観察、推理、そして賭

1. 

 金曜の夜。
 完全自由業であるこの家の住人にとって、基本的に曜日の感覚などないのだが、
世間様に漂う”明日は休日”というのんびりした空気はこの家にもわずかに影響を与えていた。
いつもの日ならとっくに飲みに行っているはずの撩は、今夜は珍しく家にいて、
リビングのソファに長々と寝そべっている。手には愛読の雑誌。もちろん表紙では金髪の女性が
扇情的なポーズで微笑んでいる。視線を雑誌のページに向けたまま、撩は同じ部屋にいる
もう一人の人物の名を呼んだ。
 「なあ、香」
 「……んー?」
 生返事。撩はちらりとそちらを見る。
香は真剣にテレビ画面に見入っていた。金曜日、この時間帯のドラマの主役は
最近お気に入りになったらしいイケメン俳優だ。

 相手の気のない返事にもかかわらず、撩は淡々とした調子で言葉を続ける。
何でもない世間話をするように。
 「――なあ、たまには誘ってみねえ?」
 ようやく香の顔がテレビから離れて彼の方を向く。
 「んー、ごめん、よく聞いてなかった。何て言ったの」
 「たまにはお前から誘ってみねえか?」
 ごくごく真面目な顔で撩は繰り返す。香が戸惑った表情を浮かべた。
 「誘うってどこに?」
 「どこにじゃなくて。目的語なしで”誘う”って言ったら、決まってるだろ」
 「……って、そんな真剣な顔で突然何を言ってるのよ!」
 「真剣に言ってるんだが」
 意味を理解して、途端に赤面した香と、相変わらず真面目な顔を保ったままの撩は見つめあう。
微妙な空気が流れた。
 「お前、今まで一度も俺を求めたことないだろ?」
 「あ、あるわけないじゃない、そんなこと!」
 「……不安なんだよなあ」
 寝転んだまま、撩はわずかに香から顔を背けた。滅多に見せたことのない憂いを帯びた横顔。
 「な、何が?」
 「いつも俺だけがお前を欲しがって、さ。お前はイヤイヤながら応えてるだけじゃないかって」
 「そ……そ……そんなこと、ないよ……」
 それを口に出すのにも相当葛藤があったらしい。香の頬はますます紅潮していく。
しかし普段の撩であれば、そんな彼女をここぞとばかりからかい出すはずなのに、
そんな様子も見せない。表情も口調も沈んだままだ。
 いつもと違う撩の態度に気づいて、香は心配そうな顔になった。
 「そんなことない、か……」
 撩は呟く。口許に寂しげな微笑が浮かぶ。信じられないというように。
 「ほんとよ」
 少し慌てて、強い口調で香は言う。ドラマのことは完全に忘れたらしい。
彼女は立ってテーブルを回り、ソファの撩のとなりまで来て、
床の上にすとんと腰を下ろした。気遣わしげな眼差しでじっと撩を見つめる。

――ほんと、憐れな子羊ちゃんだよなあ。
 表面は沈んだ様子を演じ、しかし腹の中では罠に近づいて来る獲物に舌なめずりをしつつ、
撩はしみじみと心の中で呟いた。ちょっと目が利く人間であれば、まず騙されないような演技に
ころりとひっかかる奴。――まったくもう、本当にこの子羊ちゃんは。

 「ごめんね。……気づかなくて」
 戸惑いつつも小さな声で謝る香は、撩の行動を全く疑ってないらしい。
そのことに悪賢い狼もさすがに後ろめたさを感じる。……が、それ以上にこれからのお遊びが
楽しみで、今更「嘘だ」と打ち消す気にはならなかった。芝居は続行である。
 「……誘ってくれよ」
 すぐそばにある体に手を回すこともなく、撩は言った。香の目をまっすぐに見て、
どこか甘えるような低い囁き。――こういう声に香は弱い。おそらく逆らえないはずだ。
 「さ……誘うって……」
 「体でさ。その気にさせてくれ」
 もちろん彼の方はすでに充分その気になっているのだが。しかし香は今の状況に
すっかり慌ててしまっていて、相手を冷静に見ようとする余裕もない。
撩はわざと目を閉じた。何の手助けもなく、香がどんな行動に出るか。

