夜明け前

 

 

 

 ボクの手からするりとグラスが滑り落ちた。目の前で硝子が弾け散る。
「ジョー……!!」
 アルベルトの手が崩れ落ちる僕の身体を支えてくれたのが判った。
「顔色が悪い、貧血だろう…」
「済まない、大丈夫だ。」
 ボクはアルベルトの腕を押し戻し、砕けたガラスを片付けようと破片に手を伸ばしたがそれはあっさりと阻止された。
「ここは俺が片付ける。お前は少し休め。」
「休んでなんか…。」
 休んでなんか居られない。ネオブラック・ゴーストとの戦いが佳境に入ってきているのに、こんな所でボクがのうのうと休んでなんか居られなかった。
「休んできて頂戴、ジョー。あなた少し働き過ぎだわ。」
 フランソワーズの優しい声に皆がうなずく。
「否、でも…。」
 反論しようとしたボクの身体をアルベルトがひょいと抱き上げた。
「寝かしつけてくる。」
 顔に血が上ってくるのが判る。
「止めてくれ、降ろしてアルベルト!!」
 必死にその腕の中から降りようともがいたが、アルベルトとの体格差が災いしてボクの意を異に楽々と運ばれてしまう。後にしたリビングから仲間達のからかいの言葉が聞こえてくる。

 皆の気遣いが肌に染みた。

 アルベルトの腕の中で暴れるのを止めた。ああして騒ぎ立てればボクが大人しく休息するだろうと判っているのだ。
「もう判ったから、降ろしてアルベルト。ちゃんと休むよ。」
 けれどもアルベルトはボクを降ろす気は無いようだ。表情の読み取れない張り付いた微笑みのまま、ボクを私室まで運ぶ気なのだろう。
「お前少し痩せたな。」
「っ?」
「俺にはもう縁が無いが、お前は俺達の中で一番生身に近いんだ。」
「…アルベルト?」
「お前は、俺達の中では一番に人間に近い。責任感が強いのもいいが身体に気をつけろ。」
 アルベルトは俺の目を覗き込むようにして言った。その目は何もかも見透かしているようで怖かった。ボクは俯く事しか出来なかった。

 無理をしているつもりは無かった。だが自分の立場を考えると、他の仲間達との能力差を考えるとこのままの自分で良いのか、という焦燥感がボクを襲ったのは事実だった。

「ボクはそんなに柔じゃないよ……。」
 ボクは俯いたまま答えた。
 弱い自分に気付かない振りを続けるのは精一杯のボクの意地だった。

 皆に気付かれないように自分を騙していると言われても仕方ない。なのに仲間達はそんなボクの虚勢にすら寛容だった。
「ジョー…。」
 アルベルトが今どんな顔をしてボクを見ているのだろう、それを確かめるのが怖かった。
「ジョー?」
 見たくない。今は誰の優しさにも触れたくない。
 甘えてしまうから、差し出された手に縋り付きたくなるから…。
「そんなにボクに優しくしないでくれ。」
 アルベルトの顔を見たくなくて、ボクはぎゅっと目をつぶった。

 ドアを開ける音がする。アルベルトはまだボクを下ろす気がないようだった。
「お前はいつもそうやって俺達の手を拒むんだな。」
「?!」
 思いがけない台詞に慌てて目を開け、アルベルトを見た。寂しげなアルベルトの瞳がボクを見据えている。
「お前の気持ちは判っているつもりだが、いつもいつもそうやって耐えているお前を見ている俺達はどうすれば良い?」
「アルベルト?」
「お前はまだ子供だ。もっと俺達を頼ってくれても良いだろう?」
 アルベルトはゆっくりとボクをベットの上に降ろし、僕の顔を両手で包み込んだ。
「俺達にもっとお前を見せてくれ…。」

