楊玲が歓喜の声をあげた。
- 540 名前:テュランの筏8/10:2006/11/20(月) 12:15:10 ID:u+fwal6N0
- さっきまでふらふらして、顔色も悪かったのに。
肌のあちこちに痣を残しながらも、ゲンキンな奴だ。
僕はもう、楊玲を嘲りたいのか、救いたいのかも、分からなくなっていた。
見たこともない容器と箱を抱え、楊玲はそのままその場で、開封しはじめた。
黒いトランクに背をもたせ、藤吾のそばで。
………ああ、そうだろうな。僕たちは何も与えてやれない。
心なんて無形なものしか。
そして彼は僕を強盗か、盗人のように思っている。
このいかだの上で、必要なものを与えてくれるのは、藤吾だけなのだ。
ぼんやりとそんな考えが、頭に浮かぶ。
ゆっくりと、太陽が水平線の向こうへ、沈んでいこうとしていた。
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