迂闊
1.
「ちょっと撩ってば、いつまで寝てるの?いい加減起きなさい!」
相変わらずうるせー同居人が、枕元まで来てぎゃんぎゃん怒鳴っているのを、
日頃の鍛錬の成果(狸寝入りとも言う)でやりすごし、俺は昼過ぎまで惰眠をむさぼった。
ねみーんだよ、昨日は朝帰りだったんだから。
一体何軒ハシゴしたっけ?ちっ、行った店すらおぼえちゃいねえ。
俺はだるい体をベッドから引き剥がすように起こした。
部屋の中はしんとしている。別に不思議ではない。
まだはっきりと目が覚めない俺の耳元で、香が、
「あたし、出かけるからね。絵理子と会って来る。夕飯も一緒に食べてくるかも」
と言ったのはついさっきのことだ。バタンと玄関のドアが閉まる音を聞いて、
これでぐっすり眠れると思ったが、……不思議なもんだよな、
一人になって部屋の中がしんとすると、なんだか落ち着かなくて目が開いてしまう。
あいつがいると掃除だ洗濯だって、安らかな睡眠の邪魔ばかりされるんだが……
洗面所へ行って顔を洗い、腹が減っているのに気づいた。
ダイニングのテーブルの上には、昼食が載せられたままだ。
さすがに目玉焼きはすっかり冷たくなっているし、サラダは微妙にくたっとなっているが、
それでもテーブルに用意された食事は心を和ませる。
”誰か”の存在を感じることが出来るから。
……なんて、言わねえけどな、あいつには。
その日はいつも通りの(だらだらとした)一日だった。
メシを食ってから、食後のコーヒーをキャッツで飲む。
海坊主をからかって、美樹ちゃんに叱られて、追い出されるようにそこを出ると、
足は自然にアパートの方向へ向いた。いつもならこれからナンパタイムなわけだが、
なんだか今日は気がのらない。気がのらないのを無理にすることでもないから
(だって趣味だし)、今日はやめやめ。コンビニに寄って雑誌とタバコを補充すると、
俺はそのままアパートに戻り、あとはゴロゴロして過ごす。
とりたてて変わったことのない一日。
……変わったことのない普通の一日、で終わるはずだった。
2.
また時計を見る。ほとんど5分おきに時間を確認している自分に気づいて、
俺は苦笑する。何をそんなに苛ついている?まだ10時過ぎだ。深夜という時間じゃない。
あいつだってガキじゃあるまいし、別に心配するようなことはないだろう。
絵理子さんと会うと言って出かけたんだし……
そう思っているそばから、視線が時計へさまよう。22:13。
愛想のないデジタル時計の表示はきっちりと、俺のわけのわからない苛立ちを映し出す。
このままだと1分ごとに時計を見るはめになりそうだ。
いつものように飲みにでも出ればいいんだが、今日はそういう気になれない。
ま、気分直しにタバコでも買って来ますか。
玄関のドアを開けると、意外に冷たい風が体に当たる。昼間は初夏らしく暑かったのに。
――あいつ、どんな格好で出かけたんだっけ。
寝ぼけ眼で見送った、香の後ろ姿。着ていた服を思い出そうとしてみる。
たしか半袖だったような……。寒い思い、してねーかな、なんて思って我ながら苦笑。
おかーさんじゃねーんだからさ。……槙村なら、そんな心配までしただろうが。
ポケットをさぐって部屋の鍵を取り出す。ドアに鍵を掛けようとして、
俺は何気なく下の道を見下ろした。普段から車の多い道ではない。
目に入る通行人もせいぜい数人、ドリンクの自販機だけが煌々と光って、存在を主張している。
と、そこに一台の車。左からゆっくりと走って来て、部屋の前の廊下から見下ろす俺の目の下を、
10メートルほど過ぎてから、ソフトに止まった。エンジン音が心地いい。
こんな裏通りにはそぐわないような高級車だ。はっきりいって場所の雰囲気からは浮いている。
「……香?」
俺は口の中で呟いた。向こう側の助手席から降りたのは、間違いなく香だ。
見覚えのある白のブラウスにシンプルなタイトスカート。
軽い微笑を唇に浮かべ、楽しげな足取りで手前に回り、
運転して来た奴と一言二言言葉を交わしている。……あれは、絵理子さんじゃない。
運転席の窓から見える腕は、あきらかに男のものだ。あいつ、誰だ。
俺が見ているのも知らず、香はまだ男と話している。ちらりと見える横顔は笑顔。
なぜか腹の底がじり、と焦げる。その時。
香が運転席の窓から顔をつっこんだ。窓枠にかけられていた男の腕が、
自然にあいつの首の後ろに回され――引き寄せる。そのまま、何秒間かの静止状態。
――キス?
