無題
発信機がないということは、ミックはここへ来ない。
それに香が気づいていないのか、意図的なのか、意図的ならば香の目的は何なのか。
リョウは呆然とするしかなかった。
「なーにを人の服あそっとんのじゃぁああ!!!」
―――ズゴォォォン!!!!!
コンペイトウが激しい音をたて脱衣所に飛び込みリョウの頭を直撃する。
「たはは…俺よく今まで生きてたよな…」
懐かしさすら感じる痛みに苦笑いし、扉に開いた穴をくぐり浴室へと足を踏み入れた。
香は泡風呂に浸かったまま浴室への乱入を非難したがリョウは冷めた表情で口を開く。
「これはどういう事だ」
片手に持った服を差し出され香はハッとし、すぐに悪戯がばれた子供のような表情を浮かべた。
「そのまんまの意味よ、リョウと浮気しようと思って」
「俺を騙してまで?」
「こんな子供だまし、…気づいてたでしょう?」
すくっと浴槽から立ち上がった香の肢体には所々に泡を纏い、熟れた体を一層艶かしいものにする。
艶やかな髪をしたたる雫に視線を奪われ、続く言葉が出てこない。
「阿呆らし」
この状況に絶えられなくなり、出て行こうとするリョウを追い香は背中に顔を埋めた。
「…いやよ」
体を合わせた事は無いとはいえ、よく知った体温。
磁石が引き合ったように離れる事を躊躇させる。
しばらくの沈黙が流れ、それを破ったのはリョウだった。
自らのジャケットを香に掛けると頭に手を置き抱きしめる。
「ミックはいいやつ…だ」
いい終わらないうちにリョウの口は香の唇によって塞がれていた。
目を見開いたままのリョウを、寂しげな目で覗き込む。
「そうやって格好つけてばっかり…」
その言葉にリョウは頭の中で何かが弾ける音を聞いた。
自らの後頭部にまわされた香の腕を掴みあげ体ごと浴室の壁にたたきつける。
香は痛みに顔を歪めるも、すぐに真っ直ぐリョウを見つめた。
「おまえはっ!!!そんな女じゃないだろう!!?」
噛み付くように怒鳴りつけると香の体に夕立のようなキスを降らせる。
それは香が逃げ出すことを願ったのか、願望による衝動なのか。
自分にすら理解のできない乱暴な愛撫。
貪るように唇を合わせ口内を犯すと香はそれに応えた。
「嫌がれよ!!!」
「…嫌じゃないもの」
そう言って香はリョウの首筋に唇を寄せ、艶かしく舌を這わせシャツの中へと手を進入させた。
「やめろよ…なぁ…」
リョウの力ない反抗にも耳を貸さず、香の頭は下がっていく。
シャツを巻くりあげ、鍛え上げられた腹筋に舌を這わせるとリョウはくすぐったいような快感に眉を歪める。
「逃げればいいじゃない、得意でしょ?」
上目遣いに試すような視線を投げかける。
過去への非難を含んだその言葉にリョウの体温は引いていった。
(こんな売女は知らない…)
腹部の高さにある頭を両手で押さえると、ズボンをやぶかんと隆起したものに押し付けた。
「咥えろよ」
香の頭上に冷めたい声をかける。
自分の知っている香は、男勝りで、色恋に疎くて、性とは結びつかない存在で…
穢れない女、いつからかそういう女だ、と信じていた。
今でもそう信じたい。と香の拒絶を願った。
「…ん」
伏し目がちに返事をする香にリョウの願いは打ち砕かれる。
おそるおそるズボンの上からそこを摩り、静かにボタンを外すと露出した肉棒に唇を寄せたかと思うと
舌を尖らせ鈴口に潤んだ雫を吸い取り、壊れ物を包み込むように竿を両手で上下させた。
「…やめ…んかっ!!」
「…やらよ」
命令に応じたのに非難される矛盾に応えるように香は舌の動きを一層にする。
何を思ったのか、香が近くあったカランをひねり二人にシャワーが降り注いだ。
立ち上る湯気の中で跪き自分自身を咥え込む女。
あまりの快感と厭らしさに理性が飛びそうになる。
「なっ…んでこんな…」
「…ミックは他に好きな人がいるの…これは本当……」
香の言葉に動揺するリョウに気を取られることなく唇を這わせながら香は話す。
「かずえさんと…終わってなかったみたい…馬鹿みたい、あたし…」
「かずえくんが……?」
見上げた瞳には涙が潤んでいるように見えたがシャワーを顔で受け、
それは涙なのか判別ができない。
過去、ミックとかずえは恋仲にあった。
しかしかずえが新薬の開発のために日本を離れ、その関係は自然消滅したと思われた。
だからこそミックは香に求婚したはずだ。
はじめこそ香は戸惑っていたが、素直に愛される喜びを知りミックへと気持ちは動いていった。
リョウにはそれを止める勇気すらなかった。
人並みの幸せを手に入れ、幸せな微笑みを浮かべた女をどう引き止めればよかったのいうのか。
リョウは素直に愛することは出来なかったが、香の幸せを願っていた。
ミックが相手なら幸せになれると、思った。
それが今、なぜか香は泣いている。
なおも、香はリョウの肉棒を愛撫することに熱中する。
何かから逃げるかのように行為に没頭しているように見えた。
熱を帯びた口内で、軟体動物のような舌が肉棒をそぞりあげる。
男の性か、途切れがちな理性を快感に押し流れそうになりリョウは荒く息をついた。
「…服、グシャグシャになっちゃったね…帰る?」
ふと顔を上げて問いかける確信犯。
その瞳にリョウの理性は、飛んだ。