 香はしばらく迷っているようだった。目を閉じていてさえ、困惑がひしひしと伝わって来る。
 だが――やがて撩の唇に、そっと柔らかい唇が訪れる。
 「んっ……」
 自分で仕掛けたのにもかかわらず、香の喉から小さな喘ぎが洩れた。
香の舌はためらいがちに撩の唇を割ってぎこちなく口の中をさまよい、舌を絡ませようとする。
だが撩は、ただなされるがまま、その小さな舌の感触を味わう。まだまだ我慢。
こんな入り口で堕ちてしまえば、遊びをしかけた意味がない。
 反応してくれないことが辛いのだろう。香の舌の動きは段々大胆になっていった。
拙いながらも舌であちこちを探り、男の舌を何とか応えさせようとする。
その必死さが愉しく、撩は内心で微笑した。
 あー、極楽。
 えらくほのぼのした――なんだか場違いな幸福に彼がしみじみ浸っていると、
香は唇を合わせたまま、横たわる撩の上にのしかかり、体をぴったりと重ねてきた。
意外に積極的な行動に、撩は軽く不意を突かれる。胸板に押し付けられる豊かな胸の感触が快い。
だがまだ余裕をなくす段階ではない。まだ大丈夫。抱きしめたいのも我慢する。

 「りょう……」
 長いキスだった。だが唇を離した香は悲しげだ。荒くなった呼吸を整えつつ、
少し涙の滲んだ目で撩を見下ろす。恨み言が口をついた。
 「どうして応えてくれないの?」
 ――お前のそんな泣き顔が見たいからだよ。
 とは言わずに、撩は出来る限り優しく言った。
 「気持ちよかったからだよ」
 「……ほんと?」
 「ああ。ずっとこうしていたいって思うほど、な」
 「良かった」
 香がほっとしたように笑った。しかし間髪入れずに撩は釘を刺す。
 「まだ”その気”にはなってないけど」
 たしかに撩の”それ”はまだおとなしいままだった。実は彼の意識的努力によるものだが、
香にはそんなことはわからない。撩の挑発に、口惜しそうに軽く唇を噛む。
彼女はしばらく思いを巡らすように目を伏せていたが、やがてあっさりと撩の体の上から降りた。
 「なんだよ。もう終わりか?」
 猫をかぶっていたのも忘れて、撩はついいつもの口調で文句を言ってしまう。
しかし香は首を降り、リモコンを取り上げてテレビを消すと、
立ったまま撩を見下ろして、挑むように言った。
 「ね。――お風呂場、行こ」

2.

 後ろからついて行く撩の顔には、獲物を前にした狼のにやにや笑いが浮かんでいる。
しかし先を行く香にはその顔は見えない。香の足取りには場違いなほどの決意がこもっている。
まるで今から決闘でもしに行くようだった。
 二人が脱衣所に入ると、撩はいつものように彼女を抱え込み、着ている服を脱がそうとする。
 「や……違うの」
 半袖の薄いブラウスの中に無造作に入り込んだ撩の手を、服の上から香が押さえた。
 「あん?」
 「あたしが撩の服、脱がせてあげる」
 「……へえ」
 撩はすでに演技をすっかり忘れている。人の悪い笑顔を香に向けた。
 「じゃ、お手並み拝見」
 言葉では威勢がよくても、香の顔は真っ赤に染まっている。撩の白いシャツの裾を引っ張る手も
恐る恐るだ。それでも――柔らかな手が侵入しそっと脇腹を撫でた時、撩は一瞬息をつめた。
それに気づいた香の口許が嬉しそうに――そしてわずかに得意げに緩んだ。何だか癪に障る。
 「ちょっと待て」
 撩は動こうとする香の手を留めた。先ほどとはまるっきり逆の構図。
香が不思議そうに撩を見上げる。
 「お前はどうするんだ?」
 「何が?」
 「服。シャワー浴びるなら脱ぐよなあ」
 「……そ、そうね」
 「じゃ、先に脱いでくれよ。俺の前で」
 思いがけない要求に香は絶句する。ほぼ毎日、数え切れないほど、”そういう関係”に
なって来たが、いつも脱がされてばかりでそういえば自分で脱いだことはない。
脱がされるのももちろん恥ずかしいが――自分で脱ぐのにはまた違った恥ずかしさがある。
しかも撩の目の前で。
 「って、そんな」
 「簡単だろ?」
 「っ……」
 撩は体を離し、一歩引いてすでに見物の姿勢だ。にやにや笑いで香を挑発する。
顔を赤らめつつ、香は自分のブラウスのボタンに指をかけた。本人は全く気づいていないだろうが、
ためらいがちなその指の動きがどこか淫靡だ。レースに縁取られた下着が徐々に露わになる。
ゆっくりとブラウスを脱ぎ、デニムのミニスカートも床に落とす。
下着だけになった無防備な香の姿が、撩をそそる。頼りなげに視線を向けるその表情も。

