leave



7.
 ミックはしなやかに動いた。力ずくではない、優雅な強奪。
 「いやっ……!」
 セーターの裾から忍び込んで来た手が、香の背筋をすっと撫で上げる。
敏感な背中に走る快感に一瞬目を閉じると、その隙に唇を奪われる。
口の中を、我が物顔で滑らかに動き回る舌に翻弄され、逃れようとする腕の力が抜ける。
そこを狙ってミックの長い、繊細な指が豊かな胸に辿り着き、
すでに尖りきってかたくなった先端を二本の指できゅっとつねる。
あ、と声を上げて思わず身をよじると、それを見ていたミックが満足そうに息を吐いた。
 「感じた?敏感だね。毎晩撩が抱いてるんだから、当然か」
 「離して!」
 撩の名前を聞いて、香の顔は紅潮した。今、こんな風にミックの腕に抱かれている自分。
この姿を撩に見られたら、と思うとそれだけで居ても立ってもいられなくなる。
 「撩に見せてやりたいよ」
 「ミック……!」
 「俺がこれまで、どんな思いでいたか。奴に少しでも味わってもらいたいからね」
 ミックはそう言うと、暗い目つきになった。セーターの下で彼の両手が性急に動く。
暴れる香の体を抱き寄せて、閉じ込めて、肌をまさぐる。それを何度も繰り返されて、
抵抗する体力が少しずつ奪われていく。逃げられない。どんなに暴れても。
ミックは――蜘蛛の巣のようなしなやかさで、香を逃さない。
 残忍な獣はわざと獲物を力尽きる寸前まで走らせる。そして動けなくなったところで、
獲物の瞳に浮かぶ恐怖の色を楽しみながら、止めをさすためにゆっくりと近づいていく。
  

8.
 「あっ……ああっ。だ……め……」
 ミックは跪き、女の片脚を肩にかけて、その脚の間に顔を埋めていた。
壁に押し付けられた香は、何一つ身を覆うものもなく、全てを男の目にさらしている。
脱がされた服は抜け殻のように、二人の周りに無残に散らばっていた。
尖らせたミックの舌が、その部分をゆっくりと往復する。味わうように。試すように。
芽を甘噛みし、蜜壷の奥まで舌を差し込む。それに合わせてひくひくと蠢く女の部分。
床についた香の脚が細かく震えはじめていた。片脚だけで立っているのがつらいのか、
――それとも絶頂が近いのか。ミックは顔を上げて、眉を寄せて呻く香の
苦しそうな表情を確かめる。白い体が赤く色づいて男を愉しませる。
 「いきそう?」
 「っ……」
 「ここは?」
 男の指が蜜が溢れる場所を撫で上げる。
 「あんっ……」
 「こんなに歓んでくれて、嬉しいよ……」
 慈しみさえ感じさせる表情で、ミックは指を動かし続ける。敏感な芽を撫で、弾き、摘む。
香の体が快感に耐えられずに、左右に大きく揺れ始める。
逃れたくても逃れられない。罠にかかった小動物の憐れな抵抗。
 「あっ……んんっ、あああっ!」
 押さえつけられていた香の手が動いて、逆にミックの手にしがみつく。
体の中心で生まれた快感が今にも全身に広がろうとする、その瞬間。
 ミックはふと笑って、突然指を離した。そして肩にかけていた脚を外し、立ち上がる。
 「……ミ……ミック……」
 何が起こったのかわからない、という目で、香はミックの顔を見上げる。
力が抜けて倒れこむ香の体をふわりと受け止め、ミックは愉しそうに囁いた。
 「そう簡単にはいかせてあげないよ」
 「え……?」
 「”俺が欲しい”ってねだるまではね」
 それを聞いて、香は信じられないように目を見開く。
 「……そんな……そんなこと……」
 「言えない?」
 「だって、あたしは……撩が……撩の、あんっ」
 ミックが柔らかな乳房を、ぎゅっと乱暴に握り締める。
 「撩の名前は禁止だ。さ……おいで。今度はソファで可愛がってあげる」
 ――延々と繰り返される残酷な愛撫。長い指が全身を彷徨い、全ての快感を探りだそうとする。
達することも休むことも許されず、高くなる声。熱い吐息。痙攣する体。
逃れようと身をよじっても、執拗な指は彼女をますます敏感にさせていく。
男の思いのままに啼かされ続け、苦痛と快感が交錯する女の表情を、
ミックはこの場にはふさわしくないような、幸福な微笑を浮かべて見つめる――


