ADでどん
衝動のまま小さな布きれを纏った胸に食いついた。
とけいりそうな柔らかい感触に驚き、女の顔を見上げる。
歯を食いしばり、目から雫を溢れさせ小さく震えている。
その雫を舌で掬って味わうと、少し塩辛かった。旨い。
「ね、冗談はやめて?」
優しい声が溢れる口を味わう。歯列を舌でなぞって女の舌を吸い上げる。
息ぐるしそうな顔を眺めて、心の底から楽しい感情がわき上がる。
それと同時に熱く猛り狂う自分の体の一部に気づいていた。
髪を鷲掴みして引っ張り喉元に食らいついたままタイトスカートの中に手を忍ばせる。
「りょおっ!!!?いやぁああ!!」
女の悲鳴に身が硬くなった。
なんだってこの女はこんなにも俺を不機嫌にさせるんだ。
腹立たしさに身をまかせ強引にスカートの中の布切れを引き裂く。
嗚咽がうるさいのでもう一度口で口を塞ぐ。
口腔を舐り舌を吸い上げると、鉄の味が口中に広がった。
噛み付かれたらしい。何故か痛みを感じない。噛み返してやる。
女が足を硬く閉じるのでイラついて布切れでテーブルの脚に縛りつけた。
腰に捲り上げられたままのスカートを纏い、手を縛られ足を広げられあられもない姿を見せる女。
体勢を変え足にむしゃぶりつく。程よくついた肉の感触を確かめるように。
「う、嘘でしょ?やめ…何があったっていうの?」
この声が聞こえるたびに体が硬くなるのは何故だ。
自分の中で叫び声が聞こえる。何を叫んでいるのかは分からない。
でも聞きたいんだ。声が。声が。
太ももの付け根まで唇が到達するとむせ返るような女の甘い香に脳髄が痺れた。
足をバタつかせ抵抗する女の芽芯に吸い付くと、女は叫び体をよじらせた。
液体があふれ出るそこに手をねじ込む。
グチと音を立てて侵入を拒むが構わず続けた。
両手を伸ばし胸を荒く胸を掴むと女は悲鳴をあげた。
堪らなく楽しい。悲しい。
怒張した己自身をあてがい一気に貫くと女はガクガクと振るえ悲鳴をあげた。
気持がいい。
ああ、俺はこれを求めていたのか。
「撩!撩!撩!撩!撩!お願い…!こ んなのや…!!」
女はひとしきり叫ぶと糸が切れたように静かになった。
なんだよ。黙るなよ。声聞かせろよ。
胸に噛み付いて柔らかさを確認する。耳を当てて鼓動を聞きながら腰を打ち付ける。
溢れる液体を手で掬って女の体に擦り付けて自らの興奮を煽る。
俺は反応も起こさなくなった女の中に何度も液体を吐き、何度も何度も何度も女を犯し続けた。
いつの間にか眠っていたらしい。
不快感に魘されて目を覚ますと暗闇に包まれたリビングに驚いた。
いつもと違う状況に不安を感じ、鈍痛が響く頭を起こす。
―――――――――――!!!!!!
事態が飲み込めないまま声にならない叫びを上げる。
うつぶせに寝ていた俺の下敷きになっている人間を正視できないでいる。
これは悪夢か!!!!!
そうだ悪い夢を見ているんだ!!!
でなければ、こんな事があるはずが無い―――。
現実を受け入れられない俺の突きつけられたのは、腕を縛られ一糸纏わぬ姿で転がっている香だった。
乱れた髪
泣き濡らした頬
唇の端からは血が滲み
首筋に全身に散る紅い痕
窓からこぼれ入る街の明かりに照らされる白い肢体
ソファに床に広がる白濁の液体に混じりあった血液――――
全てが地の底に堕ち行く音が聞こえる。
―――――――――――――これを俺がしたというのか!!!!!
