Last love




 遠くに街の灯がぼんやりと見える。
 ここまで来れば、もうあいつらの手は届かないだろう。腕の中の若島津の熱い身体をきつく抱き締めた。
「大丈夫か?」
 心配げな小次郎の問いに若島津は弱々しく微笑んで答えた。

   …何故こんな事になってしまったのだろう。

 小次郎は幾度こんな事を考えたか判らない。
 奢り高ぶった人類がこの地上の全てを支配しようと超兵器戦を繰り返し続け、遂には自らをも滅びの道へと追いやってしまった。僅かに残った者達は機能し続ける機械都市に縋り付き、生き延びようと全てを委ねたが、皮肉な事に高度機械化文明は人々を脆弱な生き物へと変えて行った。五世代も巡らぬ内に地上にはたった二人の生き物を残すのみとなった。
 都市の周りには草木が植えられてはいたが、それは実物と見分けのつけようがない程精工に作られた合成樹脂製の飾りでしかなく、延々と広がる砂漠となんら替わりのない死の星と化してしまっていた。
 人類はその星を殺した罪を種の滅亡という形で償っているのだ。人類の過去の大きなツケを今二人はその命を以って払うのだ。
 この計画は、若島津の身体がもう幾日も持たない事に若島津自身が気付いた時から、そうあの時から練り始めた。
 都市内で若島津が死ねばメイン・コンピュータはその身体を有機物の塊と見做し、最後の人間である小次郎を生かす為の材料とするだろう。ならばその有機物をこの星の為に最大限に活かそうと二人は考えた。
 自らの細胞を取り出しDNAの配列を換え幾つかの命の種を作り、それを自分達の身体に埋め込み都市を抜け出す。メイン・コンピュータの手が届かぬ場所まで……

「あんたまで…付き合うことは無かったのに…」
 もう若島津は一人で立ち上がることも出来なかった。小次郎の腕の中で切なげな瞳で睨みながらそう言った。
「馬鹿野郎、一人になって俺にどうやって生きろってんだ…」
 最後の二人だから、残された二人だから、一人になるという恐怖は計り知れないものがあった。それは自分の死よりも或いは恐ろしい事実であったかもしれない。
 二人は微笑んで同時に遠くに霞む今となっては無人の都市を仰ぎ見た。

「静か…ですね…」
「ああ…」
「今度生まれることがあったら…もっと賑やかな所が好い…」
 若島津は目を閉じたまま呟いた。
 何処を捜しても二人しかいないこの世界だから尚更二人はお互いを求め合い、そして何度かその身体を重ね合った。こんな気持ちは人恋しい寂しい心が産み出した幻影だったのかも知れない。これは愛ではないと小次郎は思った。否、思い込んだ。
「その時はもう俺の事なんか判らないんだろうな…」
「いえ…俺は必ず…あんたの傍に生まれる…そして…」
 小次郎はそっと若島津の唇に自らのそれを重ねる。重なり合った部分から互いを一つにする事が出来るようなそんな気がした。
 夜明けが近いのだろう。丁度都市の辺りの空が明るみを帯びて来た。
「もう夜明けだ、少し眠ったほうが良い……強行軍だったから疲れただろう?」
「ええ…そうですね。」
 若島津は一瞬眩しそうに目を瞬かせながら空を見上げ、そして微笑みながら目を閉じた。
「おやすみなさい…」
 その幸福そうな顔を見て小次郎は胸が詰まった。
 多分若島津の目にはもう何も映っていないのだろう。彼が見上げた方角はまだ夜の帳の領分、西の方角であった。
 小次郎はきつく唇を噛み、堪え切れぬ涙が頬を伝った。
「おやすみ…若島津…」
 もう限界だろう。生命維持装置無しにここまで来れたのが不思議な位、若島津の身体は痩せ細りそして弱っていた。その身体から、今がくりと力が抜けていく。
 もう動かない若島津に、それと知っても小次郎は静かに囁き続ける。
「俺、まだお前に言ってなかったよな。何度も言わないぞしっかり聞いておけよ…愛してる…最期の一人がお前でよかったよ…」
 言い終わると小次郎はゆっくりと今までもたれ掛けていた岩に身体の全てを預けた。
マザーコンピュータは人間を守ると言う都市の存在理由でもある最重要使命を全うするために、そこを離れようとする2人を黙って見ている筈がなかった。最終的には攻撃という形を取ってまでも2人を止めようとした。
 小次郎は病身の若島津を庇って、無数の傷を負った。
 足下の砂は小次郎の流した大量の血溜まりを、餓えていたかのように吸い込んでいく。それはまるで、後僅かしか残っていない小次郎の血液を残らず啜り取ろうとしているかのように…
「俺もちょっと疲れた…少し眠るよ…2人でいい夢を見ような」

    −この朝、地球上から全ての人間が姿を消した。


                              FIN.



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