9. 
 「――どうする?まだ我慢する?」
 何度も寸前まで責め上げられて震える体は、揺すぶられても揺すぶられたまま、力なく揺れる。
香の閉じた目からは、涙が途切れることなく溢れている。
 「カオリ……」
 ミックが身を伏せて、香の白い喉許にそっとキスをした。
 なめらかな肌に――触れずにはいられないように手を滑らせる。
早くこの体を……自分のものにしたい。生涯でおそらく、たった一度だけの。
今夜だけしか手に入らない幸福。
 香の唇が。かわいそうなほど震えている。重そうに瞼を開けてミックを見つめると
声にならない声が彼を呼んだ。男は口許に耳を寄せる。
 「……抱い……て」
 途切れ途切れに香が言う。嗚咽が、部屋の隅に飾られた花瓶の白い百合を微かに揺らす。
ミックはひっそりと笑って、再び喉許にキスをした。そして――女の体を抱え上げ、
奥のドアの向こう、ベッドルームへ運ぶ。ダブルベッドにそっと降ろすと、
数歩戻ってベッドルームのドアを閉めた。スタンドの明かりしかない部屋は急に暗くなる。
香は腕で顔を隠して体を小さく折り曲げ、その光に艶かしく震えている。
ミックはワイシャツのボタンを外し始めた。彼の手もわずかに震えていた。

 「ああっ!……あ……いやっ」
 胸の頂に口づけたあと、ミックは女の体に自分自身を沈めていった。
包み込むような、暖かな海。頭の奥まで痺れるような快感が男の全身を駆け巡る。
 「カオリ……」
 自分の腕の中に香がいることが信じられない。
ミックは体の下で大きく悶え、喘ぐ香を抱きしめた。
 「あっ…ああっ……あっ……あああ!」
 中をじっくり味わいたくても、体が勝手に貪ってしまう。二、三度奥まで突いただけで、
それまで散々嬲られてきた香は、あっけないほど簡単に達してしまった。
力尽きてシーツに沈もうとする女の頼りない体。それでもミックは動きを止めない。
時に深く、あるいは浅く、不規則に。香の中を抉るようにかき回す。
懸命に首を振って快感から逃れようとする女を、男は体でおさえつける。
 「やっ、だめっ……だめっ……んんっ」
 声を上げる唇をふさぐ。休むことなく責め上げる男の動きに、女の体は再び追い詰められ、
細かく痙攣を始める。かすれたミックの声が香の耳に囁く。
 「欲しい。最後まで。何一つ……あいつには残さない」
 「いやぁっ……!」
 喘ぎに絶望が滲みはじめる。終わりなく繰り返される硬直と弛緩――。

 「……お…ねが……い……。もう…だめ……」
 何度達した後だろう。朦朧とした目で、香はミックを見る。自分の上で動く男が
誰なのか、もうわかってはいないような目だ。とろりとした表情が、また男を煽る。
 ミックは物も言わず、女の体を掬い上げて反転させた。うつ伏せになった腰を
手で持ち上げると、背後から思い切り貫く。
 「っ!……」
 香には、もう悲鳴を上げる気力もない。ぐったりとした体は、男の手で激しく揺らされる。
溺れてしまわないようシーツにしがみつくことだけが、香に出来た全てだった。
 「う……」
 男のかすかな呻きが香の耳元をかすめる。奥まで突き上げる性急な体の動き。
 「……あっ!……」
 小さな、しかし鋭い声を香があげた。背中が震え弓なりに反り返る。
艶やかな白い百合の。その清らかな花びらの曲線。――花が散る。
 「カオリ……!」
 崩れおちるその体をしっかりと抱きしめながら。
ミックもまた目を閉じて、全身を満たす幸福な快感に震えた。