呼吸を忘れ香を抱きしめる。
慌てふためいて鼓動を確認し縛られた腕を開放すると
手首についた赤黒い痕を見つけただただ叫んだ。
「りょ…」
苦しげな表情を浮かべ、目を閉じたまま俺を呼ぶ。
おそるおそる肌に触れると、体液であろうべたついた感触に黒い世界に放りいれられた。
撩が姿を消した。
悪夢の一日を境に。
アパートにはただ静寂の時が流れた。
あの日、気づくとあたしは柔らかな寝床に眠らされていた。
体の痛みにベッドに縛り付けられ、いくら撩の名を叫べど彼が部屋を訪れることは無かった。
涙をどれだけ流したかわからない。
撩の名をどれだけ叫んだかわからない。
軋む体を引きずり撩の部屋へに入ると匂いだけ残して何も無い空間が広がっていた。
体の傷が癒えていくにつれて、現実が分からなくなる。
ただ途方にくれる日々―。
毎日、普段どおり二人分の食事を用意した。
食卓に皿を並べ帰宅を知らす声を待ちそして片付ける。
同じ事を何度も繰り返しても、数週間の時が流れても撩が帰る事は無かった。
いつになっても覚める事の無い悪夢を恨んだ。
今日もまた、一人夕日が落ちるのを眺めて帰りを待つ。
時が過ぎても撩の戻らない日々が、悪夢を現実として知らしめる。
だけどもあたしには、どうしてもあたしの知っている撩と悪夢の中の撩とが繋がらないでいた。
瞼に焼きついた撩の悲しい目。
手を伸ばした時の助けを求める目。
首に手をかけた時の苦しそうな目。
切れ切れになった記憶のパーツが過去の記憶に繋がる。
海原との闘いで見たミック―
――――A N G E L D A S T ?
狂気の薬の名が浮かび上がる。
どうして今になってこんな事が思い出されるのだろう。
撩はずっと昔に克服しているはずなのに何故…?
海原…撩を育ててくれた人。
撩にエンジェルダストを投与し洗脳して狂わせた人。
狂気に飲み込まれ撩の手で暴走の終焉を願った人。
悲しみと愛情と狂気の目をした人。
海原の瞳と悪夢の中で見せた撩の瞳が重なり合う。
――――そういう事なの…?
答えが纏まらないままアパートを飛び出して車を走らせた。
エンジェルダストが関係しているなら、あそこにいるかもしれない―。
「撩ならおらんよ。」
開口一番、客間へ通されたあたしに教授は告げた。
あたしの質問を見透かしたような答えだった。
居ないとしても居場所は知っている。そして何かを知っているはず。
「いいえ、それもありますが…。今日はエンジェルダストの件でここに来ました。」
「エンジェルダスト…?はて、今更香さんが知るような事は無いと思うが…。」
「…撩はエンジェルダストのリハビリ後、後遺症は残らなかったと聞いています。
でも、心理的には…。その…フラッシュバックのような事は起こりえるのでしょうか。」
教授は、あたしの言葉に驚きを隠さず困惑した様子で考え込んだ。
それは推測を確信に変えるのには充分だった。
「…そうか、わかっていたのか。 …ならば…撩の決断もわかってはやれんのかね?」
「無理です。」
「もし、今後も同じ事が起こったとしたら…。香さん、あんたはどうするんじゃ?」
「あたしが…受け止めます。」
「あんたにヤツの暴走を止める事はできないと思うが。」
「暴走を止めるのが、目的では無いんです。」
「撩が…何よりも恐怖する事は、お前さんを自らの手で傷つける事だとしても…かね?」
「彼が恐怖からいつも救ってくれたように、私もするまでです。」
自分の言葉が突き刺さる。
あたしはいつだって撩に救われて生きてきたのに。
彼の胸奥底に住んだ痛みには気づかないふりをして傍にいた。
頭のどこかで苦しさに声を上げない完璧な人間を押し付けて生きてきた。
教授はため息を吐き、あたしの言葉に頷いて説明を始める。
フラッシュバックは蓄積された心理的要因によって起こり、
エンジェルダストによって洗脳されていた状態と精神が錯乱してしまう事。
一度錯乱状態に陥ると、人の認識すら出来なくなる事。
引き金が、何であるのかは分からない事。
「お前さんを殺す事もあるかもしれん―。」
「撩は…あたしを殺せません。」
あたしの決意が変らない事を知ると、教授は無言のままのそりと立ち上がって後をついてくるよう促した。
研究室の奥を通り地下へ続く階段を下りる。
薄暗い廊下の先に鉄で拵えられた頑丈な扉の前で立ち止まると振り返り言った。
「行きなさい。あいつはこの中におる。」