 ゆっくりとアルベルトの唇が下りてきた。僕は知らず目を閉じてその口接けを受け入れた。
「本当のボクを知ったら、きっと皆ボクを嫌いになるよ。」
 アルベルトの低い声はボクの耳を優しくくすぐり、ボクの本心を引きずり出してしまう。
「ボクは皆が思っているように強くも無いし、大人でもない。ボクはまだ17歳のままなんだ。」
 アルベルトの冷たい唇がボクの首筋を、耳たぶを愛撫する。催眠術にでもかかったように、ボクは今まで胸の中にしまい込んでいた言葉を吐き出していた。
「戦いが怖いんだ。皆が傷ついて倒れて行くのが…今度は自分なんじゃないかって。」
 アルベルトは黙ってボクをベットに押し倒し、いつのまにか流れ始めていた僕の涙を唇で拭い取ってくれる。
「皆同じだ。俺だって死にたくない。」
「一人ぼっちは嫌だ。皆死んでしまってボク一人残さないで…。」
「死ななければ良い。決して一人にはしない…。」
何度も何度も口接けられ、何時の間にか開かれた胸元からアルベルトの手袋をつけたままの手がボクの素肌をまさぐる。
「俺にそのままのお前を見せてくれ。」
「んっ…。」
 アルベルトの手がボクの好い所を探り当てると、声が漏れた。息があがる。
「皆お前を愛している。」
 アルベルトは唇で愛撫を繰り返しながら、起用にボクの服を一枚一枚脱がしていく。アルベルトの唇は首筋を通りボクの感じるところを探りながら下りて行く。
「…あんっ…。」
 ボクの口から信じられないほどの甘い声が漏れるた。そんな声を自分が出しているのが急に恥ずかしくなって慌てて口を押さえた。
「お前の声を聞かせてくれ。」
 そんな事言われても声は絶えず漏れ続ける。ボクは快感に流されながら知らずに自分の指を噛み締めていた。
「ジョー…。」
 アルベルトがボクの手を掴み優しく引き剥がした。噛み締めていた所からは血が滲んでいた。アルベルトがその指に丁寧に舌を這わせると、体の奥がジンと疼いた。
「恥じることは無い、お前はそのままでいれば良い。そして、時折俺だけにでも素顔を見せてくれ。」
 アルベルトの声がボクの中に水のように染み込んで行く。
再び、そして今度は深く口接けられた。アルベルトの舌がボクの口腔を探る。飲み込みきれない唾液をアルベルトが啜り上げる。 ボクはおずおずと舌を絡めた。
「可愛いよ、ジョー。お前が俺だけの物ならいいのにな。」
 アルベルトの言葉は、ボクにはもう届いていなかった。

 


 その晩は何度かアルベルトの手や口で達かされて、気を失うように眠りについようだった。
 こんなに深い睡眠をとったのは久方ぶりだった。目を開けると横には服を着けたままのアルベルトが眠っていた。
 昨日の記憶が急にボクの中に甦ってきた。アルベルトに流されて、何かすごいことをしてしまったんじゃなかったろうか。
ボクが身動き出来ずに、裸のままでシーツにくるまっているとノックが聞こえた。
「ジョー、起きてる?朝食の支度が出来たんだけど…。」
 フランソワーズの声が聞こえボクは半ばパニックに陥っていた。
 こんな姿フランソワーズに見られたら…?昨日の名残のキスマークが至る所についている姿を、ボクのベットで珍しく無防備に眠り込んでいるアルベルトの姿を……?
「今連れて行くよ、アルヌール。」
 眠っていた筈のアルベルトが僕の換わりに返事をした。
「アルベルト?」
 去って行くフランソワーズの足音を聞きながら、アルベルトはくすりと笑った。
「皆が心配するぞ。早く服を着ろ。」
 アルベルトは以前と変わらない声で言い放った。まるで何も無かったように。
「あ、ああ…。」
 ボクは慌てて身支度を済ますと、またアルベルトは笑った。
「これからが決戦だ。頼んだぜリーダー。」
「アルベルト…。」
 そう、決戦はこれからなんだ。ボクは唇を噛み締めた。アルベルトの真っ直ぐな目と視線が絡む。
「俺達は誰も死なない。誰も欠けたりしない。」
「…うん。」
「お前を一人にはしない。……少なくとも俺だけは……。」
 アルベルトの誓いをボクは心の奥に刻み込んだ。


fin.

 

 

 

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