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先輩4 明滅
コギト=エラムス/文


 まばゆい光の明滅が、ものすごい速さで、いくつもいくつも、俺の目の前を通りすぎる。

 俺は、何かを懸命に抱きしめていた。

 それは、とても小さく儚げだったが、とてもやさしく、そして暖かいものだった。

 俺は、いまにも消えてしまいそうな、その小さな存在を守るべく、必死になって、強く、強く抱きしめた。

 気の遠くなるほどの長い時間、そんなことをしていたような気がする。

 俺の視界が、だんだん明るくなってきた。

 歪んでいた俺の目の前にある何かが、だんだんと正しい形をとりはじめ、

 そしてそれは、女性の顔になった。

 

 俺の顔を心配そうにのぞきこむ女性、いや、藤原先輩の顔があった。

 俺の手をしっかりと握り、目を真っ赤に腫らしながらも、また今にも泣き出さんような顔をしている。

 そうか。事故にあったんだった。

 藤原先輩は俺がかばったおかげか何ともないようだ。

 俺が事故にあって意識を失ってから、ずっとそばについていてくれたんだろう。

 藤原先輩の泣きはらした目が、俺にそう教えてくれた。

 藤原先輩がしっかりと握っていてくれる手から、ぬくもりが伝わってくる。

 藤原先輩は泣き出しそうな顔から、ほっとした安堵の表情を見せて、言った。

 「よかったあ.....気がついたんですね」

 そして藤原先輩は急に真面目な顔をした。

 「ごめんなさい! ごめんなさい! 私のせいでこんな目にあわせてしまって!」

 そして藤原先輩は何度も頭をさげる。かわいらしいポニーテールがそれにあわせてぱたぱた跳ねる。

 悪いのはあんな運転をさせた俺なのに。

 藤原先輩のすまなさそうに頭を下げる姿を見て、

 俺は罪悪感どころか、逆に嗜虐の炎がふつふつと湧き上がるのを感じた。

 そして、よりうつろな声をつくりあげて、言った。

 「お前は...誰なんだ?」

 「えっ?」

 きょとんとした藤原先輩の顔を見て、俺の内に燃える炎が、高く高く燃え上がった 。

 

 それから俺は医者からいろいろな検査をされた。

 それに対して、俺はわざと記憶を失っているかのような受け答えをした。

 

 きっと医者は、俺を記憶喪失だと判定し、藤原先輩に告げたに違いない。

 俺はもう何度も見たにも関わらず、藤原先輩の泣きそうな顔を想像し、心をおどらせた。

 車椅子に乗り、鼻歌まじりで病院の廊下を移動していると、公衆電話で話す藤原先輩の姿が見えた。

 

 「晴ちゃん...あたし、パトリックさんで人を傷つけちゃった...」

 藤原先輩は泣きそうな声で、誰かと話している。

 俺は柱の影に隠れ、その話に耳をそば立てる。

 「もう...もう...あの子に乗れないよぅ...」

 最後の方はもう言葉にならずに、藤原先輩は泣き崩れた。

 柱の影から少しだけ顔を出して様子をうかがうと、

 受話器を持ったまま床に座り込んで泣きじゃくる藤原先輩の姿があった。

 その姿に、俺の背筋にかつてないほどの快感が電撃のように走るのを感じた。

 

 それからの藤原先輩は、かいがいしく俺の世話をしてくれた。

 俺は事故で両手両足が使えず、介護がなければ鼻をかむこともできない。

 藤原先輩はそんな俺に尽くしてくれた。

 食事の時はわざわざスプーンで口に運んでくれたし、毎日体を拭いてくれた。

 そして、下の世話も嫌な顔ひとつせずにしてくれた。

 

 そして、またたく間に1ヶ月が過ぎて行った.....。

 

 夕暮れの中を車イスに乗り、公園を散歩する。

 もちろん、その車イスは藤原先輩が押してくれている。

 「今日は風が気持ちいいなあ...雪乃」

 俺は、記憶喪失であることをいいことに、もうだいぶ前から藤原先輩を呼び捨てにしている。

 「はい...そうですね」

 そんなことも気にせず、雪乃はやさしく俺に言う。

 「なあ...雪乃」

 「はい?」

 俺は、藤原先輩を少し困らせてやろうと、ある質問をした。

 「事故が起きるまでに、俺とお前が何をやっていたのか...教えてくれないか」

 「えっ?」

 いままで、俺はその手の質問を藤原先輩にしたことがなかった。なぜなら、知っているから。

 表情は見えないが、藤原先輩の顔は曇っていることだろう。

 車イスを押す手が止まる。

 「ずっと聞きたいと思ってたんだ」

 「え...あの...」

 表情は見えなくとも、戸惑っているのがわかる。俺はさらに続けた。

 「俺の記憶を取り戻すヒントになるかもしれないんだ。教えてくれ。雪乃」

 ことさら真剣な顔をして言う。

 しばらくして、藤原先輩はゆっくりと、俺の前に回る。

 覚悟を決めたような、足音。

 それにあわせ、俺は顔をあげる。そこには、西日を背後に、思いつめたような藤原先輩の顔があった。

 その姿を見て、改めて思い出した。

 今日の藤原先輩の服装は、あの日の夜のものと同じだったのだ。

 

 「この前...あなたの同じサークルの先輩方がお見舞いに

 見えられましたよね?