殴られたような衝撃が頭の中に直接響いた。見ている俺と、見られている香と、
そして男の腕だけが俺の意識の中で浮き上がる。
目を逸らすことも閉じることも出来ない。体が動かない。
何秒そうやっていたのか。エンジン音に我に返ると車は走り出すところだった。
見えなくなる寸前のところでナンバーに目を向ける。品川。74……3……。
最後の一文字を読む前に、車は左折して姿を消した。
香は去っていった車を見送って立ち尽くしている。
車が消えても、じっとそこに佇んで――名残を惜しんでいるのか。
それでもやがて踵を返すと、キスの余韻を味わうような、
ゆっくりとした足取りでアパートへ近づいて来た。
近づくにつれて聞こえ始めた、かたかたというヒールの音が、どうしようもなく耳障りだ。
――香。
アパートの廊下。帰って来たあいつは、部屋の前に立ち尽くす俺の姿を見て、
まるでメデューサにでも出くわしたように凍りついた。
3.
どうしよう。――どうしたらいいの?
角を曲がろうとする車のブレーキランプが濃い赤になるのを、あたしはぼんやりと見送った。
今起こったことを、脳みそが理解するのを拒否している。心臓が暴れている。気持ち悪い。
泣きたいけど、泣いてしまったら立ち上がれなくなりそうで、あたしはじっとしている。
心を溢れさせないために。
たかがキス、と笑い飛ばすべきなのだろうか。
もうとっくに大人なんだから――年齢的には、あたしも。
普通の女の人ならキスの一つや二つ、冗談で済むのかもしれない。……でもあたしは。
高山さんは嫌な人じゃなかった。絵理子と二人で夕食をとっている店で偶然会った、
絵理子の取引先の社長。感じの良い顔をした、魅力的で、マナーを心得た人だった。
「すごく大事な取引先なの。ごめんね」
話の流れで同席することになって、あとで絵理子はそっと謝ってくれたけど、
あたしは笑って首を振った。本当に、全然気にならなかった。
少し年上で、話題も豊富。全然生活の重なることのない、
そんな人と話をする機会は今まであまりなかったから。
あたしの世界は狭い――すぐそばにいる友達は皆、多かれ少なかれ、裏の世界と繋がっている。
それが嫌なわけじゃないけど、高山さんがわかりやすく話してくれる業界の話は、新鮮だった。
会話のはずむ、楽しい食事。
だから、会ったばかりの彼の車で送ってもらうことにも躊躇はなかった。
それなのに別れ際、あんな風にキスされるなんて。
唇に当たった、柔らかなもの。それが何なのか、に気づくまで鈍いあたしはしばらくかかり――
気づいた後は体が固まって、何も出来なかった。高山さんは唇を離して低く
「また会えますか?」と囁いたけど、それに返事も出来ない。
あたしの様子を見て、彼は困ったように笑い「ごめん」と言って解放してくれた。
多分はっきりとした拒絶が顔に書いてあったのだろう。
彼にそれほど悪気があったとは思わない。だけど、でも。
――あたしがキスしたいと思う人は、この世でたった一人だったのに。
そう思うと、また心が暴れだした。誰かにすがりたい思いに駆られる。誰か。
撩――は問題外。今あいつの顔を見たら、あたしはもう、どうしていいかわからなくなる。
絵理子……も駄目。こんな話をしたら、きっと自分が引き合わせたせいだと気に病んでしまう。
それに大事な取引先って言っていたもの。こんなことを打ち明けて、
高山さんとの間を気まずくさせるわけにはいかない。
美樹さん。ようやく一人、話を聞いてもらえそうな人の顔が浮かび、
それだけであたしは足から力が抜けるような、安堵の思いに満たされた。
美樹さんなら、こんな話――きっと笑い飛ばして、元気づけてくれる。
これから思い切り部屋で泣いて、そして美樹さんに電話しよう。
少し遅いけど、あのご夫婦は夜型だし……。今は10時過ぎ。
撩が夜遊びから帰って来るまで、多分2時間以上はある。
撩の顔を見る頃までには、きっと気分も落ち着いているはず。
あたしはショルダーバッグを必要以上に力を入れて抱え込むと、
努力して体の向きを変え、アパートへと歩き出した。大きなショックは体に来る。
ぎくしゃくとしか動けない。足が震えて階段を昇るのも少し怖い、
手すりに掴まってゆっくりと足を運ぶ。
