無題
いつも通り…。
そう、これが日常。
今日も女の子のお尻を追う僚をハンマーで叩きのめして。
縛り上げてキャッツアイに連れてきたものの、サラリと縄を抜けてテーブル席の女の子口説いてるし

コーヒーカップをカウンターに静かに置いてため息をついた。
もう。怒る気もうせてきちゃった…。気持ち、通じたはずなのに。
海坊主さんと美樹さんの結婚式の日、僚から初めて気持ちを聞かせてくれた日。
あの日、これから二人の関係は進むものだと思ってた。
でもなにも変わらない。変わってない。
私だけ変わろうとしてもしょうがないじゃない。
あれはやっぱり本能が言わせた言葉だったの?わからない…。
横目で後ろの僚を見て、また深くため息を吐いた。もう、カウンターに頭うずめちゃいたい。
というよりも、もう埋めちゃいそうになってる。
顔を上げると美樹さんに覗き込まれていて思わず声を上げた。

「珍しいじゃない。ハンマー出さなくていいの?」
「うん…勝手にしたらいいわ…」
力なく投げやりな言い方だった。らしくないなと気づいてタハハって笑ってみる。
覗き込んだままの美樹さんの目に、なんだか心を読まれた気がしてちょっと居心地が悪くなった。

「ふうん…。そうだ!たまには二人で飲みに行かない?ホストクラブなんていいかもしれない!
 香さん誰かさんのせいでストレスたまってるみたいだし!」

ブッ!海坊主さんがコーヒーを噴出してるし。
「ホ…ホストクラブ…?」
「駄目?香さんとならいいじゃない。ねぇふぁるこん?」

実は後ろでもう一人、コーヒーを噴出した音に気づいていた。
やきもち、やかしてみようかな。やいてくれるのかしら。

「行くわ。実は前から行ってみたかったの!」

夕飯を食い終わり、リビングのソファーで雑誌を広げているとえらくめかしこんだ香が出かける支度をしている。
光沢のある生地。紫のタイトミニのワンピース…
むっちりした足が…かがんだらケツでちゃうんじゃなかろうか…。胸の谷間が…。むう。
あんな格好でホストクラブに行くだとう?街を歩くだけで危険だ。
ホストは女を金としかみてないとはいえ、男である事には変らない。
着飾った香は、俺の目から見ても…うむ。いいヒップだなぁ…。さーわーりーてえええ。
…ちがくて。ホストでさえも視線を釘付けにするに違いない。
止めるか?いや…。いかん。そんな事を考えてる間にいっちまう。
考えあがねているうちに、香の前に立ちはだかっていた。

「ずいぶん気合入ってるじゃないか。モテるといいなぁ?香ちゃん」
くっ。こんな言葉しか出てこんのか俺は…。

「あら?こんな時間に家にいるなんてめずらしいじゃない。今日は飲みにいかなくていいのかしら?」
俺がいた事に気づいていなかったかの様に…。こ、こいつ…。
わかっちゃいたが、本当に嫌味ったらしいやっちゃな…。

「ハン、俺だって365日外で飲んでるわけじゃないわ!たまには家にいるわい。」

「あらそう。じゃ、留守番よろしくね。」

そういって俺の横をすり抜けて行った…。普段つけない甘い香水の風を残して。
いや…。ホストなんかに惑わされるようなやつじゃないはず…。
しかも美樹ちゃんも一緒だ、大丈夫だ…。だ、大丈夫なはずだ。大丈夫なはず…。

大丈夫なのか?


愛する存在だと言ってから、いざ恋人として香を扱おうとすると固まってしまう俺がいた。
香も香だ。扱ってみてもきづかねーんだよなぁ。あいつ。
飯に誘ってみても普段着。伝言板を見に行くついでの飯としか思ってない。
飲みに連れて行っても洒落たバーで生ビールジョッキで飲んだりすんだよなぁ。
ジョッキでグビグビ飲んでる女にキザなセリフは浮かばねーよ…。
もっとも、そういう扱いを長年してきたのは俺か…。

あーーーーー。考えるのめんどくせぇ!飲み行くか!


歩きなれた歌舞伎町とはいえ、ホストクラブを気にしたことがなかったので、改めて見てその数にまず驚いた。
「す、すごい沢山あるのねぇ…」
「でしょ?今日はここ!」
美樹さんが指をさした店はアタシでも知ってる。有名な店。
趣味がいいとはいえない、金色で装飾された看板の下にはキザったらしい男たちの写真が飾られている。
んー…。あまり…タイプじゃないな…。やっぱり男性はこう逞しくて、渋みがあって…
グニグニ考えてるうちに美樹さんに背中を押された。
「ほら、何考えこんでるの?香さん入るわよ!」
「あ、うん。」

着飾った男たちにエスコートされ、金色の店内奥の赤く染め上げられたソファーに腰をかける。
隣に座ったのは、外の看板下に写真が飾られていた男。
顔は整っているけど、なんだか線が細くて薄っぺらい感じだし…。
うううん…なんか居心地わるい…。

「お二人とも…お仕事はモデルか何か?」
「そうね。そんなところかしら。」
!?美樹さん?
「やっぱり!お二人とも美しいから…。寄ってくる男性は後を絶たないでしょう。」
「ええ。アタシはもう売れてしまっているんだけど。確か今、香はフリーだったわよね?」
ち、ちが…!と言いかけたところで美樹さんが耳打ちをしてきた。

『いいの。今日はストレス解消が目的なんだから。存分に持てはやしてもらいましょ?』

パチンとウィンクをする美樹さんに、何も言えなくなってしまった。
でも確かに…。こんなに綺麗だ、素敵だ、言われた事はなかったかもしれない。
へへ。悪い気はしないかなぁ…。褒められながら飲むお酒も美味しいし。
なんかいつもよりお酒回るの早いなぁ。気分がいいせいかしら?

うふふ…と美樹さんが不敵に笑ったの気づかず、注がれたお酒を口に運んだ。


昨夜は人生で一番不味い酒だった。
なにをやってもつまらんし、もっこりちゃんはつかまらんし。
早々に切り上げて家に戻ってきたものの。

結局、香は朝まで帰ってこなかった。
きっと酔っ払って美樹ちゃんの所に泊まったんだ。うむ。
なんで俺がアイツの為に眠れぬ夜をすごさにゃならんのだ!
モーニングコーヒーでも飲みに行って、嫌味でも言ってやろう。
そう考えながら、キャッツアイの扉を開いた。
なんか俺…女々しいなぁ。

「昨日は楽しかったわ!香さんもすごい楽しんでたのよー。」
へぇ、と生返事をして、肝心の香は何処かと見回してみる。

「香さん二日酔いでまだ寝てるの?珍しいわねえ。普段お酒強いのに」
「…へ?ここに泊まったんじゃないの?あいつ。」
「え?帰ったわよ?」

どういうことだ。ここに泊まったんじゃないのか?家には帰ってきてない。ここにもいないって事か?
と、言う事は…。どこにいるんだあいつ…。

嫌な汗が噴出すのがわかった。手を出さないでいた香。
いや、手を出せないでいた香。もしかしたら…。
頭の中を虫が這いずり回るような感覚に襲われる。

そんな様子を悟られないよう平静を装い、コーヒーを飲み干すと店を後にした。





「美樹…おまえ何を企んでいるんだ?」
「べっつにぃ?煮え切らない男を煮詰めてるだけよ。」

店の中でこんな会話をされているとも知らずに。

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