 私は...あの日の夜、あの方たちに呼び出されて、

 いつものように.....お...く...お薬を飲まされました」

 俺は言いよどんだ箇所を聞き逃さなかった。

 「なんの薬を飲まされたんだ?」

 俺のひとことに、藤原先輩の顔はみるみるうちに赤くなった。

 「なんの薬を飲まされたんだ?」

 「え...あの...」

 「何の薬だ? 言え」

 戸惑う藤原先輩に、俺は口調を変え、詰問するように言う。

 藤原先輩は目をつぶり、恥ずかしさに押しつぶされそうな表情で、

 その桜のような口を動かした。

 「お.....おしっこが出るようになる薬です.....」

 やっとしぼり出したような、苦しそうな答え。

 「続けろ」

 「は...はい...そして...居酒屋に連れて行かれました。

  そしたら...あなたがいたんです...」

 「俺が?」

 「はい...そして私は...テーブルの下にもぐらされて......そして...」

 「そして?」

 「み.....みなさんの.....お.....おちんちんをしゃぶらされました」

 俺は、驚きもせずに言う。

 「俺のもしゃぶったのか」

 「は...はい。2回.....」

 「俺はどこに射精したんだ?」

 「お.....お口と...顔に.....」

 俺は、記憶喪失のフリをしていることも忘れ、夢中になって聞いた。

 「眼鏡にもザーメンを浴びたか?」

 「はい...眼鏡にも、たっぷりかけていただきました...」

 「それから...どうした?」

 「はい...あなたの隣に座らされて...ショーツの上からあそこをいじっていただきました」

 「あそこ? あそこってどこだ」

 恥ずかしさで気を失いそうになりながら、藤原先輩は言った。

 「お......おまんこです」

 「それからどうした?」

 「はい...あなたは私に、下着を脱ぐように言いました」

 「それで、おまえはどうしたんだ?」

 「私に逆らう権利はないので...脱ぎました」

 「それから?」

 「はい...あなたに、おまんこを...他の方から、お尻の穴をいじられました...」

 「触られて、どうだった?」

 「はい...恥ずかしくて...くすぐったくて...でも、体の芯が熱くなるような感じでした」

 「続けろ」

 「はい...その後は、おトイレでゲームをやらされました...」

 「どんなゲームだ?」

 「はい...男の方のおトイレで...私がおしっこを我慢するゲームです...」

 俺は藤原先輩に聞こえるくらい、大きくごくりと音をたてて、唾を飲み込んだ。

 「私にいろんなことをして...私におしっこをさせた方が勝ち、っていうルールです...」

 「そこにいる皆に、いろいろなことをされたんだな?」

 「はい...」

 「どんなことをされたんだ。言え!」

 あの日、藤原先輩は便所の中で、他の先輩から何をされたのか。

 俺はかねてから気になっていたことをぶつけた。

 「はい...

  私が自分の意思で足を閉じられないように縛りつけられて...

  おしっこの出る穴をなめられたり...

  ク.....クリトリスを刺激されたり.....

  おしっこを飲まされたりしました.....」

 「俺は、何をしたんだ?」

 「はい.....おまんこの中を.....指でいじられました」

 「どこをいじられたんだ?」

 「えっと...よくわかんないんですけど...そこを触られると...

  じんじんして...こらえてるのに声が勝手に出そうになって...

  おしっこが押し出されるような感じがしました...」

 「それで、お前は俺の前でションベンしたのか?」

 「はい...その後、他の方がおトイレに入ってこられて.....

  おしりの穴に指を入れられて.....お尻の穴の奥から子宮をいじられました」

 「それは、どうだったんだ?」

 「はい...お尻ごしに...指先が子宮にこつんってあたるたびに...

  頭の中が真っ白になっちゃって.....何度も何度も、こつん、こつんってされて...

  何度も何度も...頭の中が真っ白になりました...」

 「それから?」

 「その後...動けないように押さえつけられて...

  おしっこの穴にストローのようなものを入れられて...おしっこを無理矢理出させられて...」

 「人前でションベンして、気持ちよかったか?」

 「おしっこの穴にストローが入るときは痛くて...でも...