撩――
階段を昇りきったそこに。あたしは、いるはずのない人が立ち尽くしているのを見た。
いつもこの時間には、どこかの飲み屋で女の人のお尻を追っかけているはずの人。
どうしてこんな日に限って。……もしかして、さっきのこと――。
「香……」
呼びかけられたあたしの名前。その声はとても低く濁っていて、
毎日聞いているあいつの声とは似ても似つかない。そしてこっちを見る、その目。
怖い。
今まで――撩が”片付けて来た”相手は、自分に向けられた銃口を見つめながら
きっとこんな恐怖に震えたのだろう。今の撩の目はまるで、
視線だけで相手の息の根を止められそうなほど、殺気に満ちている。
こんな目で見られたことがないあたしは、一歩も動けずその場に立ち尽くした。
撩が、今まで会ったこともない男の人に見えた。
4.
「やっ。……痛いよ、撩!」
手首をつかまれて部屋に引きずりこまれた。
ばたんと大きな音を立てて玄関のドアを締めると、撩はあたしを乱暴にそのドアに押しつける。
手首はしっかりと頭の横に固定され、ぴくりとも動かない。
撩の目が殺気を帯びたまま、あたしの顔を覗きこむ。
「……誰だよ、今の男」
「……」
何も言えなかった。高山さんの名を言ったが最後、
撩が……彼をどんな目に合わせるかわからないと思ったから。
そんな危ないものが今の撩の目にはある。
「彼氏か?」
唇をゆがめて、そんなことを言う。あたしは無言で思いっきり首を振る。
そんなはずがないこと、撩だってわかっているはずなのに。
「じゃあ誰だよ。……キスまでする相手だろ?」
「っ……」
口惜しくて。それ以上に悲しくて、あたしは唇を噛む。
今の自分の姿が、とても――惨めなものに思えた。
キスをしたかったのは、撩。あなたとなのに。
一緒に暮らして来た長い長い間、いつもそう思ってた。
キス、したい。抱きしめられたい。――抱かれたい。
でもそれを素直に表すことは出来なかった、言葉でも、態度でも。
だってあいつはあたしのことを、兄貴からの大事な預かりもので――
妹のような存在だと思っているから。
いいよね、とあたしは毎日繰り返し自分に言い聞かせる。
好きな男といつも一緒にいられるだけで。たとえ女として見てもらえなくても、
撩の一番近くにいるのは……少なくとも今は、あたし。それだけでも幸せだよね。
危ない仕事を終えた撩が無事に帰って来るのが、あたしと暮らす家なら、
他のことはそれほど大したことじゃない。でも。
「まさか、金の関係か?」
へらへら嗤いながら――でも目は全然笑わずに。撩はそんなことを言う。
それを耳にした時、あたしの中で何かの糸がぷつりと切れた。
怒りで顔が赤くなったのが自分でもわかった。
「……離してよっ!」
手首を掴んだ撩の手を振り放そうと渾身の力を振り絞る。
だけど当然、あたしの力なんかじゃ撩には全然かなわない。
ドアに縫い付けられた手は、ほんのわずか位置を変えただけ。
無理だとわかってるけど、あいつから逃れるために夢中で身をよじる。
ミュールを履いた足が……はずみであいつの向こう脛を蹴った。
「いてっ」
撩は口許の笑みを消し、目には怒りが籠った。暴れるあたしを体全体で抑えようとする。
鍛え上げられた筋肉質の体が密着する。
撩の匂い。
そんな場合じゃないのに、撩の匂いがあたしの嗅覚を刺激する。
煙草の匂いとかすかな汗が混じった匂い。熱い体。ぴったりとまとわりつかれて、
あたしの体にもその熱が移る。このままじゃこの熱に溶かされてしまう。――逃げなきゃ。
「やめ……苦しい。撩」
ドアとあいつの体に挟まれて、息をするのも苦しい。声が出なくて、かすれたような声になる。
あいつはあたしの顔を舐めまわすように見ると、どうしてか、ゆっくりと顔を近づけて来る。
まるで、キスをしようというように。あたしは息を呑み、思わず目を閉じる。
「……」
何秒か経っても何も起こらなかった。恐る恐る目を開けると、
また冷たい笑みを浮かべた撩がじっとあたしを見下ろしている。
そしてわざとらしく耳元に口を寄せると、こんな言葉を囁いた。
「しねえよ、キスなんて。どこの馬の骨ともわからねえ男と、間接キスになっちまうじゃねーか」
5.
