ラヴァーズ



「折角大学受かったところで悪いんだけどさ、母さん今度再婚する事に決めたから…」
 ボクの作った朝食をやっつけながら、何気に母さんは言い捨てた。
「それはおめでとう…で、何で悪いの?」
「…うん…それがねぇ。向こうさんも再婚なんで式は挙げないって事になって、直ぐ籍を入れるんだけど…」
「…す、凄い急な話なんだね」
 母さんはボクなんか気にしてない風に黙々と箸を動かしている。
「うん、それで稔には悪いんだけど…母さんアメリカに行くから」



 この春、ボクは一年間という長いような短いような浪人生活にピリオドを打ち、諦め欠けていた憧れのT大を予想に反して合格した。念願の恋人(?)も出来て、人生ちょっと違うのは当たり前と取り合えず与えられた幸せをウキウキランランとエンジョイする予定だった。
 今日だって松田さんに合格祝いをして貰って朝まで大騒ぎする筈だったのに…。
「じゃ何?新しいお父さんの転属でアメリカの大学を受け直すのか?」
「そうしましょうって、お義父さんが…」
「マジで…?愛しの松田さんを置いて?」
 他人が聞いてりゃ耳を疑うような台詞を、松田さんはいつもさらっと言う。
「それでお母様の方は一緒に来て欲しくないと無言の要求をしてきてると…」
「そう…」
「どちらの要求も、呑みたいようであり呑みたくないようでもある悩めるアトム君であるわけだ…」
「追い打ちかけないで、松田さん」
 お義父さんと母さんの間に挟まれて、少し考えさせてくださいと答えるしかなかったボク…。
「んじゃ、恋人の俺の言うことも聞いて」
「……行かないで?」
「わかってんじゃねぇか」
 松田さんは店内が暗いのをいい事に、ボクを素早く抱きとめチュッと音を立ててキスをした。
 いたずらっ子のようにニヤッと笑う松田さんに、暗く落ち込んだボクの気持ちはグッと上昇するのだけど松田さんには内緒だ。だって言ってしまったら松田さんは天まで昇って世界一の天狗様になってしまう。絶対に教えられない。
「まぁ、天下に名高いT大に合格したんだ、普通なら一人暮らししてでも通うぜ。今のマンションなんてめちゃめちゃ近いじゃないか」
「うん」
「それとも…アメリカに行きたいのか?」
「そんな…」
 行きたい訳じゃなかった。半年前のボクなら北海道でも浦安でも大して代わらなかっただろう。促されればなし崩し的にアメリカ行きに頷いていただろう。
 でも今は大介さんだって松田さんだっている。ここを離れるなんて考えられない。
「じゃあ、何悩んでるんだよ」
 松田さんの手がボクの頬を優しく包み込む。暖かい松田さんの体温を感じる。爬虫類や両生類とは全然違う、暖かさ。
「松田さん、誰かに見られる…」
「見たい奴には見せてやれ」
 松田さんの舌が弱気なボクを追い詰める。騒々しい程の派手なダンスナンバーと突き刺さる原色のライトが松田さんをドンドンと大胆にさせる。
 だが、松田さんはボクの中に火を付けるだけですっと離れて行ってしまった。
「ん……っ」
 思わず漏れてしまった声に、微かな物足りなさへの抗議を感じ取り松田さんは又にやりと笑った。
「今日はやけに感じてるね、アトム」
 松田さんの視線はボクの股間に注がれている。
「エロじじぃ」
 松田さんの手の甲をギュッとつねり席を立った。トイレにでも逃げて、元気になってしまったモノをなだめなくちゃいけない。
 歩き難い事この上ない。やや前傾姿勢で踊り狂う人の群をかき分け、ホールの端迄辿り着いた時、後ろから誰かに抱き締められた。
「逃がさないよアトム…」
「松田さん…バカ、止めてよ」
「エロじじぃだから止めない」
 松田さんの吐息がボクの耳を掠める。そのままボクは壁に押しつけられGパンのジッパーを下ろされた。
「止めてったら」
「こんなになってるのに?」
 松田さんの右手が、布越しにボク自身をギュッと握った。
「ふ…んん…」
 後ろからピッタリと抱き締められているので、抵抗するどころか身動きすらままならない。握り拳を安っぽい壁紙に押しつけて歯を食いしばる。そうしなくちゃ声が漏れてしまいそうだった。
 図に乗った松田さんは、ボクのうなじや耳をわざと音を立てて舐め上げながら、ブリーフの中に手を滑り込ませた。
「やぁ…こんな所…で」
 さすがにブリーフの中では手を動かしづらいのか、しごくスピードはいつもよりずっと遅い。
 だが、誰かに見られてしまうのではないかと言う羞恥心からいつもより感じてしまっているのは確かだった。内股がふるふると震え腰の力が抜けそうになる。
 松田さんの空いている左手が脇腹や胸を愛撫し始め、ボクは唇を噛み締めて必死で声を噛み殺した。
 頭の中では『松田さんのバカ』と言う言葉がぐるぐる回って真っ白になっていく。
 ボクの両足をこじ開け松田さんの膝が滑り込んでくる。
「可愛いアトム…もっと感じて」
 太股がボクの後ろに当てられて刺激を与えられる。自分でもそこが松田さんを欲しがってひくついているのがわかった。
「ん…ふぅ…」
 松田さんから逃れようと頭を振ったが、その振動さえも自分自身を高見へと追い詰めていることがわかった。
 もう一人で立っている事すら出来ない。壁に縋り付き松田さんに支えられて淫靡な喜びに震えるしかなかった。
 耳をつんざくハードビートの中で松田さんの膝が一層強く押し付けられた時、その手の中に快感をぶちまけた。
「このままホテルに行こ?」
 松田さんはボクのGパンのチャックを閉じながら、すっかり大きくなった熱いそれをゴリゴリと押し付けてきた。
「な、わかるだろ?アトムが欲しいって言ってるぜ」
 既にボクの中にはそれを待ち望んでいる、Hなもう一人のボクが生まれていた。返事の代わりに頷くと、松田さんはボクの体を壁に押し付けたまま振り向かせ、唇を重ねてきた。不思議とそのキスはとても甘く優しかった。