  おしっこが出るときは...背中がぞくぞくするような感じで...気持ちよかったです」

 ゆっくりではあったが、藤原先輩の口から数々の嫌らしい言葉が紡ぎ出された。

 藤原先輩はいまになって冷静になったらしく、赤い顔を更に赤く染めてうつむいた。

 

 俺は、いちばん気になっていたことを思い出した。

 「俺は、なぜ...その居酒屋に招かれたんだ?」

 藤原先輩は、ひときわ動揺の色を見せる。

 「わ.....わかりません.....」

 急に視線をそらした藤原先輩。明らかに嘘をついている。

 「言え!」

 俺は一喝した。肩をちぢこまらせる藤原先輩。

 しばらくして、藤原先輩は再び俺の目を見た。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 「私が.....お願いしたんです.....」

 予想だにしない返事に、俺はあわてないようにするだけで精一杯だった。

 「なぜ...?」

 動揺をさとられないように、俺は当然のごとく沸いた疑問をぶつける。

 「大学のキャンパスで見た時から.....あなたのことが好きでした」

 少し照れ笑いする藤原先輩。

 「でも...私、こんなに汚れた体だから...遠くで見つめているだけでよかった」

 自分の胸に手を当てる。

 「あなたのサークルの先輩に、恥ずかしいことばかり強要されて...」

 少しうつむく。

 「でも...恥ずかしいことをされるなら、私、あなたにされたかった...」

 目を閉じる。

 「あなたの先輩たちにお願いして...あなたを呼んでくれたとき、私、うれしかった...」

 少し目を開けて、藤原先輩は続けた。

 「痛くて...苦しくて...恥ずかしかったけど...私、うれしかった。

  あなたが、私のことを...見てくれたから。

  あなたが、私に...命令してくれたから。

  テーブルの下で、あなたのおちんちんをしゃぶった時、

  あなたに喜んでもらいたくて...他の方よりも、丁寧に舐めました。

  そしたらあなたは...2回も私を求めてくれて...うれしかった。あなたのお役に立てて...。

  居酒屋のおトイレの時...私がおしっこしちゃったら、ゲームが終わっちゃうから...

  私、あなたの番がくるまで必死に我慢してたんです。

  車に乗る時も...嫌がる私を強引に連れていってくれた。

  あなたに髪の毛をひっぱられて...痛かったけど...うれしかった。

  だって、あなたが私の意思を自分に向けようとしてくれたんですもの。

  峠で他の競争をした時も...恥ずかしかったけど.....

  あなたとひとつになれて、うれしかった.....。

  あなたは力づくで、私をあなたのものにしてくれた...。

  私は女で.....あなたに征服された女になれて...うれしかった。

  あなたが私をかばってくれたおかげで...私はケガひとつしなかったけど...

  あなたは私のかわりにいっぱい傷ついて...あなたの記憶が失われて.....

  私、その時は辛くて辛くて...どうしようかと思ったけど...

  あなたの身のまわりのお世話ができて...あなたのそばにいられるきっかけができて...

  不謹慎かもしれないけど...うれしかった」

 そう言うと藤原先輩は、恥ずかしそうに俺に背を向けた。

 目に浮かべた涙が、夕日にキラキラ輝きながらこぼれ落ちた。

 

 小さく、儚げで、あたたかく、やさしい.....そして、俺の求めていたもの。

 それは、俺のすぐ近くにあったのだ。

 

 「私は...あなたにいじめられているだけでうれしかった。

  振り向いてくれなくても.....。欲望のはけ口でも、おもちゃでも、

  あなたの心の隅にいられるなら.....それだけでよかった。

  でも....あなたとこうして一緒にいられて...私は幸せです」

 藤原先輩は振り向きながら微笑んだ。おくれたポニーテールが夕日にキラキラと輝いた。

 

 俺は脚の痛みも忘れ、補助もなしに車イスから立ち上がり、

 ずかずかと藤原先輩、いや、雪乃の元へ歩いていった。

 俺は無言で雪乃のポニーテールをつかみ、力まかせにひっぱる。

 「きゃ! いた...あ...」

 ビクンと体を振るわせ、俺のなすがままに、顔を上にあげる雪乃。

 「調子に乗るな。女は黙って男の言うことを聞いてればいいんだ」

 「あ...は...はいっ.....んっ」

 顔を上にあげたまま、何かを言いかけようとした雪乃の唇を、俺は髪の毛をひっぱったまま唇で塞いだ。

 

 終

 「Keep on my LOVE」へ

 


解説

 「先輩3 峠」の続きにして、完結です。

 本当は記憶喪失のフリしていろいろ困らせることをやるお話だったんですが、長くなったんでやめました。

 そのネタは別のお話に流用予定。

 しかしなんだこのへんなオチは? 2点。

 

 「先輩」はこれにて終了ですが、「ブルヴァール」ネタはこれからも書きます。

 

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