俺は何をしようとしているんだろう。
自分でやっていることなのに、頭の半分は疑問文で埋め尽くされている。
香が誰とキスしようと、つきあおうと――俺がこんな風に責める権利はこれっぽっちもない。
俺はこいつの恋人じゃない。単なる保護者だ。これだけ一緒に暮らして来て、
手を出してないのも、いつかしっかりした男にこいつを任せるため。
裏の世界の住人ではない、しっかりした男に。香は日向が似合う女だ。
一生、裏の世界に縛り付けておくのは惨すぎる。
それなのに今。俺の手はこいつの手首を握り締め、離そうとはしない。
目が獣の目になって、逃がすものか、と言っているのが自分でもわかる。――どうしてだ。
「まさか、金の関係か?」
ひどい言葉を投げつける。真っ当な彼氏が出来たのなら、むしろ祝福すべきだというのに。
どうしてそんなにこいつを傷つけたいのか。
香は侮辱されて黙っている女ではない。侮蔑の言葉が火をつけたように、
燃える目で俺を睨みつける。視線がからみ合う。ああ、駄目だ。頭の半分はわかっているのに、
俺のもう半分は、この生意気な獲物をゆっくりと味わうつもりになっている――
「……離してよっ!」
香が暴れだす。これでも力の限り、なのだろう。それを難なく押さえ込んで――
我慢できずに、体をこいつの体に押し付ける。柔らかい女の体。甘い匂いがする。
女だ。
体の感触でこいつの形を確かめながら、俺は黒い思いがじわじわと
全身を侵してくるのを感じていた。考えないようにしていた。こいつは女。
そこは絶対に見てはいけない、白いベールで厳重に隠した聖域だった。
それなのに俺は今、そのベールを自ら乱暴に剥ぎ取りかけている。
理性が、何の役にも立たないものとして、頭の片隅で小さくからからと鳴っている。
聖域が、聖域でなくなろうとしている。
「……苦しい、撩」
香のかすれた声が俺をそそる。紅い唇がわずかに開いて、誘っている。
それを見下ろし、唇を落とそうとして思いとどまった。耳元でわざと、冷たく囁く。
「しねえよ、キスなんて。どこの馬の骨ともわからねえ男と、間接キスになっちまうじゃねーか」
お互いの目の中を覗きこむ。やがて香の目からはぽろりと涙が溢れた。
その涙は――ラスト・ストロー。
6.
香の体を、左肩に乱暴に担ぎ上げる。片方の靴が脱げ、床にぶつかって甲高い音を立てる。
もう片方も無造作に脱がすと、同じ音を立てて床に転がる。
香が持っていたショルダーバッグは、とうの昔に足元に落ちていた。
蓋が外れて、ごちゃごちゃした中身が見えている。
「やだっ!何するの」
暴れる香の足を右腕で押さえつける。左腕は腰に回して体を固定した。
硬直した太ももが左の胸にあたって、こいつの緊張を伝えてくる。
背中で逆さまになりかけている上半身を何とか起こそうとして、
懸命に俺の背中に腕をつっぱらせているが、それだけでは逃げ出せない。
「撩!」
「静かにしてろ。暴れると怪我するぞ」
思ってもみないほど低い声が出た。気を呑まれたように香は黙り、
俺は悲鳴に邪魔されることなく、ずかずかと進んで行く。
俺の部屋のドアを脚で開けると、昼に起きたままの乱れたベッドに香を放り投げた。
「っ……」
加減はしたつもりだが、背中を軽く打ったらしい。痛みに顔をしかめている。
何をする隙も、何を言う暇も与えず、俺は香にのしかかった。
目を見開いた、”信じられない”という顔が目の前にある。
恐怖のあまりなのか、こいつの体は凍ったように硬い。
獣のような、奪うためだけのキス。
襲い掛かった唇に、やわなこいつの唇はもちろん太刀打ち出来ない。簡単に舌の侵入を許す。
俺は欲望の赴くままに激しく蹂躙する。舌をからめ、吸い上げ、どこもかしこも舐める。