「ちょっと悠二!!こんな所で何悪い事してんのよ?!」
「!!…あずさ…?」
 咄嗟にボク達はパッと離れたのだが、あんな事された後だったのでボクはへなへなとその場に座り込んでしまった。
 松田さんが『あずさ』と呼んだ女性は、茶目っ気たっぷりに笑いながら近づいて来た。
「知らなかったわ、悠二が趣旨替えしたなんて…」
 『あずさ』さんは長いワンレングスに真っ赤なボディコンで、爪も唇も艶やかな赤だった。頭の先からつま先までイケイケファッションそのものなのに、そのきつい眼差しに何処か知性的な輝きを秘めていて、多の女性とは一線を引いていてとても魅力的に見えた。
 松田さんと『あずさ』さんが微笑みながら軽口をたたいている様子が、ボクにはとてもお似合いに見えた。松田さんは格好いいし、『あずさ』さんは美人だ。まるで、一対の絵というのが言い過ぎではないようだった。
「ねぇ、こっちの可愛いボクちゃんを紹介してくれないの?」
 『あずさ』さんの赤いなまめかしい唇を見つめていると、彼女はボクの手を取って立たせてくれた。
「俺の新しい恋人だよ。アトムって呼んでる」
「へぇ…宜しくね、悠二の昔の女のあずさよ」
「ど、どうも…」
 なんか2人のペースはハイテンションで、着いていけないかも知れない。取り合えずボクはドギマギしながら頭を下げた。
「いくら可愛いからって取るなよ、アトムは俺のもんだからな」
 松田さんの言葉にボクは茹で蛸のように真っ赤になった。こんなに赤くなってしまってはジョークにしようがないじゃないか。
「ホンの味見くらいなら良いじゃない?」
「う〜ん、味見かぁ…」
 その時松田さんの唇に薄く浮かんだ笑みが、何かよくない予感を呼んだ。


