「―――俺と、結婚してくれないか?」 大学を卒業してプロに入った御幸が、新人王のタイトルを獲った、その日。 ひどく真剣な顔をした彼が、そう言って一枚の紙を差し出した。 二度目のプロポーズ・1 反射的に受け取った「それ」を見て、栄純の目が大きく見開かれる。 弾かれたように顔を上げれば、照れくさそうに御幸が笑った。 「・・・もちろん、本当に出すことは出来ねぇけどさ」 「御幸・・・」 「一緒に暮らして5年。・・・そろそろケジメつけねぇとな、って」 そう話す御幸を、呆然と見つめる。 だってこれ・・・。 「・・・む、無理だよ・・・」 御幸の視線から逃げるように俯いて、首を横に振る。 「自分の立場考えろよ。・・・男と結婚してるなんてバレたら、大変なことになるんだぞ?」 本当は恋人同士でも。 周りから見れば、ただの先輩と後輩。 そんな自分たちが、一緒に暮らしているだけでも不自然すぎることなのに。 たとえ効力はなくても、「婚姻届」にサインなんて、そんなことできない。 御幸の未来を、壊したくないから。 「そんなの、わかってる」 強い声とともに伸びてきた手が、俯いた頬を包んで栄純の顔を上げさせる。 「マスコミにバレたら騒がれることも、それでお前に迷惑がかかるってことも、充分わかってる。・・・それでも」 いったん言葉を切って、するりと頬を撫でてから、御幸が再び口を開いた。 「俺は、お前と生きていきたいんだ。・・・この先の人生を、ずっと一緒に」 ぶつかる眼差しも、語る声も、真っ直ぐで真剣なもの。 それが、御幸の本気を感じさせた。 「・・・・・・オレは、アンタとのことがバレたって迷惑だなんて思わねぇよ」 考えるより先に、言葉が口をついて出る。 「迷惑がかかんのは、御幸の方だ」 見上げた御幸の顔が、浮かんできた涙でぼやけ始めていく。 この、誰よりも大切な人の未来を壊したくない。―――――そう、思ってるのに。 「せっかく入ったプロの世界を、やめなきゃいけなくなるかも知れねぇんだぞ?」 こんな非現実的な関係を、あの世界は絶対に認めない。―――――そう、わかってるのに。 「それでも、・・・いいの?」 御幸のことを思えば、断らなければいけないのに。 唇が紡ぐのは、自分の考えとは正反対のことだった。 栄純の言葉に、御幸がゆっくりと笑う。 「・・・そんな覚悟、6年前からできてるよ」 6年前。 卒業式の日の朝、必ず迎えに来るから1年間待っててほしいと約束した、あの日から。 「辛い思いさせて泣かせちまうこともたくさんあるだろうけど、お前のことは絶対に俺が守る。・・・だから、お前の一生を俺にくれないか?」 目を瞠る栄純の頬を包む手が、かすかに震えている。 「・・・俺の一生、お前にやるから」 笑みを消した御幸の、そのひとことに。 「――・・・っ」 頷く代わりに、栄純は顔を歪めて恋人の胸に飛び込んで、その応えを示した。 「・・・ホントに、オレでいいの?」 「お前が、いいんだよ」 「・・・やっぱりやめるって、後から言っても聞かねぇかんな?」 「言わねぇよ、そんなこと」 何度も念を押してくる栄純に、苦く笑いながら御幸が応える。 「・・・ほら。早く書けって」 目の前に置かれた書類に上に、とん、と人差し指をのせて促してくる御幸をちらりと見遣って、栄純は手にしたペンをぎゅっと握った。 すでに御幸の名前が書かれた、婚姻届。 手元に注がれる視線に緊張しながら、一文字ずつゆっくりと、自分の名前を書いていく。 「――・・・御幸」 最後の文字を書き終え、ペンごとそれを御幸の方へと押しやって。 「・・・・・・こ、これからも、よろしくなっ」 ぱっと顔をあげて一息にそう言えば。 「・・・こちらこそ」 よろしくな、とそれは嬉しそうに笑ってくれた。 2008.9.21 <後書き> 御沢で夢を見てみました。 2へ続きます・・・。 |