10.
 ”……a dream come true.”
 独り言なのか。遠くを見つめながら、口の中でミックは呟く。
彼の腕の中では、香がまだ整わない息のまま目をつぶり、仰向けになって横たわっている。
今、その目には何があるのか。彼は見たいと思った。
 「……カオリ。こっちを見て」
 香は気だるく首を振ると、顔を背けた。ミックの左手がそれを追いかけて
伸ばされる。押しのけようとした香の手が、ミックの二の腕に当たった。
 「……っつ!」
 大きな声ではなかったが、香を驚かせるには充分だった。はっとして顔を向けると、
二の腕に巻かれた包帯が目に入った。きつくしっかりと巻かれてはいる。だが……
 「血……にじんでる……」
 思わずそんな言葉が出る。手でその部分に触れると、わずかに湿っているようだ。
 「……大丈夫なの?」
 「濡れた服を着ていたせいだよ。平気。痛くも何ともない」
 さっき痛みに声をあげたことを忘れたように、ミックは答えた。そして微笑む。
 「ようやく俺を見てくれたね」
 ミックは相手の目を覗き込んだ。しかしそこにあったのは――恐れ。悲しみ。怒り。
心の底で微かに期待していたものはどこにもなかった。
ミックは香の頭を抱え込むようにして抱きしめる。諦めたのか、香は避けようとはしない。

 「……カオリ。俺と一緒に行かないか」
 しばらくの沈黙の後。ミックの口はためらいがちに言葉をこぼした。
 「……どこへ?」
 「どこでも。カオリの好きなところだったら。ヨーロッパでもアメリカでも」
 「……あたしが新宿を離れると思う?」
 挑むような強い調子で香は反問する。予期していたのか、ミックは薄く笑っただけだった。
 「撩と一緒にいたいわけだ」
 「……そうよ」
 「でも、大丈夫かな」
 「何が?」
 「俺が君を抱いたこと」
 その事実を思い出させるように、ミックは香の額と頬にキスを落とし、胸の紅い実を摘む。
んっ、と女の口から小さな声が洩れる。
 「あいつは嫉妬深いだろ?――俺に抱かれた君のことを赦すかな」
 香はきつい目で、ミックを正面から睨みつける。しかし目の奥には気弱な光が見え隠れする。
 「抱いて、と言ったのはカオリだしね」
 「だってあれは!」
 「いいんだよ。自分は何も悪くないって、カオリが心から言えるなら。……それを撩に
信じさせることが出来るならね」
 香はうそぶく男の顔を唇を噛んで見ていたが、口に出したのは別のことだった。
 「……本当に出て行くつもりなの?……かずえさん……はどうなるの?」
 恋人の名前が耳に入った途端、ミックの顔に痛みが走る。
 「……カズエにとっては、俺がいなくなった方がいいんだよ」
 「かずえさんの気持ちは――」
 「それにもし、俺が残ったらさ。必ず撩と殺し合いになる……よ」
 ミックが香の言葉を遮る。
 「それも面白いかな。……カオリは生き残った方のもの」
 「――そんなこと、冗談でも言うのはやめて」 
 香は力なく目を閉じる。ミックは暗い目で笑った。不自然に長い含み笑い。

11.
 そこに――突然、くぐもった電子音が聞こえて来る。
 「……1時半か。思ってたより早いな」
 ミックはサイドテーブルの上の腕時計に手を伸ばし、時間を確認すると、体を起こす。
広い裸の背中から目をそらして、香は訊いた。
 「何、今の音……?」
 「嫉妬深い男が帰宅した音」
 「撩が?」
 「昔は呑みに行ったら必ず朝まで、だったけどね。最近は……君のせいかな」
 一旦ベッドから降りて寝室から出て行ったミックは、すぐに戻って来て再び香にのしかかる。
香は身を硬くしたが、ミックは彼女の首筋に顔を埋め、優しく抱きしめただけだった。
――時が止まる数秒。重なり合う体はお互いの刻印になる。
 「もう行くよ」
 「ミック……」
 「あいつも凄腕だからね。本気で君を捜し始めたら、ここへ辿りつくのは難しいことじゃない。
……カオリ、最後にキスを」
 深く、長いキス。残りなく全てをさらおうとするようなミックの舌。――香は抵抗をしなかった。
  
 ミックが名残惜しげに体を離した時、香の視界の端にミックの右手が映った。
何か白い物を持っている。なんだろうと思った瞬間、それで鼻と口をふさがれた。
すうっと意識が遠くなる。
 「悪いけどちょっとの間、眠っててもらうよ。姿をくらますには少し時間が必要なんだ」
 「ミ……」
 「……サヨナラ、カオリ」
 最後に香の目に映ったのは、どこまでも寂しげなミックの淡い瞳だった。
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