 あずささんの唇は程良く厚みがあって肉感的で柔らかくボクに絡みついてくる。想像を超えた快感と衝撃にボクは堪らず声を上げた。
 香水の甘い香りを漂わせて絡みついてくる柔らかい肉体。それを振り解こうにもベットに両手を一纏めに縛り付けられていて、思うように身動きがとれない。
 こんな仕打ちの中でも頭をもたげている男の生理を呪うしかなかった。自然と涙が頬をつたった。
「ん…悠…二」
 あずささんはボクの上で身をくねらせながら、松田さんの名前を呼んだ。
「もう、食べて良いでしょ?」
 形のいい胸をプルンとゆらせて、あずささんはボクから口を放した。
「お前は食い意地がはりすぎだ」
 松田さんはあずささんの後ろから手を回しその体を抱き締め愛撫はじめる。
「あん…」
 松田さんの指があずささんを燃え立たせて行く。その恍惚とした表情が見たくなくて、ボクは目を反らした。
 松田さんにとってボクはいったい何なんだろう。恋人?それともただのセックスフレンド?
 松田さんはボクの事を好きだと囁いてくれるけど、今のボクには全面的にその言葉を信用出来ない。目の前であずささんと交わっている松田さんを、ボクは直視出来ない。
「悠二…来て…ん」
 松田さんはあずささんの腰を持ち上げてゆっくりと挿入したらしい。室内にあずささんの喘ぎ声が響いた。
「あずさ…アトムを食うんじゃなかったのか?」
 松田さんに促されてあずささんはボクを銜えた。その唇は松田さんのようにボクをワザと焦らしたり、追い詰めようとするのではなく、純粋に快感を引き出そうと動かされ、心とは裏腹にその波にさらわれた。
 淫猥なすすり上げる音と、あずささんを通して感じる松田さんの律動にボクは何度も声を噛み殺し、悲しい欲情をあずささんの口中に放った。
 ボクは松田さんの名を叫んで時を忘れた。



「…アトム」
 遠くで松田さんの声が聞こえたが、ボクはもう目を開けるのもおっくうに感じ、そのまま微睡みに身を委ねていた。縛られていた手首も鈍く疼いていたし腰は鉛のように重く感じた。
   −お願いだから、このまま眠らせて…
 そう言葉を綴る事さえ出来なかった。
 なのに突然後ろに何か異物が挿入され、その衝撃に微睡みから引き戻された。目の前には不敵な笑みを浮かべた松田さんの顔があった。
「アトム、俺を置いてさっさとおねんねはないだろう?」
 ボクの中に挿入されている松田さんの指は、ボクのイイ所を探して掻き回されている。
「…や…今日は…もう……松!」
 さっきまで、もう何度も放っていたのに松田さんの手技に息が切れてくる。
「こっちはまだイってないだろ?」
 指が2本に増やされた。
「やだ…あ…」
「嫌がる割には、ここがやけに絡みついてくるぜ」
 意地悪なことを言いながら、松田さんはボクの乳首を軽く噛んだ。それは電流のようにボクの脳を刺激し、身を捩ってあられもない大きな声を上げてしまった。
「いつもより感じ易くなってるんじゃないか?」
 ローションか何かで指を湿らせてあるらしく、ボクの後ろを掻き回す度にぬちゃぬちゃと音を立てて奥へ奥へと進入してくる。
「や…あず…さんは…?」
「向こうで、おねんねだ。起こしておくとお前を食いたがってしようがないからな」
 松田さんはボクの中から指を引き抜いてニヤッと笑った。
「お前を食っていいのは俺だけだ。お前の大事な探偵さんにだって、お前を渡さない」
 松田さんのモノはボクの中に挿るのだと誇らしげにそそり立っている。
「お前は俺のモノだ。誰にも渡さない」
 ボクの両足を肩に掛け、しっかりと両手で腰を固定させて一突きにボクを貫いた。
 ボクはもう松田さんなしでは生きていけない。松田さんの事を考えると進んで足を広げてそこをひくつかせながら挿入を待ち望むし、松田さんの律動に合わせて自ら腰をうねらせる。そんないやらしい体になってしまっていた。
「あああ…あ…ん…ま、松田さ…んぅ…好き…」


 松田さんがボクの事をどう思っているか何てもうどうでもいい。ボクは松田さんが好きだ。離れる事なんて考えられない。想像できない。
 心が、体が、全部松田さんを欲している。
「アトム……好きだ…」
 中で松田さんが弾けるのを、ボクも頂点で感じていた。



「それじゃあ松田さん、稔の事を宜しくお願いしますね」
 母さんは脳天気にそう言って軽く手を振っただけで、新しいお義父さんと空港のゲートに消えて行った。
 松田さんは訳の分からない圧倒的パワーで押しまくり、ボクと家族をねじ伏せて家賃を払い、ボクとマンションに同居する事を認めさせた。
 確かに2人暮らしに丁度いい間取りと広さだし、その家賃でボク一人分の生活費の足しにはなる。両親にも同居する大人がいれば安心だろう。
 何より松田さんと一緒にいられる時間が多くなってボクもちょっと嬉しかった。
 松田さんは2人が見えなくなるまでぶんぶんと手を振っていたが、くるりと振り返るとボクの肩を抱いてそっと囁いた。
「これで朝から晩まで、好きなだけH出来るな」
 それしか考えてなかったらしい松田さんにちょっとクラクラした。




   スケベは死んでも治らない…


            ・・・・・・・・・・・OFF



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