 ――狙ってやっているわけじゃないところが、こいつの怖いところだ。
こんな顔を見せたら、大抵の男は勘違いするぞ。

 「それから?」
 撩はからかう調子で促す。それに押されるように、香の両手はおずおずと背中に回され、
ブラジャーのホックを外した。ふるりと揺れて豊かな白い胸が現れる。
男の視線のせいなのか、その頂にある紅い実はすでに美味しそうに尖っていた。
香は目を伏せている。撩は襲いかかりたくなるのをぐっと堪えた。
自分で仕掛けた遊びなのに、体の奥に焦りと熱がじわじわと広がって来る。でも、まだだ。
 舐めるように見つめる撩の視線を背中で遮ろうとするように、香は体を深く折って
足から下着を引き抜く。身を起こし、艶やかな裸を撩の前にさらした香は、
さっきまでの見せかけの強気も失い、消え入りそうな風情。
 「……これでいい?」
 声はかすれていた。撩は無言で頷くと、腕を伸ばして女の体を引き寄せる。
いつもよりも高く感じる彼女の体温。しかし撩の手はそれを味わうことをせずに、
大人しく引き下がった。あっさりと手を引かれ、香が小さな、切なげな息をもらす。
 「じゃ、再開してくれ」
 香が再び撩のシャツに手をかけた。彼女のむき出しになった胸が目の前でなまめかしく揺れる。
その眺めを楽しむ微笑が、撩の口許に浮かんだ。

3.

 シャワーの湯はぬるく、体の表面を流れ落ちていく。
 「……」
 まだ”遊び”は続いていた。いつもは香が悲鳴をあげるまで激しく全身を愛撫する撩が、
今日はただ立ち尽くしたまま、何もしようとはしない。
香はそんな撩に戸惑う。首にすがりついて懸命にキスをしても、撩のたくましい腕は
抱きしめてもくれない。香は不安でたまらなくなっていた。
 「ね……撩。どうしたらいいの。どうしたら気持ちいいの?」
 目を閉じていた撩は、見下ろした香の涙目を見て、薄く笑った。
 「馬鹿だな。泣くなよ」
 「だって……」
 「触ってくれよ。どこもかしこも全部」
 言われて香は撩の体をおずおずと探る。首筋から肩。腕。胸から腹筋。筋肉の引き締まった体。
――いつもこの体がどんな風に自分を責めるかを思い出して、香の奥がうずいた。
 「あ……」 
 思わず甘い声が出る。それを聞き逃す撩ではない。
 「何もしてないのに感じてるのか?」
 「ちがっ……」
 突然、撩の腕が体にまきついて来た。耳元で熱く「違わないだろ」と囁かれる。
それだけでもう香は抵抗が出来ない。脚から力が抜けて、崩れそうになってしまう。
 「まだ、だめだ。手を動かして」
 強く抱きしめられたまま、香は懸命に撩の体を撫で回す。傷痕だらけの背中。腰。
それより下へ進むのはためらわれる。
――撩は自分の腕の中の香の感触を存分に味わっていた。彼女が腕を動かすたびに、
その体の凹凸が撩を刺激する。そして体に感じる柔らかな手。余裕がなくなってくる。
 本当はまだまだ焦らしてやろうと思っていたのに。
 撩は香の体越しに手を伸ばし、シャワーを止めた。

 「これも触って」
 ”それ”はいつの間にか大きく、固くなっていた。ちらりと視線を下腹部に向けた香は
赤くなり、懇願するような声で抗う。
 「……で、でも……」
 「怖くないさ。これは香のお友達。……いつも仲良くしてるだろ?」
 「ばかっ」
 「触ってくれ」
 普段は何も要求しない撩が――それは単に自分がやりたいことを勝手にやっている
だけなのだが――珍しく言葉で頼むことに、香は逆らえない。
男の胸に顔を埋めた。恥ずかしくて視線を合わせられない。
そして、ぎくしゃくと手を”それ”に添える。そっと握ると、
 「う……」
 撩の口から微かなうめき声がもれた。そのことに勇気を得て、香は頬を相手に押し当てたまま
目をつぶって手を動かす。先端をつまむようにすると、撩の体がびくりと震えた。
撩の息がわずかに荒くなる。その息を耳元に感じる香の呼吸も。
香は手を動かし続けた。どうすれば良いのかわからぬまま、文字通り、手探りの状態で。
時折、撩の体が緊張する。多分感じてくれているのだろう。香は夢中で”それ”を撫で回す。
バスルームの中で、二人の抑えた息遣いだけが響く。緊張と、密やかな快感の時間。