唾液が混じりあう。
「んっ……んっ、んんっ」
口を塞がれた香が抗議の声を上げる。俺の二の腕にかけられた手に力が入り、顔が苦痛に歪む。
駄目だ。逃さねえ。
心の中でそう呟きながら、俺は角度を変えて、何度も何度も舌を入れては深く貪った。
心のどこかで、お前の姿は醜く飢えた獣のようだ、と何かが嗤う。
そうだ。俺は飢えていた。
何年も何年も、飢えたまま――腹を空かせて彷徨っていた。
手を伸ばせばあっという間に捕まえられるはずの、獲物の姿をすぐそばで目で追いつつ、
それでも痩せ我慢して、空きっ腹を抱えてきたんだ。
「んん……ん……」
声が頼りなくなり、急に香の体が溶けた。力が抜けてしまったのだろう、
さっきまで硬かった体はぐったりとしている。俺の二の腕を握り締めていた手も、
今は力が抜け、だらりと垂れていた。――俺は唇を離した。
はあはあと喘ぐ香の息が耳を心地よくくすぐる。
「……相手の男のこと、言う気になったか?」
左手で肩を押さえつけ、右手で顎に手をかけると俺はそう囁いた。
目を閉じていた香はちらりと一瞬だけ俺を見て、すぐにまた目をつぶる。
顔を背けようとしたのを、俺は許さなかった。
「何処で会った?」
「……」
「言わないのか?」
香はきつく目を閉じている。目じりに涙が溜まっていた。小さく開いた口の、まだ息は整わない。
俺の舌が、今度は耳元に向かう。
「あ……んっ」
頭を押さえつけて、唇で右の耳たぶを愛撫する。香の体がぶるっと一瞬震えた。
身をよじって逃げ出そうとするが、逃すはずはない。舌を尖らせ、
わざといやらしく音をたてて耳の複雑な形をなぞる。香の口が何が言いたげに動くが、
何も聞こえない。声をあげるのをこらえているらしい。
「何とか言えよ。あいつとは、いつからだ?」
「……初めて……よ。初対面だわ」
「初対面?」
「……あっ……」
指で不意打ちに左の耳を撫でると、期待通り声が上がった。……まだ全然足りないが。
これからたっぷり、余裕のない声で啼かせてやる。
「……合コンにでも行ったのか?」
「……どこに……行くかは……出かける時に言ったじゃない」
「ああ、聞いた。絵理子さんに会うって言ってたな。じゃ、なんで男の車で送られてくるんだよ」
「……」
「答えろよ」
耳から唇を離し、首筋に埋めた。あちこちに口づけて甘さを味わう。
強く吸い上げると、香は小さく悲鳴をあげ、そこには薄紅い華が咲いた。
ブラウスの一番上のボタンに手をかける。それを外すと、
香が「だめ」と慌てて俺の手を止めようとする。その慌てぶりが気に入らない。
「なんで?まさか痕でもつけられて来たわけじゃないだろうな」
「あと……?」
男に組み敷かれたこんな体勢なのに、きょとんとした表情の香はあどけない。
「キスマークだよ」
「……!そんなはずないじゃない!」
羞恥と怒りで真っ赤になった顔を見て、俺は心の底から安堵する。
香は、こんな場面で演技が出来る奴じゃないから。こいつの肌に触れた奴は多分、
――まだいないんだろう。
ボタン二つ目。薄いピンクの下着がちらりと覗く。
普段、服に隠されて日に焼けることもない、真っ白な肌が目を射る。
三つ目と四つ目のボタンは弾き飛ばすように外した。ブラジャーを無理矢理押し上げる。
「やぁっ……」
ブラウスを大きくはだけると、香は体をひねって、露わになった肌を隠そうとする。
肩を掴んでそれを許さず、俺は品定めをするように体を見下ろした。
白くて丸い、豊かな胸が荒い呼吸と共に上下している。
そこからくびれたウェストのラインが――たまらない。俺は身を伏せ、
胸板をすりつけて双丘の柔らかさを味わう。そして体をずらし、胸の頂のほの紅い実に口づけた。