 「……ここまでかな」
 撩は快感を堪えるために大きく息を吐きながら、”それ”に添えられた香の手をとった。
二人の視線が合う。相手の目にはっきりと欲望の色を見て、撩はにやりとわらった。
 「言えよ」
 「な……何を?」
 「今一番言いたいこと。あるだろ」
 香は目を逸らす。撩は顎に指をかけ、逃げ出せないようにしてその目を覗き込む。
 「……欲しいの……」
 聞こえないほどの小さな声で香は言った。甘い吐息。
 「何が欲しい?」 
 「……撩」
 「俺の何?」
 「いやっ!……」
 そこまで言わせてみたい気もするが。今回はこの辺にしておこう。目的は達したことだし。
 撩は返事の替わりに軽いキスをした。
 「――やるよ。たっぷりな」
 撩の笑いは、口が耳まで裂けて、毛むくじゃらの耳が今にもピンと現れそうな、
悪い狼のものだった。

4.

 「……や……あ、あっ!」
 今まで堪えていた分、撩の動きは性急だった。キスから始まり、段々と中心へ向かう
いつもの愛撫と違い、彼の指は始めから香の中に侵入した。するりと入り込む撩の指に、
熱い蜜が絡みつく。撩はその指で中をさぐりながら、
 「……うわ。すごい濡れてるぞ、お前。そんなに感じてたのか?」
 耳元で揶揄の言葉を囁く。耳が弱い彼女は、うごめく指とその囁きに悶える。
 「言わない……でっ」
 喘ぎを奪うように撩の唇が香のそれに襲いかかる。舌が絡みつき、全てを舐め回す。
唾液が混じりあい、激しく吸われる。さっきの、香が仕掛けたキスの時の
撩の舌が小波一つ立っていない静かな入り江なら、今の撩は嵐の海だ。
大暴風雨の襲来に、香はあっけなく足元をすくわれる。
 「んんっ!んっ!」
 口内の全ては撩の舌に犯され、撩の太い指が体の奥を襲う。
二箇所の激しい責めに耐えられず、香は撩の厚い胸板を叩き、
必死で助けを求める。しかし結果は暴風雨がその勢いを増しただけだった。
小船は、溺れそうになりつつ、その嵐を全身で受け止めるしかない。
息さえも出来ない。――怖いほど激しい、男の動き。

 「……挿れるぞ」
 唇を離し指をすっと抜いて、撩は言った。彼の息も荒い。もっと荒い息にさせられた香は、
撩にしがみつくだけで精一杯だ。小さく首を振って拒絶する。
 「……なんで?」
 「少し……休ませて……。あんた、激しすぎ……」
 「そんな香ちゃん。こんなの序の口だろう?――俺が、毎晩鍛えてるんだしさ」
 ぐったりと自分に体を預けている香の左足を、撩は無造作に持ち上げる。
 「俺、もう限界」
 密着したこの体勢では逃げ場がない。香が抵抗するより早く体が開かれ、
撩が猛々しく押し入って来る。
 「――あああっ!」
 深く、奥まで貫かれ、香が大きく仰け反る。撩の腕がその背中に回り、
体を押さえ込んで、二、三度激しく突き上げる。
 「やぁっ……やっ、りょう!……」
 香は叫び、その体がびくびくと震えた。撩のものを締めつける。
男の眉は快感を堪えるように少し寄ったが、相変わらず口には嗜虐的な微笑が浮かび
――女の痴態を楽しんでいる。
 「……いい顔」
 「あっ……あんっ!」
 「いやらしい女に、なったな」
 「やだっ!……」
 聞きたくない、というように香の頭が激しく振られる。男の腕を掴んでいる手に力がこもる。
暴れる香に、撩は低く囁いた。――もっといやらしくなれよ。俺のために、さ。
 「他の誰も……こんなお前を知らねえんだからな……」
 ミックも。冴子も。美樹ちゃんも。海坊主も。……槙村も。
 相手に、というより自分に言い聞かせるような呟きだった。ほんの少し男の力が緩む。
撩の動きは中をじっくり味わうような、ゆるやかなものになった。
 「うっ……あ、あっ…りょう……んっ」
 香の目からは涙がぽろぽろと零れている。息がうまくつけずに、肩が大きく上下している。
 「何で泣くんだ。悲しいのか?」
 「わ、かんないっ……」
 体の奥で撩自身を感じるたびに。切なくて、涙が出て来る。いつもそうだけど今日は特別切ない。
 「激しくしすぎた?いやだったか?」
 一瞬動きを止め、からかいと心配が混じった甘い声で撩は囁き、顔を覗きこむ。
香は顔を背け、首を振った。ぎゅっと相手にしがみつく。
 「……そんなことない……」
 「そうか」
 撩は笑い、また女をゆるやかに責める動きを始める。甘い喘ぎがバスルームの壁に染みこむ。
濃密な快感がこの小さな空間に満ちる。

 「そろそろいくか?」
 ようやく撩がそう訊いてくれる。今日の男はいつにもまして意地悪だった。
何度「もう駄目」と囁いても、まだだ、と言っていかせてくれない。
涙目で「お願い」と言っても、「だめ」とわらい、さらに啼かされる。
長い間責められ続け、喘ぎ疲れた香の声はかすれていた。
 「い……かせてっ……」
 必死で頷くと撩の動きが激しくなった。奥まで突き上げられて、香はどうしようもない
快感に身をくねらせる。撩はその様をじっと見ていた。淫蕩な微笑を浮かべつつ。
 この女の体はどんなことでも知っている。どこが感じるのか。どうして欲しいのか。
どんな風に愛されるのが好きか。――そう思えるのが彼の幸福。
 「あっ……あああっ……!」
 香の体が震え、硬直する。撩は目を閉じ、柔らかな白い体を強く抱きしめた。
 
5.

 お互いの荒い呼吸に聴き入る。二人はしばらく無言だった。
 脱力した香は重くなった。撩は床に座り、その体を向かい合わせに抱き込む。
 「……どうだった?」
 「……」
 香は男の肩にもたせかけた頭を、一つ頷かせて返事にした。まだ口が利けないらしい。
撩の手が女の体をそっと辿る。深く繋がったままの部分がお互いを微妙に刺激しあっている。
撩の親指が胸のふくらみの先端に触れると、香の体がぴくりと跳ねた。
 「ほんと、敏感な体」
 「やっ……りょう、まだ、待って……」
 どちらにしようか。このまま休ませず、続けてしまおうか。それともほんの少し休息を与えるか。
まだ夜は長い。撩は大人しく、胸をなぞっていた手を背中に回した。
子供をあやすように優しく揺する。だが撩の口から出た言葉は香を揶揄するものだった。
 「お前のこんな格好を、他の連中が見たらどう思うかな」
 「やだっ……」
 「驚くだろうな。表情も声も……すごくいやらしいぞ」
 「……やめて……」
 いたたまれないように香は呻き、撩の首に顔を押し付ける。
しかし彼女の女の部分は裏腹に男を締めつけた。思った通りの反応に、撩は薄くわらう。
女の腰に腕を回す。
 「あ、んっ」
 「なあ……動いていいか?俺もいきたい」
 甘えるような言い方。喘ぎつつ、香は答える。
 「い……いよ……。動いて」
 そう言った途端、撩は香の腰を高く持ち上げ手を離した。自重で深く貫かれ、香は悲鳴をあげる。
しかし撩は許さない。何度も何度も執拗に、そして性急にそれを繰り返す。
 「あっ…やっ……ああっ……!」
 「う……」
 その時、二人の耳にかすかな物音が届いた。リビングで鳴っている、のどかな――電話。
 「りょ、りょう……で……でんわっ……」
 何度も貫かれながら、息も絶え絶えに香が必死で訴える。
 「聞こえ、ねえ」
 「りょ……」
 「今、これが、止められる、状態、か?」
 怒ったように言う撩は息を弾ませ、香の体を腕の力だけで激しく上下させている。
彼の中から熱いものが今にも溢れようとする。男の眉がぎゅっと寄せられた。
香の喘ぎには啜り泣きが混じり、全身がほの赤く染まる。何もない。この快楽から逃れる方法は。
撩は自分の奥底からの欲望のままに香を奪う。電話の音はいつの間にか途切れていた。
 「香っ……!」
 「りょうっ……!いやぁっ!」
 男の体内から迸ったものは、熱く激しく香の中を満たした。痺れるような快感に
二人の体が同時に痙攣する。
 奈落に堕ちていくような、天へと引き上げられるような、快楽のひととき。
 やがて香はくたりと体を男に預けた。顔を覗きこんでもぴくりともしない。
撩は息を整えつつ、半開きになった香の口に唇を押しつけた。意識を失った女の、力ない唇。
甘くて柔らかいそれに、彼は自分の舌を滑らせる。何度も何度も。甘く酔わせる極上の酒。
それでも彼女は気を失ったままだ。撩は香の目が覚めることを怖れるように、その唇を貪り続けた。


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